エサ代はいくら?

プラスミドについてかなり細かい点、コピー数とそれを制御する複製起点oriについてここ何度かの記事で見ていましたが、まぁ特にあのリングで図示されたプラスミドマップは、ひたすら分かりにくかったかもしれないですね(アレ、分かりにくいっす、というコメントもいただいていました)。

とにかく知らない用語が多すぎて、僕も初めて習ったときは「分かりにくすぎぃ!」とぶち切れたものですが、結局プラスミドはただのDNAの文字列が並んだものにすぎず、偉大なる先人たちが色々と研究した結果、「ここからここまでは、大腸菌の中でこれこれという機能を発揮する特殊な要素になっているな」ということを1つ1つ発見・検証して、それをまとめて図に表してくれているということであって、それ以上でもそれ以下でもないというか、慣れれば本当によくできているお役立ち情報ともいえる感じですね。

もちろんリング上で何の要素もフィーチャーされていない部分はただのつなぎというか意味のないDNA文字列なわけで、そういう部分は何のためにあるの?とも思えるものの、元々プラスミドは天然で細菌の体内から発見された物質であり、歴史的に自然界に存在するものを利用することから始めたという流れがあるわけで、余計な部分があっても、まぁそれは人間が作ったものじゃねぇし、全く無駄がない形ではないのも、そりゃそうだろ、としかいえないとという感じかもしれませんね。


とりあえず、前回はoriを複数もつシャトルベクターについて見ており、それぞれの生物で利用可能なoriが乗っかっているから、別の生物でも同じプラスミドを維持&複製できるのです、という話をしていました。
(ただ、ヒト細胞の場合、oriを使って細胞に増やしてもらうのは期待しないことも多い(単純に、大量に導入して、導入された細胞が望みの遺伝子を発現してくれればOK、という形の実験(一過性の遺伝子導入)が多い)というのは、前回細々と説明していた通りですけどね。)

そして、ベクターによっては第3のoriが存在するものもあって、よく見かけるのが前回見ていたpcDNAにもpRSにも乗っていた、f1 oriですね。

まぁこいつは、一言でズバリいうと、過去の遺物であり、今の時代全く必要ないのでどうでもいい存在…ということに尽きるのですが、これは、簡単にいうとファージf1が使えるoriになります。

ファージというのもまた聞き慣れない用語ですが(名前だけは制限酵素の記事で出したことはありましたけど)、「細菌に感染するウイルス」をファージ(バクテリオファージ)と呼んでいるだけであって、まぁ感染先が違うだけで、我々にとってのウイルスみたいなものですね。

つまり、f1 oriは、ファージに感染していない大腸菌では複製が行われず、ファージに感染したときのみこの複製起点からもプラスミドDNAのコピーがなされるという形になっているわけです。


f1 oriの特徴として、コピーされるDNAが一本鎖であること、そして合成された環状一本鎖DNAは菌体外に分泌されることなどが挙げられます。

一本鎖プラスミドDNAは、まだ各種研究技法・ツールが発達していなかった時代(PCRもなかった時代…)、例えばサンガーさんのddNTPを使ったDNAシークエンスが誕生した頃なんかは、DNAを伸張させるために一本鎖のDNAが必要だったため、その意味で分泌された一本鎖プラスミドを回収できるというのは大変便利だったという歴史があるわけですけど、実験手法の発達した今の時代においては、どうしても一本鎖プラスミドが必要な場面などまず存在しないと断言して構わないといえましょう(まぁ中にはあるかもしれませんが、少なくとも僕は長いことやってて一度もない)。

ファージを感染させるのも手間ですし、とりあえず僕は実際一度もf1 oriを使ったことも必要になったこともないですし、正直ただそこにあるだけの、無意味で無駄なDNA領域になっているといえるのですが、まぁ古の時代より綿々と使われ続けているプラスミドですから、除くタイミングを逸したのか、多くのプラスミドでは未だにf1 oriが入っているという感じですね。


f1 oriを使える=ファージに感染した大腸菌は「F因子をもつ」ともいえるのですが、このF因子をもつ菌はF線毛という特殊な構造をもつようになり、いわゆるオスメスでいうオスにあたる形になる…という、「単細胞の大腸菌ごときに、生意気にも性があるだと…?」的な割と面白い話にもつながるのですが、まぁ例によって大分複雑な話ではありますし、今深追いするほどのものでもないでしょう。

