レントゲンとかMRIとかフリーズドライとかを活用して、タンパク質を読む

すっかり話が逸れてミネラルやらビタミンの話が続いていましたが、その派生元であったタンパク質ネタに戻りましょう。

どこからの続きかというと、田中耕一さんが重要テクニックを開発したことでおなじみ、質量分析(マス解析)の話をしていまして、「もう1つさらに発展的なタンパク質分析法について見てみようかと思います」的なことを書いていた、その発展技術の話ですね。

タンパク質の配列は、DNAの配列と比べると読むのが難しいのは以前の記事で見ていた通りですが、さらなる問題というか課題として、これまた何度か色々な記事で触れていた通り、タンパク質というのは20種類のアミノ酸がつながった結果、それぞれのタンパク質に特徴的で独特な構造を取って機能しているということが挙げられます。

今回見る方法は、配列(アミノ酸の順番)のみならず、その構造まで調べることができる、素晴らしい方法ということなんですね(というか、配列なんてもうゲノム解析で完全に知られているので、知りたい(新しく知ることのできる)ものは最早構造のみともいえます)。

情報量の極めて多い結果が得られますから、当然のごとく、これらの分析手法の仕組みはそれに応じて複雑怪奇で、完遂までに膨大な量の手間と人手と知識とが必要になる仕事となっています。

配列を読むことが、単なる研究するための手段、あるいは結果を得るための過程に過ぎないDNA配列解析とは違い、こういったタンパク質の構造解析は、それ自体が研究目的とすらなるぐらいの大きなプロジェクトといえる感じですね。

(つまり、DNAの配列を読むのは単なる確認作業的なものであり、そんなものは論文としてまとめて世に出すに値するものたり得ないけれど、今まで知られていなかったタンパク質の構造を解いたら、それだけでNature、Cell、Scienceといったいわゆるトップジャーナルに論文を載せることすら可能な、強烈なインパクトのある素晴らしい仕事を成し遂げたことになるわけです。
 学生ならそれだけで余裕で卒業(博士号を取得)できるし、研究者も大きな研究資金獲得や、出世の道も大きく開けることにつながるでしょう…という話ですね。)

そんなわけで、特に技術が発達して色々なことが可能になった20世紀末ぐらいから、重要なタンパク質や、タンパク質&低分子の複合体といったその他様々な生体分子の結晶構造を解析する仕事はブームとなり、世界中の研究者の手で沢山の構造が解かれて、(一時よりは、構造を解くだけでトップジャーナル掲載→競争資金ゲットのサイクルが簡単にはいかなくなったとはいえ)現在でもなお色々な分子の構造が日々解明されて今に至る…って感じです。


その手法は大きく分けて3つあるのですが、多少なじみのある用語でいうと、まさにタイトルに挙げた通りの、レントゲン・MRIフリーズドライというのが、まあ実際の構造解析技術と根を同じくする技法といえるかと思います。


1つ目がレントゲンですが、もちろんタンパク質をあの病院で撮るレントゲン装置にかけて写真撮影…みたいな単純なものでは当然ないんですけど、X線を用いるということですね。

最も歴史も古く、最も沢山のタンパク質の構造を解いてきた構造解析のエースが、X線結晶構造解析といえましょう。


2つ目のMRIですが、これは、レントゲンほどにはなじみがないでしょうか。

使ったことのある方はレントゲンと比べると断然少ない気もするものの、どこかでご覧になったことはあるであろう、あの、横になって大掛かりな装置に入れられて体の内部をイメージングする、アレですね。

検索したらヒットしたキヤノンのページから写真を抜粋しましょう。

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https://global.canon/ja/technology/mri2021s.htmlより

1台10億円ぐらいするらしいですが、最大の特徴(というかレントゲンとの違い)は、生体にダメージを与えることなく生体内部のイメージングが可能という点ですね。

今さらですが、レントゲンに使っているのはX線であり、X線というのは、紫外線よりさらに波長の短い、めちゃくちゃ高エネルギーをもった電磁波であるため、これを浴びるというのはいわば放射線より強いビームを浴びるのに近いものがあり、生体へのダメージ0というわけにはいかないんですね。

もちろん、レントゲンで照射するX線は超絶ごく一瞬のため、健康被害は皆無に等しいとはいえますし、レントゲン撮影をすることで得られる健康メリットの方が断然大きい(病変の早期発見や、状態・部位の特定など)ので、不必要に恐れる必要は一切ないとはいえるんですけど、特にCTスキャンといわれる連続撮影を短期間に何度も繰り返すとかありますと、気分的に気持ちのいいものではないかもしれません。
(まぁ物理的な痛みはゼロなので、知らなければ気にもならないともいえるわけですが。)


一方MRIというのは、磁気を用いて生体内の器官なり組織なりを分析する方法で、こちらは磁石の力を使っているだけですから、X線を用いるレントゲンとは違い、ダメージはゼロで安心なんですね。

