塩も色々、アルコールも色々

前回の記事から久々に途中保留状態だったネタに戻っており、生命科学実験で汎用されるDNA精製手法「フェノクロ・エタ沈」の補足という、物理学的な小ネタよりよっぽど面白くも何ともない話をしていました。

 

とはいえ、何気に僕自身も知らなかった話が目に付いたので、備忘録も兼ねて細かすぎるエタ沈ネタを続けさせていただきましょう。

 

前回のラストで、羊土社による「核酸実験法」の解説記事を引用していたわけですが…

 

www.yodosha.co.jp

 

エタ沈というのは、水に溶けているDNAを固体として目に見える沈殿として析出してやる手法なわけですけど、これは塩析と呼ばれる、結局分子レベルの電気的な力を上手いこと使って沈めてやるもので、画像を再掲させていただくと……

https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/nucleic_acid/vol1.htmlより

…DNAというのは水の中で全体的にマイナスの電気を抱えた分子として存在しており(なので、DNAというのは電気泳動してやることで陽極側に移動するという性質があるため、ゲルを使って電気の力でサイズごとに分離してやる…なんて実験も非常に便利に汎用されています)、ここに、塩を添加してやることで陽イオン、画像ではMと表されているものをDNA溶液に大量に加えることでそのマイナス電荷を打ち消してやり…

…まぁ「水に溶ける」というのは基本的に「電荷の偏りがあるものが、同じく電荷の偏りのある水分子と相互作用することで生じている現象」だという話でしたから、電荷の偏りが小さくなると水に溶けにくくなり、結果として固体となって底に沈む…というのは前回も書いていたおさらいでしたが……

 

「M」ってのは恐らくMetal ion=金属イオンのことで、まぁ塩というのは基本的に金属元素陽イオンを形成しやすい)と非金属元素(陰イオンを形成しやすい)が手をつないで作られるているものが多いですから、一口に塩といってもそこには色々な金属イオンが存在しているわけです(金属ではない陽イオンであることもありますが)。

 

代表的な塩は、「えん」ではなく「しお」と読んだらコレというあまりにも身近な物質、塩化ナトリウム=NaClになりますけど、元々エタ沈の話を始めるきっかけとなっていた、「家庭でできるDNA取り」というキッズ向けの実験なんかでは食塩が使われていますけれども、とりあえずこの場合は当然、陽イオンとしてナトリウムイオンが使われる形ですね。

しかし、実はエタ沈では一般的にNaClはあまり使われません。


以前紹介していた、動画をもとにしたプロトコール紹介記事でもそうなっていましたが、研究室でのエタ沈は、専ら酢酸ナトリウムが使われており、あまり略称を使わない英語にしては珍しく、これはNaOAcと表記されることが多いですけど(酸素原子とアセチル基CH3COを組み合わせたもので、口頭だとまぁ「ソディウム・アセテート」(ナトリウムはドイツ語であり、英語だとソディウム)と呼ばれますが)、僕も実際、何も分からなかった学生実験で何度か別のものを使ったことはあったかもしれないものの、自分の実験では酢ナト以外の塩は使ったことがないですねぇ~。

 

とはいえ一応歴史的にエタ沈では様々な塩が使われてきたというのは教科書で学んだことがありましたし、ある程度の使い分けは頭に入っているものの、まぁ僕はそんな特別なエタ沈をすることもなく、DNAやRNAを沈めればそれでいいため、実際に使ったことはない感じなのですが……

 

特に塩化ナトリウムという、一番代表的な塩ではなく、なぜ酢酸ナトリウムなのか?…という点について、いざ説明しろと言われたら答えに窮するので、今回ちょっくら教科書的な知識をまとめつつ考えてみようと思います。

 

まず、非常に分かりやすく、かつ網羅的にエタ沈についてまとめてくれていた記事が、検索したらすぐに見つかりました。

 

PDF記事なので、リンクカードは上手く生成されないのですが、日大の春木満さんによる大変ためになるまとめ記事がこちら(↓)で…

 

エタノール沈殿あれこれ(生物工学基礎講座・バイオよもやま話)

https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/8905/8905_yomoyama-1.pdf

 

ここでは、伝統的にエタ沈で用いられてきた5種類の塩が紹介されていました。

 

記事の記述をもとに、ごくごく簡単にまとめさせていただくと…

 

  1. 酢酸ナトリウム:最も一般的に用いられる。僕の経験からも、事実上あらゆる場面でこれを使っておけば問題なし。

  2. 酢酸アンモニウム:DNA合成の材料である、1塩基のヌクレオチド(dNTP)や、糖類・タンパク質なんかも、効果的に除くことができるらしい(=DNAの沈殿に混じらず、溶液の中に残るので、除くことができる)。
    しかし、この塩は種々の酵素反応を阻害することが知られているので、DNAを沈殿して精製させた後は多くの場合、何か酵素と反応させて更にDNAを加工するということもよくやられるため、「塩が残ってしまわないように、注意深く実験をする必要がある」というのはエタ沈操作を行う上で大変面倒くさい点になっている。
    1塩基のヌクレオチドは、キャリアーによっては酢酸ナトリウムでも落ちてこないし(以前見ていました→短小の味方グリコ、短小は嫌いなLPA)、糖類やタンパク質は多くの場合エタ沈の前ステップであるフェノクロで除いていることが多いので、わざわざ次に行う酵素反応を妨害してしまうかもしれない酢酸アンモニウムを使うことは、ほとんどない。

