回転の生み出す力

前回は、呼吸の最終段階にして絶大なるエネルギー効率を誇る反応、電子伝達系についてちょろっと触れていました。

 

どちらの概略図も分かりにくいので両方再掲しようと思いますが、ミトコンドリア内膜に埋められた複合体(イオンポンプ)が、NADHなんかを酸化することで得られる水素イオンを汲み出し、同じく膜の中に埋まっているATP合成酵素が、ポンプの力によって膜の内外で生じた水素イオン濃度勾配を正すための、「水素イオンが戻る通り道」になっているわけですけれども、これが移動する際にATPが合成される(ADPがリン酸化される)という話で……

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/細胞呼吸より

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/電子伝達系より


…画像ではATPが1つしかできていないように見える(というかそう描かれている)んですけど、実はこれはただの模式図で、現実的にはこれまでの比ではない、グルコース1分子を代謝・分解していくことで、34分子ものATPが合成される力を持っている……

…しかし実は、(僕自身、高校ではそう習ったものの)それはやや古い考え方で、現在、より詳しく調べたら実際の合成できる力はちょっと違うようだということも分かってきています……と、そんなところまで書いていたのが前回でした。

 

これはどういうことなのかについて語る前に、それにも関連するためまずは「ATP合成酵素が、ATPを合成する仕組み」について簡単に触れてみようと思います。

 

一言でズバリ言えば、

「モーターが回転することで、ADPとリン酸がくっついてATPが生み出される」


…という仕組みであり、例えて言うなら「コイルの中で磁石を回転させると電気が発生する」のととても近いシステムになっている形だといえる感じですね。

 

「何で磁石が回転すると電気が流れるの?」というのは、「この世はそうなってるから」としか言えないところも、「ATP合成酵素のモーター部が回ると、ADPとリン酸からATPが作られる」のにとても近く、こちらも究極的には「なぜそうなるかのハッキリした仕組みは分からないけど、どの生物もその仕組みを使っている」という話になっているといえましょう。

 

この仕組み、実は実験的に証明したのが日本人研究者でして、吉田賢右さんという偉大なる生命物理系の科学者が初めて示されたことでも有名です。

 

御年79歳で、(流石に現役からはリタイアされているようですが)まだご存命であり、吉田さんご本人によるこの「回転運動」に関する解説記事までありました(↓)。


極めて分かりやすく、また非常に面白い内容の短い記事になっているため、ぜひ直接ご覧いただくことをオススメしたい限りです!

www.kyoto-su.ac.jp

 

…まぁ、「ノーベル賞が4人受賞出来ていたら、私が選ばれていたかもしれない」と、「自分でおっしゃられるとは、これまた凄い自信っすね(笑)」とも思えてしまうものの(笑)、実際冗談抜きに偉大な業績で、1997年のノーベル賞はこのATP合成酵素に関する研究に与えられたもので、この回転説に関して完璧な実験的立証をされたのはまさにこの吉田さんだったのには間違いありませんから、もしも枠が4人あれば、満場一致で吉田さんも本当に受賞されていたのではないかと思われます。

 

分かりやすい説明イラストがあったのでお借りすると……

https://www.kyoto-su.ac.jp/project/st/st11_06.htmlより

…まぁこの絵で描かれていること以上の話はないんですけど、ミトコンドリアの膜に埋まっているATP合成酵素は、F0モーターとF1モーターという部分に大きく分けられ(なので、最初に貼った模式図なんかでは、上下大きさの違うしゃもじ型で描かれることが多い感じです)、水素イオンが通過する度にそれぞれのモーターが回転し、その駆動力を活かしてATPが合成される(ADPがリン酸化される)と、そういう仕組みになっているんですね。

 

ちなみに、「吉田さんの研究チームが実験的に証明した」と何度も書いているわけですが、「『実験的に』っつっても、どうやって証明したんだ?まさか凄い顕微鏡を使って、グルグル回っている様子を観察したとでも?」などと疑問に思えるのではないかと思うんですけれども、その点については細かすぎるのか、上記解説記事には掲載されていませんでした。

 

実際僕もそういえばどうやって確かめられたのか不明だったので、早速実際の論文に当たってみるといたしましょう。

 

その歴史的な研究報告は、我らがNatureに1997年の3月に発表されたもので、以下が実際の論文のリンクになっています(↓)。

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

…まぁPubMedは論文の要約部のみの掲載で、中身については(最近はほとんどの雑誌がオンライン無料公開しているものの、当時はまだ電子版もありませんし)大学の図書館などからアクセスしないと全文は見られないわけですけれども、幸い大学の回線が使える立場にあるので、学術的な引用ということで、NatureのアーカイブPDFから図2だけお借りさせていただこうと思います。

https://www.nature.com/articles/386299a0より

 