MRIには他にも患部を立体的に見ることができる・レントゲンでは見れない軟骨とか靭帯といった部位も見ることができる等のメリットがあるものの、逆にデメリットにあえて触れてみると、大掛かりな装置が必要でどの病院でもできるわけではない・検査時間もレントゲンより長い・しかも大仰な装置に閉じ込められて、密閉空間で轟音の中しばらくの間不自由を味わう(閉所恐怖症の方だと、下手したら耐え難い苦痛で失神や発狂してしまう可能性も…)・さらに、体内に磁石と反応する金属や入れ墨なんかが入っていると利用不可(磁石と反応して大事故に)…などが挙げられるかもしれません。

でもいずれにせよ、どちらも身体検査に極めて役に立つ、素晴らしい技術に違いないですね。


改めて、これももちろん、タンパク質を皿の上とかに置いて、ウィーンとあのMRI装置にかけて、構造を…というわけではないのですが、同じ「核磁気共鳴」と呼ばれる技術を用いてタンパク質の構造を求めるのが、NMR(Nuclear Magnetic Resonanceの略;ちなみにMRIはMagnetic Resonance Imagingの略で、原爆・放射線のイメージがあってちょっと良くないNuclearという単語を、医療用の技術であるMRIではあえて省いたと聞いたことがあります) と呼ばれる技術になります。


…って、すっかりタンパク質の構造を読むことより、レントゲンやMRIの話ばかりになってしまっていますが、具体的な仕組み・原理については、入門編を逸脱しているどころじゃなく、全く1ミリも面白くない……のみならずそれ以前に、僕自身、この辺の技術は講義で学んだことがあるだけで、DNAシークエンシングや質量分析と違い、一度も自分の手で実施したことがないため実践的な説明ができない、ってこともありますから、細部の説明は一切省いて「何が分かるか」の概要ぐらいを垣間見る程度といたしましょう。

とりあえず3つ目に行く前に、この2つ(X線結晶構造解析&NMR)がタンパク質構造を読むメイン技術として割と長い間使われてきて、これまでに沢山の構造が解かれてきたわけです。

具体的に、これらの解析で、どんな結果が得られるのか?

これは、もう今まで何度か表示している、例のリボンモデルみたいなタンパク質の図で表されるやつですね。

何気に、超甘タンパク質・ソーマチンも、X線結晶構造解析で既に構造が分かっている物質であり、以前の記事でも画像を貼ったことがありました。

構造解析結果の図の例として、改めて再掲してみましょう。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/ソーマチンより

こんな感じの、他のタンパク質分子でも何度か見覚えのあるやつですね。

あくまでこれはモデル図なのでただのリボンというか紐みたいな形で描写されていますが、これらはアミノ酸が1つずつつながって出来上がっているものになります。
(この形式の表示だと「どこからどこまでが1アミノ酸か」とかが分からないので、正直詳しい情報に欠けるクソみたいな図ですね。
 でもまぁ全体の形は一番分かりやすいので、一番よく使われる表示形式になっているのかなと思います。)

ちなみに、X線結晶構造だろうと、NMRだろうと、手法は違えどどちらもタンパク質の構造を解いて分かりやすいモデル図として描くだけなので、どっちの手法でもこんな感じの図が得られることになります。
(たまに、リボンモデルではなくイモムシみたいなボールスティックモデルで描かれること(や他にも電子密度を考慮した空間充填モデルや、原子の関係が分かりやすい針金モデルとか)もありますが、それらは絵の描き方が違うだけで、立体配置的な構造が計算でバシッと決まっていることには変わりない、って感じですね。)

結局、こんなものを見ても何のこっちゃ正直何も分からんというのはその通りなんですけど、それでも、例えばそのタンパク質を対象に新しい薬を開発したいみたいな場合ですと、「表面に出ているアミノ酸は何か?」「他の分子と相互作用をしているのはどの部分か?」「どこをブロックすればこのタンパク質の機能を抑えられるだろうか?(あるいは機能を高められるだろうか?)」といった、分子レベルでの物性の検証や新薬開発などで、絶大なる力を発揮するのが、この構造データといえるわけなのです。

こちら東工大の宮永さんの分かりやすいPDF記事(タンパク質の結晶構造解析からわかること)にもまとめられていましたが、例えばインフルエンザ薬のタミフルなんかは、インフルエンザウイルスが放出するタンパク質ノイラミニダーゼの結晶構造情報をもとに開発されたものであることなんかが、分かりやすい実例として挙げられそうですね。

それ以外にも、何気にソーマチンの構造を調べていたら、京大の桝田哲哉さんが、実は長年ソーマチンの甘味の研究をされていらっしゃるようで、結晶構造をもとに甘味アップのソーマチンの作成に成功するなど、非常に面白い結果を沢山出されているのに目がいきました。

www.spring8.or.jp
結晶構造をもとに、甘味受容体と21番目のアスパラギン酸とが相互作用していることなんかに着目して…

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http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2016/160204_2/より

