GALp(ギャルピー)のお話

前回の記事で、糖分子が仲良く手をつないでできあがった二糖類の内、有名所のやつらを見ていました。

軽くおさらいしておくと、普段名前を聞くことのあるメジャー所の二糖の場合、2つの内1つは糖の王様グルコースブドウ糖なので(やはり人間はエネルギー源としてグルコースを摂取してナンボですから、グルコースが関わっているのは当然ともいえますね)、もう1つ何がつながってるかを覚えればよい感じになっています。
(まぁそれは受験生向けの話で、別に覚える必要など皆無の話ですが。)

相棒もグルコースの場合、α結合でつながった甘い方がマルトース(麦芽糖、β結合で手をつなぎ、さらにズラっとつながり続けることで食物繊維(セルロースになる方(僕は何となくいつの間にか自然に覚えられていたのでそんな風には覚えませんでしたが、α=甘い、β=ベータカロチンとかの聞き覚えある栄養素で、何となく野菜っぽいイメージをもつと、上手に覚えられるいい語呂合わせになりそうですね)がセロビオースでした(トレハロースは、まぁ高校化学には出てきませんし、面白い糖ではありますが気にしなくて’いいでしょう)。

一方、相棒として違う糖がつながる場合は、一番甘いフルクトースがつながると、みんな大好き、甘くて美味しいシュガーのスクロース(ショ糖・砂糖)になり、また一方、ガラクトースというこの糖を覚えるためだけに存在するようなマイナーなやつと手をつないだ場合は、ラクトース(乳糖)になるという感じで、そんな風に関連付けて覚えれば、以上4つの高校有機化学で触れるメジャー二糖はバッチリでしょう。

…と、「ガラクトースラクトースを覚えやすくするためだけに存在」「主役グルコース・甘くて名前も可愛いフルクトースと違って、名前も何かガラが悪そうで汚い響きだし、甘みも小さくて特徴のないザコ、覚えるのを面倒くさくさせるだけの嫌がらせのような存在、邪魔なんでこの世からいなくなった方がマシ、糖界の鼻つまみ者、ゴミ、ドブカス」などと書きましたが(いや別にそこまで悪くはいってませんでしたけど(笑))、実はこのガラクトース生命科学系の研究では、グルコースなんかよりむしろツールとして重用されているとすらいえる重要物質なのです。

まぁ血液型を分ける糖抗原部分としても存在するわけですが、それよりも、分子生物学遺伝子工学を著しく発展させてくれた人類の味方・酵母を使う研究で、ガラクトースは特に汎用されているのです。

専門的すぎるというか細かすぎる話になりますが、割と分かりやすくて面白い話にも思えますし、ちょうど次に出す糖の話でも触れようと思ってたので、軽く紹介しておきましょう。

このガラクトース、何が便利かというと、酵母には「ガラクトースプロモーター」(GALプロモーター、「ギャルプロモーター」と呼んでます。略記でGALp)と呼ばれるものが存在し、これが何かといいますと、まさに、以前話に出していた、遺伝子のスイッチ

非常に面白いことに、酵母は、育てる培地(エサ)にガラクトースを与えると、このGALpのスイッチが一気にONになり、逆に、エサの糖分としてグルコースが存在すると、GALpのスイッチは完全にOFFになるということが知られています。

だから、自分の興味のある遺伝子(タンパク質の配列を指示するDNA)を、このGALpの制御下に置かれるように、GALp配列(「遺伝子のスイッチ」なので、これ自身も、ただのA, C, G, Tが並んだ、DNAの配列なんですね)のすぐ隣(下流)につけた形の人工DNAなんかを酵母に導入してやることで、エサの糖分としてグルコースを使えばその遺伝子を完全にOFFのまま制御し続けられるし、一転して、ガラクトース培地で飼ってやれば、GALpスイッチがONになり、酵母に、その遺伝子のタンパク質を一気に大量に作らせることができる(そして、そのタンパク質の有無による、酵母の生育・遺伝・代謝などへの影響なんかを比べることができる)…という形で、好きなように特定の遺伝子のスイッチを、ON/OFF自由自在に切り替えられるんですね!

