前回の記事では、長らく名前を出していたのみで中身に触れたことのなかった遺伝子スイッチについて、最もよく研究&よく利用されている(話題のmRNAワクチンもこれを使って作られている!)ものの1つ、T7プロモータースイッチについて見ていました。
続いては、実際のソーマチン合成実験で、大腸菌がこいつをどう使っているのかについて、簡単にさらっておくといたしましょう。
度々貼ってる全体の流れはこうですね↓
【大腸菌にタンパク質を作ってもらおう!】
1. 遺伝子DNAをゲットする!⇒済み!(遺伝子を注文しよう!)
2. そのDNAを、制限酵素とDNAリガーゼを使って、プラスミドに導入する(クローニング)!⇒済み!(図を見れば一発?!改めて、分かりやすくDNA切り貼りの仕組みを紹介!)
3. その遺伝子組込みプラスミドDNAを大腸菌にぶち込む(形質転換)!⇒済み!(たった数日で1000万円分のモノが作れる、楽しい作業)
4. DNAがぶち込まれた大腸菌の選別!⇒済み!(遺伝子をぶち込まれたやつだけが生き残れる、サバイバルゲーム!)
5. 選ばれた「DNAがぶち込まれた大腸菌」をひたすら増やそう!⇒済み!(DNAを増やそう)
6. タンパク質合成のスイッチON!←まだココ
7. 満を持して、目的タンパク質の収穫!
8. さすがにそのまんまでは大腸菌まみれで汚いので、キレイに精製しよう!
→見事、手元には大量の純品タンパク質が!やったね!!
前回見ていた通り、遺伝子のスイッチ=T7プロモーター自体は、ソーマチン遺伝子を導入したpET-15bプラスミドに元々組み込まれているわけです。
(だからこそ、このpET-15bというプラスミドを、「タンパク質合成用のプラスミドです」とかいっていたのでした。DNA→RNA→タンパク質という実験に必須の要素ということですね。)
では、もう一人の重要登場人物、スイッチを押す役目(かつ、押した後実際にDNA→RNAの反応を進める役目)をもつT7 RNAポリメラーゼはどうなっているというか、どのように供給されているのでしょうか?
前回ちょっと話に出していたように、チューブの中で反応させるなら、純品の鋳型DNAと純品のT7 RNAポリメラーゼとを混ぜればいいだけなわけですけど、今は、大腸菌の力を借りたいわけです。
…って、ちょっと話が逸れるというか、そもそも論のチェックとして触れておこうと思いますが、「大腸菌に作ってもらう」のと「チューブの中で作る」のとでは何が違うのかは大丈夫でしょうか…?
簡単にまとめると…
- メリット:少ない材料から、生物の力によって、安いエサを与えるだけで、超大量の目的分子をゲット可能!
- デメリット:できたものは、大腸菌まみれで汚い!純品を得るために、キレイに精製する必要がある!!
【チューブの中にDNAとポリメラーゼを混ぜてRNAを作る】
- メリット:菌の混入などのない、キレイな目的分子をゲット可能!
- デメリット:(1) 酵素や、4種類のヌクレオチド(NTP)といった、合成に必要な高価な材料を、自前で作りたいスケールに応じて大量に用意しなくてはいけない…
(2) RNAなら簡単に作れるけど、RNA→タンパク質のステップを生物の力を借りずに行うことは、現在の科学技術ではまだ難しい…
…という感じで、例えばちょうどワクチンを作る際はなぜ大腸菌を使うのではなくチューブの中で反応を行うかというと、まぁ得られるものがキレイだからという話に尽きるでしょう。
(もちろんチューブの中で作っても、DNAとか酵素とか余計なものは混ざってるので精製する必要はあるわけですけど、菌体が混ざってるクソゴミのような状態からキレイにするより、手間も、残留物質の懸念も、天と地以上の差があるということですね。)
というか、RNAはとても分解されやすい物質なので、RNAを生物に合成してもらっても、回収前に次から次へと分解もされてしまいがちですから、RNA合成のために大腸菌を使うのは悪手ともいえますね。
冷静に考えたら、「RNAを作りたいならチューブの中で(生物をかまさず)」「タンパク質を作りたいなら生物の力で」が基本線といえる感じだったかもしれません。
(実際、これも以前チラッと触れていた通り、タンパク質製の薬剤、例えば糖尿病のためのインスリンなんかですと、大腸菌の力を使って合成されることも普通にありますしね。)
まぁいずれにせよそんなわけで、今回はタンパク質であるソーマチンを安く気軽に合成したいという実験だったので、大腸菌の力を使うという話なわけです(気軽なのかどうかは分かりませんが(笑))。
…で、T7ポリメラーゼは、大腸菌の中でどうなっとんねん、という話でした。
これはズバリ、T7ポリメラーゼという酵素=タンパク質も、大腸菌自身に作ってもらうという形になっています。
といっても、普通の大腸菌(野生の大腸菌)は、T7 RNAポリメラーゼをもっていません。
前回チラッと触れていた通り、これは元々T7ファージ(大腸菌に感染するウイルス)の持ち物でした。
ではどうしているのか?