…この21番目のアスパラギン酸を、微妙に異なるアミノ酸であるアスパラギンに変換してみた結果、ソーマチンの甘味度が強化された!…という、大変分かりやすく面白い研究ですね!
(まぁ実際の論文ではそれだけではなく、もっと複雑でしっかりとした解析をされていますけどね。)

とまぁこんな感じで、我々プロは(といっても僕は構造生物学専門ではないので、僕はプロでも何でもないですけど(笑))、構造をもとに、色々な知見を総合して、新しい発見をしていっているのです……と、大体そんな感じですね、ざっくりいうと。

ちなみに、構造モデルは(これも以前紹介したことがあったはずですが)PDBプロテイン・データ・バンク)に登録されており、誰でもアクセス可能な情報になっています。

これまた誰でもアクセス&インストールが可能な、PyMOLとか類似のソフトウェアを使えば、構造データを自分の手で見て、動かすことだって可能です。

桝田さんのその他の記事によると、ソーマチンは非常に結晶化しやすい物質とのことで、沢山のX線結晶構造が報告されていましたが、Wikipediaに載っていた、PDB-ID:1RQWを開いてみるとしましょう。

僕はUCSF(カリフォルニア大学サフランシスコ校)の公開しているChimeraというソフトを使っていますが、開いてみると…

デフォルトではこんなシンプルなリボンモデルで…

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UCSF Chimeraで開いた、1RQWの構造(以下同様)

どれだけでもキレイに拡大できたり…

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360°、思いのままに回転も自由自在で…

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原子レベルで構造を表示する針金モデルとかへのチェンジも思いのままで…

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(タンパク質以外の分子は別の形式で表示されており、このソーマチンの場合、酒石酸とともに結晶構造化させたものなので、酒石酸も一緒に表示されている感じですね。リボンモデルでスティック状の分子、あるいは針金モデルでボール状になってる分子は、酒石酸です。)

もちろんリボンの色(当然背景色とかも)を変えたり、特定のアミノ酸をハイライトしたり(どの原子がどのアミノ酸かをラベルすることももちろん可能)などいくらでも好きに構造をいじくれる面白いソフトなのですが(色を変えながら回転するGIFアニメでも作ろうと思いましたが、面倒&そこまで面白くもなんともない感じだったのでやめました)、こういう情報があらゆるタンパク質でデータ化されているのが、偉大なるPDBってことですね。

最後フリーズドライとして挙げていたものは(これは全然結晶構造技術の根幹を成すものではないですけど)、これも以前の記事で言葉だけは出したことがあった、極低温電子顕微鏡(Cryo-EM(クライオ・イーエムとかクライオ電顕)という略称で呼ばれることが多いです)によるもので、液体窒素などの極限状況でタンパク質をカチカチに凍らせ(多くの場合、特殊な溶媒下で凍結乾燥を行う)、スペシャルな顕微鏡で原子レベルの構造を細かく見ることができる…という、正直「何か凄いぞ」以外何もいってない情報量ゼロの話かもですが(笑)、こちらも顕微鏡技術の発達に伴い近年多くの構造を解いている優れた技術になっています。

どのぐらいの数の構造が報告されているのか、ちょうど東大でクライオ電顕を使って研究をされている吉川さんがまとめているデータがありました。

拝借させていただくと…

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https://structure.m.u-tokyo.ac.jp/cryoEM/styled-3/index.htmlより

流石に水色のX線が歴史も古く圧倒的ですが、ついに数年前に、クライオ電顕が、NMRを使って構造解析されたタンパク質の数を抜いたようです。
(このグラフを初めて公開されたときはまだ抜いていなかったようで、予想の点線とともに「?」となっていますが、その後のアップデートで、実際に抜いたみたいですね。)

将来性というか技術の発展性拡張性は、NMRよりクライオ電顕の方が上なのかな、と思いますし、今後ますますクライオ電顕を使った構造解析も増えていくのではないかと思います。

…まぁ、何だかんだ、X線の強さがやっぱり目立ちますけどね。こちらは縦軸が対数になっているグラフなので、あんまり差がないように見えて、実数としては実はめちゃくちゃな大差でX線結晶構造が何気に伸びている、って感じです。


…と、サワリどころか表層にすら触れていないしょうもないまとめになりましたが、これら人類の叡智の結晶たるハイテク装置を使って、日々新しいタンパク質の構造が解明され、タンパク質同士あるいはその他の生体分子との相互作用や新薬の開発なんかに役立っている、というお話でした。

X線とNMRとクライオEMそれぞれの強み・弱みなんかも書こうと思ってて忘れてましたが、まぁマジで恐らく誰も興味がない話でしかないですし、その辺の細かい点は省略しましょう。

これでようやく、途中になっていたソーマチン合成の話に戻る感じですが、正直これも割ともう今更感がありますね…。

まぁ、途中になっていたままもアレですし、さくっと終わらせちゃおうかと思います。

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