クロホ・イソアミ・キノリンの役割は…?

引き続き「フェノクロ・エタ沈」という、生命科学実験で最も基本と言われる実験手技に関する補足豆知識ネタに触れて参りましょう。

 

前回はフェノクロ処理を行う際のサンプルの量について、多すぎると1本のチューブに収まらず面倒なことになる…

(=後のエタ沈で2.5倍量のエタノールを加えることから。研究室で常用されるのは1.5 mLチューブであり、高速遠心機もそれがジャストフィットするものであることがほとんどなので、そこに入る範囲に収めたいという事情があるわけです。

 もちろん、どうしてももっと大きな容量で行いたい場合は、複数本のチューブに分けたり、あるいはもっと大きなチューブ(次にメジャーなチューブは15 mLチューブという、試験管サイズのものになります)が使われたりすることもあるものの、大きなチューブは高速遠心できないこともあるので、扱いやすさも当然小さいものの方が便利ですし、なるべくフェノクロ・エタ沈は1.5 mLのマイクロチューブを使いたい所だといえましょう。)

…一方、量が少なすぎると「フェノクロ処理が難しい&ロスも大きくなる」ということで、まぁ大体200 μLとかで行われることが多いといえましょう、なんてことを書いていました。

 

(ところで何度か何気に使っている「サンプル」という用語、「サンプル」と聞くと、日常会話だと「無料サンプル」みたいなイメージになって「何かもらえるの?」という気がするかもしれませんが(しないかもしれませんが(笑))、これは「検体」って意味で、まぁ要は実験を行っている1本のチューブとか反応液そのものを指す言葉ですね。

 そこにDNAが溶けているのであれば、「DNAサンプル」とか言いますし、24本のチューブを同時に扱っているなら「24サンプルを処理する」とかいう感じで、実験では汎用される呼び方になっています。)

 

それでは引き続き、フェノクロの補足に触れていこうと思います。


今回は、前回の終わりにも書いていた通り、当初「フェノール処理」と言っていたのに、なぜかしれっと「フェノクロ処理」に変わっていたその「クロロホルム」とは一体何なのか、その辺に触れていこうと思います。

 

2. フェノクロ溶液を加える

Add 700 μl Phenol/Chloroform/Isoamylalcohol (25:24:1)

=700マイクロリットル(0.7 mL)のフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(25:24:1の比でミックス)を加える

 

そんなわけで、前回も触れていたこのステップ2、基本的にはDNAを懸濁した溶解液と等量のフェノクロを加えるわけですけど、これも前回書いていた話として、まぁフェノクロ処理はあくまで除タンパクのために行うもの(タンパク質を破壊&除去して、DNAを精製する)であり、そんなにタンパク質が含まれていないサンプルであれば等量も加える必要はない…などと触れていましたけど、今回は試薬の中身についてですね。

 

元々この手法が開発された当時は、「フェノール処理→フェノクロ(混合液)処理→クロロホルム処理」という3ステップが行われていたはずで、僕が学生実験で初めて教わった時もまさにその3ステップを行っていましたが、学生時代は言われたまんまその3ステップを脳死でやっていましたけど、そもそもこないだ仕組みについて触れていた際、

「フェノールはタンパク質の「親水性・疎水性」という「水とのなじみやすさ」を完全に裏返してしまうため、タンパク質尾構造を破壊することができるのです」

…などと書いていた通り、実際はフェノールだけでも除タンパクは十分行えるわけです。

 

しかし、例の動画はクロロホルム入りのフェノクロ処理を行っていましたし、実際僕もフェノクロを使っています。

果たしてクロロホルム(そしてついでにこれまたしれっと加えられている、イソアミルアルコール)というのは何者なのか…?


…まぁイソアミルはともかく、フェノールよりもクロロホルムの方が名前としては有名な気もしますし、物質としては以前触れたことがあったので「何者か?」ってこともないんですけど、「何のために加えられるのか?」って話ですね。

 

その辺の話に関しては、僕が知っていることをツラツラ述べるよりも、基本的に僕の知識の仕入れ先であるともいえる、BioTechフォーラムでの、有能な先輩研究者方のディスカッションをお借りする方が良さそうですね。

 

まずはこのトピック(↓)が、大変色々な情報が載っている有用なものだったため、こちらの紹介から参りましょう。

 

www.kenkyuu2.net

 