これはもう、「もってないならもたせてやればいいじゃない」的な、あるたいへんに身分の高い女性流のやり口で、人類のエゴにより大腸菌さんにはウイルスに感染していただきます……と、それだけで一発解決なわけですね。
つまり、以前の記事で何度か「大腸菌には『DNAクローニング用大腸菌』『タンパク質合成用大腸菌』の2種類が実験室ではよく使われており、前者はタンパク質合成では使えません!」などと書いていましたが(参考:大腸菌にも色々あるよ)、それは、あえて導入しない限り、大腸菌にはT7 RNAポリメラーゼを作る遺伝子が存在しないからだったわけです。
スイッチを押す役目をもつ分子がいないと、せっかくスイッチ付きのプラスミドDNAを入れても、DNA→RNA→タンパク質の反応を進めることができません!
なお、「じゃあ大腸菌にはT7ファージとやらを感染させるってこと?ファージってウイルスでしょ?感染しても大腸菌は元気に生活できるわけ?」と思われる鋭い方もいらっしゃるかもしれませんが、当然、大腸菌にファージを感染させたら、こないだ簡単に見ていたように、最終的に大腸菌はファージに食い破られて死にますから、これはウマくないわけです。
では昔の偉い人たちはどうしたのかというと、ファージの中の、大腸菌を食い破るのに使われる遺伝子を破壊して、感染→遺伝子導入→溶菌というステップの、最後の溶菌が行われないようにする……というナイスな戦略が取られたという形になります。
ちなみに使われたファージは、元々T7 RNAポリメラーゼをもっていたT7ファージではなく、まぁなぜそれが選ばれたのかの歴史的な経緯はよく分かりませんが、恐らく当時最もよく研究されていたファージだったのでしょう、λファージ(ラムダファージ)というものが選ばれました。
λファージは、こんな感じ(↓)
もう何匹目だよ!っていうぐらいの、月面探査ロボみたいないつものアイツですが、ま、人類が大体同じ形であるように、ファージも大体こういう感じってことですね。
なお、画像に小さくある、定規目盛り代わりのスケールに300 Åとありますが、この見慣れない記号はこの辺の生体分子の分野でよく使われる単位で、「オングストローム」という読みの、10のマイナス10乗メートル、つまり0.0000000001 mのことなんですけど、ぶっちゃけSI単位系以外の単位はクソなので、個人的には10の-9乗であるナノを使って、0.1 nmに変換した方がいいと思えてやみませんねぇ(さっきの画像なら、300 Åではなく、30 nmと書けばいいだけ)。
まぁそれはともかく、λファージのintという名の溶菌ステップに必須な遺伝子の所にT7 RNAポリメラーゼ遺伝子を入れた、λ(DE3)というファージを大腸菌に導入したものが、現在でも最もよく使われています。
(ちなみに、T7 RNAポリメラーゼのλファージへの導入も、ソーマチン遺伝子の導入と同じようにDNAの切り貼りでやられていたわけですが、まさに例としてあげていたのと同じ、BamHIが用いられたようです。
この辺の利用法を見出したのは、日本人女性研究者と思しき、Mizusawa Saekoさんという方のようで…
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
…1982年とか、僕が生まれるよりも前にアメリカ国立がん研究所でもうこんな遺伝子組換え実験がなされていたとか、何とも歴史の重みを感じますね…。)
なお、プラスミドDNAを導入するのとは違い、ファージに感染させると、大腸菌自身の遺伝子DNA=ゲノムDNAに、強引に遺伝子をねじ込むことが可能です。
そのようにしてファージのDNAが細菌のゲノムに組み込まれることをプロファージの形成などと呼んでいますが…
