DNAを沈殿させるためのとても便利な手段・エタノール沈殿について、誰にも聞かれていない細かな豆知識的なものをツラツラと書き連ねていました。
前回は関連して、「エタノールより遥かに比誘電率が低かった酢酸は、DNAの沈殿には使われないものの、兄弟分子であるTCAがタンパク質の濃縮に使われている」といったことを見ていましたが……
…こないだもそんなことを書いてましたけど、沈殿させるというのは結局、基本的には「濃縮」したいというのがその意図であることが多い実験操作であり、固体として沈殿させて、液体を除いて、より少ない液体で懸濁する(結果として濃縮できる)という、そんな話なわけですね。
DNAの濃縮は、そんな感じでエタ沈をすれば本当に家庭でもできるぐらいの操作で行えるわけですけど、タンパク質の濃縮は案外難しい……もちろんTCA沈殿なんかで行えるといえば行えるわけですけど、4種類の塩基のみがつながってできた、「遺伝子の保管庫」という用途しかないある意味単調な高分子であるDNAと違って、20種類ものアミノ酸がつながってできた、凄まじく複雑な構造や様々な機能を持ち得るタンパク質という高分子は、性質から何から一枚岩ではなく、TCA沈殿では沈められないことや、仮に沈められても二度と復活できないぐらいに構造が壊れてしまうこともあるなど、そういった悩ましさがあるわけですね。
…とまぁ、毎度記事の水増しのために前回のおさらい的な、ほとんど同じことの繰り返しから始めてますけど、その辺の話はその辺で一区切りとして、「DNAを濃縮するのは家庭でもできる」と書いていた通り、DNAの沈殿=可視化は、子供科学実験教室なんかでよくやられる実験であり、そもそもこのDNA・エタ沈シリーズに入ったのもそれがきっかけでした。
以前取り上げていたキッズ体験教室の紹介ページを再掲してみますと……
…この(↑)、「ブロッコリーをすり潰して、ブロッコリーのDNAを取り出してみよう!」という実験記事を以前も見させてもらっていましたが、この記事の解説部に、こんな一文があったのが目に付きました。
食塩は,DNAを溶かしやすくすると共に,材料に含まれるタンパク質を沈殿させるはたらきをします。
…これなんですけど、正直、「えぇ~ホントにぃ~?」と思えるといいますか、これまでの記事をご覧いただいていた方にはもうクドいレベルだと思いますが、塩を加えるのは基本的に、
「エタ沈で、DNAを沈殿として析出するため」
…がその本質的な意味・役割だと思えるので、個人的にこの説明は、「ん~?その説明がベストなんだろうか…?」と思える気がするかもしれません。
ところが、同じネタで取り上げていた、こちらはバナナを使ってDNAを取り出すやり方を紹介してくれていた類似記事(↓)でも…
…「原理を含めて解説」の節で、
【抽出液】
1~2mol/Lの塩化ナトリウム水溶液がDNAを良く溶かします。
…なんて書かれているんですよね。
まぁ同じ時に見ていた、別の高校生向けの類似実験紹介記事では、「『食塩を使う理由は何だと思う?』と尋ねるのもいいかもしれません」…なんて書いてあった通り、そういう「各試薬の意味」を考えるのはめちゃんこ重要で意味があることだと思いますが、この辺の記述を参考にすると、生徒たちは、
「DNAは塩水の方がよく溶けるんだね」
…と勘違いしてしまうかもしれないんですけど、正直これは全然正確ではないように思えてなりません。
こないだ塩析の説明をしていた時にも画像込みで見ていましたが(まぁサムネだと小さすぎて見えないですけど、先日のこの辺の記事ですね↓)…
…溶液中に塩が加わると、DNA分子内の電気の偏りが打ち消される形になり、水への溶解度はむしろ逆に小さくなってしまいます。
これは僕自身、実際の経験からも明らかで、エタ沈を終えた後にDNAを再度液体に溶かす場合、基本的には真水を用いますが(DNAの分解を防ぐため&pHを中性付近に保つために、EDTAという分解防止剤的なものとpH緩衝液(バッファー)を使うこともあるものの、塩濃度は基本0です)、DNAなんてめっちゃんこよく真水に溶けますからね…。
