食べても絶対太らない夢の糖

前回の記事では、炭素の4本腕に全部違うモノがくっついている場合、4つのモノの配置によってはどうやっても重ね合わせることのできない2種類のものが生じる(鏡に映すことで、相手と一致する)…などという話に軽く触れていました。

 

そういう4つ全部に違うモノがくっついている炭素原子を不斉炭素原子、重ね合わせができない性質をキラリティー、よく使われる区別法に「D体・L体」で分けるやり方がある…などということを書いていましたが、D体とL体とは鏡像異性体の関係にあるとも言い、全く馴染みがないのでそんな言葉使わず日本語使えや、としか思えないものの、カタカナで鏡像異性体のことを「エナンチオマー」とも呼んでいるという話にも一応触れておきましょう。

 

覚える必要は、一切全く、これっぱかしも皆無だと思います(笑)。

 

(とはいえ、高校の有機化学では「鏡像異性体」よりも「光学異性体」という名前で習うことが多いわけですけど、化学の命名に関するルールを定めている世界最大の機関・IUPACによると、「光学異性体」呼びは推奨されていないという形だったんですね。

ja.wikipedia.org


…まさに↑のウィ記事にある通り、元々は偏光を当てたときに向きを回転させる性質=旋光性から見出された物質の違いだったものの、より化学(科学)が発展して、原子レベルで構造が解析できるようになったら、

「その旋光性を生み出す本質は、分子のキラリティーにあった」

 ということが分かり、構造の違いを語る上で重要となるのは光がどうこうではなく、その鏡像性であるため……なんてことがツラツラ光学異性体の記事でも語られていますが、改めて、有機化学者でもない限り、かなりどうでもいい違いと思われます(笑)。

…なら触れるなよ、って話なんですが、記事水増しのために補足として触れてみたといういつものパターンですね。)

 

なお、エナンチオマー、その由来となる語である「エナンチオモルフ」も、キラリティー、その由来となる語である「キラル」も、どっちも意味不明にも程があるわけですけど、エナンチオモルフはギリシャ語で「反対」を意味する語(「morph」は「形」という意味で、これはより一般的な英単語ですね)であり、エナンチオマーというのは「反対の者」という形になっていて、まあまあそう聞けば多少は理解ができなくもない形で……

一方の「キラル」は、ギリシャ語で「手」を意味する単語がその語源となっていまして、こちらはそれさえ知っていれば非常に分かりやすいものといえまして、「同じ要素から構成されているけれど、絶対に重ね合わせられない」ものの代表格は、やはり「右手と左手」ですから、大学でこの語を習った際、キラルとアキラル(=キラリティーをもたないもの)の2つが出てきて、どっちがどっちだったか紛らわしすぎて発狂案件だったわけですけど、「キラル=手」さえ覚えておけば、「重ね合わせができない」方がキラルだったな、と思い出せる感じですね。

(「アキラル」と、否定の接頭辞「a」がついているからこそ、「あれ?こっちが重ね合わせできない」方だっけ?…とか迷いがちなのですが、「アキラル」は「非・手」ということで、手ではない=重ね合わせが可能であるものを指して言う言葉になっているのが注意点という話でした。)

 

…と、かなり面白そうなタイトルにした割に、あまりにもどうでもいい用語の補足で長くなってしまいましたが、ズバリ、D体とL体について、非常に興味深いネタがあるんですねぇ~。

 

前回、乳酸にはD体とL体があると書いていましたが、そのD体とL体は、不斉炭素原子を持つ多くの物質に見られる「鏡像異性体の関係にある」もの同士なら必ず存在する違いなわけですけど…


(ちなみに、不斉炭素原子を持っていても、鏡像異性体の関係にはならないパターンも、実は存在しています。

…前回は「4本腕に違うモノがつながっていれば、必ずキラリティーがある」などと書いた気もしますが、それは誇張して書いたというか、ぶっちゃけただ勘違いで間違って記述してしまった話だったんであり(笑)、そういえばそうとはならないパターンがあるのを忘れていました。

 またいずれ改めて触れてみようと思いますが、空間把握能力平凡民としては、この辺、極めて難しい話ですね、正直(笑)。)

 

…我々におなじみの有機化合物、三大栄養素の一角を担う炭水化物=と、タンパク質(の構成物質、アミノ酸)とが、極めて代表的なD/Lという鏡像異性体を持つ分子だといえます。

 

非常に面白いことに、そしてなぜそうなっているのかは誰にも分からない話として、なぜか天然に存在する糖はほぼ全てがD体であり、一方タンパク質を構成するアミノ酸は全てL体になっているという、とても興味深い話になっているのです。

 

これに関して、

「天然に存在する糖は全てD体です。ではL体の糖というのは…?

