前回は牛の呼び方というちょいネタに逸れていましたが、脱線の本題である酵素の話に戻っていこうと思います。
前々回の記事で触れていた話でいくつか追記補足しておかねばいけない部分があったため、そちらを見ていく形です。
改めて振り返っておくと、こないだの記事では、RNase Aという代表的なRNA分解酵素を取り上げて、「一口にRNase Aと言っても、生物種によっては配列も違うのです」などと書いて、具体的にヒトとウシのRNase Aの配列比較をしていました。
配列の再掲は特に不要だと思うので省略するものの、両者の配列を見ると、最初の方が(4番目のグルタミン酸の有無という違いはあれど)ほぼ完全一致しており、一方、後半の配列はパッと見あまり似ていない形だったため…
なので、RNase Aの活性を産み出す重要な部分は、恐らく前半の配列が生み出しているのであろう、なんてことも分かるわけですが…
…などということを書いていました。
しかしこれ、完全なる誤情報になっていまして、配列情報を取得していた、NCBIの「Gene(遺伝子)」ページから飛んだ「Protein(タンパク質)」ページ(↓)をよく見てみると……
何とここで見ていたアミノ酸配列(タンパク質のレシピ的なものですね)は、「precursor」(前駆体)であり、ページ後半にある「FEATURES(特性・凡例)」の項目をよく見てみると…
Protein 1..156
と、このヒトRNase Aというタンパク質(酵素)は156個のアミノ酸からなることが明記されているわけですけど、よく見てみるとその下に、
sig_peptide 1..28
mat_peptide 29..156
という記述があり、これはズバリ、「シグナルペプチド」と「成熟 (mature) ペプチド」のことで、ペプチドというのはアミノ酸がつながったもの(要はタンパク質と同じですが、「ペプチド」と書くとより短い鎖、あるいは「タンパク質の一部」という印象ですね)を指すわけですけど、最初の28アミノ酸はズバリ「シグナル」として用いられるもので、具体的にはこの場合「細胞質でRNAからタンパク質が合成された後、細胞外へと分泌します」ということを指示している配列であり、RNase Aの「RNAを分解する」という機能とは何も関係なく、むしろ「29番から156番アミノ酸が成熟ペプチド」となっている通り、核へと移動した後は、切り取られてなくなってしまう部分だったんですね!
つまり、「RNase Aの活性を産み出す重要な部分」というのは、何気に配列の最初ではなく後半部であったというか、むしろ、最初の28アミノ酸は酵素の機能と全く関係がないという、全然適当すぎる話を書いてしまっていたのでした。
あまりにも時間がなく、タンパク質情報の凡例を見る時間もなかったため見落としていた話で、誤情報の掲載、改めて大変恐縮ですが、とはいえ一応、RNase AってのはRNA分解酵素であり、分泌されないと細胞内でRNAをガンガン分解してしまって大変になるともいえますから、シグナル部が極めて重要であることには変わりないんですけどね……と言い訳を挟ませていただきたい限りです(笑)
ちなみにシグナルペプチドについては、以下のWikiP記事なんかにもまとまっている通り……
…まぁ各遺伝子には色々なシグナル配列というものが発見されており、具体的にどういう役割をもつかは配列によって異なるわけですけど(もちろんシグナルがない遺伝子もあります)、「いやシグナルっても、何がどうなってシグナルとして働くのさ?」とも思える気もするわけですが、これも当然、その役割は別の酵素(タンパク質)が担っており、「シグナルを認識して、そのシグナルがついている分子をシグナルの命令通りに移動なり分泌なりをしてあげて、用が済んだらシグナル部を切断する」といった機能をもつ専用の各種タンパク質が存在している、という感じなんですね。
(なお、WikiP記事には「シグナルは通常翻訳(=RNAからタンパク質が合成されること)されない」と書いてありましたが、まぁ翻訳されないシグナルもあれど、ちゃんとアミノ酸に翻訳されて、その後切断されるシグナルも普通に沢山ある印象があります。
僕はシグナル配列が専門ではないので実際の比率は分かりませんが、その辺の「タンパク質の時空間制御」も、大変よく研究されている面白い分野、ってことですね。)
