プラズマクラスター ⇒ HEPAフィルター ⇒ hepat-みたいな医学用語の接頭辞接尾辞…といった流れで脱線し続けていましたが、また以前の記事に対していただいていたご質問の方に戻っていこうと思います。
質問はもちろん、おなじみアンさんよりいただいたコメントからの抜粋ですね。
毎度非常に広げがいのあるナイスご着眼点のポイント、心より拝謝申し上げます…!
そもそも、酸性と塩基性は対等ではないという感じなんですかね?
『塩基は「酸と反応して塩(えん)を生じる物質」』ということは、酸とアルカリが反応すると塩ができると言えそうですが(塩(えん)は「酸と塩基が反応して、結果として生じる物質」ということですし)、「酸は、塩基と反応して塩ができる物質」というわけではなさそうですよね。
だから何がわかるということもないんですけど、、アルカリは「塩(えん)」であることもないこともあるということですが、酸は一体何でしょう?
⇒これまた実に根源的な、素晴らしい問いかけだといえましょう。
「酸とは一体何だ?」というキーポイントに入る前に、順番にお尋ねになられていた点から入りますと、まず、「酸性と塩基性は対等ではないという感じ?」は、これは意外なことに、完全に対をなす性質であるといえるように思います。
『塩基は「酸と反応して塩(えん)を生じる物質」』というのは以前書いていた通りですが、まさに、アンさんが「んなわきゃねーべ」と思われていた「酸は、塩基と反応して塩ができる物質」という部分も、実はそう言って全く間違いはない形になります。
…それだと何か論理循環が起こっているというかトートロジーというか、「それ結局行ったり来たりで、何も言ってないのと変わらなくねぇ?」と思えるかもしれないものの(笑)、偉大なるウィキP先生の「酸」記事冒頭でも…
酸(さん、英: acid)とは、化学において、塩基と対になってはたらく物質のこと。
とズバリ明記されていますね。
とはいえ実際それは物質の性質の説明に過ぎないというのももっともであり、より厳密な、その物質を特徴付けるもの、すなわち酸と塩基それぞれの「定義」が、昔の偉い人たちによってなされてきました。
今回はそちらをチェックして参りましょう。
まぁ、正直ウィッキー先生の記事にほぼ完璧にまとまっているので、そちら(↑の「酸」記事よりも、↓の「酸と塩基」の方が分かりやすいですね)をご覧いただければいいだけともいえるのですが、せっかくなのでこちらの記述を引用しつつ補足してみると……
まず記事途中にある通り、そして以前この記事(↓)でチラッと触れていた通り…
con-cats.hatenablog.com
化学という学問分野が生まれた最初期には、偉大なるラボアジエさんが、「酸には必ず酸素が含まれる気がする…」と考え、その性質の物質をまさに「酸」と名付けてしまったわけですが、後に、記事によるとハンフリー・デービーさんという方らしいですけど、彼が「塩酸という、水素と塩素しか含まない物質も明らかに酸だぞ」と発見してしまい、ラボアジエさんは涙目敗走顔真っ赤に……なったかは知りませんが(多分その頃にはもうお亡くなりになられていたので、天から見守っていた可能性が高いですけど、いずれにせよそういう初期の誤解はむしろ科学の発展の礎であり、恥ずべきことではないと思います)、化学者たちは、どうやら「酸」は「水素」が重要らしいということに気付いていったんですね。
そして、その結果を踏まえ、アレニウスさんは酸と塩基を以下のように定義しました。
アレニウスの定義
- 酸:水中で解離して水素イオン H+を生じる物質
- 塩基:水中で解離して水酸化物イオン OH−を生じる物質
この「アレニウスの定義」は大変分かりやすく、水中でH+とCl−に電離する塩酸は酸だし、Na+とOH−に電離する水酸化ナトリウムという物質は塩基だと、中学生でも納得のいくスッキリした定義を打ち立ててくれました。
ところが、分かりやすい理論には穴がある…ってことで、ウィキPに書かれている通り、この定義では上手くいかない話もあったのです。
アレニウスの定義の欠点
…という明らかな穴があり、特に2つ目のアンモニアは中学生でも習う代表的なアルカリであるため、先ほど納得がいって一瞬拍手して称賛してくれた当時の中学生も、そこに気付いて即、アレニウスさんに「おい、アンモニアはOH−出さないじゃねーか!」と、手の平を返して石を投げていたことでしょう(まぁ当時の中学生がそんな最先端の理論を知ってるわけないですけど(笑))。
もちろんそこ以外は一般的な酸性アルカリ性の話をズバリ説明してくれているため、「アンモニアはまぁ例外」という感じで、個人的にはむしろ「これで問題ない」と思える定義ではあるように思えますが……
(ちなみにアレニウスさんは一連の電離に関する研究で、第3回ノーベル化学賞を受賞されていますね↓)
ja.wikipedia.org
…実はもうちょい改変するだけで上記の欠点がなくなるナイスな定義が、後に2名のおっちゃんによって提唱されたのです。
それが、「ブレンステッド・ローリーの定義」と呼ばれるもので、彼らはより「水素イオン」のみに着目して、以下のように定義を修正しました。
ブレンステッド・ローリーの定義
こう変更することで、アンモニアが水素イオンを受け取ってアンモニウムイオンと水酸化物イオンが生じるという反応(NH3+H2O ⇔ NH4++OH−)において、「アンモニアは水素イオン(=プロトン=陽子で、同じものです)を受け取っているから塩基である」と上手く説明可能になるということですね。
また、ここでは水溶液の中に話を限っていないので、水に溶けない物質の酸・塩基の定義も可能になったわけです。
