油の次は、タンパク質をぶっ壊そう!

「お家で細胞からDNAを取り出そう」シリーズ、前回からようやく具体的な方法について見始めており、まずは細胞を漬けてDNAを抽出するための溶液=「洗剤入りの塩水」の、洗剤の意味に触れていました。

 

ごく簡単におさらいだけしてみますと、洗剤というのは、(前回はややこしいことをアレコレ語ってましたが)あえて分子レベルの話などせずとも、小学生でも直感的に知っている通り、「油を分解する作用」があるわけですけど、細胞というのは何てことはない、主に脂質を主成分とする膜で囲まれることで形を維持しているものですので(特に、遺伝子DNAがコンパクトにまとまって格納されている核も、核膜でしっかり囲まれて守られています)…

 

「細胞の膜構造を破壊し、DNAを取り出すため」

 

…に用いられるのが、界面活性剤こと洗剤の役割なのでした。

 

話がまたちょっと前後しますが、なぜ石鹸や洗剤が清潔さを保つために用いられるかといいますと、ズバリ「膜構造を破壊することが可能だから」というのがその最大の理由であり、単純な細胞膜で包まれた細菌類なんかは、自分自身の本体そのものである膜が破壊されるとそのまま死に直結するということで「殺菌・除菌」の効果があり、手指や身体の消毒には、古来より石鹸が使われてきた…という形なんですね。

 

…とはいえ、こないだ、この辺の記事(↓)の前後数回含めて見ていた通り……

 

con-cats.hatenablog.com

 

…公衆衛生学の大本営・CDCの最新版によると、最近の研究結果では、「石鹸よりも、アルコールの刷り込みを最も推奨する」という話だったことを覚えていらっしゃる方もいるかもしれませんけれども、これはまぁ、ウイルスや真菌・微生物の類には単純な脂質膜の他に何らかのシールド機構を持っていることもあり(あるいは、そもそも脂質膜を持たないとか)、

「より幅広い範囲でより効果的な殺菌効果を示すのは、アルコールの方が遥かに効率的であるため」

…というのが結論として得られたからそうなっているだけの話であり、言うまでもなく石鹸にも強力な一般細菌類の除菌効果があるのは間違いない感じですね。

 

そんなわけで、洗剤を使うことで細胞膜・核膜をぶっ壊し、しっかりと膜に包まれて保護されていたDNAを剥き出しにしてやるというのが、洗剤の役目だったという話でした。

 

ちなみに、言うまでもなく細胞にはDNA以外にも大量の生体分子が存在しており、そのほとんどは機能性分子であるタンパク質といえるわけですが、「洗剤」と聞くと何か目に見えない小さな分子を全部泡の力で破壊してくれそうなイメージがあるかもしれないんですけれども、化学を学べばこれは必ずしもそうでないことが分かるといえましょう……

…前回画像でも示していた通り、界面活性剤というのは「水と相性のいい親水部」と「油と相性のいい疎水部」から成る構造であり、こいつは単に油を取り囲んで全体に散らばす(=ミセル化する)という機能が基本ですから、そんな雑魚には超高機能分子であらせられるタンパク質様を破壊しつくすことはできないんですね。


もちろん全く同じように、極めて大きな分子であるDNAも洗剤なんぞには負けません……当たり前すぎますが、DNAを抽出したいのにDNAが分解されてしまってはお話になりませんから、「DNAってのは洗剤では破壊されない」というのはある意味当然のことといえましょう(そうじゃなければ使われるわけがないので)。

 

もちろんタンパク質もDNAも、多少構造が変わって「壊されやすくなる」みたいな影響はありますけど、洗剤につけたらDNAがズタズタになるとか、タンパク質がアミノ酸レベルにまで分解されるみたいなことには決してなりません。

 

ということで、洗剤を使って脂質が主成分の膜を破壊することには成功したけれど、実は細胞をこの洗剤溶液に漬けた中には、大量のタンパク質も存在しているんですね。

 

この状態でも、上手く操作することでDNA分子を抽出することは可能ですが、こないだこのシリーズのサワリの記事で「質を問わなければ、家庭にあるものだけでもDNAを抽出することは十分可能です」みたいなことを書いてたと思うんですけど、それはこういう理由があったからでして、タンパク質も破壊しないと、せっかくDNAを白いモヤモヤ状の物質として取り出しても、実はタンパク質も結構たくさんDNAにくっついて一緒に存在している形になっているのです。

 

ではどうすればいいかというと、実はこないだ紹介していたブロッコリー・バナナ・自分の細胞を使った3種の実験の内、特に高校生向けで一番洗練されていた感もあった啓林館がまとめてくれていた記事では、洗剤入りの塩水に、もう一つナイスアイテムを追加することで、得られるDNAの純度を上げているのでした。

www.shinko-keirin.co.jp

 

https://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/kou/science/seibutsu-jissen_arch/201801/より

…そう、コンタクトレンズの洗浄剤である、タンパク質除去液である、プロテオフ

 

ここまでの話からもう明らかといえましょう、なぜプロテオフを使うかというと、プロテオフというのはその名の通りタンパク質分解酵素が沢山入った薬剤であり、プロテインがオフされる、つまりタンパク質が分解されるからなんですね!

