胃に穴があかないのはなぜ?

前回は消化酵素ペプシンが、タンパク質をどのように切断(分解・消化)しているのかを、分子レベルでちょろっと垣間見ていました。

 

ペプシンは375アミノ酸から成るタンパク質ですけど、実際はたった2つのアミノ酸(どちらも「アスパラギン酸」というアミノ酸)が、分解対象となるタンパク質のアミノ酸同士の結合=ペプチド結合を分解するのに直接関わっているということで……

例えばペプシンの遺伝子DNAでそのアスパラギン酸を指定する配列(復習:1つのアミノ酸は、DNAのヌクレオチド3つで指定されるという話でした。具体的にはGATまたはGACがアスパラギン酸を指定するコードです)が変わってしまったら、ペプシンのタンパク質分解能は完全に失われることになるため、非常に困ったことになり、(実際にそういう病気があるかは分かりませんが)食べ物の消化が上手くできない難病になってしまう、という感じなわけですね。


もちろん、直接的に重要なのはその32番と215番のアスパラギン酸だけなんですけど、とはいえその周りのアミノ酸も、ちょうどその2つが近い位置に配置されるような特定の構造を作り上げているのに重要といえますし、特に近傍のアミノ酸は化学的性質(各原子の電子密度など)に大きな影響を与えるため、前回見ていたあの電子のやり取りから生じる結合の形成・切断が上手いこと行われるためには、他のアミノ酸ももちろん重要っちゃあ重要なので、その2つ以外はどうでもいいというわけでは決してないんですけどね。


いずれにせよ、結局は前回画像でもチェックしていた32-215番アスパラギン酸の間に、分解対象のタンパク質の持つペプシン認識配列が上手いこと入り込んで、電子の授受に端を発する例の化学結合の切断が行われるわけで、ペプシン認識配列は、そのポケットにちょうど入るように、タンパク質表面に露出している必要がある(よって、ペプシン自身の持つペプシン認識配列(ややこしいですが(笑))は表面ではなく他のアミノ酸でガードされている形になっていたので、自己分解は起き辛くなっている、という話になる)、ということでした。


ちなみにこないだ「酵素が最も機能を発揮できるのは37℃…」と書いていましたが、高温になればなるほどタンパク質の構造は崩れていくので、実はペプシン自身の自己分解は50℃を超えた辺りでより強くなる、という情報もよく聞きます。


当然、温度が高くなると構造が崩れる=例の2つのアスパラギン酸がちょうどいい位置にいる構造が崩れる…ということから、分解能力自体は下がってしまうわけですけど(ペプシン自身の至適温度は37℃)、それ以上に「普段は隠れていた自分自身の持つペプシン認識配列が露出する」影響の方が大きく、容易に自分自身を分解してしまうようになる…って話なわけですね。

 

ちなみに酵素にはそれぞれ得意な温度やpHがあるわけですけど、pHに関して言えば、胃で働くペプシンは、胃液が強酸性であるというのはどなたもご存知の通りで、かなり強い酸性で一番機能が強くなるようにできています。

これも結局前回見ていたアスパラギン酸の電子のやり取りが、その状況で一番起こりやすくなるから…という理由になるわけですけど、細かいことはともかく、酵素は環境によって機能の強さが変わるものだ、というのは重要なポイントだといえましょう。

 

これに関してもう1点書いておこうと思っていた点としまして、ペプシンの自己分解に関しては(構造的に上手いこと守られているという話だったから)ともかく、胃の表面自体も当然、生体分子のほとんどはタンパク質で出来ていますから、「胃の表面のタンパク質が、胃に大量に存在するペプシンによって分解されてしまわないのはなぜなの?」という疑問につながるかもしれません。

 

これはまさに、pHの違いを利用しているものでして、胃の表面はアルカリ性の膜(粘液)で覆われていまして、ペプシンがこの粘液に侵入してきても、酸性で機能するこいつは「この環境じゃ力が出せないよ…」となり、上手いこと胃の表面タンパク質は傷つけられることなくやり過ごすことが可能となっているんですね~。


