大腸菌にも色々あるよ

前回、光る大腸菌コロニーのとても分かりやすい写真とともに、プラスミドを大腸菌にぶち込んで、その大腸菌抗生物質アンピシリン(大腸菌にとっては毒)を含む培地にぶちまけてやれば、特殊能力「アンピシリン耐性」が得られるプラスミドを装備した大腸菌のみをセレクションすることができる、などといった話をしていました。

このままプラスミドに挿入したガチ甘タンパク質・ソーマチンの回収へとステップを進めたくなるところなんですが、実際には、もう1つ確認ステップをかませた方が安全といえるのです。

今回はそれに関連して、大腸菌の株の話を簡単にしてみるとしましょう。

大腸菌にタンパク質を作ってもらおう!】

1. 遺伝子DNAをゲットする!⇒済み!

2. そのDNAを、制限酵素とDNAリガーゼを使って、プラスミドに導入する(クローニング)!⇒済み!

3. その遺伝子組込みプラスミドDNAを大腸菌にぶち込む(形質転換)!⇒済み!

4. DNAがぶち込まれた大腸菌選別⇒済み!

5. 選ばれた「DNAがぶち込まれた大腸菌」をひたすら増やそう←今ココ

6. タンパク質合成のスイッチON

7. 満を持して、目的タンパク質の収穫

8. さすがにそのまんまでは大腸菌まみれで汚いので、キレイに精製しよう!

→見事、手元には大量の純品タンパク質が!やったね!!


結局、アンピシリンで生き残る大腸菌は、「プラスミドを保有していること」は保証されていますが、必ずしもそれが「ソーマチン遺伝子(インサートのDNA)が正しく挿入されたプラスミドなのか」については何も保証されていない、ということに尽きるわけです。

もしかしたら、元々のプラスミドベクター制限酵素で切れてなくて、リングのまま無傷で存在しているやつ(空(から)ベクターですね)が大腸菌に入ってしまったのかもしれません。

もちろん、制限酵素の効率はとても良いので、99.99%ぐらいは切断されていると思いますが、そもそも制限酵素処理のステップでは何千万何億という膨大な数のプラスミドを切っているわけで、1つ残らず全てを切断することなど、到底不可能なんですね。

そして、1分子でも切れ残りがあれば、たまたまそれを取り込んだ大腸菌がいて、アンピシリンプレートに生えてきた大腸菌の中から運悪くそいつを選んで育ててしまう可能性も、ゼロとは言い切れなくなるわけです。
(基本的に、圧倒的大多数は「望み通りの遺伝子が挿入されたプラスミド」であるとはいえるけれども。)

それ以外にも、注文した合成ソーマチン遺伝子は、本当に700塩基弱、1文字もミスなく正しい配列になっているのか?!…ということも、実際自分の目で確認しないと、確実なことはいえません。

…まぁ、高いお金を取ってるプロの仕事なので、基本的に、ほぼ確実にエラーはありませんが、世の中絶対はないので、正しい実験・研究を進めるためには、自分の責任で自分の目で確認する癖をもつことも重要といえましょう。

一応、注文した合成DNAならまぁほぼ確で正しいといえるものの、別のやり方、例えば生物のゲノムDNAをPCRで増やして遺伝子を用意した場合なんかは、PCRのエラー率は割とそれなりに高いので、配列のチェックはほぼ必須になりますね。

途中のコドンが、例えばTACからTAGにたった1文字変異が入ってしまうだけで、TAGは停止コドンですからそこでタンパク質合成が終わってしまい、実験が失敗に終わってしまいます。

