同じ酵素にも、進化バリエーションがありまぁす

酵素に関する浅い話をここ何回かでしていましたが、絶望的な時間のなさが続いているため、今回も軽く思いついた簡単な関連ネタでお茶を濁させていただこうと思います。

 

前回はRNase(RNA分解酵素)について、こちらは「酵素」という極めて大きなグループの一員ではありながら、あくまでこれ自身もまだ複数の物質を含む、いわゆるサブファミリー(sub=「下」を意味する接頭辞で、ある大きなグループ=ファミリーの中の、より小さな、下位に位置するファミリーのことですね)ってやつであり、RNaseサブファミリーの中に具体的な1つの物質であるRNase AやらHやらV1やら色々なメンバーがいるのです……などという話をしていました。

 

これに関する補足として、まぁ大した話でもないんですけど、「RNase A」であれば、これは固有名詞であり、具体的に「一本鎖のRNAのCまたはUの後ろを切断」という機能を持つ特定の分子になる…的なことを書いていたのですが、しかし厳密に言うと、こないだ「グループを表す総称名詞」の対義語として「固有名詞」と書いていたんですけど、実は「固有名詞」ではなかったですね(笑)。


「固有名詞」は世界に1つだけの、「富士山」とか「東京タワー」とか特定の個人名(同姓同名の場合は区別が付かないものの、指す対象としては特定の1人)なんかを意味するもので、RNase Aはこの世にたった1つではない…どころか、1人の人間が何億何兆分子と体内に保有しているものですから、無尽蔵に存在する物質なので、よく考えたら「固有名詞」は不適切でした。

 

さらに言うと、例えば「スマホ」は完全なるグループ名で、「iPhone」はスマホファミリーの中のサブファミリーでまだ特定の機種に断定できませんけど、「iPhone15 Pro」まで言えば、これは特定の1つの機種にまでしぼれる、僕が当初誤用していた「固有名詞」的な名称といえるわけですけど(=複数あるけれど、そう呼ばれるものは全て同一の物体……あぁでも、この場合も「色」や「メモリ容量」まで指定しないと「完全に同一」ではありませんし、さらに言えば、ひとたび誰かが所有してデータを保存したら、他人のiPhoneとは同じものではなくなると言えますけどね、まぁ言わんとしていることは通じるのではないかと思います)……

…しかし、「RNase A」の場合、実はここまで書いても「完全に何か1つの、具体的に酵素(タンパク質)を構成するアミノ酸の並び方の順番まで同じ、決まった物質にまで特定可能」にはなっていないという点もありました。

 

どういうことかと言いますと、ズバリ、生体分子は「種 (しゅ)」によって多少の違いが存在するものになっているんですね。


つまり、ちょうど「iPhone15 Pro」という同じスペックのスマホがあるけれど、実はホワイト/ナチュラル/ブラック/ブルーというカラーバリエーションがあるように、「ヒトRNase A」と「ウシRNase A」とでは、機能は同じなのに、微妙~にアミノ酸配列が異なっているのです。


まぁ配列自体が違うので、「色は違うけど中身は完全に同じ」のiPhoneよりももっと大きな違いなんですけど、「機能は同じだけれども、中身(配列)はちょっと違う」ものになってるんですね。

 

せっかくなので具体的に見てみましょう。


我らがNCBIアメリカの、国立生物工学情報センターという、生命科学研究を支える一大期間…科学論文のほぼ全てが登録されるPubMedなど、様々なデータベースを無料で公開しています)の「Gene(遺伝子)」データベース(↓)にある、RefSeq(参照配列)の部分からタンパク質を意味する「NP_(数字)」のリンクをクリックして得られるタンパク質の配列を引用させていただきます。

www.ncbi.nlm.nih.gov

        1 malekslvrl lllvlillvl gwvqpslgke srakkfqrqh mdsdsspsss stycnqmmrr
       61 rnmtqgrckp vntfvheplv dvqnvcfqek vtckngqgnc yksnssmhit dcrltngsry
      121 pncayrtspk erhiivaceg spyvpvhfda svedst


こちらはアミノ酸1文字表記で、最初の「m」(メチオニン)に始まり、最後156番の「t」(スレオニン)まで、156アミノ酸から成るのがヒトのもつRNase Aの配列、いわばレシピだということでした。


