タンパク質をぶち壊そう!

ベンゼン環に炭素(と水素)がつながっただけの物質は、辛うじてスチレンというお役立ち物質がありましたが、これもポリスチレン・発泡スチロールという形で使われるもので、単品でそのまま使われる便利なものは特にありませんでした。

(恐らく一番身近で知られている単品物質が、シンナー少年が吸ってラリって喜んでるだけのトルエンという体たらく。)

やはり、炭素と水素だけではヘボい芳香族にしかなれないようで、バリエーションを生み出すには多様性が必要ということなのでしょう、ここは、酸素の力を借りる場面がやってきたといえそうです。

当然、酸素には腕が2本ありますから、最も簡単な酸素の官能基は-OHですね。

ベンゼンに-OHがつながったら、一体何になるのか?

以前の知識を踏まえると、-OHがついたらアルコールで「オール」という語尾に変化していましたから、今回もベンゼノールになるかと思いきや、もちろん別名としては存在するものの例によってそう呼ばれることは決してなく、こちらは、慣用名でフェノールと呼ばれる物質になります! 

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https://ja.wikipedia.org/wiki/フェノールより

古くは石炭酸と呼ばれたとも習いますが、そんな風に呼ぶ人はもうこの世から絶滅して消え失せているので、無視しましょう。
(また、これもWikipediaの別名にあるとおり、「ヒドロキシ基(-OH基)のついたベンゼン」でヒドロキシベンゼン、「フェニル基(-◎)のついたアルコール」でフェニルアルコールとも記述可能ですが、絶対そんな風に呼ぶ人はいないので、イキってそう呼ぶのはやめましょう。)

ちなみに、これも人間が勝手にカテゴライズしているだけの分類なので全くどうでもいい点ですが、フェノールはアルコールの仲間とはみなされません

-OH基をもつ有機化合物の中でも、フェノール(ベンゼン環にOHがくっついたもの)だけは、「フェノール類」という自分中心のグループに分けて考えられるという感じになっています。

それもそのはず、アルコールは、まぁ「メタノールは飲めないけどエタノールは飲める」みたいな違いはあったものの、概ねパッと見の見た目や性質(肌につけるとスースーする)なんかは似ていますが、フェノールはアルコールとはまるで違う物質になっているんですね。

まぁフェノールは残念ながら日常生活にはほとんどなじみがないかもしれませんが、生命科学・生化学の研究では、最もよく使う試薬のひとつ、マジで毎日使っているといっても過言ではない、バチクソ便利・重要・有能な薬品になっています。

フェノールというのは簡単にいえば「タンパク質をぶっ壊す」作用があります。

それについて詳しく見る前にまず基本性質についてちょっと一つまみしておきましょう。

フェノールのニオイは、Wikipediaにもありましたが、まさに絵の具、いかにもな有機溶媒臭の物質です。でもまぁシンナー臭というよりは、やっぱり一言でいうなら絵の具臭ですね。

純品のフェノールの融点は約40℃で、室温では固体なのですが、ひとたび60℃ぐらいにまで温めて融かして、液体になってるうちに水と混ぜてやれば、以後は液体として保管できるようになります。
(室温ですら固体だったのに、水を吸うことで、冷蔵庫で冷やして保管しても、液体のままでいられるようになる。)

実験・研究で使うのは、この液体フェノールですね。

水を吸いつくして液体になったあとのフェノールはもう水と混ざらず、ちょうどラーメンの汁に油が浮かぶのと同じように、完全に水とフェノールとに分かれます

ちなみにスープの上に浮くラーメンの油と違い、フェノールはかなりズッシリした物質で水より重いので、二層に分かれた上が水層下が有機(フェノール層)になります。

そして話を戻すと、タンパク質をこのフェノールと混ぜると、あの有能だったタンパク質様が、バチボコに破壊されてしまうんですね。

なぜか?

それは、タンパク質が、「水となじみやすいアミノ酸」と「水となじみにくい(=油となじみやすいアミノ酸」とが組み合わさってできているものだからなのです。

ちょうど、こないだ見ていたLDLやHDLといった油入りボールが、表面は水になじみのある部分が露出して、一方、中身(隠れている部分)は油になじみのある性質になっていたのと同じように、タンパク質というものも、普段、細胞の中とかでは、表面が水になじみやすい部分が出ていて、油になじみのある部分はなるべく水とタッチしないように隠されている…みたいな感じになっているんですね。

そういう性質のタンパク質をフェノールにぶち込んでやると、フェノールというのはまさに油のような有機溶媒ですから、「水になじみのある部分が表面にいられなくなって内部に隠されるようになり、逆に、油になじみのある部分が露出するようになる」という、まさに普段ある状態が完全に裏返ってしまい、結果、もう取り返しがつかないぐらいに、全体の構造がぶっ壊れてしまうわけです。

だから、フェノールが間違って肌に付着してしまうと、肌のタンパク質がガンガン破壊されて、焼けただれたような水ぶくれ・変色・やけどみたいな感じになり、大惨事になってしまいます。

わずか一滴、ほんの少しの水しぶき(フェノしぶき)がついただけで、確実に一瞬でアウトですね。
(もちろんついた量やすぐ洗ったかとかの対処によりますが、数週間はイタイイタイの状況が続くでしょう。
 ちょうど、体育館の床に、肌(肘とか?)をベッタリとつけてしかも筋骨隆々なアメフト選手とかに強く押さえつけられた状態で、別のアメフト選手に10メートルぐらい全力で引っ張られたときに負う傷…みたいな感じですかね(よぉ分からん例えですが、「ぐえぇ~痛そう!」というのは想像できるのではないでしょうか)?)

