たった数日で1000万円分のモノが作れる、楽しい作業

「最甘タンパク質・ソーマチンを大腸菌で合成してみよう」という、ちょうど夏休みの自由研究にでも使えそうなネタを見てきましたが、前回までで、ようやく、大腸菌に増やしてもらうためのプラスミド(リング状DNA)に、目的物質ソーマチンの遺伝子が入ったブツを用意する話まで終えていました。

…って、「夏休みの自由研究」などと気軽に書きましたが、現実的には、やり方を知って、仮にお小遣いを貯めて合成DNAとか必要な酵素とかを購入しても、ご家庭ではこの実験ができないんですよね。

こちら(↓)文部科学省のサイトにまとめられている通り……

www.lifescience.mext.go.jp
大腸菌を用いた遺伝子クローニングの実験は、法令で定められる所の「遺伝子組換え実験」として扱われ、実験を行うためには文科省の認可が必要であり、当然、認可を受けるための条件もあるため(例えば、「同じ建物内に、高圧滅菌器を設置すること」など)、日曜大工ならぬ家庭での日曜実験は、現実的に恐らく不可能ですね。

実際、もし「あの家で、細菌を使った遺伝子組換え実験をしているらしいぞ!」と隣近所で噂にでもなったら、バキの家状態になってしまうこと必至でしょう。

(参考:バキの家↓)

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http://guardsoku.blog.jp/archives/22535011.htmlより

それでなくとも細菌・ウイルス感染には敏感な世相ですし、紹介しておいてなんですが、面白そうだからといって、ご自宅で実行しようとするのはやめておきましょう(…いや誰がするかよ(笑)。頼まれたってやんねーよ(笑))。

実験を行うのはやはり学校のような公的施設でやるのが基本で、もちろん、大学は既に認可を受けているからこの程度の実験であれば自由に実施可能ですが、大学でも、超危険な物質、例えばエボラウイルスなんかを勝手に扱うことはできません。

エボラはバイオセーフティーレベル(BSL)最高ランクの4に位置づけされており、世界でも限られた数の施設でしか扱うことが不可能ですね(日本で稼働中のBSL4施設は1軒のみ、国立感染研だけのようです)。

でも、大腸菌はBSL最低ランク、1のザコであり(食中毒を引き起こす病原性大腸菌の中にはBSL2になってるやつもいますけど)、上述の通り大学の研究室内であれば実験するために申請や許可は不要で、隔離施設とか除菌ルームみたいな特別なものなしに、雑に扱っています。

…って、上のWikipediaのリンク見てて初めて気付いたんですけど、BSL1であっても、大腸菌のような細菌を扱う実験室(『物理的な隔離レベル』の意味で、「BSL1」よりも「P1実験室」などと呼ぶことの方が多いですが)である限り、16歳未満の人の入室が禁じられているんですね。

…いやでも、何か、大学院生の頃、「研究に触れよう」みたいなイベントで、中学生か高校生かの団体が、研究室を見学に来ていて、P1実験室だろうと余裕で足を踏み入れていたこともあった気がしますが……。

まぁぶっちゃけ実験室(…は流石になかったとしても、別に厳密に隔離はされていない、同じフロアでひとつながりの場所にある休憩室とか)で普通にみんな飲み食いしてましたし、全く危険でも何でもないとは思いますけどね。

だって実際、大腸菌なんてトイレに何億匹レベルで漂ってると思っとんねん、って話なわけですし、遺伝子組換えとはいっても、大抵、ちょうど今話に出しているソーマチンを組み入れるみたいなその程度のものですから、そんなものが自然界の脅威となることなど一切ないでしょう。
(もちろん、廃棄するときには滅菌していますけどね。基本的には、オートクレーブと呼ばれる、高温高圧滅菌器、まぁいわば圧力釜みたいなものですが、それで確実に死滅させてから廃棄しています。
 オートクレーブは、先ほど書いていた、BSLリスクサンプル取扱い施設に必須な、最低条件の1つですね。)


…と話が逸れましたが、「ソーマチンを作ろう」計画、ようやく次のステップへと進んでいくとしましょう。

大腸菌にタンパク質を作ってもらおう!】

1. 遺伝子DNAをゲットする!⇒済み!

2. そのDNAを、制限酵素とDNAリガーゼを使って、プラスミドに導入する(クローニング)!⇒済み!

3. 使える形に加工したら、その遺伝子組込みプラスミドDNAを大腸菌にぶち込む←今ココ

4. DNAがぶち込まれた大腸菌選別

5. 選ばれた「DNAがぶち込まれた大腸菌」をひたすら増やそう

6. タンパク質合成のスイッチON

7. 満を持して、目的タンパク質の収穫

8. さすがにそのまんまでは大腸菌まみれで汚いので、キレイに精製しよう!

→見事、手元には大量の純品タンパク質が!やったね!!