では、前回見ていたRNaseのWikiP記事でも触れられていた、広く市販されていて研究室で最もよく使われている、ウシ(学術的な英語表現でbovine(ボバイン)…恐らく、作る量の多さや精製のしやすさなどから、ウシ由来のものが最も普及しているのでしょう)のRNase Aの配列を同じGeneデータベースから見てみますと…

 

www.ncbi.nlm.nih.gov

(ヒトはホモ・サピエンスが学名ですが、ウシさん=ボバインの学名はボス・タウルスですね)

 

        1 malkslvlls llvlvlllvr vqpslgketa aakferqhmd sstsaasssn ycnqmmksrn
       61 ltkdrckpvn tfvhesladv qavcsqknva ckngqtncyq systmsitdc retgsskypn
      121 caykttqank hiivacegnp yvpvhfdasv


ズバリ、ウシRNase Aは150アミノ酸という、ヒトよりも6アミノ酸少ないタンパク質で、配列自体も、人間は「MALEKSL…」で始まりましたが、ウシくんは「MALKSL…」と、4番目のE(グルタミン酸)が存在しないなど、微妙~に違う配列になってるんですねぇ~。


このことから分かるのは、4番目のEがなくてもRNase Aの機能自体に大きな違いはないということがありますね。

とはいえまぁ、もしかしたら多少なりとも活性(酵素の機能の強さのことを、専門用語で「活性」と呼びます)に違いがあるかも知れず、ヒトとウシどちらのRNase Aが効率よい分子なのかは分かりませんが、まぁ基本的にそこまで大きな影響を与えるものではないといえましょう。


また、よく見てみると前半の配列は極めて似ているものの、後半は結構似ていない印象も受けます。

なので、RNase Aの活性を産み出す重要な部分は、恐らく前半の配列が生み出しているのであろう、なんてことも分かるわけですが、詳しくは結晶構造を見てみたり、さらに他の生物の配列と比較するなりして色々な知見を得るのが、進化生物学などが研究対象とする話だといえる感じですね。


(ちなみに当たり前ですが、進化的に遠いものほど配列が大きく異なります。つまり、ヒトとウシ(どちらも哺乳類)よりも、ヒトとカエルの方がより違う配列ですし、ヒトとヒマワリは動物と植物の違いなので恐らくもっと大きく違い、ヒトと大腸菌だとさらにもっと違う配列になる(でも、どの生物が作るものも、あくまで同じRNase Aとしての機能は持つ)、って形になります。)

 

※追記注:この辺の話について、一部かなり不正確な記述になってしまった部分もあったため、後日別の記事で補足しておきました↓)

con-cats.hatenablog.com


日本語版には個別記事リンクがなかったのですが、検索したら英語版にはありました、こちらはヒトではなくウシのものですけど、前回のRNase Hの結晶構造リボンモデル同様、RNase Aの結晶構造モデルを今回のアイキャッチ画像代わりに使わせていただきましょう。

https://en.wikipedia.org/wiki/Bovine_pancreatic_ribonucleaseより

…まぁ例によってこんなの見ても何も分かりませんけど、前回貼ったRNase Hよりも、Aの方は大分簡単な構造であることは分かりますね!(参考:RNaseの画像は、前回記事のリンクカードに表示されますかね↓)

con-cats.hatenablog.com

あと最後、RNase Aについて、こいつはマジでめちゃくちゃ強い(=丈夫な)タンパク質だ、なんて話をしていましたが、前回も貼っていたWikiP記事の方に、それに関する面白い記述があったので引用させていただきましょう。

研究室で一般に用いられる酵素の中で最も丈夫なもののひとつであり、RNase Aを精製する方法の一つに、細胞の抽出物を煮沸しRNase A以外のすべての酵素を変性させるというものもあるほどである。


…そう、このRNase Aという輩は、鍋で煮ても壊れない酵素だということで、RNA実験をしたい立場としてはマジで厄介な、クズのような存在なんですね(笑)。

(あれ、この記事にリンクが貼られていなかっただけで、RNase A個別記事は、先ほどの英語版だけでなく普通に日本語版もありましたね。

 ちなみに先ほど貼ったリンク記事にある「Pancreatic」は「すい臓」のことで、どんな細胞でも大量に作っているイメージのあるRNase Aですが、特にすい臓で大量に作られるもののようです。)

 

では、次回もまたもうちょい関連ネタを続けようかな、と思っています。

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