ハウスキーピングなジーンとは

呼吸について少し詳しく、細胞の中では一体何がどうなってエネルギーが作られているのかを見ていく中で、前回は細胞呼吸3ステップの第一段階、「解糖系」の、前半部にあたる「グルコースブドウ糖)の形を変えていく」所までを見ていました。

 

その中で最後に出てきたものに、「グリセルアルデヒド 3-リン酸」という、炭素6つのグルコースが真ん中でスパッと割れて炭素3つになり、さらに端っこには呼吸・エネルギー運搬のキーパーソンといえる、リン酸基(P)がくっついた分子がありましたが……

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/グリセルアルデヒド-3-リン酸より

…こちらは前回もチラッと書いていた通り何気に超絶重要分子でして、グルコースから(わざわざエネルギーを消費してまで)あれやこれや変換して、これを作り終えたらようやく、以後「エネルギーを獲得する反応」に進むことができるというものであり、まぁ当たり前ですがエネルギーというものは「高いエネルギーを保持している物質」からしか取り出せませんから、いわばこれが糖の代謝経路で最も高エネルギー・高カロリーの頂点物質といえるわけですけど…

(とはいえ改めて、それはあくまで「代謝で取り出せるエネルギー」についてなので、分子そのものが持つ潜在的な熱量=エネルギー・カロリーとしては、もっと高い物質はあるわけですけどね)

…いずれにせよ、やはり呼吸なんて生物の行う最も根源的かつ重要な生命活動ですし、この分子は全生物が代謝中間体として使っている、極めてメジャーなものとなっています。

 

こいつ自身ももちろん重要な分子なのですが、我々生命科学を生業とする研究者にはもっと極めて馴染みの深い分子がここでしゃしゃり出てきまして……

 

…冗長なので画像は省略しようかと思いましたがまぁ別に邪魔でもないので再掲しておきましょう、詳しくはまた後ほど触れるとして、このグリセルアルデヒド 3-リン酸を次のステップの分子へと変換する酵素

(↓の再掲画像にある通り、次のステップは「1,3-ビスホスホグリセリン」という分子ですが)

 

https://https://ja.wikipedia.org/wiki/細胞呼吸より

…この変換を担う酵素こそが、(この画像↑には反応を媒介する酵素は載っていないので名前はないですけど)最初のエネルギーゲット型の反応を触媒するという機能的に大いなる意味があるのと同時に、そのメジャーっぷりから生命科学研究でめちゃくちゃ汎用される「グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ」という分子なのです。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ_(リン酸化)より

 

(こいつはタンパク質なので、例によってリボンモデルの結晶構造図が載っていました。

 まあまあインパクトがある形なので、アイキャッチ画像はこちらにさせていただきましょう。)

 

あまりにも長い名前ですが、当然長すぎるので普段は略称で呼ばれており、ズバリ、GAPDH(ギャップ・ディーエイチ)と呼ばれているタンパク質になります。

 

(ちなみに今さらですが、グリセルアルデヒド 3-リン酸自体も「G3P」という略称が使われ、さらには次のステップの1,3-ビスホスホグリセリン酸も「1,3-BPG」という略称で呼ばれることが多いです。)

 

そもそもの名前ですけど、長いようで実は「G3P・デヒドロゲナーゼ」という形になっているだけで、「デヒドロゲナーゼ」というのは、ずーっと昔の、分子生物学入門シリーズに脱線した最初期・アミノ酸について触れた記事(↓)でチラッと出てきたことがあった…

 

con-cats.hatenablog.com

 

…アルコールを分解するときによく耳にする気がする「アルデヒド脱水素酵素」なんてのがあるわけですけど、それを英語で読むと「アルデヒドヒドロゲナーゼ」であり、まぁ「de-」が「無・否定」などを意味する接頭辞で、「hydrogen」が「水素」、「-ase」が「酵素」を意味する接尾辞でしたから、何気に読んで字のごとく、「デヒドロゲナーゼ」ってのは「脱水素酵素」っていう意味でしかないんですね。

 

まぁ実際は普段「GAPDH」としか呼ばれないので、深く物事を追求しない学生とかですとこれが「グリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素」の意味であるとしっかり抑えられていない人もいるぐらいですけど、いずれにせよ、反応についてはまた後で見ていく予定ですが、G3Pの水素を除いてそこにリン酸基をさらにもう一つくっつけることで「BPG」こと「ビスホスホグリ~」(bis=2を意味する接頭辞で、phospho=もう何度も出てきまくっているリン酸ですね)を作るというあまりにも重要な役目を持っており、生命科学研究でお馴染みな分子である理由はズバリ、「重要すぎてどの細胞でも必ず大量に存在しているから」ということに起因しています。

 

全ての細胞は、生きている以上何らかの生命活動を行っており、生命活動には当然エネルギーが必要ですからATPを作り続ける必要があり、したがってATP合成の場である呼吸の、特にキーとなる反応を担っているといえるこの分子も、どんな細胞でも必ず常に沢山合成されて、大量に存在している感じになっているんですね。

 

その結果、例えば「細胞に何か薬をかけて効果を試したい」なんてとき、例えばジストロフィンというタンパク質が少なくなることが病気の理由の一つである「筋ジストロフィー」の薬であれば、

「薬をかけたら、細胞内でジストロフィンが増加しました」

ということを示したいわけですけど、単純に薬を投与する/しない患者の細胞同士でジストロフィンの量を比較して、仮にジストロフィンの量が増加している結果が得られたとしても、

