幸せ物質も、時には牙をむく…?

脊椎動物の特徴である背骨には脊髄が走っている…という話に端を発し、せっかくなので神経についてちょっくら垣間見していた最近のシリーズ記事でしたが、前回神経細胞からまた別の神経細胞へと情報が伝わる際に用いられる、神経伝達物質について軽く触れていました。

 

簡単におさらいをしてみますと、神経細胞の内部は電気の力(より分かりやすく…というか分かりにくくかもしれませんが、実際はイオンの力ですね)で信号が伝わっていくんですけど、神経細胞同士、つまり細胞間は、神経伝達物質という低分子が放たれることでシグナルが伝わっていくというのが神経ネットワークの情報伝達のキモという話だった感じですね。

 

まぁ用語なんてどうでもいいんですけど、細胞の内部をシグナルが伝わることを伝導、細胞間をシグナルが伝わることを伝達という別の用語で呼称しているわけですが、どうでもいいとはいえ、その違いがあるからこそ細胞間で使われる物質は「神経伝達物質」と呼ばれている形だといえましょう。

 

もちろん最初に外界の刺激を受け取る際は、神経伝達物質じゃなくて各種刺激が受容体…一般的には「チャネル」と呼ばれるものが開かれることでシグナルが伝わり始めるわけですけど、2つ目以降の神経細胞は、最初の神経細胞から神経伝達物質を受容体で受け取って次の電気信号が細胞内を伝わっていくと、そういう仕組みなわけですが……

 

前回、具体的な神経伝達物質の代表的なものを挙げながら色々見ていたわけですけれども、僕の記憶が確かなら、「一つの神経細胞が分泌する神経伝達物質の種類は一つである」という話を習ったような気がします。

 

例えば、「光」という刺激を受けてシグナルが視神経へと伝わっていく過程では、↓の脳科学辞典の記事を参考にしますと……

 

bsd.neuroinf.jp

 

視細胞は光を受容していない時(暗時)には軽く脱分極しているので神経伝達物質グルタミン酸)をシナプスに放出し続けている。

 

…とあるように、視細胞では「グルタミン酸」という、以前の記事を覚えていらっしゃる方にはピンとくるかもしれません……実は生物のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸の1つでもあるグルタミン酸は、神経細胞において神経伝達物質として機能することもあるんですけど、まぁそれはともかくいずれにせよ視細胞ではこのグルタミン酸神経伝達物質として使われている(神経細胞同士の接続部=シナプスにぶっ放されている)という形で、やはり基本的に1つの神経細胞は1つの神経伝達物質を放出しているというのが基本かと思われます。

 

ちなみにこの視細胞のシグナル伝達は面白い…というか普通とはちょっと違う仕組みのようで、こないだ見ていた「熱という刺激を受けたらチャネルが開いて電気信号が伝わり、神経伝達物質がシグナルを伝えていく」というのとは逆で、光というシグナルは逆にチャネルを閉じる働きがあるようで、光を受けるとグルタミン酸の分泌速度が減少し、脳はその減り具合を感知して「あ、グルタミン酸が減ったから、ここからはこのぐらいの光が降り注いでいるんだな」と判断している、つまり、「少なくなったから、刺激が強い」というある意味直感では逆向きとも思える感覚認識をしている感じなんですね。

 

まぁそれもともかく、前回「熱を感知するTRPチャネルを持った感覚神経が、どんな神経伝達物質を放出して情報を伝えているのかは、時間不足で調べきれずに分からないのですが…」と書いていたので、今回はそれに触れてみるといたしましょう。

 

改めて検索してみたら、案外あっさりと見つけることができました、ワサビやニンニクといった刺激に反応するTRPA1と呼ばれる受容体チャネルに関するレビュー論文(=研究まとめ記事)になりますけど、分かりやすいイラストに神経伝達物質の名前も明記されていたので、こちらから図をお借りさせていただきましょう。

 

www.jneurosci.org

 

https://www.jneurosci.org/content/28/5/1019より

そう、色々な物質が挙げられているように(とはいえ英語で分かりにくいものの、後で触れようと思います)、基本的に一つの神経細胞が放出する神経伝達物質は一つではあるはずなのですが、TRPA1を細胞表面に保有している神経細胞は普通にいくつか種類があるようで、「TRPA1で刺激を受け取って、放出される神経伝達物質」は必ずしも一つだけではなく、いくつかの物質がシグナル伝達に関わっているんですね。

 

前回は「熱さと痛みはほとんど同じなんです」などと書いていたものの、とはいえ、

「でも限られた種類の神経伝達物質とやらで、人間の繊細な感覚を全部表現できるか…?感覚には痛みだけじゃなく、ヌメヌメしてるとか甘いとか気持ちいいとか、色々あるじゃないの」