 実は、L体の糖、代表例を挙げると、糖の王様グルコースでいう『L-グルコース』は、なんと、例の解糖系の最初のステップでリン酸化されないので、当然、解糖系の反応が進行せず、我々はこいつを栄養として用いることができなくなっているのです!!

 これがどういうことかというと、糖として利用・吸収できないということですから、どれだけ食べてもエネルギーを生み出せず、別のエネルギー源(体に蓄えた脂肪とか)をガンガン消費することになる……言い換えれば、どれだけ食べても絶対に太らない(太ることができない)糖ということで、まさに夢の物質といえそうですね!」


…などとまとめようと思っていたんですけれども、しかしよく考えてみたら、

「そういえばD/Lの話って、以前どっかで書いたことなかったか…?」

と思い出しまして、過去記事検索をしてみたら、ズバリ、ずーっと前の「楽しい有機化学シリーズ」の糖の初回記事(↓)で、L-グルコースのみならず、D/L体についても実はちょろっとだけ話に出したことがあったんですね…。

 

con-cats.hatenablog.com

 

とはいえ、この時は軽く流していただけだったので、今回はせっかくなのでその夢の分子についてもうちょい深入りしてみようと思います。

 

検索してみたら、イギリスの糖尿病関連の企業がこの「L体グルコース」について取り上げてくれていました。

 

www.diabetes.co.uk


一部、翻訳引用紹介させていただきましょう。

 

血糖値に影響を与えないタイプの糖―そして、それを利用できない理由

砂糖に代わる、糖尿病患者にとって最適な天然食品があります。味はまったく同じですが、同じように代謝はされないので、血糖値を急上昇させることはありません。しかし、大規模に生産されたことはないのです。

それはL-グルコースと呼ばれる物質で、火星で生命体を探すミッションからその物語が始まります。いや、本当なのです。チョコレートバーについての話ではなく、砂糖と火星についての話を聞くのは、どなたもきっと初めてのことでしょう。

火星の生命

Dr. ギルバート・V・レヴィンは、火星に生命が存在するかどうかをずっと知りたがっており、それを見つけ出す良い方法を思いつきました。計画は、着陸したバイキング1号が火星の土を容器に入れ、その中にはまず放射線を含んだ栄養素を入れておきます。もし火星の土に生命体がいれば、その生命体がその栄養素を食べて放射性二酸化炭素を放出し、ガイガーカウンターでそれを検出できるだろう、というものでした。

次の問題は―どんな栄養素を使うか?ですね。Dr. レヴィンはまず、地球上の全ての生物が食べているグルコースを思いつきました。うまくいけば、火星にいるかもしれない生命体もそうであろうと考えたのです。しかし、化学はそれほど単純ではありませんでした。分子には、「左手型」と「右手型」、つまり元素の配置が微妙に異なる分子が存在するのです。地球上では、私たちは「右手型」のグルコースだけを代謝しています。Dr. レヴィンは、念のため両方のグルコースを用意しようと計画しました。

しかし、それは技術的な問題で不可能となりました。そのため、Dr. レヴィンはグルコースラクトース(乳糖)に置き換えたのです。このプロジェクトはある程度成功したものの、火星に生命が存在することを証明することはできませんでした。そうでなければ、我々は既にそのことを耳にしているはずですね。

新しい低カロリー甘味料

しかし、私たちが求めているのは火星のことではありません―低カロリー甘味料についての話ですよね。そして、両方のタイプのグルコースを利用しようと試みたものの、結局は失敗に終わったDr. レヴィンも、それは同様でした。私たちは「左手型」のグルコース(すなわち、L-グルコース)を代謝することができないので、これを砂糖に代わる低カロリーの甘味料として使えるのではないか?と博士は考えたのです。博士はそれを突き止めようとしました。