一応、日本ウイルス学会の読み物ページに、その大分複雑な部分まで丁寧に説明してくれている記事があったので、気になる方はご覧になってみると楽しめるかもしれません。

jsv.umin.jp

…と、案外f1の話で長くなりましたが、もうちょいスペースを埋めるネタとして、前回チラッと書いていた、大腸菌を飼う試薬について、ちょろっとだけ見てみるとしましょう。

大腸菌を飼うのには、世界共通でLB培地と呼ばれるものが主に使われています。

この名前は、この培地を共同で開発したLuriaさんとBertaniさんの名前の頭文字を取ったものだ、と僕は学んだ記憶があったのですが、アメリカ微生物学会の記事によると、Bertaniさん自身が「元々はLysogeny Broth(=溶原性培地)という意味で名付けたのです」と語っていたらしく、WikipediaLB培地にも、まさにその旨が書かれていましたね。

LBはまさにWikipediaの画像にある通り、液体だと黄金色、寒天を入れてプレー状にすると液体より白っぽく濁ったゼリーになりますが、こんな感じですね。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/LB培地より

ニオイは、栄養豊富な培地なだけあって、まぁ美味しそう…とまではいきませんが、動物のエサっぽいニオイですかね(人によっては苦手という人もいます)。

LB培地のレシピは、案外単純で、1リットルの培地を作る場合…

  • Tryptone:10グラム
    (トリプトン。Peptoneを使うこともありますが、どちらも、タンパク質を酵素で分解した粉末栄養源です)
  • Yeast extract:5グラム
    イーストエクストラクト、日本語で書けば酵母エキスで、加工食品で使われることもありますね)
  • NaCl:10グラム
    (食塩。今回見ているタンパク質合成用実験で使う場合なんかでは、多めに加えることもあります)

…という、わずか3つの粉末を、しかも割と覚えやすい量入れるだけの簡単なものですね。

プレートにしたいときは、ここにさらにAgar(寒天)を10-20グラムぐらい(単にプレートの硬さを決めるだけなので、お好みで)入れるだけですが、全部を混ぜたら、しっかり溶かすために&そもそも菌を生育させる用途のものなので、雑菌が混ざって増えないように、オートクレーブ(この記事でも触れていた、高温高圧滅菌器。要は圧力釜)を使って、121℃で10-20分ぐらい加熱すれば完成です。

(当然、プレートの場合、冷めて固まる前にシャーレに流し込む必要あり)


トリプトンとYEは、細かい粒(というか粉末)で、栄養満点なだけに、特に湿度の高い夏は、量り取った薬包紙や受け皿が即ベットベトになっていらつきますねぇ~。

特に日本の夏だと、試薬ボトルの口やフタもベトベトで、何とも使いづらいことこの上ありません。

一方食塩はこいつらより粒も大きいし、べとつくこともないしで、最初の2つを量った後にこれを量ると「扱いやすい!塩は神!!」と思えること必至ですね。

ということで、これらの値段はどんなものか、せっかくなので見ていくとしましょう。

今回は、こないだ話に出していた大手試薬・実験器具会社VWRの価格を見てみましょうか。

ちなみに、検索して出たページを見ているだけで、ログインして見れば、多分大学が契約している値段である程度安く買えると思うんですけど、まぁ一応、プライベートで作るならいくらかかるのかな、という参考ってことで、一般価格を表示してみるとします。

トリプトンやYEは、最も歴史があり、品質も安定していると評価の高い「Bacto」ブランドの製品を使う研究室がほとんど(日本時代も、アメリカでも、僕はこれを使っています)なので、そいつらですね。

Bacto Tryptoneは…

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https://us.vwr.com/store/product/16078413/bactotm-tryptone-life-technologiesより

500グラムで、136ドル、約1万4000円!

意外と高い!!

