チャネルとポンプ

あらゆる生物が生きるのに必要なエネルギーであるATPを非常に高い効率で産み出せるATP合成酵素(ATPシンターゼ)は、何と回転しているのです!…という、まぁ正直「あっそう」レベルかもしれない話(笑)を、前回の記事で軽く見ていました。

 

とはいえこれは実際非常に驚きのもので、前回紹介していた、ATP合成酵素の回転運動を世界で初めて実験的に証明した吉田賢右さん自身による解説記事でも書かれていた通り、回転…というかそれを可能にする「車輪」かもしれませんけど、車輪というのは人類史上恐らく最高の発明の1つと断言できる、凄まじく効率的で優れた動力源(動きを作り出す仕組み)となるわけですが…

…面白いことに、生体反応というのは非常に高効率で行われるものといわれているにも関わらず、自然界で回転運動を軸に動いているもの、あるいは車輪を持つ生物ってのは、ただの1つも見つかっていないんですよね。

 

目に見えないレベルの生体分子ですら、ATP合成酵素という例外を除き、「回転することで働く」ものはほとんど見つかっておらず、やはり血管を持つ生物で回転運動を行うというのは鬼門なのかなと思えるんですけれども、しかし念のため調べてみたら、ごく最近、数年前に、山口大の沖村さんがメインで行われた研究で、魚の傷修復に関わる表皮の細胞内に、車輪構造が存在することを見つけた…などという面白い研究報告が目に付きました(↓)。

 

www.nibb.ac.jp

 

大変面白いですが、やはりこういったごくごく限られた部分でしか車輪・回転構造は認められないというのは、自然の謎の一つというか(まぁそれだけ知恵がないと発生しえない、優れた機構ともいえますけど)、この先、生命体が生物の頂点といえるヒトよりも進化するとしたら、車輪を備えた何かになるのかもしれませんね。

(まぁ、車輪よりも翼の方がより凄い気はするので、その意味で鳥類はヒトよりも上位の存在といえるかもしれませんが……

 肩から翼・器用な手・頑丈な鱗・そして高速移動用に、下半身に車輪が内蔵されているような生物が産まれれば、そいつが最強でしょうか?

 あぁでも、そんなの人類の叡智を使って、全部外注(=飛行機・衣服・車)した方が効率いいに決まってるので、結局我々人類が最強ですね、自前で全部やろうとしてガス欠でヘトヘトになってる欲張りキメラ的なキモい新生物、ザッコ(笑))

 

…と、全然関係ない話に逸れてしまいましたが、ATP合成酵素というのは水素イオンの濃度勾配を用いて駆動される回転の力によりADPをリン酸化するものという話だったわけですけど、その辺を踏まえて、せっかくなのでもうちょい生体分子にまつわる小話を繰り広げてみようと思います。

 

あんまり分かりやすくないものの、電子伝達系のウィ記事で紹介されていたイラストを再度お借りしますと……

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/電子伝達系より


…ATPを合成するATP synthaseの他に、水素イオンを膜の外に吐き出すものも、ミトコンドリアの内膜(Inner membrane)に埋まっていることが分かるかと思います。


(というかこの画像、英語版のをそのまま持ってきたように思うんですけど、右端、説明の文字が切れているのが(上の方の「Outer membrane(外膜)」と、下の方の「Intermembrane space(膜間スペース)」が見切れています)、何だか中途半端ですね(笑))

 

「複合体 I」から「複合体 IV」と名付けられたこれらは、まぁ言うまでもなく生体内で特別な機能を持っているものといえば…ということでタンパク質からできている物質なのですが、大まかにいえば、これらは「イオンポンプ」と呼ばれるやつらになっています。

 

幸い「ポンプ」というのは小学生でも知っている日常生活に馴染みのある装置で、名前だけでどんなものなのかは想像がつくわけですけど、具体的には、「濃度勾配に逆らって、無理やりイオンを汲み出す」仕組みをもつタンパク質が、「イオンポンプ」と呼ばれるやつらになる形です。

 

水が高い所から低い所に流れるように、何らかの物質は濃度が高い所から低い所へと自然に移動するというのがこの世界の摂理ですから、「濃度勾配に逆らって、より高い濃度の所へ移動させる」という行為は大変難しいものであり、具体的にはエネルギーを使わないと実行できないものになっているんですけど、一般的にはATPのエネルギーを使って汲み出しを行っているのがイオンポンプだといえます。

 

とはいえ、そう聞くと、

「ATPというエネルギーを作るために行うものなのに、ATPを使ってやってるってどういうことだ?」

…と疑問に思われるかもしれないものの、この場合は、酸化還元反応で発生するエネルギーなんかを使って水素イオンの移動が行われているなどといった工夫がある感じなのですがそれはひとまず置いておいて、基本的にイオンポンプというのは、エネルギーを使って、無理なイオンの移動(=より高い濃度の方へ汲み出す)を行っていると、そういう話になっている感じです。

 

そうすると当然、その逆、「高い濃度の方から、低い濃度の方へとイオンを移動させるタンパク質」がいることが予想されるわけですが、「それは自然に起こることなので、タンパク質の力を借りるまでもありません」となるかと思いきや決してそんなことはなく、細胞(や、細胞の中にある小器官、ミトコンドリアなど)は膜で仕切られていますから、イオンというのは油でできた膜を自由に通過できないんですね。


