前回は、パパイヤに含まれるパパインに始まり、パイナップルやキウイやイチジクといった果物に含まれる各種タンパク質分解酵素の話をちょろっとしていました。
ここで、鋭い方でしたらもしかしたら疑問に思うかもしれないであろう、不思議なポイントがあるっちゃあるので、今回はその点に触れてみようかなと思います。
酵素ってのは何かの化学反応を引き起こすような特別な機能を持ったもので、その機能は20種類のアミノ酸が並んでできた結果生まれるものである、つまりこれはタンパク質でできているという話だったわけですが、ここで誰しもが感じる疑問としまして、
「酵素がタンパク質でできてるなら、『タンパク質分解酵素』って、自分自身を分解しちゃうことにはならんの?なんでそんなやつが存在できるんだ!」
って点があるわけですね。
これについて簡単に説明を加えていくといたしましょう。
まず、最大のポイントとしては、「タンパク質分解酵素」といってもあらゆるタンパク質をズタズタに分解するわけではなく、例えばこないだ見ていたRNA分解酵素にも、RNase Aというやつは「一本鎖状態のRNAのCまたはUの後ろを切断」という特定の機能を持っているなど、基質特異性というものがあるという話をしていた通り、タンパク質分解酵素にも「何(どこ)を切るか」という専門性が備わっているという点が挙げられましょう。
パパインの場合、↓のWikiP記事によると…
…とあるように、各酵素は決まったアミノ酸の部分でしかタンパク質を分解しないようになっているんですね。
まぁせっかく具体的に見るなら身近なものの方がいいでしょう、ということで、我々人間の持つ代表的なタンパク質分解酵素、胃の中で働くペプシンで、もっと具体的に見てみるとしましょうか。
まずペプシンというのは、これまたウィッキー先生の記事(↓)を参考にしてみると…
「基質特異性」の項に、ズバリと記述されていました。
タンパク質・ペプチド鎖の酸性アミノ酸残基(アスパラギン酸やグルタミン酸)-芳香族アミノ酸残基と続く配列のN末端側を切断することができる。
…ということで、ペプシンというタンパク質分解酵素は、アミノ酸が多数つながってできたタンパク質の内、「アスパラギン酸 or グルタミン酸」‐「フェニルアラニン or トリプトファン or ヒスチジン or チロシン」という2つのアミノ酸が続いた場合、そのN末端=先頭側の結合を分解することができるんですね。
(「芳香族アミノ酸」は、以前「楽しい有機化学講座」で「芳香族」について触れたことがありましたが(→脂肪の反対は…?)、あの、いかにも化学式っぽい六角形のリング=ベンゼン環を含むアミノ酸で…
↑にあるように、具体的には「フェニルアラニン、トリプトファン 、ヒスチジン、チロシン」の4種が、20種類のタンパク質構成アミノ酸には存在している形です。)
このことから、鋭い読者の方におかれましては、
「じゃあ、ペプシンは、自分自身の配列の中にはその2連続のアミノ酸が存在しないっていうことなのかな?そうすれば、ペプシンは自分自身を分解しなくて済むもんね」
…と推察されるかもしれませんが……鋭い!(いや「鋭い読者の方なら…」って但し書きつけてんだから当たり前ですけど(笑))
そんなわけで、実際にどうなのか、ペプシンの配列をチェックしてみるといたしましょう。
こちら、こないだからお世話になっている、NCBIのProtein(タンパク質)データベースの、ヒトのpepsinの項目に、アミノ酸配列が掲載されています。
こちらは388アミノ酸からなる酵素(タンパク質)のようで、↑のページ下部にある実際の388個のアミノ酸1文字表記をメモ帳に貼り付けてみました。
1番目がm=メチオニン、2番目がk=リシン、…で、388番目がa=アラニンで終わる形ですね。
では、このペプシン自身の配列に、ペプシンが認識して分解する、
「アスパラギン酸 or グルタミン酸」‐「フェニルアラニン or トリプトファン or ヒスチジン or チロシン」
という2文字の並びが存在するかどうかを確認してみましょう。
それぞれのアミノ酸の1文字表記は、アスパラギン酸=D、グルタミン酸=E、フェニルアラニン=F、トリプトファン=W 、ヒスチジン=H、チロシン=Yなので、この1文字表記を使って、以前、ソーマチン遺伝子のDNA配列を編集する際(↓の記事)などに使ったことのあった、正規表現で検索してみます。
具体的には、[de][fwhy] という文字列で正規表現検索すると、「1文字目がdまたはe」で「2文字目がfまたはwまたはhまたはy」という2連続の文字を検索可能という感じですね。
検索の結果は…!