  3. 塩化リチウム:DNAよりもRNAを効果的に沈殿可能であるため、RNAだけを沈殿として落としたいときに向いているとのこと。
    しかしこれも、そんな塩の違い程度による選択圧はそこまで厳密なものではないと思われるし、本当にDNAを除きたいなら、エタ沈後にDNA分解酵素でDNAを完全に除去するので、あえて塩を使い分けて「RNAのために…」とすることもないといえる。
    また、塩化物イオンも、高濃度で混じるとDNAからRNAを合成する「逆転写反応」や、他にもタンパク質合成反応=翻訳反応を阻害する作用があるとのことで、エタ沈の後にそういった実験を行う際は注意が必要という、酢酸アンモニウム同様の面倒な懸念点があるため、常用することはあまりないと思われる。

  4. 塩化ナトリウム:DNA溶液にSDS(生化学実験で汎用される界面活性剤)が混じっている場合、他の塩だとSDSが析出してしまう可能性が高く、食塩が最も析出させにくいとのことで、SDSを沈殿させたくない場合に使われることがある。

  5. 塩化マグネシウム:この塩を用いた場合、2.5倍量のエタノールではなく、等量のエタノールを加えるだけで沈殿を形成することができるとのこと。
    とはいえそこが売りではなく、上手く沈殿時間を調節すれば、1塩基のdNTPや短いDNAは落とさずに、目的の長いDNAだけを落とすことができるので、その意図で使われることが多かった。
    しかし(PDF記事には特に書かれていませんが)、マグネシウムイオンはMg2+という2価の陽イオンだが、これが溶液中に存在するとDNAやRNAは大変分解されやすくなるということが知られているので、特に非常に分解されやすいRNAを扱う実験では、個人的にはなるべく使いたくない気がするのが懸念といえそう。


…という感じで、色々メリットもあるっちゃあるっぽいんですけど、そこまで言う程のメリットでもないし、デメリット(残存すると次に行う実験を妨害してしまうので、極めて注意深い塩の除去が必要など)も多くあるため、結局目立ったデメリットがない酢酸ナトリウムが常用されて今に至るのかもしれませんね。

 

特に、塩化物イオンはRNAやタンパク質の合成反応を阻害するとのことで(タンパク質合成に関しては、上記PDFには記述がなかったんですけど、一応他に調べていたこちらの記事(↓)なんかにその旨も書かれていました)……

bitesizebio.com

 

…NaClが一番一般的な塩ですし、もちろん値段も安価なのでなぜこれがスタンダードでないのか若干の疑問がありましたが、結局これも「使わない方がいい実験がある」というのが大きな足かせになっているのかな、と思えました。

(酢ナトに次いでよく使われるのは酢酸アンモニウムで、こちらは「酵素反応を邪魔することがある」というのは強く注意事項として書かれることが多いので意識していたんですが、塩化物イオンにその意識はあまりなかったので、やや意外な発見でした。)

 

まぁあとは、「塩化ナトリウムは完全に中性物質なので、pHの調整ができない」という点もふと思いつきました。

酢酸ナトリウムの方は加える酢酸の量でpHを容易に変更可能で、たまに「pHによる使い分け」なんかも行われますから(まぁPDF記事にもある通り、これも「落としたいものがDNAとRNAとで変えることもある」程度のもので、あんまり意味はないと思いますけど)、その意味でも酢酸ナトリウムの方が作製・利用の際により柔軟性があると言えるのかもしれません。


(あと微かな記憶では、塩化ナトリウムはDNAの沈殿により残存しやすく(=取り除きづらい)、下流の実験への影響が強いのであまり好まれない…食塩で落としたDNAはしょっぱいのである……みたいな説明も昔、確かBiotechnicalフォーラムかあるいはどこかの解説で見た記憶があるのですが、発掘できませんでした。

 一応、そういう理由も、塩の代表NaClがなぜかエタ沈では代表格ではないのか、の理由としてあるのかもしれないですね。)

 

…と、無駄に長くなってまた時間もなくなってしまったので、記事タイトルに挙げていた「アルコールも色々」についてはまた次回触れようと思いますが(まぁ、↑のPDF記事に挙げられている内容以上のネタは一切ないので、「そちらをご参照ください」で終わりなんですけどね(笑))、しかし、羊土社の記事で、各塩でのエタ沈の結果を実験して検証くれていた面白いデータがありまして、僕が全く見たことなかったネタというのはこれだったため、最後これをペタリと貼っておしまいにさせていただきましょう。

…と思ったのですが、これまた「アイキャッチ用には最初の再掲画像でいいし、時間もないから何かもう次回でいいか」と思えたため、各種塩の効率の違いについてのデータ(これも、画像を貼ったらそれで終わりですけど(笑))についてから、次回再開としようかと思います。

 

う~ん、あまりにも細かすぎて「何の話や(笑)」レベルのネタで恐縮ですが、もうちょろっとだけこんな感じの話が続く予定です。

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