内と外

前回は「protease(プロテアーゼ)」と「proteinase(プロテイナーゼ)」の違いについて、1986年、ちょうどペプチダーゼという概念が生まれたときにまとめられた論文に触れることで、タンパク質分解酵素のnomenclatureを垣間見ていました。

 

まぁ論文の中身・本文の方は前回の記事をご覧いただくとして、まとめると結局簡単な図ひとつで済む、論文中で示されていた以下のスキームの通りだ、って話ですね。

 

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1147080/より

 

結局、「プロテアーゼ」というのはより広い概念の言葉であり、タンパク質を分解する酵素全般を指す、という話である一方…

(ちなみに、論文では、「将来は『ペプチダーゼ』という語に取って代わられるであろう」とか書かれていましたが、少なくとも40年弱経った今でも、普通に「プロテアーゼ」の方が覇権を握ったまんまですね(笑)。

 一度定着した用語は、多少の紛らわしさ程度では中々取って代わられないものだといえましょう。)


…「プロテイナーゼ」というのは、無傷の、完全な状態のタンパク質に対してより良く働く、「エンドペプチダーゼ」のことを指すものであると、一言でいえばそういう形になっているという話でした。

 

まぁ詳しく見ていく前に、覚え方としては、「protein」という一語が丸々完全に入っている方が、まさに名前の通り「完全な状態のタンパク質に対して作用する」ということで、そう覚えておけばど忘れしたときにリカバリーが利くかもしれません。

まま、そんな覚え方しなくとも、日本語ですら何となく「プロテアーゼ」の方がよく聞きますし、広く一般的なのが「プロテアーゼ」で、「プロテイン」が完全に入った方はちょっと狭い意味の特殊なやつだった、と覚え…なくとも、正直こんなのは勝手にいつの間にか印象に残っている話かもしれないとともに、そもそも「完全なタンパク質に作用する、って何だよ」って話だったかもしれません。


これについては結局、プロテイナーゼの方は、「エンドペプチダーゼである」ってことに尽きる話ですね。


そもそもの「ペプチダーゼ」というのは……

…まずおさらいとして、タンパク質というのはアミノ酸(ヒトから大腸菌やらウイルスまで含め、どの生物でも20種類)が大量につながってできたものですけど、そのアミノ酸同士の結合を「ペプチド結合」と呼んでいます。


なので、「ペプチダーゼ」という語は、まさにそのアミノ酸同士のつながりである「ペプチド結合を分解する酵素」という意味であり、分子レベルで最も現象をよく表している言葉になっているということから、前回見ていた論文の著者は「将来的にはこの語がメインで使われていくだろう」という予想とともに「この表現がベスト」とお墨付きを与えていたわけですが…

(「プロテアーゼ」といった、「protein+ase」という「タンパク質を分解する酵素」という語だと、なんとなくタンパク質がハンマーというかミキサーというか、とにかくそういうもので乱暴に・でたらめに・粉々に破壊されるような感じの情景を浮かべがちだと思うんですけど、実際は今まで散々見てきたとおり、ペプシンやらトリプシンといったプロテアーゼというのは、「(特定の)アミノ酸同士の結合」を切断する、非常に決まりきった、上品な分解機能しか持っていないんですね。

 なので、そういう仕組みを念頭に入れてみると、「ペプチダーゼ」という語の方がよりピッタリといえるわけです。

 なお、「ペプチド結合を分解…」と書いていたものの、アミノ酸が複数個つながったものそれ自体も「ペプチド」と呼ぶので、「名前+ase」の法則で、「ペプチドを分解する酵素」と考えても問題はないといえますが、まぁより正確にいえば「ペプチド結合を分解する酵素」と考えるのが正しい仕組みも理解できて一番いい、って感じだといえましょう。)


……補足が長くなりましたけど、ペプチダーゼには2種類、「エンド」と「エキソ」の2つがあるということが論文のスキームからも明らかかと思うのですが、「エンドペプチダーゼ」の方を「プロテイナーゼ」と呼んでいると、そういう話になっているのでした。

 

で、結局ここがポイントといいますか、ここの説明が欠けていたら用語に慣れていない方にはチンプンカンプンになりがちな部分だったと思うんですけど、その「endo」と「exo」という接頭辞を知れば非常に分かりやすい話になっているように思えます。

 

実は、こないだ(とか言ってもう5ヶ月弱、半年近くも前でビビりましたが)まとめていた、「医学英語の接頭辞まとめ記事」(↓)でも登場していたのですが……

con-cats.hatenablog.com

 