そう、「大腸菌を飼うのはそんなに高くないですけど」とか書いたものの、例によって試薬類は年々価格が上がり続けており、地味に結構高いんですよね…。

昔はもっと遥かに安かった印象がありますが…。


一方、Bacto Yeast Extractも…

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https://us.vwr.com/store/product/16078065/bactotm-yeast-extract-technical-life-technologiesより

500グラムで、約1万3000円!

むーん、高い!

実際は、画像にある通りバケツ入りのもっとクソデカサイズのものもあり、そっちの方がグラム単価は当然安いですが、プライベートで買うなら(って、プライベートで買うわけないんですけど(笑))、そんなでかいサイズも手持ち無沙汰になるでしょうし、やっぱり500グラムボトルがちょうどいいですね。

 

一方食塩は、こちらは検索結果のページに色々なサイズが出てきたので全部載せると…

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https://us.vwr.com/store/product/9902221/sodium-chloride-99-0-acs-vwr-chemicals-bdhより

500グラムで約6000円!!

…いや、塩なんて買ったことないので相場は分かりませんが、どう考えても高すぎでしょ(笑)、ってのは分かりますね。

当然、実験用に99%以上の純度でNaClが存在することが保証されているとはいえ、何ぼなんでも100グラム1000円以上とか、どんな高級塩だよ、と思えます。

ただし、実験試薬あるあるで、サイズが馬鹿でかくなってもいうほど値段が増えない例のパターンで、2.5 kgで9000円、12 kgで1万9000円、50 kgで4万5000円程度と、ここまでいくと100グラムあたり90円程度と、いきなりまぁ何となくスーパーっぽい値段ジャン(笑)って感じになりますね。

さらにリスト一番下は、250ポンドで、これはグラムにすると113.398 kgですが、100 kgオーバーのクソデカサイズで、お値段なんと7万7000円ぐらい!

ここまでいくと、100グラムあたり68円ぐらいと、スーパーの底値とタメ張れるぐらい…?

…と思いきや、検索したら出てきた楽天西友スーパーの塩は…

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https://sm.rakuten.co.jp/item/4546786100122より

5 kgで454円、100グラムあたりまさかの9円!!

スーパーの塩、安すぎぃ!!

っていうか、実験試薬が高いんですかね?

よく見たら西友の塩も、普通に実験試薬と同じ99%の純度になってますし、試薬会社から買う意味って一体…。

いやいや流石にそれはおかしくない?ってことで、ログインして値段を見てみたら…

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VWRログイン時の塩の値段

…うーん、やっぱあんま安くなってへん…と思いきや、一番下の250ポンドのドラム缶、1つ426ドルで、4つ買っても全く同じ426ドルとか、意味不明すぎる値段設定でワロタって感じでしたが、これならいけるか…?!
(さらによく見たら、500 gより2.5 kgの方が安いとか、もうめちゃくちゃじゃん(笑)。)

250ポンドドラムを4つで1000ポンド=453.592 kgで、値段は据え置き4万3000円ぐらいなので、100グラムあたり……9.5円ぐらい!

これならまぁ、為替のあれがどうで、多分西友と十分タメ張れるお買い得さ!!

…って、誰が塩を450 kgも買うかっ!!!

いやぁ~、やっぱ、実験試薬ってのは意外と高いっすね。


とりあえず、エサ代はいくら?というタイトルにしたので、大腸菌ミニプレ用の2 mLの液体LB培地がいくらになるかを計算すると…

2 mLで、トリプトンは20 mg=約0.56円、YEは10 mg=約0.27円、塩はまぁ454 kgのクソデカドラム缶4つセットを買ったとして(笑)、20 mg=約0.002円とかそこら…ということで、ミニプレにかかるエサ代は、(仮にクソ高い塩を買ったとしても)合計1円以下!!

うーん、やっぱクソ安でしたね(笑)。

こんな安い培地で飼うのに、プラスミドを数百億とか数兆分子を楽に作ってくれるわけですから、やはり大腸菌は偉かった…!


という所で余談ネタをまとめた所で、次回は保留のままになっていたミニプレの余談に触れてみる予定です。

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