…という気がするのも否めなかったのではないかとも思えるわけですけれども、実際はこうして複数の神経が複雑に絡んで、色々な物質がそれぞれの刺激に応じて様々な量が伝わることで、脳は独自に「これらの物質がこれだけ伝わってきた、これはこういう感覚だ」と解釈しているとでもいいますか、まぁ「感覚の認識」なんてそれこそ認知脳科学みたいな複雑な学問分野で、そもそもまだ完全には解明されていないと思いますし、「とにかく想像以上に複雑な仕組みなんですね」としか言えませんけれども、いずれにせよ一つの刺激がもたらす神経伝達物質は、必ずしも一つではないということがよく見て取れる図になっていました。

 

ですが、「どんな神経伝達物質が使われているか」はある程度分かっているもののようで、図にありました通り、より下流側で、具体的な生理作用を及ぼす神経伝達物質としては「Substance P」(日本語では「P物質」)という、何とも適当な名前だな(笑)と思えるものがあるようで…

 

ja.wikipedia.org

 

…幸い日本語版ウィ記事も存在しましたが、サムネ画像にも表示されている、まぁいくつかのベンゼン環が絡んだそこそこの大きさの有機化合物(でも「低分子」の範囲ですね)で、こういう低分子が電気信号の到達とともに神経の末端から放出されている感じなんですね。

 

他には、より上流のシグナル伝達で使われるものではあるようですが、ATP5-HTという神経伝達物質も絡んでくるようです。

 

ATPは、これも以前の記事で何度も登場していたので覚えていらっしゃる方もいることでしょう、呼吸で合成される、いわば「エネルギー」の代名詞でもある生きる上で超重要物質であるとともに、DNAやRNAの構成要素であるヌクレオチドなんかにも含まれる、まさに生命科学の主役分子ともいえるこちらさんは、なんと神経のシグナル伝達にもいっちょ噛みしていたんですねぇ~。

流石は最重要分子!

 

一方の5-HT、これは一体…?

 

こちらは、英語だとこの略称で使われることも多い印象がありますが、日本語では圧倒的に慣用名の方が有名といえましょう……ズバリこいつは、どなたもどこかで聞いたことがあるはずの、セロトニン

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/セロトニンより

そう、セロトニンというのは、検索したら「幸せホルモンとも呼ばれる物資です」という解説記事が大量にヒットしてくる通り、興奮性の神経伝達物質で幸福感を生んでくれるものにドーパミンがありましたが、こちらは抑制性の、落ち着いてリラックスした、平和~な感じの気持ちを生み出すのにとても重要なことで知られている、幸せ物質というやつなんですね。

 

…と、そう聞くと、「いやいや、熱やワサビの刺激を受ける神経が、落ち着いて幸せな気分になる神経伝達物質を放出??刺激的で痛いぐらいだし、それちょっとおかしくない?」と思われるかもしれないんですけれども、結局何事も二面性と言いますか場面によっては全然違う顔もあるものでして、実は僕もほとんど知らなかったのですが、セロトニンは、特に大腸の過敏症で苦しむ患者さんなんかにおいて顕著なようですけど、免疫応答を刺激することで過剰免疫を誘発し、炎症を亢進したり、下痢や腹痛を悪化させたりといったネガティブな作用を持つ物質としても知られているようで…(参考:↓のレビュー記事など)

 

www.frontiersin.org

 

セロトニンは、しばしば「メンタルの安定や幸福感にとても重要!体内でいっぱい作ることを心がけたいものです」と言われる神物質とされているものの、結局これも場合によっては牙をむいて悪さをしてしまうこともあるということで、何事も善性のみがあるものは中々ないんですねぇ…と、世の真理を知るのにちょうどいい話になっていたかもしれません。

 

とはいえこのTRPA1チャネルの場合は神経シグナル伝達の上流で働いているものですし、ワサビの刺激を受けて出てきたセロトニンシグナルが直接脳に働きかけるわけでは恐らくないですし、「ワサビを食べるとセロトニンが放出されて落ち着く」なんてこともないと思えますけれども、いずれにせよ、「熱や刺激を受けて、脳が何の作用でどう感じるか?」というのは色々な物質が絡んで結構複雑な事象になっているものと思われます…という、あまりスッキリしない感じで恐縮ですがそれが実際というのが結論といえそうですね。

 

神経の話も概ね目ぼしいものは見終えた気がするので、また少しずつ保留中だったネタに戻っていこうかな、と考えています。

にほんブログ村 恋愛ブログ 婚活・結婚活動(本人)へ
にほんブログ村