やはり、DNAの最初から最後まで全文字をチェックした方が賢明といえるわけですね。


ということで、制限酵素カット→ライゲーション(連結)をした後のDNAで形質転換した大腸菌を、直接次の実験にもっていくことは通常しません。

必ず、「計画通りの配列をもったプラスミドが導入されたか?」をチェックします。

そのために、実は研究の現場では、DNAをぶち込む大腸菌を使い分けているのです。

具体的には、ライゲーション後の形質転換では、DNA増幅用に適した大腸菌が使われて、一方、タンパク質合成には、タンパク質を作るのに特化した大腸菌が使われる…と、そんな形になっているんですね。


ここで記事タイトルの話になるわけですが、正直細かすぎるので触れなくてもいいかなと思ったんですけど、制限酵素やらライゲーションやら割と細かく話してきてしまったので、せっかくなので簡単に触れておくとしましょう。

まず、一口に大腸菌といっても、やつらも一枚岩ではないので、色々な種類の大腸菌が存在するわけです。

一口に「人間」といっても、モンゴロイドコーカソイドネグロイドなどなど、様々なタイプの人間が存在するように、同じ大腸菌であっても微妙に違うやつがたくさんいるということですね。

その違いを生み出すのは、当然、菌のもっている遺伝子=ゲノムDNAなわけですが、大腸菌の株で一番有名なのは、O157(オー・いちごーなな)とかでしょうか。

…ってまぁ、もしかしたら僕と同じかより上の世代の人にしかなじみがないかもしれませんが、食中毒を起こして一世を風靡した、病原性大腸菌のアレですね。

調べたら、O157騒ぎがあったのは、1996年でしたか。

ja.wikipedia.org
まぁそんな感じで、大腸菌にも株によって名前がついているわけです。

O157という名前は、菌体の表面にある抗原に由来するもので、ちょうど人間の血液型と同様、糖鎖の種類によって区分けがされており(もちろん、血液型のO型と、大腸菌のO抗原は全く別物ですが)、O157はO抗原の157番目に発見されたものという意味ですね。

O抗原は現在のところO1からO181まで存在し(参考:国立感染研のO抗原の記事。新しいものが見つかったら、増えていく感じですね)、さらに大腸菌には菌体表面以外にも鞭毛にH抗原と呼ばれるものも存在しまして、死者を出したやつは正確には「O157:H7」という抗原ペアをもつ菌株で、必ずしもO157大腸菌の全てが強力な毒をもつわけではないようです。


…と、病原性大腸菌の話はともかく、研究室で現在一般的に使われているのは、もちろん各社から色々工夫がこらされた大腸菌がいくつも販売されているんですけど、元をたどれば、ほぼ全てがK株(正確にはK-12株)由来かB株由来かの2種類に分けられます。

K-12株もB株も抗原の名前ではなく、前者はスタンフォード大学の病院で、ジフテリア患者の糞便から単離されたサンプルを保管するチューブに貼られていたラベルの名前由来(参考:Wikipedia記事・分子生物学における大腸菌のK-12株の段落より。日本語記事なし)で、これは分かりやすいですね。

一方後者B株の方はそれより複雑な歴史があるようで、大元は大腸菌の学名Escherichia coliの旧名であるBacillus coliのBに由来するようですが、それ以外にも様々な興味深いエピソードがあるようで、上記Wikipediaにも引っ張られていた以下の論文が歴史を完璧にまとめてくれているようなので、興味のある方はご覧になってみてもいいかもしれません(僕は大して興味もないので読みませんが…)。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
必ずしも絶対にそうではありませんが、一般的には、K株由来の大腸菌DNAクローニング用の汎用型、そしてB株由来の大腸菌タンパク質合成特化型になっています。

なぜそうなってるのかというと、結局、その目的に適したように遺伝子がいじられているからなんですね。

例えばK株の方は、大腸菌DNA分解酵素を作る遺伝子に機能欠損が加えられており、大腸菌からプラスミドを抽出する際にプラスミドが分解されにくくなっているという工夫が施されている(大腸菌からDNAを回収するときに便利!)とか、B株タンパク質分解酵素を作る遺伝子がいくつか欠損しており、目的のタンパク質を大腸菌に作ってもらっている最中に、タンパク質が分解されてしまうことが防げる、とか、そういう感じですね。