アクセサリーのように細胞内に保持されるだけのプラスミドと違って、こちらはもう完全に大腸菌自身のDNAが完全に書き変わってしまう、永続的な変化(プラスミドは、細胞から抜け落ちるだけで元の大腸菌に戻るけど、プロファージつまりゲノムDNAというのはもう大腸菌の本体そのものなので、絶対に落ちることがない)であり、一度DNAが組み込まれたが最後、もうあのときのあいつには二度と戻れないんだ…という状態になってるという形です。
要は、「遺伝子組換え大豆」ならぬ、「遺伝子組換え大腸菌」だってことですね。
ちなみにこの処理を行った大腸菌は(DE3)という但し書きがつくので、タンパク質合成に使う菌の話で何度か「BL21という名前の菌株を用いる」と書いていたような気がしますが、正確にはこれは全く正しくなく、T7を使ったpETシステムを使うためには、BL21(DE3)という名の株を用いる必要があるわけです。
(BL21とBL21(DE3)は完全に別物……但し書きのない、素のBL21は、λファージを感染させて遺伝子が書き換わる前の、要は親株ということですね。)
せっかくなので念のため、何度か引用したことのあった大腸菌Wikiに掲載されている遺伝子型をチェックしておきましょう。
(しょうもないアルファベットばかりで分かりにくいですけど)まさに、(DE3)付きの株は、λ(DE3)のもつ遺伝子型がBL21株に加わっているのが見て取れるかと思います。
(より詳しく、λ(DE3 [lacI lacUV5-T7p07 ind1 sam7 nin5])と記載されていますが、T7p07がT7 RNAポリメラーゼの遺伝子名で、lacUV5というスイッチの制御下に置かれている形です。その辺は次回またちょろっと触れる予定です。
また、ちょうど、前回最後に見ていた、T7システム生みの親のStudierさんの論文も参考文献として引っ張られていますね。)
この辺の知識を適当にして実験をする学生や研究者は、何も考えずに無印BL21にpET-15bを導入してしまうという失敗をしがちなので(まぁ、DE3の入ってないBL21株を保有している研究室もあんまりないかもしれませんが)、注意が必要なポイントかと思います。
ちなみに、大腸菌にT7 RNAポリメラーゼをもたせるやり方として、ファージを使って菌の遺伝子そのものを変えてしまうのじゃなくて、T7 RNAポリメラーゼの遺伝子を乗せたプラスミドを入れる(ちょうどソーマチン遺伝子入りのものを導入したのと同じように)のでももちろん別にいいんですけど、普通に世の中にはもうBL21(DE3)という既に大腸菌ゲノムの中にT7が入った便利なやつが存在しているんだから、わざわざそんなものを使う意味も必要性もないという感じですね。
…という所で、今回はDNA→RNA→タンパク質という話の流れを進める所まではいけず、「大腸菌(遺伝子組換えである)」というポイントを見ただけでいい分量になってしまいました。
せっかくなので「大豆(遺伝子組換えでない)」とかにも触れようかと思いましたが、まぁこれは別にそのまま「遺伝子組換えをしてない大豆」ってことでそれ以上でもそれ以下でもありませんけど、遺伝子組換えを実際に普段からやりまくってる身としては、別に遺伝子組換え大豆に恐怖感や危険性は特に感じないのが正直な所かもしれませんね。
「昔よりいい肥料が開発された」とか「品種交配で、より美味しい果物が産み出された!」といった話と正直似たようなもんでは?(=ただの技術の発展で、より良い作物が出来るようになったのと同じ)と感じるのがその理由ですが、まぁ何かちょっと怖いと感じるのは分からないでもないですし、行き過ぎてバイオハザードが起きないとは絶対に言い切れないので(倫理観ガン無視すれば、クローン人間も多分頑張ったら作れるぐらいにまで発展してるのが現在の生命科学・遺伝子工学ですしね)、ある程度世の中の空気的に遺伝子組換え食品が忌避されてるぐらいがちょうどいいのかもしれないですね。
では次回は、この遺伝子組換え大腸菌を使ったソーマチン合成実験の続きを見ていくとしましょう。