栄養要求でセレクション!

ここ最近、「保留中の分子生物学入門シリーズ記事にいつか戻ったらまた追って見ていきたいです」とか言っていたアミノ酸の話に何だかんだで触れている状況でしたが、前回の記事では脱線ネタとして必須/非必須アミノ酸のグループ分けを見ていたところで、また脱線元のネタへと戻っていこうと思います。


…とその前に、せっかくなのでまた少し補足から入ってみると、「必須アミノ酸9+1種類」というのはあくまで人間の話であって、生物種によって持っている酵素は全然違うという話であったことを思い出せば明らかな通り(ちょうどこないだ見ていた、「パパイヤの持つパパインは、人間は持っていない」など)、違う生物だと必須アミノ酸の数・種類はまたちょっと違ってくる感じですね。


それに関して軽くまたちょろっと脱線してみますと、酵母というのはお酒造り・パン作りで使われる神のような微生物ですけど、こいつらは生命科学研究でも非常に良く用いられる生物であり、実験室で使われる酵母株は、しばしば各アミノ酸合成酵素の遺伝子をノックアウトして、強制的に必須アミノ酸を増やすことで、「培地の中に、そのアミノ酸が有るか無いかで、生きるか死ぬかが決まる」という条件で実験が行われることが多いです。


哀れなり酵母……人間に勝手に必須アミノ酸を増やされるとか、迷惑にも程がある…!(笑)


何でそんなことをするかといいますと、酵母というのは(人間と同じ)真核生物の単細胞で、いち早く全ゲノム(全ての遺伝子DNA配列)が解明されたこともあって、一世代も非常に早いことから遺伝子工学のモデル生物として大変便利であり、しばしば「新しい遺伝子を導入して、どのような機能を持つか…?」などのテストがされるわけですが、その遺伝子DNAを導入する際、「細胞の中にDNAが入ったかどうか」をチェックするために、「入れたい遺伝子」と一緒に「必須アミノ酸合成酵素遺伝子」を一緒に導入してやる……という方法を使いたいからなわけです。


そんなこと言われてもよく分からないかもしれないのでもうちょい細かく書いてみますと、例えばロイシン合成酵素が破壊された酵母株は、培地にロイシンが含まれていないと生育できません。

 

単細胞生物である酵母といえど我々と同じ生物ですから、20種類全部のアミノ酸がないと健やかに生育することができわないわけですね。


で、この酵母株に、何か自分の興味ある遺伝子(要は何らかの酵素ですね)を導入したい場合、まず酵母を育てて(まぁ酵母単細胞生物なので、「育てる」といっても大きくするわけではなく、「細胞の数を増やす」ってことですが)、例えば大抵の場合培地1 mL中に大体1000万匹ぐらいの酵母にまでまず増やしてやる感じになりますけど、その酵母にDNAを強制的にぶち込んで、DNAを取り込んだやつだけを選ぶにはどうするか?……ってのが大いに問題になるわけです。

 

「遺伝子DNAを導入する」といっても、現実的にDNAの導入効率はそこまで大きくなく、使うDNAの量にもよりますが、大体99.99%ぐらいはDNAが導入されない、元のままの酵母ばかりになります。

まぁ適当に書いた「99.99%」ですが、これは案外そのぐらいで、99.99%は1万分の1なので、1000万匹の酵母にDNAをぶち込んでやっても、大体1000匹ぐらいしか「無事にDNAが導入された酵母」が得られないぐらいの確率で、まぁ実際概ねそんなもんだといえましょう。

 

これでは、圧倒的大多数の酵母が「目的の遺伝子DNAを持たない」細胞のままだということですから、実験のしようもありません。


そこでどうするかというと、その「目的の遺伝子DNA」に、一緒に「必須アミノ酸合成酵素の遺伝子DNA」もくっつけてやって、その「セットDNA」を導入後、「その必須アミノ酸が存在しない培地」で酵母を育ててやれば…

  • セットDNAが導入された酵母は、必須アミノ酸を合成できるから、生きる(増える)ことができる
  • 導入されなかった酵母は、必須アミノ酸を合成できずに生きられないため、無事死亡

…という形に落ち着くので、見事、「DNAが導入された酵母」のみをセレクションすることが可能だという仕組みになってるんですね!


これは賢い!!

 

…と、こういった外来DNAを微生物に導入することを「形質転換」と呼んでおり、実は以前、例の保留状態の分子生物学入門シリーズの終盤間際、「ソーマチン遺伝子の大腸菌への導入」という話で、既に見たことがある話になっていました(↓)。

 

con-cats.hatenablog.com

とはいえこちらは大腸菌の話で、大腸菌のセレクションはより簡便な「抗生物質」が使われることが多いので選別方法が違うわけですけど、酵母は伝統的に様々な栄養要求株(=各種アミノ酸合成酵素なんかが破壊された酵母のことですね)が樹立されており、(まぁ酵母でも抗生物質でセレクションされることはありますが)酵母というのは「特定のアミノ酸欠け培地」を使われることが非常に多い感じですね。

 

あまりにも細かすぎる話ですが、せっかくなので具体的にもうちょい見てみましょう。


実験室で大変よく使われる酵母株に、BY4741と呼ばれるものがあるのですが…

(BY4741自体は、単なる名前ですね。なぜ「BY」なのかは、多分この株を樹立した研究者のイニシャルかと思うんですけど、↓で引っ張られていた原典論文を見ても、筆頭著者のBrachmannさんは「B」でも他に「Y」が見当たりませんし、詳しい由来は不明です)