…正直、解像度も低めで、かつ、はてなブログの仕組みで画像自体がかなり縮小されているため、写真だけでは何のこっちゃという感じかもしれないものの、まさかの「蛍光顕微鏡で連続写真を撮り、分子が回っている様子を収めた」という予想通りの、非常に古典的ながら、有無を言わさぬ完全に説得力のある素晴らしい実験で示されたものだったんですね!

(具体的には、ATP合成酵素の一部に、蛍光分子を付けたアクチンフィラメント(こないだ見ていた、つながってフィラメントを作る、筋肉にも使われているアクチンですね)をつなげ、それが回っている様子を33ミリ秒ごとの連続写真で収めている形です。)

 

そんなわけで、1997年3月に、それまで諸説あったATP合成酵素がATPを合成するメカニズムについては「回転説で正しそうだ」と実験的に完全な証明がされたといえるわけですが、同じ年の秋にはこのATP合成酵素のメカニズム解明でノーベル賞が授与されるって相当のスピード感に思えますけど、それだけATP合成というのは生物が生きる上で根源となる反応の仕組みで、それが分子レベルで解明されたというのは、大変インパクトが大きかったものだといえましょう。

 

というか、冷静に考えたら僕が高校でこの辺の話を習ったのはまぁ高2とか高3とかで、99年とかそのぐらいの時になるはずですけれども、もちろん細かい点まではまだ習っていなかったものの、授業でも先生が「回転の力で…」という話は軽く触れてくれた気がするのですが、これ、何気に当時はめっっちゃ最新の話だったんですねぇ。

 

何度も書いている通り、僕の高校の生物の先生は尋常じゃなく授業が上手で、多分予備校講師含め日本一の教え方だったのではないかと今でも思ってるんですけど、先生が全部教材も自作のものを用意してくれていたので僕は教科書を1ページも開いたことがなかったのですが、多分教科書の改訂もまだされていなかったでしょうし、それで最新の情報を教えてくれる先生は偉大だった……と改めて思えるとともに、話を前回の続きに戻すと、こうして色々な新しい知見が出てくるため、やっぱり物理や数学に比べると、生物学の知識は常に更新が必要と言いますか、後で訂正されることもある感じなわけですね。

 

そう、ATPの合成はこのように「回転の駆動力」によって生まれるものなので、実は分かりやすい化学反応式のように、「この分子がこの分子に変換する際、この分子が1つ生まれる」といった分かりやすくハッキリした形にはなっておらず……

…(なぜか電子伝達系の個別記事よりも、概略イラスト1枚目に貼った細胞呼吸のウィ記事の方に詳しく載っていますけれども)より詳しく測定したら、グルコース1分子で34分子のATP合成にまでは至らず、おおよそ29分子程度(整数ですらない)のATP合成につながるのが実際のようです(詳しい記述も引用させていただきましょう↓)。

ごく最近になって、1個のプロトン流入でATP合成酵素が1/3回転ではなく、3/10回転することが構造の詳細な解析から示されており、[H+/ATP比も整数ではない(H+/ATP 比 = 4.33 (= 13/3 = 10/3 + 1))と指摘されている。この場合は理論上のP/O 合成比が、NADHで約2.31 (= 10/(13/3))、FADH2で約1.38 (= 6/(13/3))となり、グルコース当たり約28.92または約27.54当量のATPが合成される。

 

というかそもそも、水素イオンを移動させる際に使われるATP量なども厳密に考えると古典的な解釈ではちょっとズレがあったとかで、僕が大学の頃に習った話だと「34 ATPよりも、30 ATPの方がより正しい値だと思われる」と変わっていたように(その辺の話もウィ記事に記述がありましたが)、あくまで生物が生体内で起こす反応、しかも1:1の化学反応式ではなく回転というアナログな仕組みが関わってくるものなので、具体的な数字はやや諸説あるものになっているものの、いずれにせよ酸素を使わない反応よりは圧倒的に、桁違いで沢山のATPが合成できるのがこの「酸化的リン酸化」だという事実には変わらない感じですね。

 

…ってな所で、一番のポイントについては触れ終えたものの、せっかくなのであと1回ぐらい、もうちょい細かい点にも触れてみようかな、などと画策しています。

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