最初の問題はこれでしたーL-グルコースは、D-グルコース(「右手型」グルコース)ほど美味しくないのではないか、という点です。しかし、L-グルコースを味覚審査会でテストしたところ、誰もその違いを見分けることができなかったのです。ここまでは良かったといえましょう。Dr. レビンは、L-グルコースを低カロリー甘味料として使用する特許をすぐに取得しました。

Dr. レビンの研究は有望ではあったものの、すぐに難題にぶつかりました―精製工程が非常に高価であり、もっと安く行える良い方法が思いつかなかったのです。糖尿病患者のための大発見—血糖値への影響を最小限に抑え、砂糖とまったく同じ味の低カロリー天然甘味料に近づいていたのですが……残念なことに、その値段は金(ゴールド)より50%も高くつくのです。


L-グルコースを手頃な価格で精製する方法は未だに見つかっていません。それを最初に見つけた人は、きっととんでもない大金持ちになれることでしょう。

 

(…以下省略…)

 

…ということで、もったいぶった話の割に、結局「作るのに金がかかりすぎるのです」という、単なる金の話に落ち着いたわけですが(笑)、まぁでも、よく考えたら、人工甘味料は全く太らない甘いものなのに別に天下を取ってませんし、L-グルコースも、これも普通のブドウ糖と全く同じとはいえ、天然には存在しないものであり、「天然に存在しないことへの忌避感」は結局ありそうだという点、および、吸収されないことで太らないとは言っても、果たして健康という面でそれはどうなのか(実際、引用記事の続きにも同様の指摘があり、そして↑でリンクを貼った以前の記事でも書いていた通り、L-グルコースを大量に摂取すると下痢になるという話もあるようです。まぁ、人工甘味料あるあるかもですね)などという懸念がある気もしますから、大量合成/精製に成功しても、言うほど世界を変えるヒットにはならないのかもしれませんね。

 

とはいえまぁ、話のネタとして、実際どのぐらいの値段がするのか、最後に見てみるとしましょうか。

 

試薬合成世界最大手の、天下のSIGMAのプライスをチェケラッチョさせていただきましょう。

 

まずは、普通のグルコース、D-グルコースの方ですが、まぁ研究試薬用の超高純度の物質なので、市販の砂糖(ブドウ糖ブロックとか)よりはかなりお高めかとは思いますけど、ズバリ…

 

https://www.sigmaaldrich.com/US/en/product/sigma/g8270より

…ふ~む、最大ロットの25 kgで、335ドル=現在の為替で、4万9302円!

まあまあ、砂糖25キロで5万円はかなり高い気もするものの、改めて、これは極めて純粋な試薬ですしね。

 

では、件のL-グルコースさんのお値段は、果たして…?

 

https://www.sigmaaldrich.com/US/en/product/sigma/g5500より

ギャヒョーン!

 

なんと、わずか25グラム(Dグル最大ロットの1/1000の量)で、2190ドル=32万2354円!!

高杉内、ワロシュガー(笑)

 

ということで、未だに安価で生成することは不可能なようで、糖の王様・普通のグルコースとモノとしては全く同じ(味も同じとのこと)分子だけに希望はあるものの、まだまだ夢の食品のようですね。

 

「食べても絶対に太らない糖」の出現には、技術の発展に期待しましょう。

 

(ちなみに最後、別ネタとして、D-グルコースの値段は、実はずっと前の同じ糖シリーズの記事でも見たことがあったので…(↓)

 

con-cats.hatenablog.com

 

…ちょうど2年半ぐらい前になる感じですが、2年半で試薬がどのぐらい値上がりしているのかのいい記録になっている気がしますから、参考までに再掲してみましょう。)

f:id:hit-us_con-cats:20210713064550p:plain

https://www.sigmaaldrich.com/US/en/substance/ddglucose1801650997より

 

2021年当時は、同じグルコース25キロ、268ドル!

当時は1ドル110円だったようなので、衝撃の2万9480円!!

お値段何と、今より2万円オフ!

 

う~ん、インフレもだし、円安の勢いも恐るべし!

 

ちなみに、これはログインしていない価格なので、大学価格だと実は(表示した全ての価格表でそうですが)もうちょい安く買えるんですけどね、まぁ、条件は同じなのでやはり値上がりしているのは間違いないし、L-グルコースが法外な値段だというのも、それはそう、という話でした。

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