さらに強力な破壊者

三大タンパク質消化酵素である、ペプシン・トリプシン・キモトリプシンについて、ごく簡単にその特徴や構造なんかを垣間見ていました。

 

ペプシンの認識配列はほぼ完全にキモトリプシンにカバーされているものの、一応、ヒスチジンの後で切れるという特徴がありますがこれはまぁ「DまたはE」-「H」という2連のアミノ酸が実際の切断対象になるためごく低確率になるため無視してもいいレベルかもしれませんけど、トリプシンの「KまたはR」そしてキモトリプシンの「L、F、Y、W」という認識部位であるため、これだけで6つ(ペプシンを加えると7)のアミノ酸の後ろで切断されることになりますから、まぁどんなタンパク質であっても結構細かく分解(消化)できる形ですね。


例の、こないだ見ていたアミノ酸出現頻度のグラフを参考にして計算してみますと、ヒトの作るタンパク質であれば実に30%超の確率でこれらのアミノ酸が出てくることになるので、どんなタンパク質もこの三羽烏の力で概ね1/3の大きさになるまで消化されるといえましょう。

とはいえこれではまだ結構大きなカタマリが残る可能性も大いにあるといえそうです。


これ以上の分解はどうするのかといいますと、もちろん人間の体内にはこの3つ以外にも酵素はあって、僕が聞いたことのあってパッと思い浮かぶのですと「エラスターゼ」という酵素がありますが……

 

ja.wikipedia.org

こちらは上記ウィキペディア先生によると、グリシン・アラニン・バリンという、一番単純な特徴のない小さなアミノ酸である3バカを分解できるということで、これが作用してくれるだけでもう、単純なアミノ酸の数でも全20種のおおよそ半分に到達で、登場頻度で考慮してもゆうに過半数は超えているぐらいの切断能になる形ですね!

 

実際Gly, Ala, Valとか、数合わせに使われるよく出てくるアミノ酸ですから、切断対象としては結構いいものをお持ちなのがこのエラスターゼさんといえますけど、まぁ分泌量は他の3つに比べて少ないとかそういう理由で、誰も名前を知らないマイナー酵素に甘んじているのかな、なんて気もします。


他にも僕が知らないだけでタンパク質分解酵素はマイナーなものも含めたら人間の体内に結構な数あるんだと思いますけど、それらがみんな胃腸で一緒になって働いて、食事で得たタンパク質を細かく分解していき、小腸の内壁を通過できるぐらいにまで小さくなって、無事に栄養として吸収して、体内の色んな所で行われる「タンパク質合成反応」が滞りなく進むことで、我々生物は身体を作っている……という話につながるわけですね。

(いうまでもなく、タンパク質分解酵素自身を作るのもそういう吸収してきたアミノ酸を使って行われるものですし、ヘモグロビンで赤血球が作られるとか、ケラチンで髪や爪や皮膚を作るとか、とにかく人間・生物というのは基本ほぼ全てがタンパク質でできているものだといえましょう。)

 

とはいえ主役級のキモトリプシンでさえ、マイナーアミノ酸を含む4アミノ酸でしか切断できないとか、「もっと強いやつはないの?『そいつが1ついてくれればタンパク質が完全にバラバラになるような酵素』ができれば、それ作るだけで消化が済むからいーぢゃん」とか思えるわけですけど、まぁこれはやっぱり、そんな強いやつを作ったら、その酵素自身が破壊されるのみならず、自分の細胞の中のあらゆるタンパク質分子がボロボロのズタズタになっちゃうじゃん、という話ですし、そういうものは便利を通り越して、強すぎて不便になるまであるんですね。


しかしもちろん、世の中には強力な酵素も存在していまして、パッと浮かんだものですと、生命科学実験でタンパク質を分解する際によく使われる「Proteinase K」というものがあります。

 

ja.wikipedia.org

まぁ日本語だと「…ナーゼ」ですが、英語だと「プロテイネース K」と呼ばれるというのは以前書いていた通りですけど名前はともかく、そういえば切断対象を具体的には知らなかったんですけど、個人的には「タンパクを完全にぶっ壊すためにはこいつ」というレベルで、バランバランにまでしてくれる印象があるのがこちらさんですね。

 

英語版には結晶構造図もあったので、サムネイル画像を表示すべく英語版のリンクも貼っておきますが……

 

en.wikipedia.org

まぁ構造はどうでもいいとして、切断対象は、日英どちらの記事にもある通り(というか日本語版は英語版の直訳でしょうか)「脂肪族と芳香族アミノ酸(のお尻側)」とのことで、意外や意外、流石に「全アミノ酸の全結合を切断」レベルまでではなかったんですね!

