短小の味方グリコ、短小は嫌いなLPA

前回は、元気の源・グリコーゲンが、DNAを可視化するのにも役立っており(=共沈剤として、DNAを絡め取って沈殿させる役割がある)、また、昔は(多分今も?)試薬のグリコーゲンというのは、牡蠣から採取していたもののようです、なんてことにも触れていました。

 

そんな所でこの脱線ネタの元になったフェノクロ・エタ沈の補足に戻っていこうと思っていたのですが、もう1つだけ、グリコについてせっかくだから触れておこうかなと思った発展ネタがあったので、まずはそこから参りましょう。

 

まぁあまりにも細かすぎるというか専門的すぎるといいますか、別に実験で使わない方にとっては心底どうでもいいにも程がある話かと思うんですけど、DNA/RNAの共沈剤としては、(自分自身、使ったことがある…というか実際今でも使っている…という点も強いですが)やはりグリコーゲンLPAが最も広く使われている物質に思えるんですけれども、前回、

「両者に、実用上の違いはありません。どちらも同じように、大変効率よくDNAの白沈を生じさせてくれます」

…などと書いていたのですが、厳密に言えば両者には違いがあるのでした。

 

「実用上の違いはない」なんて書いていたけれど、実は「実用上にも意識しておいた方が良い、結構大きな違い」なので、話をややこしくしないために前回はそうしていたものの、せっかくなのでやっぱり触れておこうと思い直した次第ですね。

(単に、ネタ不足の極みなので、「それでお茶濁したろ」って話なだけともいえますが(笑))

 

結論から言うと、

  • グリコーゲンは小さなDNA/RNA、例えば「構成単位」であるヌクレオチド1分子レベルでも非常に効率よく沈殿にして一緒にまとめて落とすことが可能であるが、LPAは、短いDNA/RNA(具体的には、20塩基未満)を沈殿させる力はほぼ全くない

…という違いでして、まぁ何度もしつこいですけど、実際に実験で使われる訳ではない方からしたら「だから何だよ」って話でしかないものの、これは結構大きな違いなんですね。

 

この話も例によって僕はBiotechnicalフォーラムで、有識者の方が書き込まれていた情報を目にしたのが最初で、フォーラムのトピックを検索してそれを参考に貼ろうと思ったのですが、そこで貼られていた、Sigma社のまとめていた解説記事が、いつの間にかリンク切れになってしまっていました。

 

こういうことがあるから、できればやっぱりリンクだけでなく、中身の情報や図を引用して貼っておくことは重要なんだよなぁ…と思えたのですが、まぁシグマ他、試薬・研究機器系企業の解説記事は非常に分かりやすいことが多いんですけれども、基本的に重要な部分のデータってのは学術論文が由来となっていることが多いので、上記の情報をもとに検索してみたら、元情報と思われる論文が見つかりました…

…ズバリ、この論文(↓)で調べられているデータだったんですね、その「短小ヌクレオチドの沈殿うんぬん」という話は…!

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

1990年の、「共沈剤(※日本語でも、英語そのまんまで『キャリア―』とも呼ばれますね)としてのLPA(直鎖状ポリアクリルアミド)を用いたDNAのエタノール沈殿」という、まさにそのまんますぎるタイトルの非常に短い論文ですが、図1で、めちゃくちゃ分かりやすい各共沈剤(キャリア―)の違いが示されていました。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC330293/より

まぁこの手のゲルの写真も、初めて見る方(というか実際に自分でやったことがない場合)には何のこっちゃ全く意味が分からないと思いますが、何度か以前の記事で説明したことがあったように、この「ゲル電気泳動」というのは、要はDNAをサイズごとに分けることができる実験なんですね。

 

(ゲル=ゼリーの中に、電気の力でDNAを流すことで、

  • 小さい(短い)DNAはゼリーの中をスルスルと移動出来て速く進むけれど、大きい(長い)DNAはゼリーの分子に引っかかってゆっくりと、移動度が遅くなる

…という仕組みの手法で、本当に面白いぐらい、1塩基の違いで確実に差が出るレベルで、サイズに応じてDNAをわけることが可能になっています。

 この図の場合、上から下にDNAを流しているので、短いDNAが先頭に、長いDNAが最後尾=上の方に来ている形なわけです。)

 

ゲルには先頭に穴(というか窪み)をあけて、その穴ボコにDNAサンプルを満たし、電気を流すことでゲルの中へと進ませることができるわけですが、この画像のゲルには5レーン存在し、5種類の異なる取り方をしたDNAサンプルを見ている感じですね。

 

一番左端が、「starting sample」で、元々(はじまり)のDNA……どうやらこのDNAミックスは、160塩基(bp=base-pairなので「塩基対」の方が正確ですが、まぁ細かいことはどうでもいいでしょう)・110塩基・67塩基・34塩基・21~15塩基ぐらい?の断片が少し・そして一番短い8塩基のDNA鎖が混在しているサンプルのようです。

 

で、このDNAサンプルを、LPA(図では「polyacrylamide」)・グリコーゲンtRNA(これも、こないだのサーモンDNA・酵母tRNAの話で触れていたように、無関係な大量の核酸分子として、キャリアー的な用途で使われることもあります)・そして最後に、共沈剤なし(no carrier)…の核物質と共に(最後は「何もなしで」ですが)エタノール沈殿を行って、得られた沈殿をゲルに流したのが、この図だということですね。

 

まず一番分かりやすい話として、キャリアーなし=塩とエタノールだけでエタ沈を行った場合どうなったかと言いますと、元々あったDNAのほとんど全部が失われてしまったという感じで、全体的にDNAのバンドはめちゃくちゃ薄くなってしまっています!