「食塩は、DNAを溶かしやすくする」というのは明らかに誤解を招く記述で、とはいえ複数のサイトが同じような記述をしている以上、どこか大元の参考書籍なりサイトなりがそういう記述をしていたのかなぁ……などと思えるんですけれども、まぁ犯人探しとかはともかく、とはいえこれは完全に誤りともいえないもので、特にバナナの実験のサイトはより詳しい解説が掲載されており、続きの部分を改めて引用させていただくと…
DNAは染色体の中でタンパク質(ヒストンタンパク質)と結合していますが、この濃度で離れやすくなります。
2.0gの塩化ナトリウムを水25mlに溶かすと、約1.4mol/Lの塩化ナトリウム水溶液になります。
…そう、「塩水でDNAが溶けやすくなる」はどう考えても不適切な記述なんですけど、「塩濃度が濃くなると、染色体DNAが、結合しているタンパク質と離れやすくなる」…これなら普通に正しい記述になっています。
どういうことかと言いますと、DNAは細胞の中で染色体と呼ばれる形で存在しているというのは以前チラッと書いていた話になりますけど、具体的にはヒストンというタンパク質に何千万…下手したら数億塩基がつながった超長いDNA鎖がグルグル巻きになってコンパクトにまとまっていて、基本的にはそれを「染色体」と呼んでいるわけですが、グルグル巻きのDNAは、溶液の中の塩の濃度が上がれば上がる程ほどける(ヒストンから離れる)ことが知られているんですね。
まぁこんなのわざわざ実験結果を見るような話でもないものの、せっかくなので、実験的にそれを示してくれている論文が目に付いたので紹介してみましょう。
こちら、ヒストンH1とDNAの結合に対する、ソルトの影響を分かりやすく検証してくれた論文(↓)で……
…まぁフリーアクセスの記事ではないっぽいですけど、一部画像だけ引用としてお借りさせていただくと……
…まさにこれが「DNAの電気泳動の図」で、あらゆる論文でひたすら登場してくる頻出の実験ですけど、まずはこいつの説明からした方がいいですね。
ずっと前にこれまたチラッと解説したことがあった通り、DNAってのはマイナスに帯電しているので、電気をかけてやると陽極へ移動するんですけど、その時にDNA分子をアガロースゲルという「寒天のカタマリ」に通してやると、分子レベルでは寒天ってのはちょうどDNAの移動を妨害する網の目のような構造になっているので、
「サイズの小さいDNAはより速く、サイズの大きいDNAはより遅く」
…移動することになるため、DNAをサイズごとに分けることができるのです。
図の「M」というのが「マーカーを流したレーン」で、ここで具体的にどんなマーカーを使っているのかは詳しく読んでないので分からないですけど、まぁ大抵、100塩基ずつの大きさのDNA断片が含まれたもので、画像下(特記がない限り、ゲル写真は上から下に流している状態で貼るのが普通なので、下にいるDNAバンドほど移動が速いわけですね)から、100塩基・200塩基…と来て、最後の方は1000とか2000塩基ごとに、5000塩基・6000塩基・8000塩基・10000塩基…といった様々な長さのDNA断片が含まれている形です。
(色んなサイズのDNAが混ざっているので、はしご状になっている感じですね。)
これはやってみないと分からないと思いますが、DNAをゲルに流すと本当に面白いようにサイズごとに分離が可能で、100塩基のDNAは全て100塩基ぐらいの速さで流れ、3000塩基のDNAは全て3000塩基の断片の速さで流れる……って仕組みですけど、基本的には「サイズごとに分かれる」というのが電気泳動なのですが、ゲル内の移動度というのはあくまで「網の目のくぐりやすさ」であるので、同じサイズでも構造が違えば泳動の速さが変わってきます。
