フェノクロ!

引き続き、無駄に細かく見ています「お家で細胞からDNAを取り出そう」シリーズ、「洗剤を加えた塩水」というDNA抽出液の後半戦…に行く前に、せっかくなので前回触れていたフェノールについて、もうちょい詳しく触れる所から参りましょう。

 

前回のおさらいですが、より高品質なDNAを得るために、家庭での簡易実験ではない、研究室レベルでのDNA精製には、古くからフェノールが使われてきました。

 

フェノールは見事にタンパク質を破壊し、上手いことDNAとタンパク質を分離することを可能にしてくれるという便利な代物なわけですけど、当然、「タンパク質を壊す」というのは、タンパク質のカタマリである人間にとっては凶器となるもので、実験中、飛び跳ねたしずくのわずか一滴でも皮膚に付こうものなら、気が付いたらその部分が白く変色して激痛が走るという相当な劇薬・毒物になっています。

 

…と、そんな話は、(前回も取り上げていましたが)以前「楽しい有機化学」シリーズでフェノールについて触れていた時にも書いていたと思いますが(↓)…

 

con-cats.hatenablog.com

 

…サムネイルからはほとんど見切れているものの、ベンゼン環にOH基がついただけという比較的単純な構造のこの物質に、なぜそんなタンパク質を破壊する効果があるのでしょうか…?

 

まぁそんな話も、そもそもフェノールを使ったことのない人にとってはどうでもいい点に過ぎないとは思うのですが、これが案外、実験で実際に使ったことのある学生とかでも原理を全く知らずに使っていることもままあるため(少なくとも僕自身、自分で能動的に調べたことがなかったら、「理由は知らんけどフェノールはヤバい、タンパクが破壊される」ぐらいのイメージしかないままでした)、専門課程の学生さんとかが見るかもしれないことを想定し、簡単に説明しておくといたしましょう。

 

実はこれも結局「水と油」の話でしかないんですね。

 

こないだから話に出していた洗剤=界面活性剤の場合、こいつは「水と相性のいい親水部」と「油と相性のいい疎水部」が分子内に存在し、これを水に溶かすことで、水中にいる油成分をキャッチすることが可能となっているとう話でしたが、フェノールはそれの発展版とでもいえる形だといえましょう。

 

順番に話を進めていきますと……まずフェノールの本体部分ともいえる、例の、化学の話でよく見る六角形の「ベンゼン環」は、炭素と水素のみから成る物質で、電気的な偏りがほぼ全く存在しないものですから、これ自体、水と極めて相性の悪い物質となっています。

 

というかそもそも「水に溶ける」ってのはどういうことかといいますと、これはこないだイオンについて触れていた時に何度か語っていた話ですが、水というのはH2Oという「電気的にマイナスになりやすい酸素原子」と「プラスになりやすい水素原子」とがくっついて、分子全体としては電気的に中性だけれども、分子内をよく見たら電子は酸素側に強く引っ張られて、局所的な電気の偏りが発生している……

…という、まぁその辺の細かい話はともかく、そんな水の性質から、「電気的に偏りがある物質は、水分子のその『局所的な電気勾配』と相性が良い」という形になっているため……

例えば食塩=ナトリウムイオン(Na)と塩化物イオン(Cl)とが電気的にくっついて存在している物質は、水の中で極めて効率よく陽イオン・陰イオンに分かれることが可能なので、イオンに分離する=水に溶けることが可能…みたいな話でした。

 

……相変わらず、なんともややこしいというか、複雑すぎて分かりにくい話かもしれませんけれども、細かい仕組みは正直どうでもよく、「水に溶けるというのは、その物質が水中でイオンとなって、電気的にプラスマイナスの偏りをもって存在している状態のことを指す」「逆にいえば、電気の偏りがないと、水には溶けない」ってことさえ抑えていただければOKですね。

 

で、「油」についてですが、そもそも油ってのは何なのかというと、基本的には炭素と水素から成る物質のことで、この辺は化学の話を改めて学ぶ必要がある部分になっちゃいますけれども、これまた細かい知識や厳密な話はともかく、ざっくり適当に説明してみますと、炭素というのは周期表のちょうど真ん中あたりにいることからも分かる通り、電気勾配を生みにくい元素になっています。

なので、酸素や窒素といった「電子を引っ張る力が特に強く、分子内に電気勾配を生む」元素を持たない物質は、分子内に電気勾配が発生しません。


したがって、先ほど「水に溶けるためには、電気的な勾配がなければいけない」と書いていた通り、炭素と水素のみから成る物質は、基本的に水に溶けません。


「溶けないって、じゃあ水と混ぜたらどうなるの?」というのは、ズバリ、油のように分離して浮かぶ形(水より密度の大きい油なら逆に沈みますが、いずれにせよ分かれて存在)になるわけですね。

(あるいは固体なら言うまでもなく、水の中にプラスチックとか金属を入れた状態のように、お互い独立して存在しているだけになる。)

 

で、フェノールに話を戻しますと、フェノールというのはベンゼン環に、ヒドロキシ基(-OH)がくっついたものなのでした。

先ほど「電気的にマイナスになる力が非常に強い」と書いていた酸素原子があるため、ここで微妙に電気の偏りを発生することが可能となるわけですが、しかし、フェノールの大部分を占める六角形リングベンゼン環の部分の「電気勾配のなさ」はあまりに強いため、基本的にフェノール自体は完全に油のような物質、いわゆる有機溶媒となっています。

(まぁフェノール自体は本当は固体なんですけど、実験室で使う際はちょっと細工して液体として使うので、試薬のフェノールは液体とみなして話を進めようと思います。)

 

もちろんベンゼン環だけだと水と一切混ざらないのですが、このOH基が微妙~に電気勾配を作ってくれるおかげで、フェノールは若干水と混ざることが可能になっているんですね!

