なぜDNAは死なないのか?

前回は、フェノールという薬剤がなぜタンパク質を破壊できるのかという点について、ざっくりとした説明を並べていました。

 

結局、フェノールという物質は「水と油の関係性」を完全にひっくり返し、普段水中に存在する形で最適化されてるタンパク質分子(=親水部は外側に露出し水と接し、疎水部は内側に集まって水から隠れるという形が基本)の構造を完全に裏返すことで、二度と戻らないレベルで形をそっくり変えてしまうため……ってのがその理由というか仕組みという感じでした。

 

そうすると、「じゃあ同じく分子の中に親水部と疎水部がある洗剤は、なぜ触っても平気なの?」という話に思えるかもしれませんけど、これは、一つには分子の反応性の違いってのもあると思いますが(親水部と疎水部の割合というか電気の偏りやすさなんかが絶妙、的な)、まぁそれ以上に分子の「濃度の違い」が大きく、普通に洗剤だって水で薄める前の原液とか、それこそ粉末洗剤とかに長時間手を突っ込んでいたら、どう考えたって余裕で手は荒れますもんね。

 

洗剤も当然、親水部・疎水部あわせ持つ分子ですから、タンパク質にとってはそこそこの脅威には違いありません。

 

ただやっぱり攻撃力の差は雲泥の差で、フェノールは一瞬ちょっとでも触ったら即肌が焼け爛れる感じになっています。

 

「液体分子」の密着度・分子の密集度が凄いというのは、以前サウナの記事(↓)で、90℃の熱湯に入ったら即死するけど、90℃のサウナなら平気、なんて話で触れたこともありましたが……

 

con-cats.hatenablog.com

 

…液体洗剤も、あれも基本は水に高濃度の界面活性剤を溶かしただけで、ベースはあくまで「水」ですけど、フェノールの場合、逆にベースが「液体化したフェノール」であるので、そういう「性質逆転物質」自体が液体となって尋常じゃない量攻撃してくる形ですから、フェノールのタンパク質破壊効果は洗剤と比較しても遥かに凄まじいものがある形だといえましょう。

 

(逆に、フェノールだってめちゃくちゃ薄めれば即全てを破壊する凶器ではなくなり、むしろこちらの医薬品情報サイト(↓)を参考にしますと…

 

www.kegg.jp

 

1.5~2%というかなりの希釈率であれば、まさかの手指の消毒に用いることができる、ってんだから、「フェノール=凶悪なタンパク破壊剤」のイメージが強い者としては、大変意外です。)

 

一方、「まぁタンパク質が壊れるのはいいとして、そういえばじゃあなんでDNAは平気なんだ?」という疑問、これはまぁ実際に自分の手で実施してみて、「本当に細胞をすり潰した汚ぇ液体から、フェノクロ処理をすることで極めて純粋なDNAだけが得られた」みたいな経験をしないとあまり浮かばない質問かもしれませんけど……

…冷静に考えたらDNAもタンパク質と同じかそれ以上の数の分子がつながって出来た高分子なのに(おさらい:タンパク質はアミノ酸がつながったもので、DNAはヌクレオチドがつながったものでした)、「なんでDNAはあんな極限状態のフェノール存在下で平然と無事でいられるワケ…?」と、フェノクロ抽出を繰り返し行うごとに、案外疑問に思えてくる点といえるかもしれません。

 

これは何てこたぁない、前回の話がイメージできていれば分かりやすい話になっていまして、アミノ酸は20種類あり、水と相性のいい親水性アミノ酸と、水と相性の悪い(=油と相性のいい)疎水性アミノ酸という、全く異なる性質のものが存在するわけですけど、DNAを構成するヌクレオチドはわずか4種類であり、A, C, G, Tのどれも、実はそこそこ水と相性のいい親水性の分子だから、ってのが単刀直入ズバリの答ですね。

 

要は、DNAってのもヌクレオチドが数千万、下手したら数億個つながって1つの分子を構成している巨大分子である……ってのは染色体について書いたときにも触れていましたけど、その数億個のヌクレオチドは全て「親水性」なので、全体的にも親水性だし、もちろんどの一部を切り取って見ても親水性ですから、そもそも「油と仲の良い部分」ってのが分子の中に存在しないわけです。

 

なので、フェノールと混ぜても、ちょうど水と油が決して混ざり合わないように、DNAは水と共存したまんまといいますか、別にタンパク質のように「疎水部がしゃしゃり出てくる形で、構造が裏返って破壊される」みたいなことは起こりようがないんですね。

 

改めておさらいですが、アミノ酸がつながったタンパク質の場合、こいつは普段、「親水部は表面に、疎水部は内側に」上手くまとまる感じで特別な構造を形成しているため、その「今周りに存在している液体との親しさ」が、普段の「水」から突然「油(フェノール)」に丸っきりひっくり返ると、通常時の構造が完全に破綻し、結果、二度と戻らないレベルの分子破壊につながると、そういう話でした。

 

もちろん、その「親水部・疎水部という違いが、水の中で複雑な構造を取ること、ひいては複雑な機能を可能にしている」といえますから、それこそが高機能分子であるタンパク質の売りともいえるわけですけれども、そのせいでフェノールみたいな有機溶媒には非常に弱くなってしまっているのもタンパク質の特徴といえるわけですね。

 

また、もう一点補足しておくと、構造が破壊されるといってもあくまで天地がひっくり返る(水と油の立場が逆転する)だけで、いわば「裏返る」だけであり、「分解される」というわけではないので、例えばものすごく柔軟な分子といいますか、「裏返っても元に戻れる」という強いタンパク質というのも当然中には存在していまして……

