優秀な酢酸、無能なアンモニア

ここ何回かの記事では、水に溶けているDNAを目に見えるカタマリとして沈殿させる手法・エタノール沈殿(通称エタ沈)について見ている感じです。

 

まぁ今さらですけど、エタ沈ってのは何のためにやられるのかと言いますと、これは別にDNAを可視化して「これがDNAなんだよ、凄いっしょ?」とかマウントを取るためなどではなく、簡単に言えば「精製と濃縮」を意図したものだといえましょう。

 

例えば細胞を1ミリリットルの溶液に溶かして、そこから染色体DNAを取り出した場合、得られたDNAは1ミリリットルという(分子生物学レベルでは)結構な量の液体に溶けた状態で存在している形になるわけですが…

実験によってはそんな大きな体積があっても上図く使いこなせず邪魔なだけですし(酵素反応は、DNAを加えたうえで、10マイクロリットル(=0.01ミリリットル)とかで実行することが多いです)、より濃いDNAの方が何かと便利ですから、DNAを細胞から取ったはいいけれど、できればその後体積を小さくして、濃度をアップさせたい場面が多いんですね。

(もちろん、元々少ない体積で細胞を溶かせばいいわけですけど、細胞ってのはめちゃくちゃ色んなものが詰まった「濃い」物質なので、あまり小さいボリュームに細胞を溶かしても、ドロッドロで非常に扱い辛い状態になってしまいます。

 なので、ある程度の体積の溶液で始めざるを得ないんですね。)

 

当然ですが、「物質を薄める」というのは水を加えれば一瞬でいくらでも可能ですが、世の中、「濃度を上げる」「濃縮する」というのはなかなか難しいのです。


そこでやられるのがエタ沈になります。

DNAを固体として沈殿させてしまえば、あとはもうこっちのもので、自分の望みの、例えば10とか20マイクロリットルの水でその沈殿を溶かしてやれば、元々1ミリリットルに溶けていたDNAが濃度100倍とかになるわけですから、めちゃくちゃ高濃度DNA溶液へと濃縮できたことになるわけですね。

 

そしてもちろん、DNAを液体に溶かす(これをしばしば「懸濁する」と言いますが、まぁ別にそこまで専門用語でもなく、何となく意味は分かる言葉でしょうか)際、水なり、次の酵素反応で使うための特別なものを溶かし込んだ溶液なり、何でも自分の好きな液体を使えますから、(生体分子を溶かす溶液のことを、しばしば「バッファー」(pHが大きく変わらない作用を持った、日本語だと「緩衝液」というものですが、まぁ「バッファー」呼びが多いですね)と呼ばれますけど)「バッファー交換をする」という意図でも行われるのがエタ沈だといえましょう。

 

(その意味で、エタ沈は「精製」の一種でもありますね。

 とはいえ、実際より綺麗な水に再懸濁すれば「DNAは精製された」ともいえますけど、まぁ精製はどちらかと言えばタンパク質やその他DNA以外の生体高分子をより積極的に除ける、フェノクロ処理が担う部分が大きい話かな、って気もします。)

 

まぁ細かいことはともかく、「エタ沈はDNAの濃縮やバッファー交換のために行われることが多い」というのが目的というか実践的な説明になりますが、それはまぁ今更感のある前置き話でしかないのでその辺にするとして、今回は前回途中で終わってしまっていた、塩の話についてから再開するといたしましょう。

 

何度かお世話になっています、羊土社の実験解説記事(↓)に、面白いデータがあったのでそちらを紹介してみたい、という話でした。

www.yodosha.co.jp

 

早速画像をペタリと貼り付けさせていただくと……

https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/nucleic_acid/vol1.htmlより

エタ沈で使える塩には色々あるという話でしたけど、ここでは最も代表的な酢酸ナトリウム、そして塩の王様塩化ナトリウム、そして酢酸ナトリウムに次いで歴史的によく使われてきた印象のある、酢酸アンモニウムの3つを使って、