(同じことの繰り返しで、何の情報も増えてませんが(笑))

 

これを加えることで、細胞の中に山のように存在するタンパク質もズタズタと分解されて……もちろんあくまで「分解」するだけで、「この世から消滅させる」というわけではないので、分解されて生じる、タンパク質の構成要素である「アミノ酸」の形で溶液内に残り続けることにはなるわけですけど、タンパク質ってのは本当に色んな機能を持った有能高分子であり、特に「DNAにめちゃくちゃよくくっつく」というタンパク質も大量に存在しますから、そういう奴らを破壊してその機能をなくすことで、純品DNAにべっとりとくっついてくるタンパク質の混入を大幅に減らすことができる形になる……という仕組みになっているわけです。

(もちろんこの場合も、得られた白モヤDNAには溶液中を漂うアミノ酸が沢山付着している可能性もありますが、これは「DNA結合性タンパク質」とは違って、積極的に吸盤のごとくDNAにくっついてくるわけではないので、普通にもう1ステップ「水で洗い流す」など加えれば簡単に取り除ける形になっています。)

 

改めてもちろん、別にタンパク質を分解しなくてもDNAの白モヤを可視化することはできますし、どうせ見るだけでその後別の実験に使わないなら、純品を得る意味も必要性もないじゃん、って話ではあるので、小学生向けの簡易実験ではタンパク分解酵素なんて使われないわけですけれども、使った方がより本格的にキレイなDNAを取得できると、そういう話だといえましょう。


ちなみにこの「プロテオフ」ですが、僕はごく短い間でしたがコンタクトユーザーで、しかもメニコンのハードレンズだったのでまさに使っていましたよ、ドロッとした薬品で、スポイト状になってる先端からレンズに垂らしてしばらく置いてやることで、レンズ表面に残ったタンパク質をキレイに除去してくれる優れものですね。

(まぁ、残存タンパク質なんて肉眼ではほぼ見えませんから、ホントに効いてんのかどうかなんて正直よぉ分かりませんでしたけど(笑)、一応、コンタクトを使っていた高校時代でもそういう分子レベルの衛生観念はあったので、毎回欠かさず使っていましたし、最後まで僕のレンズは凄まじくキレイなまんまだったと思います。)

 

…あれ、そもそもその辺のコンタクトの話って書いたことあったっけ…と思ったら、「光・物を見ること」シリーズの記事で書いたことがありましたね(↓)。

 

con-cats.hatenablog.com

 

以前の記事で関連する話があったものといえばもう一つ、「プロテオフ」を使うってのもまぁ、ナイスアイディアではありますけどあくまで子供だましのものであり、そんな量の分解酵素で完全にタンパク質を除くなんて不可能ですから、もっとしっかり純品DNAを得るためには、実験室レベルでは別の試薬が用いられています。

 

それがズバリ……フェノール!!

 

con-cats.hatenablog.com

 

…そう、今回の記事タイトルは「タンパク質をぶち壊そう」にしようと思っていたのですが、以前フェノールについて触れていたこの記事で、完全に同じタイトルを使ったことがあったようなのでちょっと変更してみた感じだったのですが(笑)……

 

まぁ↑の記事で結構長々と書いていたのでもう詳しくは触れないものの、細胞懸濁液なんかからDNAを抽出する際は、古典的にフェノールが使われており、より効果的な作用を産み出すために、クロロホルムと混ぜた通称「フェノクロ」が使われることが多いですけど、「フェノクロ・エタ沈」というのは、分子生物学実験で学生が一番最初に習うであろう、凄まじく基本的かつ重要で有用な手法なんですね!

 

フェノールを使えば、変性されたタンパク質はフェノール層に移行してほぼ完全に取り除けるので、得られたDNAを用いて、次に「純品DNAを使って実験を行いたい」場合に打ってつけの、大変便利な試薬・実験手順となっています。

 

…とはいえフェノールは典型的な有機溶媒で人体に有毒ですから、最近は取り扱う研究室も減ってきて、イマドキはもっと洗練された、「カラム」と呼ばれる特殊な素材にDNAを通して、まずカラムにDNAをくっつけてやり、カラムをウォッシュしてやることでDNA以外のものは流し捨てて、最後カラムにキャッチされたDNAを剥がして純品DNAを得る……というやり方がメインとなっていますけど、もちろんカラムというのも便利なだけあってそこそこ高いですし、キッズ体験教室や学生実験のためなんぞに中々使わせてやることはできんなぁ、という感じかもしれませんね(笑)。


(一方のフェノールは、大学の学生実験なら確実に使われますが、キッズ向け体験教室では危険すぎて絶対に許可が下りないレベルですね。

 なので、キッズさんにはタンパク質がベトベトにくっついた汚いDNAで我慢してもろて……って話になる感じといえましょう(笑)。

…ま、見た目的にタンパク質がくっついていようと特に何も変わらない白いモヤモヤですから、「これがDNAだよー」と言って何の問題もないですしね(笑)。)

 

…ってな所で、塩水の謎に入る前に、細胞破壊の補足で1記事こさえることができました。

塩については次回持ち越しですね、まぁ、もったいつける程の話でも何でもありませんが(笑)。

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