グリコはオイスター!

「DNAをこの目で見てみる」という話から、キッズ科学体験教室で行われる実験手法の話を経て、研究室レベルで行われるフェノクロ・エタ沈の話になり、そこからの関連ネタとして「DNAはブラックライトに当たると光るのか」という点や、そこをきっかけに前回の記事ではサーモンスパームDNAなんてものも話に出していました。

 

フェノクロ・エタ沈の工程なんかも細かく見ており、一部触れておきたかった各ステップに補足を…という話に戻っていく予定でしたが、今回は、前回のサーモンDNAという試薬から端を発し、一応エタ沈にも関連してくる脱線ネタに、またちょろっとばかり逸れてみようかなと思います。

 

ちょうど、こないだの記事(↓)でも見ていた、エタ沈でDNAを沈める際、一緒に加えることで操作が簡便になるという、いわゆる「共沈剤」についてのネタになるのですが…

 

con-cats.hatenablog.com

 

…そういえばアイキャッチ画像としてお借りしたこの「ペレット・ペイント」という商品は実際どういう分子なのか、軽く調べてみても詳細は不明だったんですけど、元々この商品はNovagen社という、分子生物学実験で様々な試薬を開発された企業によって売られていたもので(その後、Novagenは吸収合併を経てミリポアと統合したんだったと思います)、NovagenはDNAを沈殿させるというまさに同じ用途の、「Blue dextran(ブルー・デキストラン)」という試薬も開発していたはずで、こちらは僕は名前を聞いたことはあるものの実際に使ったことはないんですけれども、結構多くの研究室で、エタチンメイトよりもむしろ世界的にはよく使われている共沈剤として有名な気がします。

 

で、ここで使われている「デキストラン」ってのは、グルコースブドウ糖)がつながってできたもので、いわゆる多糖の高分子ってやつなんですけど…

 

ja.wikipedia.org

 

…とりあえず、「ブルーデキストラン」ってのはこの多糖に青色の色素(チバクロンブルー)を結合させたもので、「DNAの沈殿が青く見えて便利」というものになるわけですが、おそらくこないだ画像を貼っていたペレット・ペイントも、何らかの多糖に赤い色素をくっつけたものなのでしょう。

 

エタチンメイトの本体であるLPAも、アクリルアミドという物質が重合(=手をつないでつながっていくこと)したものでしたが、要は、

「水に溶けやすい高分子が、DNA(同じく、ヌクレオチドが大量につながった巨大分子)と絡まり合ってDNAをより効率的に沈殿させることができる

…ってのがこういった共沈剤(co-precipitant)の役割というか機能って感じですね。

 

で、ブルーデキストランやペレットペイントは僕は使ったことがないんですけど、LPA以外に実はこちらへ来た当初使っていた、上記3種とはまた別の共沈剤がありまして、それがズバリ、グリコーゲン

 

ja.wikipedia.org

 

まぁグリコーゲンは、中学理科でもおなじみですし、このブログでも糖の話で確か見たことがありました、糖の基本物質であるグルコースが大量につながった、多糖ですね。

 

(…って、「それさっきデキストランでも同じこと書いてたじゃん」という話なんですが、両者は「グルコースのどことどこがつながって伸びていくか」に違いがありまして、デキストランは主に(上記ウィ記事にも記述がある通り)「α-1,6-グリコシド結合」でつながるもので、一方グリコーゲンは(ウィッキー先生にしては珍しく、なぜか記事内には記述がなかった気がしますが)「α-1,4-グリコシド結合」でつながっていく(ちなみに、ごく一部、α-1,6-グリコシド結合が存在することで、たまに枝分かれしているのが特徴です)という違いがある感じです。)

 

このグリコーゲンも、普通にエタチンメイト的に使われるものでして、僕が最初へこちらに来た時の研究室では、DNAの沈殿用に代々グリコーゲンを使っていたこともあり、僕も言われるがまま、よく使っていました(実は当時はまだ「エタチンメイトがLPAである」ことを知らなかったので、

「グリコーゲンなんて単なる糖が、エタチンメイトの代わりになるのか…メイトたんが恋しいけど、まぁ似たような感じだしいいでしょう」

…などと思って使っていた感じです)。

 

まぁ「似たような感じだし、いいでしょう」とか不満たらたらっぽいことを書きましたが、実用上の違いは正直一切ないんですけど、グリコーゲンは糖=栄養ですし、たま~に、4℃保管している高濃度のグリコーゲンに、カビっぽい何かが生えることがあって気になるなぁ、なんて思っていた感じですかね。

どちらもDNAの白い沈殿を効率よく発生させてくれますし、普通に全く遜色なく使えるものになっています。

 

ただこれに関して面白い話がありまして…

…いつこのサイトを話に出そうかずっと考えてたんですけど、満を持してのご紹介になります……この辺の実験試薬に関する豆知識やその他色々なお役立ち情報が集う「BioTechnicalフォーラム」という、研究者ご用達の掲示板的フォーラムサイトがありまして……

 

まぁずっと前、何かの記事でも、何か生命科学系の話の参考に紹介したことはあったと思いますが、偉そうに「エタ沈で、エタノールを加えた後に冷やすというステップは過去の遺物で、今では全く必要ないことが分かっています」とか色々こないだ書いてましたけど、そういった豆知識は、実はほとんどこのフォーラムで学んだことになっているぐらいです。

 

実際、「エタチンメイト=LPA」ということを知ったのもこのフォーラムの書き込みのおかげでして、例えばこちら(↓)、2017年のまさに「エタ沈メイト」に関するトピックですが…

www.kenkyuu2.ne

 