「それぞれ少しずつ濃度を振って、各条件でどのぐらいのDNAが元々の溶液から沈殿して、回収できるか?」

…という点を見ているデータですね。

 

こういうのは、基本的で重要な点でありながら今さら実際に自分で改めてやることもないため、大変参考になるありがたいデータだと思います。

 

実験は3種類のDNAを用いており、赤いグラフが「プラスミド」で、まぁプラスミドは、ずーっと前の分子生物学入門シリーズの、中断前の最後の方で見ていた通り…


(結構何度も触れていましたが、初出はこの記事でした↓)

con-cats.hatenablog.com

 

…環状の、そこそこ大きい、数千塩基がつながったDNAリングであり、まぁ「長いDNA」の代表として使われている感じでしょう。

 

あとはそれから、青が74塩基、緑が21塩基がつながってできたDNAということで…

(図の凡例(レジェンド)では「74-mer」などとなっていますが、この「マー」は、「ポリマー」なんかでも使われる語で、まぁ「ポリ」が「多」を意味する接頭辞であり、「ポリマー」で何か一つの単位が大量につながったもの=「高分子重合体」という意味ですけど、「mer」はその単位・構成物質とでも言いますか、DNAの場合は「(1つの)塩基」という意味で使われます)

…これらは、短めのDNAを使った例(青=74塩基は短いけれどそこそこ長いDNA、一方緑=21塩基は非常に短く、PCRというDNAを増幅する実験手法で用いる「プライマー」なんかのサイズであり、場合によっては下流の実験では「邪魔だから落ちてこない方がありがたい」場合まである感じですね……でももちろん、21塩基のDNAが必要になることもあるっちゃあるので、必ずしも除きたい対象とは限らず、きちんと沈殿して回収したいという場面もあります)だといえましょう。

 

で、結論としては、まぁグラフにある通りなんですけれども、何気に横軸の濃度が異なるので一見まともな比較ができない気もするものの、これは意図的に変えられているもので……

…各グラフの中央が、「実験手引書で一般的に用いられる濃度の塩」となっていますから、そこを基準に見るのがいい感じですね。

 

酢酸ナトリウムの場合、(恐らく覚えている方はいらっしゃらないと思いますが、プロトコールは、「3 M NaOACを、DNA溶液の1/10量加える」というものだったので)、推奨使用量での最終濃度は0.3 Mになります。

(あぁ、久々なので一応触れておくと、「M」という単位は「モル濃度」で、「mol/L」のこと(あまりにもよく使いすぎるので、この単位は1文字で「M」と表され、「モーラー」と読まれる感じです)でした。)

 

で、酢ナトのグラフを見てみますと、0.3 M加えれば、プラスミドと21塩基DNAではほぼ100%に近い、90%超のDNAが回収できており、74塩基のDNAでも80%超のDNAが回収できていると、他のザコ塩と比べると、やはりこちらさんが最も優秀だといえそうですね!

(ちなみに回収できなかった分は、沈殿として沈まず、エタノール溶液に溶け込んだまま捨てられてしまった分、って話になります。)

 

まぁ普段の実験では常に0.3 Mになるように使うので、正直別の濃度はどうでもいいんですけど、これより半分の0.15 Mという濃度でもほぼ遜色ない量のDNAが回収できており、「ちょっと実験が下手で塩濃度が半分になってしまっても、全然問題なくDNAを沈殿させて回収できる」という、ゆとりのある実験設計になっていることが明らかだといえる感じです。


…ま、そんな下手な実験をしていたらここで上手くいってもどうせ失敗しますけど(笑)、一応、かなりの許容幅があるということで、その意味でもやはり酢酸ナトリウムはエタ沈において大変優秀な塩だといえましょう。


(そして面白いことに、推奨使用量の1/10、0.03 Mという濃度だと、短いDNAの回収率は劇的に下がってしまうものの、プラスミドDNAであれば80%超の回収率でしっかり沈殿にすることができるんですね。

 初めてやる学生とかだと、たまに濃度を1/10間違えてしまうこととかもあるので、その意味で本当に初心者向けのいい塩であるといえるようにも思えます。)

 

一方の塩化ナトリウム、こちらは、まぁどう考えても一番安いし、前回の後半では「pHが変更できないのが弱点か…」と書いていましたけど、逆にいえばpHなど調整せずにそのまま使える楽さもあるといえますし、特にキッズ向けの実験なんかでは使いやすいことからもその成績が気になるところではありますが……

…意外や意外、プラスミドのような巨大DNAであれば、酢酸ナトリウムと何ら遜色ない回収率を誇っているんですね!