具体的には、画像でN, Lとあるのが、(まぁ細かい違いや正確性はともかくザックリ説明すると)「直線状にほどけたDNA」であり、Sとあるのが「グルグルに巻き付いたDNA」のことでして、イメージしてみれば明らかでしょう……言うまでもなく当然、ダラ~っと直線状にのびたDNAは網の目に引っかかりまくって移動度が遅くなる一方、グルグルになってコンパクトな形の「S」型のDNAは、網目にあまり引っかからず、ゲルの中をスイスイ移動できるんですね。
と、基本はそうなんですが、この実験の場合は溶液の中にヒストンを加えており、「グルグル巻きのDNAは、ヒストンと強く結合する」という性質があるため、
「グルグル巻きは移動が速いけれど、ヒストンに巻き付けば巻きつくほど、ヒストンがくっついた分、分子全体の大きさがでかくなり、移動が遅くなる」
…という状況になっているため、ヒストンがくっつけばくっつくほど、S型DNAのバンドはより上に来るようになる=移動度が遅くなる形になるわけです。
(かなりややこしいですが、まぁ順番に考えれば意外と単純ではないかと思います。)
で、この実験では、ヒストンの濃度と塩濃度をいくつか振って実験をしており、数字がNaClの濃度で、三角形で表されているのがヒストンの濃度(当然、右に行くほどヒストンの濃度が大きい)になっています。
ゲル写真を見ても、まぁちょっと分かりづらいかもしれないものの、まず言うまでもなくヒストン濃度が大きくなればなるほど、同じ塩濃度でもDNAの移動度が落ちている(=遅いので、上の方に位置する)こと、そして、塩濃度が低い方がその影響が大きい……逆にいえば、塩濃度が高い方がDNAからヒストンが離れて、スイスイ移動できるようになっている……ってことが、ズバリこのゲル写真から分かるんですねぇ~。
まぁこの移動度の違いを、ゲル写真の各DNAバンドの位置から数字に直してグラフにまとめたのが次の図で……
…ゲル写真を見ると分かる通り、この実験でヒストン濃度は5点振られていたわけですけど、具体的にはDNA23塩基につき1分子のヒストンの割合で存在している▽印から、116塩基につき1分子のヒストンという、一番ヒストンの割合が小さい〇印の5パターンでで…
一方、横軸が「NaClの濃度」(NaCLと、Lが大文字というタイポがありますね(笑))、そして縦軸が「泳動の遅延度」であり、縦軸が大きいほど移動が遅くなるということで……
結論としてはズバリ、塩濃度0の場合、ヒストンの割合が多ければ多いほどDNAに大量のヒストンがくっついて移動度が遅くなっていること、そしてその影響は塩濃度が高くなればなるほど小さくなる=塩濃度が高くなればなるほど、ヒストンはDNAから離れることが、分かりやすい(まぁ正味分かりにくいですけど(笑))グラフで示されているんですねぇ~。
ということで、「塩濃度が高くなればなるほどDNAはヒストンから離れる」というのは事実なのですが、まぁ別にヒストンに絡まったDNAでも普通にちゃんと水に溶けると思いますし、実際この実験ではわずか60 mM(=0.06 M)という濃度でヒストンはほとんど離れているともいえますし、実験で1 M以上の濃度の塩を使う理由として、「DNAをヒストンから離すため」ってのは、うーんどうなんでしょうね、まぁヒストンからしっかり離してやった方がDNAを長くて白いヒモとして見やすいってのはあると思いますけど、あんまり本質じゃない気もします。
個人的にはやっぱり、「エタ沈で確実にDNAを析出させるため」ってのが塩を加える本質だと思いますが…
…とはいえ、こないだ見ていたデータでは、食塩は0.2 M=200 mMあれば十分なので、「エタ沈を確実に起こす」という意図でも、(細胞自身にも塩は含まれていますし)そこまで濃い塩は要らない気もしますけどね…!
でもまぁやっぱり、個人的には「塩析を起こすため」ってのが、塩を加える第一義なんじゃないかなぁ、というのが、これらの実験紹介サイトの解説文を見て率直に感じていた点だった、という話でした。
…もうちょいヒストンについて触れようかと思っていたのですが、またしても完全に時間がなくなってしまいました。
ヒストンは全く専門外なので大した話も広げられないものの、まぁせっかくなのでまた次回、ちょっとそちらさんに触れてみようかなと思います。