なので、本来自然に拡散していくはずの「高濃度→低濃度」という移動にもそれ用のタンパク質が必要で、それがズバリ、「イオンチャネル」と呼ばれる、また別のグループのタンパク質になっている感じです。

 

ちなみに「チャネル」ってのは「channel」のことで、テレビの「チャンネル」と全く同じ単語ですけど、まぁ「イオンチャンネル」と読まれることもあるものの、何か幼稚な気もしますし、生命科学ではカッコつけて「チャネル」と呼ぶことが多い感じですね(笑)。

 

ポイントとしては、チャネルの方は「高濃度→低濃度」という移動なので無理がない現象になっており、ただ道を提供しているだけでエネルギーを使う必要がない、って点が挙げられましょう。

 

この辺はまさしく高校生物で習う点で、個人的には極めて単純明快で分かりやすい違いである気がするものの、案外多くの学生がごっちゃになっていて勘違いしがちなポイントになっているように思います。

 

我らがベネッセのテスト対策サイトにも、そのものズバリの質問と解説のページが用意されていました(↓)。

 

benesse.jp

 

チャネルは自然に起こるイオンの流れの道であるため「受動輸送」と呼ばれるものを担うもので、一方、ポンプは積極的に濃度勾配に逆らってイオンを汲み出す、いわゆる「能動輸送」を担うものだと、その辺も高校生物で覚えさせられる重要用語かもしれません。

 

イオンチャネルにも様々なものがあり、特定のイオンのみ(ナトリウムイオン専用の「ナトリウムチャネル」(そのまんまですが(笑))など)を通すものもあれば、陽イオンは何でも通れるもの(陽イオン=英語でカチオンなので、カチオンチャネルなど)もあるなど、そういったより細かい話は例によってウィッキー先生がまとめてくれていましたね(↓)。

 

ja.wikipedia.org

 

まぁ「そういうものもあります」ということを紹介したかっただけで特にチャネルで話が広がることはないんですけど、その定義に従うと、前回話に出していたATP合成酵素というのは、濃度勾配に従って水素イオン(=英語で「プロトン」でした)を通すからイオンチャネルの一種だと思えるんですけれども、まぁ書籍によっては「ATP合成酵素イオンチャネルの一種である」としているものもあるものの、意外と、「ATP合成酵素プロトンポンプの一種である」とするものもある…というそちらの方がより目立つ(一般的な)感じになっています。

 

例えば、例によってこれで何度目かの登場の、酵素・タンパク質の構造をメインに四方山話を紹介してくれるPDBの「今月の分子」なんかでは…(↓)

 

numon.pdbj.org

 

…2文目にズバリ、

ATP合成酵素酵素でもあり、分子モーターでもあり、イオンポンプでもある。

…と明記されていますね(原典の英語版でも、しっかり「an ion pump」となっていました)。

 

他にも、イオンポンプのウィ記事(「膜輸送体」の中の1セクション)でも…(↓)

 

ja.wikipedia.org

 

…イオンポンプの代表例として、ATP合成酵素が挙げられているぐらいですね。

 

まぁこれは結局、「酵素というのは両方向の反応を担うことができる」という話に尽きるもので、ATP合成酵素というのは、実はミトコンドリア以外では、

「ATPを分解することで、エネルギーを得る」

という逆反応も行うことが可能なため(その、「ATPを『ADPとリン酸』に分解してエネルギーを得る」というのが、ATPの最大の役割というか、存在意義ですね)、その逆方向の反応をする際には濃度勾配に逆らって水素イオンを駆動させるため、ポンプとしても働く……という、そういう話に過ぎない感じだといえましょう。

 

とはいえ名前なんてどうでもいいので、まぁ今回わざわざ「チャネルとポンプ」の違いを長々解説しておいて言うことじゃなさすぎますけど(笑)、ぶっちゃけそれが何と呼ばれるグループのものなのかなんて、心底どうでもいいと思います。

 

ただ、生体内では、通常逆方向に働くことがほぼあり得ない、専用の機能のチャネルとポンプも多くあるので、そういったものの区別をしておくのは、教養として役に立つことがあるかもしれませんね、という話でした。

 

今回は新規画像が何もなかったので、代表的なポンプである「ナトリウム-カリウムポンプ」の概略図を、先ほどのイオンポンプのページからお借りしておしまいとしましょう。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/膜輸送体#イオンポンプより

以前どこかで書いたことがあった通り、細胞というのは「内部がカリウム多め・外部がナトリウム多め」になっているのですが…

(なので、ナトリウム=食塩を摂りすぎると、排出が間に合わず、あまりにもナトリウム過多になると何とか細胞内のナトリウム濃度を低めに保とうと、最終的には細胞が水を吸って膨れ上がり、結果、血圧が上がるなどの様々な弊害があるわけですね)

…その状態を形成しているのは、ひとえにこのポンプがせっせとナトリウムとカリウムを濃度勾配に逆らって汲み続けてくれているからなわけです。

 

当然、汲み出しはATPのエネルギーを使って行っているので、我々は生きているだけでもエネルギーが消費されていくという感じなわけですね。

 

という所で、せっかくなので次回は4種の複合体ポンプについて軽く見ていこうと思います。

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