…こちらを、酵母に関する世界最大データベース、SGD酵母の学名Saccharomycesのゲノム・データベースで「SGD」)から情報をお借りすると……

 

www.yeastgenome.org

Genotype:     MATa his3Δ1 leu2Δ0 met15Δ0 ura3Δ0

 

…と、遺伝子型(Genotype)として、「his3Δ1 leu2Δ0 met15Δ0 ura3Δ0」という謎の文字列が掲載されています。


これはズバリ、「His3というヒスチジン合成酵素(この酵素の遺伝子名が『His3』ということ)に変異を入れて機能不全にした」というのが「his3Δ1」であり、この酵母は、ヒスチジンを含まない培地では増殖することができない(栄養不足で死ぬ)ということを示してくれているわけです。


その他のものも同じで、leu2Δ0は当然ロイシン合成酵素、met15Δ0はメチオニン合成酵素、そして最後のura3Δ0は、アミノ酸ではないですがRNAを構成する4種類の塩基の1つウラシルを合成する酵素が破壊されているということで、培地にウラシルが入っていなくても、この酵母は生育できずご逝去される、ってことなんですね。


ちなみにそのGenotypeの下の説明文に「S288C-derivative」とある通り、この酵母S288Cという株の各遺伝子を破壊して作られたものなので、親株であるS288Cという酵母は上記4種の合成酵素を普通に持っていますから、ロイシンやウラシルの存在しない培地でも(例の非必須アミノ酸と同じ感じで)自力で別の似たようなアミノ酸や化合物からそれらを合成できるので、普通に生育可能になっています。

 

つまり、BY4741という株は、4つも必須アミノ酸(1つは核酸ヌクレオチドですが)が追加された可哀想な酵母といえるわけですけど、この「栄養要求性」は実験に非常に便利なので、研究室でめちゃくちゃ増殖されて活用されているという、「弱くなったからこそ強い」(=人間に使われる……まぁ実験に使われるのが「強い」のかどうかは諸説あるかもですが(笑))と言える感じでしょうか。


(なお、この栄養要求性は絶対的なもので、合成酵素を戻してやらないBY4741を例えばヒスチジンの含まれない培地に植えてやっても、マジで一切増殖しません。

 見事に0か1かで、固形プレート上にはコロニーが全く形成されないし、逆にヒスチジン合成酵素を戻してやる、あるいはヒスチジンを培地に十分量加えれば、ワッサリとコロニーは形成されるし、液体培地なら大量の酵母細胞で濁ります。)

 

ちなみに「Δ1」とか「Δ0」とかは何なん?という話ですが、これは遺伝子破壊の方法を示したものであり、僕も酵母を使うことはあるものの酵母の専門家ではないので実際にどういう遺伝子破壊だったのかははっきり覚えていないのですが、検索してももうそんなの今さら常識すぎる話なのか、あるいは本質的ではないどうでもいい話なのかですぐには情報が見つかりませんでしたが、his3Δ1は、his3Δ200というのもよく聞く気がするのでそちらで調べてみたところ、この遺伝子変異だけはSGDにちゃんと情報があり…

www.yeastgenome.org

…論文が引用されていたのでそちらを見てみたら(↓)…

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

…開始コドンを1番として、His3遺伝子の-205番(タンパク質を指定する開始コドンより上流の、制御領域からってことですね)から835番目のDNAまでをノックアウトしたということで、まぁなぜ「200」なのかは不明ですが、his3Δ200という変異は、His3遺伝子のその部分が欠失されたもので、結果ヒスチジン合成酵素は機能を失っているのです、という話ですね。

(基本的に「Δ0」は「タンパク質をコードしている部分全域を削除」という形だったと思いますが、詳しくはもしかしたら違ったかもしれません(軽く検索したら、やっぱりそれで良さそうですが)。

 他の「Δ1」とか「Δ200」とかは、上で見た通り、ちょっと別の部位が削られている、って感じですね)

 

…ってまぁ、今回の話はあまりにも細かすぎてどうでもいい脱線ネタに終始してしまったものの、分子生物学ではそんな感じで、「アミノ酸合成酵素をぶっ壊すことによって、必須アミノ酸を増やす(というか、栄養要求性を生み出して、DNA導入時のセレクションに用いたい)」ということも非常によく行われている…というか用いられているテクニックだ、ってお話でした。

 

例によって結局脱線話だけでまたスペースと時間が埋まってしまいましたが、次回こそは当初書こうと思っていた「アミノ酸の頻度」の話に行こうと思っています。

 

アイキャッチ画像は、今回は日ごろお世話になっているその酵母さんの画像をWikiP先生からお借りしましょうか。

 

「分裂酵母・出芽酵母」の2種類のうち、研究室でより広く使われているのは出芽酵母(Saccharomycesの方)なのですが、日本語版の出芽酵母の画像はイマイチで、英語版のSaccharomyces cerevisiae記事も何か微妙な画像だったので、もうちょい他にないか見てみた中国語版が一番「おっ、酵母ちゃんっぽいじゃん」と思える「ひとつの酵母細胞が出芽して、ぷっくりと小さい丸がくっついている様子」が収められていたため、こちらをお借りしました。

https://zh.wikipedia.org/wiki/釀酒酵母より

「釀酒酵母」とあるように、ズバリこちらの「出芽酵母」の方が、お酒やパンを作るやつなんですね!

実際、大量に培養したら、「あっ、パンのにおいだ!」と思えるような、クサすぎる大腸菌とは打って変わって大変香りがいいという点も、酵母が神たる所以といえましょう(笑)。

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