シャトルもあるよ

前回はプラスミドDNAのコピー数についていただいたご質問を見ていましたが、これを受けて「あぁ、コピーナンバーっていうのは、『1つの大腸菌にはプラスミド15〜20までOK!なんならプラスミドも1つの場合もあるよ!』という『導入する目安』みたいなもんではなく、『絶対に確実に15〜20個ある』ってことを意味していたのか!」というコメントをいただいていたのですが、まさにそういうことですね。

改めておさらいしておくと、プラスミドのコピー数というのは、「人間(実験者)がそうなるように調節する量」ではなく、大腸菌が、勝手にそうなるように調節してくれる量」を意味している数字だった、って話です。


また、最終確認として、「大腸菌の細胞が分裂する時にプラスミドも分裂してポコポコ増えていくってことでいいんよね?単純に、1回の分裂で大腸菌が2つに分かれれば、その中に入ってる15〜20個のプラスミドは、合計で30〜40個になるってことなん?そうすると、コピーナンバーが大きいpUC系のプラスミドを使えば、1回の分裂で1000〜1400ものプラスミドができちゃうってことっしょ?今回それを使わない理由は、、プラスミドはそんなに必要ないから??(必要ない理由も簡単に教えてちょんまげ。)あとちなみに、興味本位で聞いておきたいだけなんだけど、紺助さん自身が使ってるもののコピーナンバーはいくつなんだべ?」というご質問をいただいていました。

この点、改めて触れさせていただきましょう。

まず、pET系プラスミド(コピー数15-20)であれば、1匹の大腸菌が2匹に分裂すれば、合計でプラスミドは30-40個に増えることになるのはまさにその通りです。

最終的に、ミニプレの量(1-2 mLの液体培地)であれば、大腸菌は数十億匹にまで達するので、合計で数百億本のプラスミドが爆誕することになります。大腸菌の力は偉大なり…!

しかしまぁ、数百億っていうと天文学的な数字に感じますが、分子生物学では至って現実的な数で、重さにして1マイクログラム(0.001 mg)とかそこらって話ですね。

そしてもちろん、ハイコピー数のpUC系ベクターを使えば、1回の分裂で500分子以上のプラスミドが量産され続けるので、最終的に数十億匹の大腸菌が増えた状態なら、兆を超える数のプラスミドができてることになるわけです。


一方、今回のソーマチン実験例でpUC系ベクターをいちいち使わないのは、一言で言えばコメントにもあった「そんなに必要ないから」の通りで、最終的に欲しい(必要な)ものはタンパク質合成に必要な要素が乗っかったpETベクターに入ったソーマチン遺伝子なので、pUCベクターに入れても、結局pETに入れ直さなければいけないという無駄ステップを踏む必要があるからといえますね。

時間も試薬も貴重ですから(まぁ大腸菌を飼う試薬はそんな高価じゃないですけどね)、そんなの無駄でしかないので、低コピー数のpETベクターであっても今回の実験に十分な量は得られるから、そんなら直接pETに入れるわ、って形になるわけです。

(もちろん、以前書いた通り、その後の用途によって遺伝子入りプラスミドを大量に用意したい場合や、あるいは特に今すぐ量が必要ではなくても、将来のためにより沢山収量が得られて安全便利なグリセロールストックを作りたい的な場合は、あえて無駄ステップを踏んででも、まずはpUCに入れることもあるかもしれません。)


また、最後に聞かれていた自分の使ってるものに関しては、まぁ実際は色々なプラスミドを使ってるのでそれぞれ異なるコピーナンバーとしかいえないですけど、以前「シークエンシング業者に送った、実際のシークエンス結果の例です」とピークレポートの画像を貼ったときに読んだプラスミド(こちらの記事→改めて、DNAの読み方をめちゃくちゃ分かりやすく説明するよ)は、pcDNA3.1(+)というプラスミドでしたが、こちらは、開発元のInvitrogenのマニュアル(InvitrogenはThermo Fisherに吸収済み)にある通り…

f:id:hit-us_con-cats:20210927055552p:plain

https://assets.thermofisher.com/TFS-Assets/LSG/manuals/pcdna3_1_man.pdfより

…pUC oriなので、以前見ていたpUC系プラスミドと同じ、数百のハイコピー数です。

やっぱりハイコピー数のものの方が当たり前ですが沢山DNAが得られて便利なので、大腸菌にタンパク質を合成させる用途でもない限り(以前書いた通り、大腸菌にタンパク質を作らせたい場合、DNAがあまりにもハイコピーで存在しすぎても邪魔になるだけなので、むしろ困る)、基本的にpUC oriが使われることがほとんどですね。