…例えば代表的なのが、RNA分解酵素、業界では「RNase」と呼ばれますが、こいつは本当に強い酵素で、フェノールと一回混ぜたぐらいでは完全に構造が破壊されることはなく、リバーシブルとでもいいますか、フェノールと接触して白いモヤモヤとしてもう水と溶けられなくなった状態のものでも、水に戻してやればまた元の構造に戻り、普通に機能を取り戻す…なんてことも言われています。

 

(まぁ、流石のRNaseでも、100%無事ってことはなく、フェノール処理を複数回すれば完全に破壊することは可能とされていますけど、いずれにせよ普通のタンパク質よりは遥かに頑強です。

 一般のタンパク質なら、フェノール処理した時点で完全失活し、一度フェノールに触れて白いカタマリみたいなのになったものをまた水に戻そうとしてももう溶けず(白く固まったら生卵には戻れないゆで卵と同じですね)、まぁ加熱して何とか強引に溶かすなどしても、元の構造を取ることは不可能ですから、永続的に機能を失ってしまう形になっています。)

 

だから、RNaseというのは除去が難しく、また人の唾液やら色んな所に大量に存在していることもあり、実験室でRNAを使う際は、油断するとす~ぐこのRNA分解酵素が悪さをして大切なRNAが分解してしまい、実験が失敗してしまう難しさがあるのです……なんてことも、以前何度か書いたことがあった感じですね(例えばこの記事とか(↓))。

con-cats.hatenablog.com

 

…と、この辺の原理というか実際の工程に関して、本当は今回実際のフェノクロ処理を行っている動画でもお借りして、リアルな様子をステップごとに見ていこうと思っていたのですが、何か時間も足りなくなった&ここまででそこそこの分量になってくれたこともあり、実際の様子をお届けするのは次回に持ち越すことにして、今回は分かりやすい概念図をお借りすることでまとめさせていただくとしましょう。

 

こちら、「NS遺伝子研究室」という、なんと1998年から運営されているという由緒正しき歴史のある生命科学系の解説ページのようですが、とても素晴らしいフェノール抽出の説明図があったので、今回はアイキャッチ画像も兼ねて、こちらをお借りさせていただきました(↓)。

 

nsgene-lab.jp

 

http://nsgene-lab.jp/technology/purification/より

まさにこれまで説明してきたことが一枚の絵でまとまっている素晴らしいイラストになりますけど、まず、リングや鎖で描かれている分子がDNAで、DNAは線状・環状の2パターンが存在しています。


染色体というのは両端のある「線状」ですけど、ずーっと前、なぜかその辺まで結構詳しく見ていた「プラスミドDNA」なんてのは、代表的な環状DNAになりますが(参考:↓の記事など)……

 

con-cats.hatenablog.com

 

…まぁDNAの種類についてはここではどうでもよく、どんな構造だろうとDNAはフェノールの影響を受けません(=フェノールと混ざり合うことはない)、最初から最後まで、水の層に存在する形になっています。

 

タンパク質の前にまず液体の方から説明してみますと、水が青で、フェノールが黄色で表示されているイラストですが、フェノール自体はほぼ透明な液体ではあるものの、フェノールには劣化防止剤的なものを入れることが多いため、それの影響で実際黄色がかった色をしていることが多いです。


まぁ色も別にどうでもよく、それより重要な点として、フェノールの密度は水より遥かに大きいため…

(調べてみたら、1.07 g/mL……まぁ「遥かに」って程でもなかったですが、500ミリリットルのペットボトルが535グラムになる感じで、実際フェノールが満タンに入っているペットを持てば、「あれ、このペットボトル、何だか妙に重いな…」と確実に実感できる違いがあります)

…「油といったら水に浮かぶもの」とラーメンの汁で思いがちな我々ですけど、一口に油といっても色々あり、フェノールは水より重いので下層がフェノール層になる感じになっています。

 

で、肝心のタンパク質ですが、こちらは引用記事のよりページ上部にあった図で詳しく説明されていましたが、が親水性アミノ酸で、が疎水性アミノ酸を示しており、何度も書いている通り、水の中では「赤が表面・青が内部に隠れる」という形を取っている感じですね。

 

ところがここにフェノールを注いでよく混ぜますと、フェノールの力で天地を完全にひっくり返され、しかし地味に水分子も存在する状況ですから、「どっちと仲良くなればいいんだぁー」と迷った結果、哀れタンパク質はもうどちらの液相にも溶けていられる構造は取れず、ビローンとアミノ酸の鎖がだらしなく伸びて、水層とフェノール層の中間に沈殿として(イラストでは赤青ですが、当たり前ですけどこれはただの模式図で、実際はゆで卵みたいに、白いモヤモヤになります)存在する形になっちゃうわけです。

 

そんなわけで、水の層にはDNAだけが残る形になって、この上層をピペットで吸い取れば、無事に純品DNAが得られると、そんな仕組みになっているのでした。

 

なお、この図では省かれていますが、フェノールを加えて混ぜると、溶液は一瞬水とフェノールの混合状態で真っ白になるんですけれども、これは溶け合わさっているわけではなく、「一時的に同じ場所に共存している」だけですね。

これを、実験室では基本的に遠心機にかけてやることで、両者の密度の違いに応じて改めて「水が上・フェノールが下」に綺麗に分離される形になっています。

 

その様子は、また次回、Youtube動画のスクショを撮りながら紹介してみようかな、などと考えています。

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