「本当にジストロフィンの量が増えたの?単に、その薬を投与することであらゆるタンパク質の合成量が増えた(そういうのは、細胞のがん化を引き起こすなどで危険)とか、あるいは薬投与グループで検査した細胞の量が純粋に多かっただけなんて可能性はないの?」

という疑問が必ず発生しますから、研究者はこの場合、

「ジストロフィンの量が増えました。一方、細胞の他のタンパク質の量は変わっていませんでした。

 つまり、この実験では投与・非投与それぞれのグループからきちんと同じ量の細胞を使って測定しており、その状況でジストロフィンの量だけ増えたことが確かめられたといえます」

ってことを示さなきゃいけないんですね。

 

何か取り留めのないまとめ方でちょっと分かりにくかったかもしれませんが、要は比較対象として、「常に一定量作られているタンパク質」の量も、薬投与・非投与両方の患者でチェックして、「無関係な一般タンパク質の量は変わっていません」(あるいは、「同じ量の細胞から取ったタンパク質を測定しました」)ということを示す必要があるわけです。

 

そこで用いられる「比較用」のタンパク質の代表的なものがこのGAPDHでして、GAPDHはあらゆる細胞で作られており、しかも呼吸に関わる重要なものですから検出するのが簡単な、十分な量(かつ、常に一定)が存在するため、昔から好んで用いられてきたと、そういう感じで界隈では馴染みのある分子になっているわけです。

 

ちなみに、これと似たような話が、割と最近登場していたことを覚えていらっしゃる方もいるかもしれません。

そう、こないだ、筋肉の成分であると同時に、細胞の形そのものを作っている、いわゆる細胞骨格としても使われるタンパク質として、「アクチン」という分子を見ていましたが……

 

(この辺の記事から、割と何度かアクチンシリーズでした↓)

 

con-cats.hatenablog.com

 

…まさに、アクチンも全く同じ用途で用いられる分子となっています。

 

違いは、まぁ正直研究者の好みといえますけど、タンパク質のみならずRNAの実験なんかでもそういう「比較用」に用いられる分子といえるわけですが、専門用語ではそういう比較用のものを「内部標準」(internal control)などと呼ぶことが多いですね。

 

生命科学系の学生は、実験を学ぶ際、一番最初にまずは何はなくとも「どんな実験でも必ず、コントロールを取ること」を最重要事項として叩き込まれるわけですが、それは改めて、コントロールがないと、先ほど上でごちゃごちゃ書いていた不正確性(というか、「本当にその結論を出して問題ないのか?」が断言できなくなる)が生まれるからに尽きる感じなわけです。

 

こういったコントロールに用いられる分子を、これまた専門用語で「ハウスキーピング・ジーン(gene=遺伝子)」などと呼びますが、まぁ「ハウスキーピング」ってのはカタカナ語でも推測がつく通り「家事・家政」みたいな意味ですけど、要は細胞の状態を正常に保つために、細胞の中に常に一定量存在して、常に機能している遺伝子だということですね。

 

ハウスキーピング遺伝子には他にも、例えば「チューブリン」というタンパク質も非常によく使われますけど、この分子は日本人の毛利秀雄さんが発見され、本当は「チューブラリン」という名前にしようと思ったけれど日本語の音的にイマイチだったからやめた…という名前の響きの面白さもネタにしようと思ったのですが、まさに↑でリンクカードを貼っていたのと同じ記事で、既に書いたことがあったので冗長でした、書くのはやめておきましょう(結局書いてますが(笑))。

 

もちろん他にも絶対的に重要な生体反応を担う酵素で、ハウスキーピング遺伝子として使われるものはいくつかありますけど、先ほど「何を使うかは、好み」と書いたものの、まぁ現実的には、「自分の見たい(量を測りたい)タンパク質のサイズと、相性のいい分子」を選ぶことがほとんどで、GAPDHは37 kDa、アクチンは42 kDa、チューブリンは55 kDaと、あまりにもよく使うのでこいつらの大体のサイズは覚えちゃってますけど…

(あぁちなみに、「kDa」ってのはタンパク質の大きさを表す単位ですね。何気に分子の体重を示す「g/mol」とこの「Da」はほぼ同じ意味なんですが、今回はどうでもいいので、またいつか触れてみたいと思います)

…例えば自分の見たい分子(=薬をかけて、増減をチェックしたいタンパク質とかですね)の大きさが40 kDaだとすると、アクチンやGAPDHだとちょっと近すぎるので、

「タンパク質をゲルに流して、サイズごとに分ける」

という実験操作をした後、必要な領域でタンパク質の検出をする際にシグナルが被ってしまって面倒くさいですから、その場合は一番離れているチューブリンを使おう…

(=サイズが結構違う=移動する場所が離れているので、1枚のゲルで、両方を同時に検出可能ってことですね)

…みたいな選択をすることが多いと、そんな感じになっているともいえますが……

 

…ちょっと説明不足で、やったことない方にはなんのこっちゃって話かもしれないものの(一応、ずーっと前に見ていた、SDS-PAGEとウェスタンブロットなんかの話です)、時間不足で詳しく説明する時間がなかった感じでした。

 

SDS-PAGE↓

con-cats.hatenablog.com

 

ウェスタンブロッティング↓

con-cats.hatenablog.com

 

 

…と、今回は呼吸反応の本題からは外れた、GAPDHについての脱線ネタに終始してしまいましたが、次回はまた反応経路の続きに戻っていこうと思います(…が、本当はもうちょい触れたかったハウスキーピングネタがあったので、せっかくなのでそちらから触れてみるかもしれません)。

にほんブログ村 恋愛ブログ 婚活・結婚活動(本人)へ
にほんブログ村