キッズ向け科学実験教室では、プラスミドよりも遥かに巨大な染色体DNAを可視化することがほとんどなので、そういう意図では食塩もやっぱり全然優秀といえそうです。


一方、短いDNAになると、若干回収率は下がるものの、それでもあんまり酢酸ナトリウムと違いはないですね。


(というか、大きいDNAほど沈殿しやすいのは原則として間違いないので、なぜどちらも74-merより21-merの方が回収率が大きいのかは謎ですが……

 一口に「74塩基」といっても、中身の配列によってもしかしたら落ちやすい落ちにくいがあるかもしれませんし、今回使っていたDNA分子がたまたま21塩基の方が落ちやすかった…って可能性も、なくはない気がします。)

 

食塩の場合、推奨使用濃度も0.2 Mと、酢酸ナトリウムよりも少し薄い濃度で行ける感じですし、エタ沈で使う塩の選択肢として、意外と悪くなさそうですねぇ~。

 

…とはいえ、前回見ていた通り、塩化物イオンは次の実験で行う反応を妨害してしまうこともあるとのことですから(そして「DNAの沈殿から、塩を取り除きにくい」という話も)、まぁやっぱり「エタ沈といえば酢酸ナトリウム」ってのが普通なのかな、って気がします。

 

そして最後の酢酸アンモニウムですが、これは見事に、プラスミドの回収率も他と比べると大変悪く(基本的に分子生物学実験で扱うことが一番多いのはプラスミドDNAなので、これの回収率がやっぱり一番重要に思います……まぁ実験次第で、短いDNA断片を回収することも普通にいくらでもありますけどね)、あ、でも、74塩基のDNAは、何気に他の塩と意外と遜色ない成績になっているものの、21塩基の非常に短いDNAは、明白にものすごく回収率が悪くなっていますね…!

 

とはいえこれは先述の通り、実験によっては「短いDNAはもう要らない、むしろ沈殿されずにいなくなってくれた方が助かる」という場面もあるっちゃありますから、そういう意図で歴史的に汎用されてきたというのも前回書いていた通りですけど、でもまぁやっぱり多くの実験では「とりあえずDNAは全部落として回収したい」ということの方が多いですし、今時は「短いDNAを取り除く有用な方法」も色々開発されていますから、酢酸アンモニウムエタ沈ってのは、もうほとんどされていない印象です。

 

という所で、「DNAを沈殿させる」という作用では、やはり酢酸が最も優秀(まぁ酢酸というか、DNAに直接くっつくのは陽イオンなので、「ナトリウムが優秀」というべきなのかもしれませんけど、塩化ナトリウムよりも酢酸ナトリウムの方がより利便性が高いので、「酢酸が優秀」ってイメージですね、個人的には)、そしてアンモニアは全体的にDNA沈殿効率が悪い落ちこぼれだと、そう言えそうですね(しかしクドいですが改めて、「短いDNAは落としたくない」といった、その「効率の悪さ」が逆に役に立つ場面ももちろんあるわけですが)。


(…って、成績が悪いのは「酢酸アンモニウム」であり、「酢酸は優秀」じゃなかったのかよ、って話かもしれませんけど(笑)、記事タイトルは何かキャッチ―さを出したかっただけで、ま、結局「相性次第」ってことですね(笑)。)

 

…意外とめちゃくちゃ長くなったので、続きで触れたかった話は、また次回持ち越しとさせていただこうと思います。

大した内容でもないものの、またまた続く……。

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