シグナルのおかげで、適切な場所に運ばれるまで成熟した酵素として機能しない=細胞内で大切なRNAを無尽蔵にズタズタに破壊しないようにできている…という仕組みであるともいえ、何ともあまりにも都合いいというかよく出来すぎた話に思えますが、意思のない単なる化学物質の集合体にすぎない分子なのに上手いこと適材適所に酵素が存在できているというのは、そういったシグナルの役割も非常に大きいという話でした。
で、補足しておきたかった点としてはもうひとつ、こないだの記事では「進化によって、生物種ごとに酵素のアミノ酸配列は微妙に違う」なんて話から…
ヒトとウシ(どちらも哺乳類)よりも、ヒトとカエルの方がより違う配列ですし、ヒトとヒマワリは動物と植物の違いなので恐らくもっと大きく違い、ヒトと大腸菌だとさらにもっと違う配列になる(でも、どの生物が作るものも、あくまで同じRNase Aとしての機能は持つ)…
…なんてことも書いていたんですけど、改めて調べてみたら、実は大腸菌はRNase A遺伝子を持っていませんでした(笑)。
あまりにも進化的に離れすぎており、大腸菌とかいう核膜すらもたない単細胞雑魚にはRNase Aは強すぎる分子のようで、大腸菌しかこの世に存在しなかった時代には、まだRNase Aっていう酵素はこの世に存在しなかったんですね。
とはいえもちろん、大腸菌カスも生きていく上でRNAを分解する必要はあるので、こいつもRNA分解酵素を保有はしているわけですけど、こいつらはRNase I~IIIやPという、またちょっと別のRNA分解酵素をもっているのでした。
(参考:大腸菌(学名 E.coli)のもつRNaseの一覧を検索したGeneページ↓)
複雑な生物が生まれていく過程で、より強力で、また特定の配列切断に特化した便利なRNA分解酵素が誕生し、実際どのぐらいの下等生物から存在し始めたのかは調べていませんけど、恐らく元々あったRNaseに変異が加わり、別の機能をもったより強い酵素が生まれて、今我々はRNase Aやその他各種RNA分解酵素をもっているのです……という、いずれにせよ結局「進化によって発展してきたのが生体分子であり、生命そのものなのだ」というそんなお話ですね。
ちょうどRNase Aの進化についてまとめたレビュー論文(↓)があったので、これに触れようかとも思ったのですが……
…論文内の画像でも使われている進化系統樹や、そもそもこないだ見ていたRNase Aのヒト・ウシの違い、「後半の配列は完全一致していないのに、同じ機能をもった分子になるのはなぜ?」というようなことについて触れてみようと思ったのですが、またしてもちょっと時間切れにつき、いつか機会があったら触れてみようと思います(あんまり面白い話でもないので、却下するかもしれませんが…)。
簡単にいえば、全く同じアミノ酸じゃなくても似たようなアミノ酸というものがあるので、一見配列が完全一致していなくても「限りなく近い構造・機能になる」ということは大いにあり得、その辺の「類似度」に応じてスコアをつけて進化の具合を探るというのが進化生物学の専門とする所なわけですけど(上の論文とかもそうですね)、まぁ今回はタイムアップにつきその辺にさせていただきましょう。
そんなわけで、生物種によっては「存在しない酵素」も存在するという話で、上の例は人間様のもっている酵素を大腸菌がもっていないという例でしたが、実際は当然、高等生物である人間がもっていない酵素もいくらでもある感じです。
(というか、大腸菌のもつRNase IとかIIIとかだって、完全に同じ機能をもつものは人間にはないですしね。)
具体的に面白いネタとして浮かんだのが、例えばパパイン!
名前が可愛いこの酵素、ズバリ「パパイヤ」がもつことで有名で、古来から良く知られる大変よく研究された酵素・遺伝子なんですけれども、これはタンパク質分解酵素の一種であり、そのパパインに似た強力なタンパク質分解酵素はパパイヤに類似した植物が多くもつもので、例えばパイナップルなんかもこのパパインファミリーの酵素をもっています。
お肉にパイナップルを入れると肉が柔らかくなるというのは、ズバリ、この酵素パパインのおかげなのです……なんて話からタンパク質分解酵素について話を広げようと思っていたら、完全に時間切れとなってしまいました。
次回またこの辺の話から再開させていただきましょう。
アイキャッチ画像は、そういえば名前だけは聞いたことあるけれど全く見たことも食べたこともない気がするパパイヤの画像をお借りして、次回へ続くとします……。