まぁそんなこといきなりいわれても、「だから?」っていうか「は?」って話かもしれませんが、酵母というのは、顕微鏡でようやく見えるぐらいの、細胞1つが1個体の単細胞生物、いわゆる菌類の一種ですけど、お酒を造る・パンを作るという、太古の昔から尋常じゃないレベルで人類の役に立ってきたのみならず、近年は分子生物学遺伝子工学でもめちゃくちゃな力を発揮してくれている、神のような単細胞なんですね。


…と、二糖類からもっとつながった糖について見ていこうと思ってたのですが、ガラクトースのせいで余談が大分長くなってしまいました。

もちろん二糖類の中には、グルコース以外の糖だけがつながってできたもの(例:フルクトース+ガラクトースで、ラクツロースなど。他にも、Wikipedia二糖」のページに、マイナーなのも含めたくさん載っていますね)もありますが、聞いたこともないようなやつらばっかりでしたし、触れる必要もないでしょう。

ということで続いてはさらに1つ糖がつながってできた三糖類、しかしこちらも大したものはないので、わずか1つだけの紹介です。

15. ラフィノース

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https://ja.wikipedia.org/wiki/ラフィノースより

重要度★☆

こちら、正直全く無名でなんてこともないマイナー糖なのですが、構成としては、ガラクトースグルコース+フルクトースという、 主要3単糖全部そろい踏みの欲張りセットで面白い感じですね。

まぁそんな単糖のフルコースともいえるこのラフィノースですが、これまた、酵母を使う生命系の研究者にはとてもなじみがある物質なのです。

先ほどのGALpという遺伝子スイッチは、ガラクトースがあるとONになると書きましたが、実は「グルコースがあると完全にOFFになる」作用の方が強いので、グルコース入りのエサで酵母を飼っている所(当然、酵母は普段、標準の糖であるグルコース入りのエサで飼います)にガラクトースを投入しても、残念ながらスイッチはONになりません。

また、ガラクトースは、栄養源としてショボいので酵母の成長がめちゃくちゃ遅いため、ある程度の量育てて「いざ、スイッチON!」という瞬間までは、なるべくグルコースで育てたいという事情もあるので、なかなか、最初からガラクトース培地で十分な量の酵母を育てるのは悩ましいわけです。

しかし、グルコースで育てると、いざスイッチを入れたいタイミングが来ても、グルコースが邪魔するせいで、ガラクトースを加えてもGALpスイッチが入らない…。

そこで登場するのが、「グルコースとほぼ同じスピード酵母を成長させられるけど、GALpスイッチの妨害は一切しない」ことが知られているこの糖、ラフィノースなんですね!

つまり、酵母をラフィノース培地で育てれば、グルコースと同じようにぐんぐん酵母の数を増やすことができ、しかも、好きなタイミングでガラクトースを投入するだけでGALpスイッチをONにすることができるという、大変便利なシロモノなわけです。

僕も、酵母が専門ではありませんが、分子生物学に非常に汎用されているモデル生物なので当然触ったことはあり、このラフィノースも使ったことがあります。

もちろん、グルコースと同じスピードで育てられて、しかもGALpスイッチのON/OFFも自由自在なら、酵母は常にラフィノースで飼うようにしてはいかが?…なんて思うわけですが、当然、ありふれた糖であるグルコースと比べて、このラフィノースは値段がバカ高

世界最大の試薬メーカー、SIGMAで値段を比較してみましょう。

こちら、糖の王道スタンダード、D-グルコース様の値段は…

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https://www.sigmaaldrich.com/US/en/substance/ddglucose1801650997より

分子レベルの研究でも安心して使える、99.5%超の純度というハイクオリティのグルコースですが、100グラムで25.70ドル=約2600円1 kg約5000円10 kg約1万5000円と、値段設定メチャクチャすぎぃ!…と思うものの、大抵こんな感じでたくさん買えば激安になるのが試薬ですね。

さてさて、一方、件のラフィノースはといいますと…

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https://www.sigmaaldrich.com/US/en/substance/ddraffinosepentahydrate5945117629300より

一番安い、純度98%という低グレードの商品で、99.5%以上保証のグルコースより遥かに低いクオリティのくせして、お値段まさかの、25グラム約7700円100グラム約2万7000円500グラム10万円弱(いや今の為替だと10万超えですかね)、1 kg約17万円

高杉晋作ぅ!!

こないだの、価格破壊が起きる前の、高かった時代のトレハロースすら泣いて裸足で逃げ出すレベルの高さですね。

…いやでもここまで高かったか…?!

前も書いた通り、アメリカは試薬に限らず食品以外のあらゆる物価がマジで永久にジリジリ上がり続ける国なんですが、特にこういうそこまでメジャーではない試薬(酵母界ではかなりメジャーではありますけど)は、調子に乗ってガンガン値上がりしている印象です。

あとちなみに、SIGMAは高いので、よっぽどSIGMAでしか作ってない試薬以外、基本的にSIGMAで買うことはありませんが、まぁラフィノースはどのメーカーのを見ても、本当に高いですね。

酵母でGALpによる遺伝子誘導を行うためには欠かせない糖なので、もうちょい安く提供してくれてもいいのになぁ、と思わずにはおれません。


…ってところで、今回は確実に多糖類にまで話を進められると思ったら、まさかの、ラフィノースとかいうドマイナー糖(っていうか、酵母・GALプロモーターの話でしたが)でスペースを食いすぎてしまいました。

続きはまた次回といたしましょう。

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