何気に去年・2023年のトピックでかなり新しく、「いまどきフェノクロ?」という話も取り沙汰されていますが、それというのもフェノール…は元々毒劇物扱いだったはずなのでともかく、様々な用途で便利な有機溶媒・クロロホルムも、近年法規制が厳しくなり(日本のみならず、世界的な動きかと思います)、使いづらくなってきた…という動きがありまして、このトピック自体も、「規制により保管や廃液処理が面倒になってきたクロホを代用できる試薬はないでしょうか?」という質問ですね。

 

結論としては色々な方が書かれている通り、長年使われてきたのはダテではなく、なかなかクロロホルム以上に使い勝手のいい試薬はない感じのようですけど、このトピックでG25さんが書かれている投稿が、大変勉強になる感じです。

 

実際僕も学生時代、自分の立てた質問でG25さんには何度か回答をいただいてお世話になった記憶がありますが、同じくトピックに書き込まれているおおさん含め、あれから10年20年経った今でも質問者に様々な知識・経験を(言うまでもなく、何の報酬もない単なる掲示板への書き込みなのに)惜しげもなく伝えてくれており頭が上がりませんが…

(ちなみに僕はこんなに教えたがりっぽい野郎のくせして、基本他の教えたがり先輩研究者方のほうが知識も経験も圧倒的に豊富であることから、散々何度か質問するだけして、回答側にまわったことはほぼ1度もないレベルです(笑))

…G25さんの余談ネタを引用させていただきましょう。

 

以下、余談。


初期の頃はフェノール→フェノール/CIAA→CIAAと三段階抽出するのが作法でしたけど、もはやフェノール単独で抽出するのは、多糖類も効率的に除去したいとかいう特別の目的がないかぎり、いまあんまりやらないんじゃないかな。除タンパク質だけだったらフェノール/クロロフォルム混合液のほうが、相分離もよく性能もいい。

 

…そう、この記述だと間接的な説明になりますが、クロロホルムを加えることでフェノール単独と何が変わるかといいますと、ズバリ、「相分離が良くなる」…これに尽きるんですね。

 

実際、フェノール単独よりも、疎水性の強いクロロホルムが加わることで「水の層」と「有機層」の界面がよりシャープに、クリアになり、ハッキリと分離できることにつながるため、水相の回収が圧倒的にしやすくなるという話なのでした。

 

また、G25さんは別の書き込み(3番)で、イソアミルの方についても触れてくれていましたね。

 

関係ないけど、

>フェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(25:24:1)の


俗にPCIなんて言いますけどフェノールとクロロフォルムを混合して使うとき、Iにあたるイソアミルアルコールは入れなくていいと思います。フェノールを除く目的なんかでクロロフォルムで抽出する場合、クロロフォルム単独だと疎水性が強すぎたりして扱いづらいからイソアミルアルコールを添加するんですね。フェノールと混ぜて使うなら1:1のクロロフォルムだけでいい。

 

昔は、フェノールで抽出した後はクロロフォルム抽出するのが当然だったので、クロロフォルムとイソアミルアルコールを24:1で混合したCIAAというのが常備されていたものです。フェノールとクロロフォルムの混合液もCIAAで作るのが普通でだったので、その名残で製品によっては今もイソアミルアルコールが入っているだけです。
近年では、フェノールで抽出したあとエタノール沈殿すれば十分にフェノールは取り除かれることが理解されていますから、わざわざクロロフォルム抽出のためCIAAを常備しているラボはあまりないんじゃないかな(もっとも、そもそもフェノール抽出自体、あまりしなくなっていますけど)。

 

そう、実はイソアミルアルコールって、解説ではしばしば「消泡剤の役割があり、泡立ちがなく扱いやすくなります」なんて説明されるんですけど、ぶっちゃけ入ってなくても遠心したら泡なんて潰れますし、ずっと「何なのこいつ?意味ある…??」と思ってたんですけれども、どうやらフェノクロ混合液を使う場合、これは不要だったんですねぇ~。

 

僕は何気に今の今まで…というか今使ってるやつも、普通に脳死でイソアミルも入れており、「PCI(25:24:1)」という形で使っていたのですが、イソアミルってのは、クロロホルムの疎水性が強すぎて、「フェノクロ」であれば疎水性を増やすことで扱いやすくなるのに、逆に「クロロホルム単独」だと、あまりにも疎水性が強すぎて水の層が吸い辛い…

(ちなみにこれは、やったことある人なら分かると思いますが、フェノール単独よりも、クロロホルム単独が一番水層を吸い辛いです。学生実験ではわざわざイソアミルアルコールを加えない感じだったので僕はイソアミなしの3ステップをやってましたが、クロロホルム後の上清回収が一番難しかったです)