…正直、「いちいち分けなくても、どっちもできる万能株を作ればいいじゃん」って気もしますが、どの酵素大腸菌にとっては生きる上で重要なものであり、それらの機能を落とすと生育も悪くなるため(特にB株の方は、形質転換後に生えてくるコロニーの数とかも、DNAクローニング用株と比べて遥かに少ないです)、多分両方の機能を失わせた大腸菌はまともに育つことができないんじゃないかな、って気がします。
(もしそれが可能なら、とっくに万能大腸菌が開発されて、広く流通してるでしょうしね。)


ということで、用途に応じて大腸菌の株は使い分けられている、ということになるわけです。

具体的には、K株由来のDNAクローニング用の大腸菌で恐らく最も有名でよく使われているのがDH5α(ディーエイチ・ファイブアルファ)という名前がつけられたもので、各社からコンピテントセルも販売されています(何度か貼った、TaKaRaのコンピ販売ページにも当然ありますね)。

なお、これの名前は、この株を作ったDoug Hanahanさんのイニシャルから取られたもののようですね(Hanahanさんの作った、5番目の株の、多分マイナー改良版のアルファということでしょう)。

Hanahanさんは、コンピテントセルの作り方でもHanahan法として名を残しており(これを改良したのが、先述の井上法)、大腸菌研究の大家な感じですね。

(まだ70歳で、ご存命です)

en.wikipedia.org

一方、B株由来・タンパク質を作るのに特化したタイプで最も有名でよく使われているのは、BL21という名前の大腸菌といえましょう。

こちらの名前の由来は判然としませんでしたが、先ほど貼った論文を参考にすると、Bruce Levinさんのイニシャルに由来、あるいは株を渡したLuriaさんのイニシャルに由来するのかな、という気もしましたが、違うかもしれません。

名前はともかく、どちらも大腸菌自身のもつゲノムDNAは完全に解読されており、特に実験する上で重要な性質については、色々なサイトで遺伝子型一覧がまとめられています。

例えばこんな感じ…

f:id:hit-us_con-cats:20210804064803p:plain

https://openwetware.org/wiki/E._coli_genotypes#DH5.CE.B1より

一行目が、遺伝子工学実験で重要となる各種遺伝子についての情報で、それぞれの遺伝子について簡単に説明してみようかなとも思いましたが、細かすぎて意味ない&全く面白くないので、まぁやめておきましょう。

こちらの、割と最近の記事ですが東大の林さんによる解説が非常に分かりやすくまとまっていたので、気になる方はこれをご覧いただければバッチリですね。

https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9401/9401_yomoyama.pdf

 

…ということで、実際に自分でソーマチンタンパク質を作るときは、DNAクローニング用と、タンパク質合成用に、2種類の大腸菌が必要になる(形質転換も、2回する必要がある)ということですね。

まぁ、別にタンパク合成特化株のBL21でプラスミドDNAを抽出して配列チェックすることとかも完全に不可能ではないですし、ライゲーション後に出てくるコロニーはほぼ間違いなく当たりなので(特に今回みたいに、インサートとして合成DNAを使う場合は)、ライゲーション後、強行突破で即タンパク質作製に移行してもいけるっちゃあいける気もしますが、ちゃんとした実験をしたいなら、絶対に確認した方がいい、(研究に限らず何事も)急がば回れは鉄則です、というお話でした。

今回はいまいち中途半端な話にしかなっておらず、具体的にDNAクローニング用大腸菌を増やしてどうするのか、および、関連して、ちょうどプラスミドに関するご質問をいただいており、そちらも大腸菌の遺伝子型と絡めて触れてみようと当初予定していたのですが、例によってスペース不足につき、その辺のお話はまた次回にまわさせていただくとしましょう。

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