 

この実験は元々かなり薄い濃度のDNAで始めたもので、やはり薄いDNAの場合、キャリアーと一緒にエタ沈しないとDNAは効率よく沈殿として落ちてきてくれないってことなんですね。


(ちなみに、いなくなったDNAはどこへ行ったのかというと、当然、エタ沈後、エタノールを捨てる際に流しに流されてしまった、って話になります。

 ちゃんと沈殿してくれさえすれば、エタノールを流しに捨てても、DNAは沈殿の中に存在し続けてくれるわけです。)

 

一方、グリコーゲン(tRNAも)を共沈剤として用いた場合、こちらは160~8塩基まで、元々あったサンプルと全く遜色ない量のDNAがきちんと沈殿としてきたことが見て取れますから、「エタ沈で全部が回収できた」ということが言える感じなわけですね!

 

もっとも、これはイメージしてみれば納得いくのではないかと思うんですけど、「短いDNA分子はグリコーゲンなどのキャリアーがあっても上手く絡まりあうことができず、沈殿になりにくい」というのも想像に容易い話で、8塩基という非常に短いDNAは、ある程度ロスしてしまっている形にはなっています。

でも、まぁバンドの大きさ的に、60%ぐらいは回収できている感じですね。

 

tRNAだとより効率が落ちるものの、そもそも実験用途によっては、あまり他の核酸分子と混ぜたくないこともあるので(もちろん、混ぜても問題ないこともありますが、混ぜたくないこともままある、って話です)、基本的にエタ沈のキャリアーとしてtRNAはあんまり使われないように思います。

まぁ良い共沈剤が知られる前、ずっと昔は専らtRNAなんかが使われていたこともあったのでしょうから、一応比較対象として並べてある、って感じですかね。

 

それはともかく、この記事の主役はLPAで、前回の記事でも書いていた通り、僕自身、普段は専らLPAを使ってるんですけど、LPAの場合、まぁ21塩基や、その下まではまぁそこそこ回収できているようにも見えますけど、8塩基のDNA断片は、ほとんど失われてしまってることが見て取れるかと思います。

 

まぁ論文では「20塩基対未満のDNAは、沈殿しづらい」と結論づけていましたが、いずれにせよLPAというキャリアー分子(エタチンメイトがまさにこれだったわけですけど)は、非常に短いDNAは沈殿させられない物質だということがいえるんですね。

 

そう聞くと、「LPAにも弱点はあるんだね」と思われるかもしれませんが、ところがどっこい、実を言いますと、実験によっては、

「欲しいのは大きなDNAだけで、短いDNAはゴミなだけなのでむしろ要らない、消えてくれた方が本当に助かる」

…という場面があるといいますか、例えばPCRを終えた後のエタ沈なんかの場合、これはエタ沈を行う一番メジャーな場面の一つといえますけど、そういう時は今書いたように、

「プライマー(=PCRを行うための、短いDNA断片)や、DNA伸長の材料となるヌクレオチド(=塩基1つ分)は、PCRを終えた今、全く要らないゴミなので、なくなってくれた方がむしろ圧倒的に嬉しい」

…となっている……つまり、LPAの「短小は無視する」という性質は、逆にめちゃくちゃ役に立つ場面の方が多いという、素晴らしい性質ともいえるのでした!

 

実際僕の実験操作では20塩基未満のDNA/RNA断片なんて本当にいなくなってくれればそれに越したことはない邪魔な奴らでしかないので、その意味で僕はグリコーゲンよりLPAの方が好みともいえる感じなんですね。


ちなみにもちろん、「短いDNAや、単一のヌクレオチドが必要」となる実験もそこそこありますけど、その場合は普通にグリコーゲンを使うようにする、って感じにしています。

 

実際この論文で示されているのはごく微量のDNA/RNAを使った際の結果で、大量に核酸分子が存在すれば、LPAだろうと、むしろキャリアーなしでも、1塩基にあたるヌクレオチド単独ですらそこそこ効率よく沈殿してくるので、そこまで意識するものでもないとはいえるのですが、一応、物体の性質として、グリコーゲンとLPAにはそんな違いもあるのです、という、細かすぎる豆知識でした。

 

なお、論文の図2では、「グリコーゲンが大量に存在すると、DNAとタンパク質の相互作用が妨害される」というデータも紹介されており、一方「LPAは、DNAとタンパク質がお互い同士くっつくことを一切邪魔しない」ことが示されていますから、

「DNA-タンパク質間の結合を見たい実験では、LPAが圧倒的に優れている」

ということも検証されていました。

 

そんなわけで、個人的には前回チラッと書いていた「グリコーゲンは腐りやすい」という点以外にも、色んな面でLPAの方が優れているので、個人的にはLPAを好んで常用しています、という話でした。

(改めてもちろん、「短いDNA/RNAをより効率よく落とせる」というグリコーゲンの性質がプラスに働くこともあるので、グリコーゲンもたまに使ってますけどね。)

 

と、今回の脱線も、意外に十分な分量となってくれました。

正直、フェノクロ・エタ沈の補足も、実際やられない方には今回ぐらいクッソどうでもいい話になるわけですけど(笑)、まぁせっかくなのでまたそんな感じの細かいポイントに触れて、次回も1記事都合つけようかな、と思っています。

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