…という性質から、逆に疎水性を落とすために加えてやるものだったと、そういう役目があったんですねぇ~。

 

まさに今でも勉強になります、やっぱりずっと「消泡剤ってなんだよ、絶対意味ねぇだろ」と思っていたら、歴史的にはそういう意図で加えられたものだった、ってことなんですね。

 

(とはいえ、10年以上前のこちらのトピックで(↓)…

 

www.kenkyuu2.net

 

…同じくめちゃくちゃ役に立つ知識を毎日授けてくれていた名物回答者のAPさんが4番の回答で同じ旨を書かれており、僕は当時毎日覗いていたはずなので目にしていたと思いますが、普通に記憶から抜けてただけだったのかもしれません(笑))

 

とはいえやっぱり、ちょうど、この辺の分子生物学系試薬に強い、エタチンメイトを開発したニッポンジーンの製品サイト(↓)でも……

 

www.nippongene.com

 

イソアミルアルコールには、使用時に発生する泡を少なくする効果があります。


としか書いてないんですよねぇ~。

 

何となく、「イソアミルは消泡剤」というのが定説になっている感じですが、とはいえこのページには他に、せっかくなので触れようと思っていたまた別の小ネタがありました。

 

PCIの3文字で表されるこの試薬ですけど、実はその3つ以外に、もう1つしばしば加えられる試薬があるのです。

必須ではなく、補助的なもので(でも、入れることがほとんど)、またごく微量しか加えないので試薬名には入らないことがほとんどですが、それがズバリ、ページ中ほどにあります、8-ヒドロキシキノリン(8-キノリノール)、通称「8-HQ」と呼ばれるものになります。

 

こちらは、その記事中ほど、「使用上の注意」に役割がまとめられていたので、そのまんまお借りしましょう。

 

8-ヒドロキシキノリン(8-キノリノール)には次のような利点があります。
① 抗酸化剤として作用します。
② フェノール相が黄色になるので透明な水相と容易に区別できます。
③ RNase の部分インヒビターとして作用します。
④ Vanadyl-ribonucleotide complex (VRC) をRNase インヒビターとして使用する場合、色の変化(黄→黒)によりVRC の存在を検定できます。


…ま、基本的には「酸化防止剤」ってことで、いわゆる防腐剤みたいな感じですね。

 

また、②に挙げられているように、HQを加えることでフェノールにほのかに色がつくため、透明なものよりも扱いやすくなるというメリットもあります。

 

なお、フェノクロネタを探す際にヒットしてきた以下の別のBioTechトピック(↓)で…

 

www.kenkyuu2.net

 

これまた同じくAPさんが、

>4℃で1年以上保存したフェノールを用いている


ありえなーい。
一ヶ月くらいが限度でしょう。長期保存するなら不活性ガス充填で密栓するか、フリーザーで保存です。酸化したフェノールはラジカルを生じ核酸を攻撃します。

 

…と書かれているのですが、僕は普通に数か月経ったフェノクロも余裕で使っており、「え?マジで?そんなダメなのかな…?特に実験していく上で大きなトラブルに遭ったことはないけど、でもAPさんが言うなら…」と冷や汗をかきましたが、上記ニッポンジーンの製品記事のQ&A、「Phenol/Chloroform/Isoamyl alcohol (25:24:1)に使用期限はありますか?」というものに、画像付きで…

 

https://www.nippongene.com/siyaku/product/buffer/phenol/phenol-chloroform-isoamylalcohol.htmlより

フェノール製品に使用期限は設定しておりませんが、製品をお手元にお受け取りになった日から6か月(未開封時 1年)を目安にご利用いただくことをお勧めします。 また、8-ヒドロキシキノリンを含むフェノール層は明るいレモン色ですが、酸化が進むと少しずつ赤みを帯びて暗い赤色っぽいオレンジ色になりますので、酸化した製品のご利用はお避けください。


…とありました。

 

実際1年は厳しいといえそうですが、少なくとも数か月程度経っても、黄色い状態ならそこまで問題がなく、僕は概ね黄色い内には使い切っているのでセーフ…ということにしておきたい所です(笑)。

(まぁ、「褐色になったフェノールは絶対使わない方がいい」は常識なので、ある程度「色で判断するので間違いはない」ことは知ってましたけどね(笑)。)

 

ということで、今回は偉大なる先人・企業の情報を参考に、フェノクロで謎に加えられる試薬の説明をしてみました。

次回も適当なネタの補足を進めていこうと思います。

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