 

「脂肪族」もどこまで含むのか微妙ですが、より詳しい文献(↓)に当たってみたら(こちらにも、普通に結晶構造モデル図がありましたね(笑)。一応、少し別のモデル(解像度が違う、とか、他の分子との共結晶、とかで)ではあるみたいですが)…

info.gbiosciences.com

…「芳香族アミノ酸、疎水性アミノ酸、硫黄を含むアミノ酸」だそうで、これは結局、Gly, Ala, Val, Leu, Ile, Met, Cys, Phe, Tyr, Trpの10種だと推測されますから、やはり一人で半分のアミノ酸をスパスパ切れるということで、これは相当強力だといえますね!

 

…が、そんな強力なPro-Kですけど(ちなみに、WikiPにも記述がありましたが、プロKの「K」は、「髪の毛=ケラチンすら分解可能なほど強力である」ことから付けられた、KeratinのKだそうですね。これは知りませんでした)、試薬としてのPro-Kは別に全然危険でも何でもなく、普通に乱雑なピペット操作で肌についてしまっても(まぁそんな乱暴なことするようでは研究者失格ですが(笑)、仮についても)全く何も恐れることも慌てることもなく、実際試薬自体に「毒物・劇物」系の注意書きは一切なされていません。


検索したら出てきた、研究試薬系最大手の一角・New England Biolabs(通称NEB(エヌイービー))の製品データ安全シートをお借りすると……

https://www.neb.com/-/media/32c333f1ac19465daec7b65e3fcc76ff.pdfより

 

…まぁ流石に化学物質ではあるので、「吸い込むとアレルギーを引き起こす可能性あり〼」みたいな記述はあるものの、まぁそこまで急性の何か危険性があるわけではないですね。

 

一方、「タンパク質の変性」といえば、以前一度触れたことのあった、フェノールなんかが最強の試薬という印象があります(参考:↓など)。

 

con-cats.hatenablog.com


こちらは、本当に一滴どころか、目に見えないレベルのしぶきが皮膚に知らない内についてしまっただけで、痛みとともに肌がぶっ壊れて真っ白というかピンクというか焼け爛れた状態になるというヤベェやつですけど、WikiPからハザードラベルを参照してみますと…

https://en.wikipedia.org/wiki/Phenolより

…先ほどと同じ、吸引による中長期的な健康被害を示す「胸に痛そうなトゲトゲマーク」は言うに及ばず、ドクロマークの「毒性」、さらには焼け爛れるマークの「腐食性」が付き、具体的な有害性情報には14個もの項目が挙げられている感じですね。

 

ということで、いかに強くても、酵素というのは「特定の化学反応を促進する」程度の物質に過ぎず(改めて、酵素というのは分子同士が特定の位置にて接触することで初めて機能をもつものだから)、実はより低分子の単純な化合物の方が、物理的な破壊力(まぁフェノールとタンパク質の反応も、厳密にいえば電子のやり取りうんぬんで高次構造を壊す、化学反応とはいえますけど)が圧倒的なことが多い(これは、その物質そのものが強い反応性をもつので、触れた瞬間無差別に全てを攻撃するから、ですね)、という話に落ち着く感じかもしれません。


まぁ、「別に誰も強力な破壊者なんて求めてないんやが…」という話だったかもしれませんが、時間がない中で思いのまま筆を進めてみたらそんな話に落ち着いた、というのが今回のネタでした(笑)。


あんまり面白くなりそうにないものの、もうちょい脱線してみようと思ったネタがあったので、消化酵素シリーズはもう一回だけ、次回ラストぐらいで続く感じにさせていただこうかと思います。

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