…この記事ではあまりに項目が多すぎて細かいやつらには触れなかったんですけど、ズバリ、

  • end(o)-:中の、内部の
  • ex(o)-:外の

という、そういう非常に分かりやすい意味を持った言葉なんですね。

 

このタンパク質分解酵素においてはそれぞれどういう意味を持つかといいますと、「エンドペプチダーゼ」の方は、「タンパク質分子内部の結合を切断する」という意味で、ズバリ、このグループに分類されるトリプシンなら、(タンパク質内部に存在する)LysまたはArgという特定のアミノ酸の後ろ側のペプチド結合をスパッと切断する、という感じの機能をもっているわけですね。


一方、「エクソペプチダーゼ」の方は、これはズバリ、タンパク質の末端から、1アミノ酸ずつゴリゴリと削っていくタイプのもので、「タンパク質の内側からではなく、外側から分解していくタイプの酵素」だといえる形になります。

 

したがって、なぜ「プロテイネース」が無傷の完全なタンパク質に対して作用する(=別のグループは、既に分解された小さなペプチドにも作用する)かと言いますと、プロテイネースの方は内部の特定のアミノ酸を切断する機能を持つので、既に分解されたものはもう自分の切断対象となるアミノ酸が存在しない可能性もある一方、「エクソペプチダーゼ」の方であれば、どんなに小さなペプチドにも「端っこ」は必ず存在しますから、その端からガツガツとアミノ酸が削られて分解可能だから…という、そんな理由になってるんですね。

(もっとも「エクソ」の方にも「端っこに特定のアミノ酸が位置する場合のみ削る」というものもありますが、例えば有名所ではアミノペプチダーゼという、タンパク質の頭(タンパク質=アミノ酸のつながりには向きがあり、頭をアミノ末端(N末端)、お尻をカルボキシ末端(C末端)と呼ぶのでした。なので、こちらは「アミノペプチダーゼ」なんですね)から無差別に削っていく酵素も、普通に存在する感じです。

 日本語記事はありませんでしたが、↓のWikiP記事参照…)

en.wikipedia.org

ということで改めてまとめますと、「プロテイン」という名前が完全に入っている「プロテイナーゼ」は、完全形態のタンパク質に作用しやすい(または既に分解されたタンパク質には作用しにくい)「エンドペプチダーゼ」のことであり、これはタンパク質の内部を分解する(内部のペプチド結合を切断する)もののみを含むグループである一方…

「プロテアーゼ」はそれに限らず(というかそれプラス)、タンパク質を外側から削り落としていく「エクソペプチダーゼ」も含んだ、あらゆるパターンのタンパク質分解酵素を含んだ名前だったのでした、という話ですね。

 

正直、プロテアーゼのメインは「エンド」タイプともいえますし、そういう意味でプロテアーゼもプロテイナーゼ(ほぼ1文字違いで、あまりにややこしいですが(笑))もほとんど同じものを指すともいえ、相互互換的に使われても特に問題ないともいえるわけですけど、一応、厳密にはそういう違いがある用語なのです、って形だといえましょう。

 

なお、「endo」と「exo」の違いというかどっちがどっちだったかの覚え方についてですが、まぁこれはもう正直、「in」と「out」どっちが中でどっちが外だったっけ…って話で迷うことなんてあり得ないのと同様、あまりにも当たり前すぎて語呂とかは不要に思えますけど、一応、「ex-」ってのはこれに限らず「外」って意味することが多い語ですから、初めて聞く方でも、そういった他の馴染みある言葉を思い出せばいけるのではないかと思います。

 

例えば「エキストラ (extra)」という言葉は、「番外」とでもいいますか、外部から人を呼んで出演してもらうことをいうわけですし、サイズの「エクストラ・ラージ」なんかも、ラージサイズよりさらに外れた、より外側に位置するデカサイズ、ってことで、そもそも何となく響き的にも「ex」の方が「外」っぽい印象があるのではないかと思います。

(まぁそれは既に「ex=外」に馴染みがあるからこその物言いで、そんなん言うたら何でも「何となく」でありじゃん、って話になっちゃうかもしれませんが(笑))

 

ちなみに先述の医学英語記事では「Ect/o-, Exo-」となっていた通り、バージョン違いもあるわけですけど、「ec-」の方でいえば「エキセントリック (eccentric)」なんかも、「中心」を意味するcentric(「センター」由来の語ですね)に「ec-」が付いて、「中心から外れた=奇妙な・風変わりな」という意味になることからも、まぁとにかく「エクス」系は「外れた・外部の」って意味なのは明白といえましょう。