とはいえ、この定義だと、例えば先ほどのアンモニアの反応で、「ん?よく見たら、水はプロトンを他の物質(ここだとアンモニア)に渡してるとも言えるじゃん。じゃあ、水は酸ってことなのか?!」という疑問が、注意深い方ですともしかしたら湧いてくるのではないかと思います。
これはズバリ「そうです」としかいえない話で、ブレンステッド・ローリーの定義だと、水は「酸」ともいえるし、逆に、いわゆる酸(塩酸などの強い酸)と反応した場合、これは水素イオンを受け取っているといえることになるので「塩基」になるともいえるという、現実的な物質を考えると「はぁ?何それ…」と思える部分も、正直含んでしまっているんですね。
その意味も込めて、僕はアレニウスの定義の方が分かりやすくて好きなのですが、実はさらにこのブレロリの定義をもっと厳密なものにしたやつが、後にギルバート・ルイスというおっちゃんによって爆誕しました。
ルイスの定義
- 酸:電子対の受容体
- 塩基:電子対の供与体
こう修正することで、反応に水素イオンが関与しない系でも、酸と塩基を定義可能になったということですね。
(そんなのぶっちゃけ滅多にないわけですが、とはいえ、ウィ記事にあった通り、アルミニウムイオンは水に溶けて酸性を示すわけですけど、この反応…
Al3+ + 6H2O ⇔ Al(H2O)63+
…で、水素イオンのやり取りはないためブレロリの定義ではアルミニウムイオンは酸とは呼べないものの、このルイスの定義なら無事に「酸です」といえる形になります。)
幸いにして電子についての話はこないだしていたので、詳しい仕組みについてもちょっと触れてみましょうか。
上のアルミは少し複雑なため一番分かりやすい塩酸(塩化水素)の例で「電子対うんぬん」とはどういうことなのかを見てみますと…
HCl → H+ + Cl−
塩酸は言うまでもなく代表的な「酸」の物質ですが、この反応で、なぜ塩酸は酸性といえるのか…?
それは、水素イオンが、水中でヒドロニウムイオンと呼ばれる、H3O+という構造を取ることに秘密が隠されていたのです。
(ちなみにそもそも「塩酸」とは「塩化水素の水溶液」なので、水中の話になるのは問題ない感じになります。)
電子対をちゃんと表記して分かりやすく反応を図示してくれていたサイトがあったので、そちらから図をお借りさせていただきましょう。
以前の記事のおさらいですが、水素原子は電子を1つ、酸素原子は電子を6つ持っており、それぞれが電子を共有することで、水分子は水素=2(K殻が満タン安定)、酸素=8(M殻が満タン安定)個の電子を持つ形になって安定しているのでした。
(=図の左端、Waterの部分。図だと、白丸が水素由来の電子、黒丸が酸素由来の電子ですね)
酸素は4つ、誰とも共有していない電子を持ってるわけですけど、基本的に電子の共有は電子2個で行われるので、電子2個を「電子対」と呼ぶわけですが、その用語を使うと、酸素には非共有電子対が2組、(水素との)共有電子対が2組存在するといえる感じです。
で、その非共有電子対の1組に、電子を持たない水素イオンがくっつくことで、ヒドロニウムイオンH3O+というものができる…というのが上記の図の右側半分であり、この反応はズバリ、「水素イオンは、電子対を受け取った」と言えますから、元々水素イオンを放出した塩酸は、ルイスの定義でいう酸なのだと、そう結論付けることができるわけですね。
(いうまでもなく、この反応において、水は電子対を水素イオンに与えているため、この場合も「水は塩基」になります。)
ちなみに補足事項ですが、実は塩酸の例に限らず、水素イオンというのは水中でこのヒドロニウムを形成していることが知られています。
(なお、この「H3O+」はオキソニウムイオンと呼ばれることも多いですが、オキソニウムイオンというのは酸素に3つの原子がつながったものを指す総称なので、「H3O+」はヒドロニウムイオンと呼ぶ方が正確ですね。)
中学以来、簡略化のために水素イオンは「H+」と表記されますけれども、より正確に書けば、これは水溶液中では常に「H3O+」の形で存在しているのです……というのは高校化学でも発展事項として習った気がしますが、正直事態をややこしくするだけで初学時には何のメリットもない気がするので、この一連のシリーズでも、触れずに済むなら触れずに終わりたいなとすら思っていたぐらいでした(笑)。
結局今回ルイスの定義に触れたついでに触れざるを得ませんでしたが、まぁ、正直そんな話は無視していいと思います。
なおさらにいえば、ルイスの定義自体、「あっ、この物質が酸か塩基か、一番厳密な意味で知りたかったんだ!オメェのおかげでハッキリしたよ、サンキュー、ルイッス!」と思えたことはこれまでの人生でただの一度もないので(笑)、 ぶっちゃけこんな定義自体も無視した方がいいと思います(笑)。
話の流れで、参考までに「より広い範囲を網羅できる定義」を紹介したまででしたが、一般化すればするほど、身近な現象・物質としての親しみやすさがどんどん失われていくというのは、自然科学あるあるな話ですね。
((アンモニアという例外はあれど)「H+を出すかOH−を出すか」という単純で分かりやすかったアレニウスの定義から、あくまで反応相手との相対関係によって立場が決まる(水ですら、酸になったり塩基になったりする) ブレロリの定義、さらには化学反応式を書いても単純には判断ができないルイスの定義…のように、一般化が進むほどに訳が分からなくなります(笑))
ということで、初級知識としては、「酸とは、水の中で水素イオンを出すものである。一方、塩基(アルカリ)とは、水酸化物イオンを出すものである」と考えるのが、一番分かりやすくて平和かな、なんて気がしますね(例外のアンモニアは、臭いしポイーで(笑))。
では、次回もまた続きのご質問に触れていこうと思います。