遺伝子DNAを注文し、制限酵素で切り、DNAリガーゼでプラスミドに貼り付け、無事に「ソーマチン遺伝子導入プラスミド」が手に入ったら、ついに、大腸菌に導入してやることになります。

その方法ですが、大腸菌も普通に生きている生物ですから、外の世界から何でもかんでもDNAを取り込むなんてことはしません。

そんなことしてたらガンガンDNAが入ってきて、自分が自分じゃなくなってしまうでしょうから、基本的には、細胞膜で、外界のDNAやらタンパク質やら、どんなものか分からない高分子は問答無用でシャットアウトしています。

プラスミドも、DNAが数千文字とかつながったまあまあそれなりに大きい分子ですから、これを大腸菌に取り込んでもらうには、無理にでもねじ込んでやる必要があるんですね。

具体的にはどうするかというと、一番使われているのが、塩(金属イオン)が結構な濃度で入った溶液で大腸菌を処理してやり、その結果膜がちょっと脆くなった菌をそれなりに高い温度にさらしてやる…つまりヒートショックを与えることで、大腸菌の細胞膜にDNAが通りやすい穴ぼこみたいなのを一時的に開けてやり、プラスミドをねじ込むという強引極まりない方法ですが、これは簡単で便利なので、世界中あらゆる研究室で汎用されているテクニックになっています。

もう一つの方法は、以前ヒトの細胞にDNAを導入する記事でも少し触れていましたが、電気ショックで細胞に穴を開ける方法!

これぞまさに強引極まりないにも程がありますが、このやり方はエレクトロポレーション(electro電気とpore穴の合成語ですね)と呼ばれており、とても効率のいい遺伝子導入法として知られています。

特にサイズの大きいプラスミドを入れたいときに有効といわれていますが、手間もかかるし、基本的にはヒートショックで導入することがほとんどです(僕は、大腸菌にエレクトロポレーションをかけたことはないですねぇ)。


ちなみにその、「ヒートショックするだけでDNAを入れられる状態」になった細胞のことをコンピテントセル(competent;能力がある)と読んでおり、何でも略す日本人は「コンピ」と読んでますね。

大腸菌のコンピは普通に市販されており、実は以前、こちらの記事で値段まで既に見ていました。

TaKaRaバイオの値段表を再掲しましょう。

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https://catalog.takara-bio.co.jp/product/basic_info.php?unitid=U100003545より

1ミリリットル2万円程度するわけですが、コンピは自作可能です。

コンピの作り方にはいろいろありますけど、「DNA導入効率がいい」「雑に作っても成功する」「長持ちする」「凍結融解にも強い」といういいとこ取りな優秀なコンピができることで有名で、今でも世界中で一番よく利用されているのが、井上さんの開発した井上法というやり方があり、これは「金属イオンとしてマンガン(Mn2+を用いること」「大腸菌を、低温でゆっくり増やして用意すること」などがコツなのですが、まぁ細かい点はともかく、自作すれば普通に100ミリリットルとか200ミリリットルとかのコンピが作製可能です。

つまり、数百万円相当のものが2, 3日あれば作れるということなので、多くの研究室では、コンピを自作している感じですね。

マジで下手したら1000万円分ぐらいの量が作れるので、これはやりがいのある仕事といえましょう(笑)。
(もちろん、自作した所で、作業してくれた学生に1000万円が報酬として与えられる、なんてことはありませんが(笑))


…で、DNA導入の具体的な方法(コンピを使ったヒートショック法)としては、こんな感じですね。

・コンピテントセル100マイクロリットル(0.1 mLですね。まぁ、大き目の雫が1, 2滴といった所でしょう)に、ライゲーションしたDNA(大体、ライゲーションは10マイクロリットルぐらいの容量で行いますが、全部使えばいいでしょう)を混ぜる

→コンピとDNAをなじませるために、氷上に置いて30分ほど待つ

→満を持してヒートショック!
(…といっても、大腸菌が死んでしまっては元も子もないので、大腸菌が死なず、しかし膜はショックで穴が開いてDNAが通りやすくなるような絶妙な条件が必要なのですが、昔の偉い人の研究により、ピッタリ42℃で45秒ほど(時間は、人によっては1分とかやる人もいるようですが、僕は45秒と習って、ずーっと45秒でやってます。まぁ、ボーっとしてて1分過ぎちゃった!とかなっても、全く一切何も問題ありませんけどね(笑))の加熱がベストと知られているので、そのぐらいの極一瞬、短期間ですけどね)

→その後、ヒートショックで驚いた大腸菌を落ち着かせるために2分ほどまた氷の上で冷やしてやる

→それでおしまい、そこにはプラスミドを取り込んだ大腸菌の姿が!

…と、わずか32分45秒の簡単極まりない作業(混ぜて、置くだけ)で、大腸菌にDNAを取り込ませることが可能となっています!


もちろん、大腸菌にとって異物である大きなDNAを強引に無理やりねじ込んでやるわけで、導入効率はそんなに高くありません。

もしもこの、ヒートショック後の大腸菌全部をそのまんま使ったら、恐らく99%以上はプラスミドを導入していない大腸菌ばかりといえるでしょう。
(まぁ使うDNAの量にもよりますけどね。ライゲーション自体も効率がそこまで良いわけではないので、ライゲーション産物を導入するときは、基本的に大半が外れになります。)

では、そのたった1%の、「プラスミドを体内に導入してくれた大腸菌」をどうやって選別すれば良いのか?

そこで使えるのが、プラスミドに備わっていた、大腸菌に特殊能力を付与してくれるエレメントなんですね。

中途半端な形ですが、もう大分長いうえに最近はずっと記事が長すぎるので、続きはまた次回へ…とさせていただきましょう。

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