学生実験とかで、不慣れな学生はしばしばちょっとしたしぶきを指とか腕につけてしまいがちですが、それで怪我を負わないように、実験中は手袋(医療用の、使い捨てのゴム手袋みたいなの)をして、半そでではなく長袖を着用する(もちろん白衣を着るべき)ようにいわれている感じですね。

実際僕も学生実験で初めてフェノールを使ったとき、気づかぬ内にどこかでフェノしぶきを浴びていたのか、「イッタ~!」 と手に化学やけどを負ったという記憶がありますねぇ。
(いや、ついたら激痛なので、気付かなかったわけはなく、「やべっ、フェノールかかった!」で即洗い流して、超一瞬だったしセーフか…?と思いきや普通に時間差でしっかりただれてきた、って感じでしたかね、確か。超微量だったので、幸い後には残りませんでしたが。)


…と、自分になじみのあるものだから、ついついペラペラと早口で長文をまくし立てるオタクムーブをかましてしまいましたが、まぁ実際、フェノールはマジで一番使ってるに等しい試薬かもしれません(いやまぁ絶対エタノールの方が使ってますけど)。

せっかくなのでもう少し話を続けると、具体的には、このフェノールは、手持ちのサンプルから、タンパク質を除くために使われているわけです。

例えば今話題のPCR検査、これは、鼻の粘膜とかからサンプルを採るわけですけど、見たいのはDNA(RNAなので、タンパク質は不要どころか、測定の邪魔にもなりかねないんですね。

まぁ鼻の粘膜に含まれる程度のタンパク質ならPCRはかかりますし、フェノールは前述の通り扱いも大変な危険物質ですから、恐らく実際の検査の場では使われていないかもしれませんけど、正しいお作法的には、PCRとかでDNAを見る前には、フェノールで邪魔なタンパク質を除いてやります。

サンプルをフェノールで処理すると、タンパク質はぶち壊されてフェノール層に溶け込みますが(アミノ酸は基本的に水に溶けにくい性質のものの方が多いため)、一方DNAやRNA、おさらいしておくとこいつらには4種類の塩基しかなかったわけですけど、これらはどの塩基も全てそれなりに水に溶けやすい性質があるので、水の層に留まり続ける、という見事な寸法になっているのです。

結果、プカプカ浮かんでる水の層を回収することで、色々邪魔なものが含まれていたサンプルから、無事DNAやRNAだけを抽出することに成功する、って仕組みなんですね。

ちなみに、この作業は、フェノールと一緒にクロロホルムも使われるので、我々業界人の間では「フェノクロ」と呼ばれていますが、フェノクロでタンパク質を捨て去った後は、DNA/RNAを濃縮するために、ほぼ確実にエタノールを使って、タンパク質が消えてキレイになったDNA/RNAを沈殿させるというステップが行われます。

これを業界人は「エタ沈」と呼んでいますが、フェノクロ&エタ沈、もう何万回やったことでしょう…。
(まぁ仮に20年間毎日やっても1万回もいかないので絶対話盛ってますが、1回のフェノクロエタ沈で24サンプルとか一気に処理することが多いので、1サンプル1回と数えたら、万は確実に超えていますね。
 いずれにせよ、フェノクロをしてエタ沈をしないことはまずないし、エタノールの方が量を使うので、先ほど書いていた「フェノールよりはエタノールの方が断然使ってるけど」ってのはそういう理由ですね。そもそもエタノールエタ沈以外でも大量に出番のある有能オブ有能物質ってこともありますが。)

フェノクロ・エタ沈することで、キレイで、しかも濃いDNAやRNAが得られますから、これはめちゃくちゃ汎用されている、生化学・分子生物学の最も基本テクといえる実験なのです…という、唐突に実験手法の紹介でした。

…う~ん、やっぱり、言葉だけでは大分わかりづらい気もしちゃいますね…!

ペラペラ語りましたが、正直、そもそもこんなのはそんなに細かく見る話題でもなんでもない気もしてきました。

まぁ、いいたかったのは、フェノールは触れるだけで肉体(タンパク質)が朽ち果てていく、かなりヤベェやつだ、という話になります。

護身用に、強盗に襲われたときとかのために普段フェノールでも持ち歩こうかな、とか想像したこともありますが、そんなの許可されてるわけないし、逆に容器が割れて自分にかかってアウトとかの可能性の方が高いですしね、そういうことはやめましょう(いや誰がやるかよ(笑))。

もちろんもっと強い薬品はいくらでもありますが、生命科学系の研究で使われる中で、一番体についたら危険なのは、やっぱりフェノールな気がします。

フェノールを頭からぶっ被ったら、まさにゾンビみたいになってしまうでしょうねぇ…。

危険性&有害性(フェノールから漂う絵の具のニオイも、確実に体に悪いですし)から、最近は大分フェノールを使わない実験にシフトしている気もします。

でもやっぱり、コスト的にも効率的にも、フェノールを使うのがタンパク質をぶっ壊して取り除くのには、これまでもこれからも一番有能なやり方でしょうね。

ちょっと触っただけでアウトなヤベェやつですが、末長く上手に付き合っていきたい限りです(もちろん、これもトルエンとかと同様、吸引ダクトの中で使っているので、絵の具臭をかぐこともほぼありませんが)。


…ということで、今回は生命科学研究に欠かせない物質、フェノールの一端を垣間見てみました。

もっと色々触れようと思ってたのですが、何気に、フェノクロ・エタ沈に触れるという非専門の方にはマジで無意味なしょうもない話だけで、かなりの量になっちゃいましたね。

クロロホルムも重要(かつ単純)な有機物なのに今まで触れてませんでしたが、こいつもまたその内触れてみようと思います。

とりあえず超重要物質フェノールから、次回また順次話を広げていきましょう。

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