偉大な消化酵素トリプシン

ここ何回かの記事で各生物の合成するタンパク質に、どのアミノ酸がどれぐらいの割合で含まれているかについて見ていました。

 

「続きます」とか書いていたんですけど、実は特に続きもなかったので(笑)、また少し戻っていきましょう。

 

そもそものネタとしては、タンパク質分解酵素について見ていた話から脱線した形だったため、そこに戻っていく感じですね。

 

具体的には、ペプシンに続いて、トリプシンという腸で働く酵素を紹介しており、こちらは「塩基性アミノ酸」(具体的にはリシンとアルギニン)のお尻側でタンパク質を分解する(切断する)という話でした。

 

あぁせっかくなので、そのトリプシン認識配列のより正確な出現確率を見ておきますと、前回までの記事で何度も貼っていたヒトのアミノ酸出現頻度のグラフを参考にしてみると…

 

(ちなみに、消化する食べ物はヒト由来のタンパク質ではないことがほとんどなので、ヒトのデータを見るのも何やねん、って話なんですけど、まぁとりあえずはやっぱり自分たちのデータからですね)

 

…リシンKとアルギニンRはそれぞれ5.69%、5.67%というちょうど隣同士の頻度だったので、「どちらかが出てくればよい」だけですからいわゆる確率の加法定理で足し合わせればよく、11.36%の確率でトリプシンはタンパク質を切断することが可能となりますから、まぁざっくりタンパク質を1/10の大きさに消化することが可能だと、そういえるわけですね。


アミノ酸は20種類なので、1つのアミノ酸の理論上の平均的な出現率は5%になりますから、KもRもどちらも普通よりよく出てくるアミノ酸だといえましょう。


なお、前回紹介していたヒト以外のデータを見ても、大腸菌酵母といった下等生物では一方が平均5%を割ってはいたものの、両者を足したら10%を超えており(大腸菌はリシンが平均割れの4.77%、酵母はアルギニンが4.42%ですが、逆にリシンはトップに近い出現率7.27%でした)、その他全ての高等生物はKRどちらも平均5%超えの出現率だったため、まぁ「一般的な塩基性を作るアミノ酸」として、こいつらはやっぱり重宝されており、しばしば出てくるとはいえますから、トリプシンはどんなタンパク質もしっかり消化してくれる感じですね。

 

なお、トリプシンに関しては、実は生命科学実験では非常にものすごく良く使われる酵素になっていまして、そういえばそれを書こうと思っていたらトリプシン初出記事では時間切れで、その次からすぐアミノ酸の略記ネタに移行していたので、ちょうどここに戻ってくる予定だった形でした。

 

まぁ別にそんなの知ったところで面白くもない大した話でもないんですけど、一つは細胞培養で、以前HeLa細胞とかHEK293細胞とかを紹介していたときに、触れたことがあったかと思いきやそこまでは触れていなかったかもしれないものの、一般的な細胞は、培養ディッシュの底に付着させて培養する、という話をしていました。

 

(あんまり詳しく書いてませんでしたが、この記事とか↓)

con-cats.hatenablog.com

で、その底面に付着した細胞を新しいプレートに植え継ぐ際、強力に接着している細胞を剥がしてやる必要があるわけですが、その際に使うのがズバリ、トリプシンなんですねぇ~。


トリプシンの力で、接着力を生むタンパク質(一番有名で誰でもご存知のものでいうと、コラーゲンなんかが一種の接着タンパク質ですね)を分解してやることで、プレート底面にへばりついた細胞を剥がしてやるわけですが、当然、あんまり長時間トリプシン処理しすぎると細胞にダメージを与えて下手したら死んでしまうので、細胞表面とディッシュとをつないでいる接着タンパクを分解しつつ、でも細胞には最小のダメージしか与えないぐらいのちょうどいい加減のトリプシン処理が重要になるわけですけど、まぁ細胞培養をしたことがある人なら必ず、毎日のようにお世話になっているのがトリプシン、ってことですね。

 

あとは、質量分析、いわゆるマススペックと呼ばれる「その物質が何かを知る」技術がありますが…

 

(例の、田中耕一さんが技術開発に大きく寄与してノーベル賞を受賞されたという、この辺の記事(↓)で触れていた話です)

 

con-cats.hatenablog.com

…これは必ず使うわけではないものの、タンパク質の質量分析を行う際は、巨大な分子であるタンパク質をある程度小さく断片化する必要があるんですが、その際に最もよく使われるのがトリプシンになります。


トリプシンを使ってマス解析したタンパク質の部分鎖(「ペプチド」と呼ばれることが多い)は、したがって、必ずリシンかアルギニンで終わっている形になるため、質量分析アミノ酸を特定する際はその情報も大いに役に立つ感じになっている形です。


ちなみに僕もタンパク質をマス解析に出したことは何度もありますが、検出されるペプチド断片は、見事に全部「・・・・・・K」か「・・・・・・R」かのどちらかになっており、「トリプシンの特異性は素晴らしいなぁ」などと感心したものです。