……まぁ僕が見たのは2017年より前だったと思うので、実際僕が参考にしたのはもっと前のトピックだったと思いますが、この記事の4番でmonさんが「自作できますよ」とレシピ&プロトコルのPDFを紹介してくれており、僕もこれを見て「エタチンメイトが自作できる!いいじゃん!!」と喜び勇んで作った感じでした。

(そして以後ずっとLPAを使っている感じです。)

 

ちょうどそのmonさんは「ブルーデキストランを多用している」とありましたが、他にも本当に有用な書き込みが(このトピックに限らず)大量に交わされているので、生命科学・生化学系に進まれた学生さんなんかは、暇さえあればこのフォーラムの記事を片っ端から読むようにすると、めちゃくちゃ色んなことを知れる素晴らしい教科書になってくれるのではないかと思えてなりません。

 

かくいう僕自身、暇さえあればインターネットをざぶんとサーフィンするタイプだったこともあり、特に学生時代は毎日アクセスするぐらいに読んでましたけど、まぁ正直、自分が経験したことのないトピックは見てても全然意味分からん…というのが本音ではあったのですが、自分のやったことある馴染みのネタでは「へぇ~知らなかった、役に立つなぁ」ということが大量ですし、知らなかったこともここで触れておけば何となく雰囲気を掴めた、なんてこともあった気がします。

今でも盛んに投稿・質問回答が行われているサイトですし、生命系の研究に興味を持たれた方は、実際の研究者や学生がどんなことに疑問を持ってどう議論・解決しているのかを見るのだけでも楽しいと思うので、改めて大変オススメのサイト、って感じですね。

 

…と、フォーラムについてはともかく、実際↑のトピックでは他にも面白い話がありまして、それが、11番の小言幸兵衛さんの書き込み…

 

glycogenを使ったサンプルからPCRしたら、牡蠣のホモログが取れたという笑い話(都市伝説?)がありました。

 

…というもので……まぁちょっと専門用語もあって分かりにくいかもしれませんが、要は「グリコーゲンを使って沈殿させたDNAをPCRで増やしたら、牡蠣の遺伝子が検出された」という話で、そう、前回「ランダムに雑多な用途で用いるDNAってのは、歴史的にサーモンから採られることが多かったようです」なんて書いてたんですけど、グリコーゲンってのは、どうやら牡蠣から採られることが多いんですね!

 

幸兵衛さんは「都市伝説?」と書いていましたが、こちらの「エタ沈」トピック(↓)なんかでも、一番最後10番で中年さんがおっしゃられているように…

 

www.kenkyuu2.net

 

グリコーゲンはロットによっては牡蠣のDNAのコンタミがある

(※コンタミ=「混入」を意味する専門用語…というか英語)

 

と、実際、普通になくはない話のようです。

 

本当にグリコーゲンは牡蠣由来なんだろうか…と思って「glycogen oyster」で調べてみましたら、ズバリ、前回もお世話になりました、我らがThermo Fisherの商品がヒットしてきましたね!

https://www.fishersci.com/shop/products/glycogen-from-oyster-1/AC422950010より


…まさに「From Oyter(牡蠣由来)」とありますけれども、しかし、「値段はおいくら万円?」と思って眺めてみても価格は載っておらず、よく見たら「Item Discontinued」(=生産終了品)などという記述がありますね……。

 

しかしグリコーゲンが製造中止になってもう買えないわけはないので、代替品を改めてThermoのサイトで検索してみたら、現行版は前回のサケDNAでもその商標が使われていた「Ultra Pure」という超高純度を謳う製品が現在のスタンダードのようで……

 

https://www.thermofisher.com/order/catalog/product/15632011より


こちらは特に「オイスター由来」という記述は、製品マニュアルを眺めてみても見当たらなかったものの、今はもう、本当に「グリコーゲン」なら「99.99%」以上純粋なグリコーゲンのみで、あえて表記する必要がないぐらい、生物由来のDNAがコンタミするなんてことはなくなったと考えてもいいのかもしれませんね。

 

(逆に、まだ技術の発展していない昔は、「グリコーゲンを買ったのに、由来となる牡蠣のDNAも混入してきた」というぐらいのクオリティだったのかな…なんてことは、往年の研究者の方の書き込みで窺える感じだといえましょう。)

 

そもそもなぜ牡蠣から採っているのかも不思議でしたが、検索したら我らがグリコ…まさに「グリコーゲン」が社名の由来である、世界一グリコーゲンに詳しいであろう、みんな大好き江崎グリコ公式サイトが、「牡蠣にはエネルギー源であるグリコーゲンが豊富に含まれているんです!」と紹介してくれていました(↓)。

 

www.glico.com

 

これは面白い記事ですね、グリコといえば甘いお菓子ですが、美味しいけれど決して甘いわけではないカッキーがグリコの始まりだったとは、非常に興味深い限りです。

 

まぁ僕は牡蠣を食べたことがないので(別に避けているということもなく、単に食べる機会がなかっただけですけど)、「美味しいけれど」とか言っておいてあれですが(笑)グリコパワーを牡蠣から得たことはないものの、お菓子のグリコの始まりでもあり、また実験試薬用のグリコーゲンの抽出にも歴史的にずっと使われてきたというぐらい、豊富なエネルギーの宝庫ということで、今後は牡蠣を食べる度に「グリコーゲン、効くぅ~」と思うのがいいかもしれませんね(別に何も良かぁないかもしれませんが(笑))。

 

では、ちょうど他にもBiotechnicalフォーラムネタを交えつつ(というかそこが僕の知識の出典なだけで、特に引用することもないかもしれないものの)、フェノクロ・エタ沈のステップ補足を次回また見ていこうかな、と思います。

にほんブログ村 恋愛ブログ 婚活・結婚活動(本人)へ
にほんブログ村