お肉もズタズタに切れるよ!

既にほとんど説明し終えてはいたのですが、微妙に途中状態になっていた「タンパク質分解酵素は、なぜ同じタンパク質である自分自身を分解しちゃわないのか?」という前回の話の続きから早速参りましょう。

 

まぁ結論から書くと、実際必ずしも「自分自身は一切分解しない」という無敵例外処理のようなものは行われておらず、例えば多くの酵素にとって最も機能を発揮できる37℃なんかでタンパク質分解酵素の入った試薬なりを放置してしまうと、いつの間にか(酵素自身が自分を分解してしまって)完全にその試薬の活性が失われてしまうこともある感じです。


なので、分解酵素系の試薬は、酵素反応のスピードが遅くなる冷蔵庫内4℃とか、あるいは冷凍庫内-20℃とかで保存するのが鉄則なわけですけど(まぁ分解酵素に限らず、酵素は複雑な高分子であり壊れやすいものなので、構造・活性を維持するために基本は必ず低温保存を行いますが…)、とはいえあくまで「タンパク質分解酵素」は他のタンパク質を分解する機能をもった酵素なわけで、自分自身よりも他者の方を分解しやすい形には当然なっています。

 

その上手い仕組みがズバリ、前回触れていました「タンパク質の三次元構造」によるものでして、酵素反応というのは結局物質同士の接触によって生まれるものですから、「そのタンパク質分解酵素が認識して切断する部分」を上手いこと隠してやれば、自分自身が分解されることを防ぐことにつながるわけですね。


(ちなみに、「自分が自分を分解」というのは、「同一分子が自己分解する」というわけではなく、あくまで「同じ分子・別の個体」とでも言いますか、分子というのは何兆何京という数が集まって存在するものなので、「(同種の)仲間に殺される」ことを「自己分解」と呼んでいる感じですね。

 改めて、分解が起こるには分子同士の接触が必要なので、自分自身が自分を分解すること、つまり1分子しかその環境に存在していない状況では、自分が自分を分解することは決してできません。

 そもそも自分が自分を認識することはできませんから、上手い構造を取って酵素の認識部位を隠すことで、「仲間から攻撃されることを防ぐ」という話ですね。)

 

そんなわけで、前回は例として代表的なタンパク質分解酵素、我々の胃にも大量に存在するペプシンの構造を見ていましたが、ペプシンという酵素は「[de]-[fwhy]」という2つのアミノ酸(1つ目が「酸性アミノ酸」で2つ目が「芳香族アミノ酸」)がつながって現れたときにその先頭部分で切断するというものでしたけど、前回貼っていた2枚目の3Dモデル画像は、「df(アスパラギン酸フェニルアラニン)」という並びの部分がどこにあるのか、正直なんぞよぉ分かりづらい感じだったので、もうちょい分かりやすい3Dモデル画像の再掲から参りましょう。

 

ウィンドウサイズの都合で前回は気付かなかったのですが、画面を大きくしたら右下にハイライトしているアミノ酸が表示されていたので、そこも込みで、かつ該当の部分を拡大した状況の画像をスクショしてみました。

 

https://www.rcsb.org/3d-view/1PSO/1より

 

ど真ん中のオレンジの細いやつは無関係なのでともかく、右下にPHE 27(フェニルアラニンの3文字表記はPhe、1文字表記がF)と表示されている通り、例の26-27番目のDFのFにカーソルを合わせてハイライトしたのがこの画像で、中央やや右側に、オレンジというかピンクで囲まれた部分があるかと思います。


前回の画像ではやや微妙でしたが、こうして見るとやっぱり、この部分は他のアミノ酸たちによって、それなりに外部とのアクセスから保護されているとはいえそうですね!

(まぁ、そう見えるように分子を回転させて配置させただけで、ちょうど反対側から見たら「結構外側に出とるやん」って思える感じではあるんですけど(笑)、それでもやっぱり、ある程度他のアミノ酸も近傍にあって、完全に外側表面に露出していて他のペプシンからアタックされやすい形ではないといえるように思います。)

 

なお、上記画像の全体がオレンジ色になっている細身の分子は「ペプスタチン」と呼ばれる低分子で、こちらはペプシンの機能をブロックする、専門用語的に言えばペプシンの阻害剤となっています(参考:Wikipediaには日本語記事がなかったので、コトバンク記事を↓)。

kotobank.jp

つまり、この結晶構造は実は「ペプシンとペプスタチンが結合したもの」で解明された2分子結晶であり、ペプスタチンはペプシンの活性を邪魔するということですから、ちょうどこのオレンジのペプスタチンが結合しているあたりが、ペプシンの「タンパク質を分解する」という機能に重要な部分だということになるわけですね。