(なお、たま~に「・・・K・・・・K」とか「・・R・・・・K」みたいに、「KかRなのに切れなかった部分」が検出されることもありますけど、それはまぁ例によってトリプシンが接近しにくかった部位だとかで、未切断のまま残った部分ということですね。

 未切断のK or Rが検出されることはしばしばありますが、一方、「末尾がK or R以外」が検出されたことは記憶にないので、やはり消化酵素は特異性がかなり高い印象です。

…もっとも、必ずしも「100パーセントK or R以外は絶対に切断しない」わけではないのも間違いないですし、おかしな末端の検出断片は、単にマス解析の際に無視されている可能性もありますけどね。)

 

トリプシンについては、こないだ話に出した記事(↓)で、例の結晶構造の3Dモデル画像を貼っていましたが…

con-cats.hatenablog.com

あまりにも時間がなくて、残り30秒ぐらいで検索して出てきたのを貼ったように記憶してますけど、この画像、2つのトリプシンがくっついて存在している形になっていたため……

https://www.rcsb.org/3d-view/1TRN/1より

 

…「トリプシンは二量体として働くのかな?」と思っていたのですが、この結晶構造を解明した論文が単に2分子並べて掲載していただけで、トリプシンは別に二量体として働く分子ではありませんでした。

 

「二量体」というのは、まぁその名の通り2つの分子が一緒に働く酵素なりの機能性高分子だといえるんですけど、脱線こぼれ話として、代表的な二量体で機能するものとして、制限酵素を挙げてみようかな、なんて考えているところでした。

 

制限酵素というのは、以前の分子生物学入門シリーズで何度か顔を出していたもので、「特定のDNA文字列をスパッと切断する酵素」という話でしたが、その大きな特徴として、「切断配列が回文(=逆から読んだものと一致)になっている」というものがありました。

 

ここで、大学生のレポートとか試験でよく聞かれる問題として、「なぜ制限酵素は認識部位が回文配列であることが多いのか?」というものがあるんですけど、これはズバリ、「制限酵素は二量体で機能するから」ってのが簡潔な答になってるんですね。

 

どういうことかといいますと、ちょうどこの記事(↓)で紹介していた画像を引っ張ってきましょう。

con-cats.hatenablog.com

 

f:id:hit-us_con-cats:20210813063400p:plain

ここで、真ん中に「NdeI」という制限酵素の認識部位(認識サイト)があるんですが、これはCATAGなんですけど、「A⇔T、C⇔G」というペアでできるDNA二本鎖の相棒は、逆から読んだら全く同じCATATGとなっていることがお分かりいただけるかと思います。

 

これが「回文配列である」ってことなんですけど、これがなぜかというと、結局NdeIというのは、

 

CAT
GTA

 

という3塩基のカタマリを認識する酵素でしかなくて、この酵素が「逆向きで隣同士に並んだときに切断する能力を発揮する」という形になっているため、このカタマリを逆向きに並べた、

 

CATATG
GTATAC

 

という6塩基の並びを認識して、スパッと切断する、というそんなお話なのでした。

 

…まぁ正直、制限酵素(というかDNAの二本鎖構造)に慣れていないと何のこっちゃ、って話かもしれませんが、ちょっとしたこぼれ話としてスペースを埋められそうだったので、記事水増しのために触れてみた感じです(笑)。

 

と、せっかくなのでもうちょっと消化酵素ネタを広げてみようと思っていたのですが、今回は食べ物をしっかりと消化してくれるのみならず、研究でも大活躍の偉大な酵素トリプシンを見るだけで時間切れとなってしまいました。

 

こないだ見ていた結晶構造は2分子だったものの、トリプシン自体は別に二量体酵素でもなんでもなかったので、せかっくなので別の結晶構造を貼っておしまいとしましょう。

 

こちらは、前回のヒトトリプシンの構造ではなく、Bovine=ウシさんのトリプシンになりますけど、こちらはちゃんと単分子を掲載してくれている感じですね。

 

https://www.rcsb.org/3d-view/1TLD/1より

なお、自己認識部位であるアルギニンRをページ内検索して強調表示していますが(カーソルを合わせているのは66番のR)、やはり自己認識部位であるArgは、トリプシン分子は200アミノ酸以上から構成されるのにわずか2つしかなく、それも表面にはあまり堂々と出ていない感じだということで、やはり自分自身はなるべく守りやすい形になっている感じだといえましょう。

(とはいえ、実はもう一つの認識部位であるKは結構大量にあったので、都合悪い情報は隠しているだけともいえるんですが(笑)、まあまあ、Kも概ね他のアミノ酸に保護されているとはいえる感じでした。

…やっぱり、一応自己分解もあるっちゃあることの証拠ともいえますけどね!)

にほんブログ村 恋愛ブログ 婚活・結婚活動(本人)へ
にほんブログ村