ギャヒーン、なんと、三箇所ほど、「df」「ey」「df」という、ペプシン認識配列がペプシン自身の中に存在するではあーりませんか!!
…と思いきや、先ほどのNCBIデータベースをよく見てみたら、ペプシンにもこないだ見ていたシグナル配列=タンパク質合成後に、別の場所へ移動するというシグナルの役目を終えたら切り離される部分がある、と記述されていました!
さらに、他にもシグナル配列ではない前駆体部分が存在し、ペプシンというのはそこが切断されてはじめて機能を持ち始めるということで、ズバリ、ペプシンのmature(成熟)フォームは、63~388番目のアミノ酸とのことで……
(実際、先ほどのNCBIデータベースは、「preproprotein」という、不要部分が切断されて完成型になる前の、「プレプロタンパク質」と呼ばれるものを見ていた感じでした。)
数えてみると、最初の「df」は40, 41番目のアミノ酸なので、63番より前に位置するものですから、こいつは成熟ペプシンには存在しないんですね!
…とはいえ、それより下流のeyやdfは、成熟フォームのペプシンにも存在していることになります。
これは一体どういうことなのでしょうか?
実のところ、タンパク質分解酵素には「自己認識」配列というのは少なからず存在するものでして、結論を言えば「タンパク質分解酵素は、少しずつ自分も分解消化して、数が減っていく」ってのが実際の話となるんですけど、とはいえ酵素側もガンガン自分を分解してしまって自殺し続けていくほど、そんなに愚かでもないのです。
どうやって自己分解から身を守っているのでしょうか…?
タンパク質の分解は、あくまでも「酵素と分解される対象のタンパク質とが物理的に接触して、電子のやり取りなどを行った結果、例の2アミノ酸の先頭部分の結合を破壊する」というシステムであり、念力とか怪音波で分解するようなオカルトではないので、消化反応を行うには実際の分子同士の接触が必要なんですね。
で、ここでついに微妙に役に立つ場面が出てきました、例の結晶構造のリボンモデルなんかを見てみますと、タンパク質がどういう構造で存在しているのか、三次元的に確認できるのです。
結晶構造モデルの確認は、昔はPymolとかそういった専用ソフトでないと見れなかったんですけど…(以前の記事で、Chimeraというソフトを使って3Dモデルを見た様子を紹介したこともありました↓)
…実は、今どきは技術も発展しており、ブラウザから誰でも気軽にタンパク質の三次元構造を見ることが可能になっているんですね!
RCSBという、構造生物学の研究機関連合的な組織が提供してくれている3Dビューアに、ペプシンのタンパク質番号である1PSOを入れたのが以下のリンクになります。
スマホで見てどうなるかはチェックしていませんが、少なくともPCであれば、マウスで好きなように3Dモデルをぐるぐると回せる構造が表示されているかと思います。
適当に回転させた様子がこんな感じです。
上部に表示されているアミノ酸配列はVDE…となっていますが、これは成熟フォームの、63番目のV(バリン)からの配列だという感じですね。
で、問題の「ペプシン認識配列」である最初のEYという部分、これは、成熟フォームでいうと13-14番目に位置するものになるのですが、このYがどこに位置するかをハイライトしたのが以下の図になります。
やや分かりにくいですが、リボンモデル真ん中からやや左上あたりのリボンのごく一部が、先ほどの画像とは違いオレンジ色で囲まれている様子がお分かりになりますでしょうか?
ズバリ、これが14番目のYで、13番目のEはそのすぐ下側の部分になるわけですけど、ちょうどこいつらは二枚の矢印リボンによってガードされていることが見て取れるのではないかと思います。
こうやって外部との接触から保護されることで、ペプシン自身が自分の認識部位をアタックして分解されてしまうことから逃れている、といえるわけですね!
一方、続くDFの2アミノ酸ですが、こちらは26-27番目になるわけですけど、こちらは…
…(非常に分かりづらいですが)真ん中・上の方にめっちゃ小さくオレンジの枠がありますけど、まぁこれはちょっと「結構露出してない?」とは思えるものの(笑)、一応、別のアミノ酸がそばにいて囲まれており、直接アタックはされづらくなっていることが何となく分かるのではないかと思います。
…と、せっかくなので分解についてのまとめや、タンパク質の構造についてももうちょいあーだこーだうんちくを垂れ流そうと思っていたのですが、またまた完全に時間切れとなってしまいました。
かなり中途半端ですが、続きのまとめはまた次回持ち越しとさせていただこうと思います。