 

今まで散々貼ってきたこういうタンパク質三次元構造のリボンモデル、パッと見ても何のこっちゃ何にも分からないわけですけど、実は、実際の製薬なんかでは、こういう三次元構造をまず確認して、「この分子はどこが重要なんだろう」「この部分をブロックする分子を合成すれば、機能の阻害ができるのでは?」などということが頻繁になされる…といいますか、そういったものが新規分子開発の第一歩・取っ掛かりとなり得るのです、ともいえる、何気に超重要な情報なのでした。

(まぁ、だからこそタンパク質の結晶構造解析は分子生物学における花形研究の1つであり続けており、色々な結晶構造が解明されている、という感じですね。)

 

…と、その辺他、構造に関してもうちょいちょろっと脱線しようと思ってたんですけど、またしても超絶時間がなさ過ぎたので、それはまた後にまわすとして、まずは今回触れておこうと思った別ネタの方に脱線してみようかなと思います。

 

そんなわけで、ペプシン自身にあるペプシン認識配列はガードされていて分解されにくくなっているのです……なんて話でしたが、「じゃあ他の分子はどうなの?」というのも気になる所だといえましょう。


まぁタンパク質なんてほぼ無限に存在するものですけど、パッと思いついた代表的なタンパク質で考えてみますと、「アクチン」という分子に着目してみましょうか。


アクチンというのは、筋肉を動かすために「アクチンフィラメント」なんかを形成して、ミオシンという分子とともに自由な運動を可能にしている、いわば動物が動けるのはひとえにこのタンパク質のおかげともいえます、我々人間にとっても最も重要なタンパク質のひとつといえ、それだけではなくもっとミクロな話でも、細胞がその形を保つための細胞骨格を形成しているのもアクチンであるなど、全ての生物にとって尋常じゃなく大切な分子となっています。


アクチンに関しても、もうちょい色々書くつもりがその時間すらなかったので早速本題に入りますと、まぁ牛肉を食べたことを想定して、牛さんの肉には当然、アクチンが大量に含まれていますから、アクチンがペプシンに分解されるのかどうかを、ウシのアクチンの構造から、また3Dビューアをお借りしてちょっくら見てみるといたしましょう。


まず配列の方ですが、改めてNCBIのProteinデータベース(↓)から引っ張ってきた所…

www.ncbi.nlm.nih.gov

(実際3Dビューアにも配列は表示されていますが、コピペができなかったのでこちらからお借りしました。)

 

ウシのアクチンのアミノ酸配列、ペプシン認識部をハイライト

 

…ウシのアクチン分子375アミノ酸の内、5箇所ほどペプシンによって認識されて切断される部分が含まれている感じですね。

 

早速RCSBの3D Viewでウシアクチンの結晶構造データ番号である1HLUを表示し、例えば一番最初のペプシン認識部位である72番目のE(グルタミン酸、3文字表記でGlu)をハイライトしてみますと…

 

www.rcsb.org

 

https://www.rcsb.org/3d-view/1HLU/1より

…ね?

 

…って何が「ね?」なのかよぉ分かりませんが(笑)、まさにこのグルタミン酸はちょうどど真ん中真正面の矢印の先・三角部がオレンジにハイライトされている通り、分子表面・かなりアクセスしやすい位置に露出しているといえますから、胃の中でペプシンによって簡単に切断されることが見て取れるといえましょう。


実際は都合よく全部のペプシン認識部位が表面に露出しているわけではなく、たまたま最初に見たのが完全に表面にあっただけなのですが、1箇所でも結合が切れたらそのタンパク質は最早その構造を維持することが困難になるので、仮に他の認識部位が保護されていたとしても、ここが切られて構造を崩した後は他の部位もブラーンブラーンと露出してくることになりますから、牛肉に含まれる大量のアクチンは、胃の中でペプシンによって、全5箇所で確実にズタズタに切り裂かれる、ってことなんですね!


…って5箇所程度で「ズタズタ」って程でもないかもですが(笑)、胃腸の中には他にも別の箇所を切断するタンパク質分解酵素が色々存在していますから、そういうやつらが共同で働くことで、最終的にお肉やお豆といったタンパク質に富んだ食べ物は、小腸で吸収されやすい形のかなり小さなアミノ酸のつながり(まさに「ペプチド」と呼ばれるものですが)へと姿を変えることになる、って話なわけでした。

 

という所で、もうちょい語りたい話があったとともに↑の話自体ももうちょい丁寧に見ていきたかったのですが、時間がなかったので雑な説明になってしまったのもやむなし……ということで(説明が上手くないことの単なる言い訳の可能性もあり(笑))、触れられなかった点はまた次回に持ち越しとさせていただこうと思います。

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