 

(あぁ、僕と同世代のゲーム少年ですと、ファイナルファンタジー5のラスボスが「エクスデス (Exdeath)」なのを覚えてらっしゃる方も多いかもしれませんが、死 (death) の外側の=死を超えるものって意味なわけですね。)

 

また、endoとexoは特に生命科学では馴染みのある語で、タンパク質分解酵素に限らず、同じくヌクレオチドが大量につながったDNAやRNAにも、「エンドヌクレアーゼ」と「エクソヌクレアーゼ」の2種が存在して、こちらも完全にタンパクの場合と同じ、DNAの内部を切断するか、外側から削っていくかの違いになっています。

 

あともう一点補足しておくとすれば、日本語だと「エキソ」「エクソ」のどちらでも書かれるわけですけど、僕個人的には「エクソ」の方を使いがちに思えるものの、そんなカタカナ表記は完全にどちらでもいい感じですね。


(とはいえ、ちょうど先ほどの「エキストラ」の例でもそうでしたが、「エキストラ」だと、日本人的には「急遽外から撮影に参加したボランティア」という意味合いがかなり強くなるため、サイズの「XL」なんかは基本的に「エキストラ・ラージ」よりも「エクストラ・ラージ」って読まれることの方が多い気がします。

 他の「エクストラ」系でも、「エクストラ・バージンオイル」なんかも「ク」表記が多いかな、って気がしますが、でも今「エクストラ・バージンオイル」で検索したら、Amazon楽天は「エキストラバージンオイル」のページがヒットしていたので、やっぱり全然決まりも法則もない感じですかね(笑))

 

「ex-」という語でもう一つ生命科学系でも使いまくるものに、yeast extractってのがありますね。

こちらは、大腸菌酵母を生育するための培地に使うので、どの生命系研究室にも大量に存在するパウダーですけど、素直に読んだら「イースト・エクストラクト」と読むように思えるんですが(まぁそれも個人の好みかもしれないものの)、日本語の場合は、完全に「酵母エキス」としておなじみですね。


「エクストラクト」を「エキストラクト」と読むのはあんまないんちゃうかなぁ、なんて思えるものの、いずれにせよ、extractというのは抽出物であり、酵母を粉々にして、酵母細胞に含まれるものを全部外に出したものですから、「エキス」ってのは中から外に分泌されたものということで、「ex=外」という図式の通りといえましょう。

(子供の頃はそう思ってた気がする、「液ス」ってわけでは全くないんですね(笑))

 

ちなみに、exの対義語がendになるのはやっぱりなぜか生命科学・医学系用語が多い印象で、例の医学用語の接頭辞記事でも、Exocrine(外分泌)と Endocrine(内分泌)という完全に一対一で対応する語が挙げられていました。

 

一般用語で「内部」を表す「endo」が使われることはあんまりない気もするとともに、実は「end」自体は「終わり」という意味から「端」という意味にもなりやがるのでややこしいにも程があるんですけど(例えばDNAは5'→3'という向きになるわけですが、それぞれの端っこはズバリ「5' end」「3' end」と呼ばれます)、でもまぁそれは「接頭辞」ではないですしね。

一般用語の場合は、「ex」の対義語はやっぱり「in/im」が多いでしょうか。

「expression=表現(自分の中から外へ)」と「impression=印象(外の情報が、自分の内へ)」というのが非常に分かりやすい例といえましょう。

 

…と、意外と「exo/endo」のおかげで相当なボリュームになったとともに、時間切れとなってしまいました。

特に写真の候補もなかったのですが、途中で挙げていたYeast extractの方から、「不味い」で有名なベジマイトの画像が「酵母エキス」ウィ記事にあったため、そちらをお借りしましょう。

https://ja.wikipedia.org/wiki/酵母エキスより


まぁ僕は食べたことはないですし、見て分かるマズさなので食べたいとも思いませんが(笑)、研究室で使うのはこういうマズいペーストではなく、粉末状の、色はかなり濃いオレンジ~茶色でニオイも独特な「まさにエサ」って感じのやつですね(僕は苦手じゃないですが、このニオイは嫌いだと感じる人も多い印象です。多分、ベジマイトに近い香りですかね?嗅いだことすらないので分かんないですけど)。

(そういえば一応、イーストエクストラクトについては以前、大腸菌の培地を紹介した記事(↓)で触れたこともありましたね、まぁ名前を出しただけではありましたが…)

con-cats.hatenablog.com

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