 

タンパク質破壊マシーンとしてのフェノールの真骨頂はここにあり、「水の中にあって、油と仲良しな部分も少しあって油をキャッチできる」物質であった洗剤の進化版みたいな感じで、「ほぼ全体が油と仲良しな部分で占められているけど、水と仲良しな部分も少しだけあって、『水に溶けやすい』物質をキャッチして引っぺがすことができる」性質があると、そういう話なわけです。

 

(まぁ、かなり分かりやすく誇張して書いているので、厳密性にはまるで欠ける説明にはなっているものの、イメージを得るためには恐らくとても分かりやすい説明ではないかと思います。

 興味を持たれた方は、各種生化学や有機化学の教科書なりで、より厳密な説明を学んでみることをお勧めしたいところです。)

 

ここまで見てきたらゴールは近づいてきていまして、破壊される側のタンパク質の方に話を移すと、タンパク質というのは20種類のアミノ酸が大量につながって出来る分子という話でした。


一連の脱線シリーズで見ていた、こちらのアミノ酸記事(↓)なんかでまとめたことがありました通り……

con-cats.hatenablog.com

 

アミノ酸の中には、イオンになりやすい「酸性アミノ酸」や「塩基性アミノ酸」、あとは逆にイオンには極めてなりにくい(=水に溶けにくい)「脂肪族アミノ酸」などなど、「水との相性」が違うアミノ酸が大量に組み合わさって出来ているのがタンパク質になっています。

 

で、タンパク質ってのは細胞の中や血液の中など、生体内に存在するわけですけど、生体を構成する基本的な物質というのは何を隠そう、母なる物質・水なのでした。

 

ということで、タンパク質というのは、基本的に水に溶けて存在していますから、「外側に親水性アミノ酸が、一方、水と相性の悪い疎水性アミノ酸は、分子内部、中側に隠れるようにして、油っこいやつら同士まとまっている」ような形で構造を取っています。

 

もちろんどのアミノ酸にも、窒素を含む「アミノ基」と酸素を含む「カルボキシ基」があるので、どのアミノ酸も完全に水に溶けないというわけではないため厳密に「脂肪族アミノ酸は、分子の外側には決して存在しない」なんてことはないですけど、性質としてイオンになりやすいアミノ酸の方が水と仲良しなのは間違いないので、そういう風な形で構造を取りやすい……というのはモノの性質上、確実にあるわけですね。

(水と油を混ぜたら、油が水の中で自由に漂って存在するようなことは決してなく、油同士固まって存在するのと同じように。)

 

で、フェノールですね!

 

フェノールは、まぁ言っちゃえば「『親水性=電気勾配のある部分』が存在しづらく、逆に『疎水性=電気勾配のない部分』は溶液中に溶けて、自由に泳ぎ回れる」という、いわば普段の水と油とは「性質逆転世界」な液体になっているといえまして、普段、水の中では「親水部が外側に、疎水部が内側に」まとまるようにして構造を保ち、その構造をもってして様々な、本当に素晴らしい機能を有していた偉大な分子タンパク質は、その逆転世界にぶち込まれるとどうなるのでしょうか……?

…そう、言うまでもなく、構造が完全に裏返って、元の形ではいられなくなってしまうんですね!

 

生卵を加熱したら構造が変わってもう二度と元の姿には戻れなくなってしまうように、天地がひっくり返って裏返しにされてしまったタンパク質はもう元に戻れません、破壊されてしまう運命にあるわけです。

 

とはいえ、これは「構造が裏返った」だけで「分解された」というわけではないので、破壊されたタンパク質も物質としてはそのままそこに存在することになるわけですけど、それを上手く除く工夫も、DNA精製で行うフェノクロ処理では存在しています。

 

…と、フェノクロについてもうちょい深入りする予定が、またしても完全に時間切れとなってしまいました。

今回はフェノールの性質のみで、フェノクロ処理については全く触れなかったためタイトルも何なんだよ、って感じになってしまいましたが、まぁ気にせずいきましょう(笑)。

 

画像も、フェノクロ処理の各ステップのものをお借りしようと思っていたのですが、それは次回またまとめていくとして……そうですね、その「フェノールを浴びてしまったら、爛 (ただ) れる」という点について、あんまりグロい画像もあれですけど、少量のフェノールを脚に浴びてしまって4か月経過した時点での様子が、「Phenol burn(フェノールやけど)」というタイトルの論文に報告されていたので、こちらをその論文からお借りさせていただきましょう。

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0305417905003633より

僕も学生実験で、まだ操作があまりにも乱雑だったからかフェノールのしずくが手についてしまったことがありましたけど、痛みに気付いた付着直後は真っ白になり、その後ピンク~紫に爛れる感じで、ごく小さな一点なら幸い自己再生の力で跡も残らず治りましたが、この画像のようにまとまった量を広範囲に浴びてしまうと、完全に元に戻るのは難しいようですね。

(普通の火によるヤケドと同じ感じでしょうか。)

 

軽い感じで取り上げていますが、フェノールが毒劇物なのは間違いないので、注意して扱うようにしたい限りです。

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