大変賢いやり方で、人体ってのは本当によくできてるなぁと思えるわけですが、しかし、ストレスなんかで体調が悪くなったらそういう膜を張る機能(粘液の分泌)が弱まってしまうことも当然ありまして、そういう場合、胃に穴が開くこともあるというのはどなたもご存知の通りといえましょう。

あくまでペプシン自体は胃の中でドバドバ作られているもので、実際非常に強力なタンパク質分解酵素ですから、防御機構がないと自分自身を傷つけてしまうものであり、注意が必要というわけですね。

僕は胃に穴が開いた経験がなく、恐らくアルカリ粘膜ドバドバマンなわけですけど(笑)、その粘膜はストレスや体調によって極めて分泌が減りやすいもののようで、上手く分泌されずに表面のバリアがなくなると、ペプシンがガッツリ容赦なく胃を構成するタンパク質を分解してしまうので(まぁペプシンの力を借りずとも、強酸性の胃液が触れるだけで結構大ダメージだと思いますけどね。実際胃の中のその環境も、食物の消化に役立っているものといえましょう)、どうかストレスにはご注意ください、という話でした。

 

ちなみにペプシンの理想のターゲットは「酸性アミノ酸-芳香族アミノ酸」という並びの2アミノ酸だという話でしたけど…

「実際その『酸性アミノ酸-芳香族アミノ酸』という2連は頻繁に現れるものなの?もしも全くそれがなかったら、そのタンパク質は分解されないわけ?」

という疑問も出てくるのかもしれないのですが、これは一応、生体分子反応というのは基本的に単なる接触によって、例の、前回見ていた電子的なやり取りから発生する化学結合の切断によるものであり、0か1かのものでは決してありません。


なので、その並びじゃなくてもタンパク質が切断されることもあるといえばあるわけですが、まぁ基本的にはその2連の並びで最も効率的に切断されるのは間違いないため、概ねそこで切れると考えて間違いない(その配列がなかったら、ペプシンではほとんど消化されない)という感じですね。

(前回見ていたChemistry講義のPDF資料に、近傍の配列の影響なんかも紹介されていたのですが、改めて単なる化学反応なので、その2アミノ酸の並び以外の周りのアミノ酸なんかも当然、少なからず影響を与える感じです)。

 

とはいえ、そもそもその2連が現れる確率は、酸性アミノ酸は2種類、芳香族アミノ酸は4種類なので、アミノ酸は全部で20種類ですから、単純計算で「1/10×1/5=1/50」の確率で出現することになりますから、タンパク質ってのはもちろん大小様々なものがありますけど大体ほとんどの場合100アミノ酸とか数百アミノ酸はありますから、ほぼ確でペプシンによってきちんと切断される形になっているといえましょう。

 

ちなみに、もう一つ有名な消化酵素トリプシンというものがありますが、こちらはすい臓から分泌され主に小腸で働くものですけど、こちらのターゲットは「塩基性アミノ酸」(具体的にはリシンとアルギニン)であり、2種類のアミノ酸のいずれかが出てくるだけでよい=1/10の確率で登場してくることになりますから(とはいえ先ほどの例もそうでしたが、各アミノ酸の登場頻度は決して等価ではないので、実際はそこまで単純にはいかないわけですが…)、こちらはペプシンよりももっとズタズタに引き裂くことが可能となっているわけですね。

 

…と、今回はペプシンの話から、もう一つ紹介していたタンパク質・アクチンの方の分子レベルでの話に行こうと思っていたのですが、またしてもべらぼうに時間がなく、そこに行くまでの前段の話で完全に時間切れとなってしまったため、「胃」の話をしただけで今回はおしまいとさせていただきましょう。

 

完全なる時間不足につき、何の説明もなく、トリプシンの結晶構造3Dモデルをアイキャッチ画像用(最近このリボンモデル画像ばかりですが(笑))にお借りして、次回へ続く形です……。

https://www.rcsb.org/3d-view/1TRN/1より

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