…って、pcDNAのマップを見てたら、(あんまり大した話じゃないけど)触れた方が良さそうな点がいくつかある気がしてきましたねぇ。

まず、このプラスミドには(+)と(-)の2種類が存在するんですが、その違いは、(マップに表示されている通り)制限酵素部位が並んでいるMCS(マルチクローニングサイト)の向きが違う感じになります。

それ以外は全て同じですが、まぁ遺伝子を挿入するのは向きも重要なわけですけど(遺伝子スイッチであるプロモーターは、下流にある遺伝子が読まれる向きも決めているため。このマップなら、P CMVとなっているCMVプロモーターが時計回り矢印になっている通り、その向きに遺伝子が発現される感じですね)、必ずしも自分の使える(使いたい)制限酵素がMCSに並んでる順番になっていないこともあるので、Invitrogenはご丁寧に2通りの向きの製品を用意してくれており、「お好きな方をお使いください」という形ですね。

(他にも、たまに「あえて逆向きに読まれた遺伝子が欲しい」という場面もなくはないので、そういう場合、例えばまず(+)プラスミドのBamHI-EcoRIに遺伝子を入れて正しい向きのものを作ったとしたら、同じくBamHI-EcoRIで切って、それを(-)プラスミドのBamHI-EcoRI切断部位に入れなおせば、それだけで簡単に「逆向きに読まれる遺伝子」が作れる感じですね。…って、大分ややこしい話なので、まぁ深くは気にしなくてもよい話でしょう。)


あとは、「pUC oriね…確かにあるけど……よく見たらf1 oriってのもあるじゃん!あっ!!さらにもう一個SV40 oriとかまであるやんけ!!何だぁコレはぁ?」と思われるかもしれませんが、まずそもそもこのpcDNAシリーズは、初出の記事でも書いていた通り、ヒト細胞にぶち込むのを想定したプラスミドになります。

なので、遺伝子スイッチであるCMVプロモーターはヒト細胞で働くものなんですが、SV40 oriもズバリ、ヒト細胞で機能するプラスミドの複製起点なんですね。

ただ、ヒト細胞、つまり我々人間は細胞内にプラスミドを保持する能力がないので、これを行うためには、細胞をウイルスに感染させなければいけないのですが(より正確には、ウイルスの作るラージT抗原というものが必要。これがあれば、細胞というよりそのウイルス抗原の力で、プラスミドを細胞内で複製することが可能になる)、最も良く使われるヒトの培養細胞であるHEK293T(Human Embryonic Kidneyで、ヒト胎児腎臓由来の細胞株;293は、この細胞株を樹立したグラハムさんの293番目の実験で成功したことに由来する模様。Wikipediaより)という細胞は、SV40ウイルス(この名前はSimian Virusで、SimianはMonkeyの学術的な用語=サルのこと。つまりサルウイルス)のT抗原をもっていることで有名であり、飼いやすさ&プラスミドなどの遺伝子の導入のしやすさから、HeLaと並んで最もよく使われるヒト細胞の1つ(僕自身、一番よく使ってます)なんですけど、こういう細胞に導入した場合、細胞内で複製されて増えていくことになるのが、このSV40 oriなわけです。


しかし、ヒト細胞にプラスミドを与える場合、大抵、細胞自身による複製・増殖には期待せず、もう十分数の増えた細胞に大量にドバッとかけてぶち込むパターンが多いです。
(細胞に安定して永続的にプラスミドをもたせるのではなく、一過性のもの(=大腸菌のように、プラスミドをもたせたら分裂とともに増えるわけではなく、一時的に細胞に入れてるだけ)ということで、一過性を意味するtransientな遺伝子導入と呼ばれます。
 あんまり大したことは書かれてませんが、Thermoのこの辺の記事(↓)も参考になるでしょうか)

www.thermofisher.com
だから、大腸菌のように「プラスミドを導入した細胞を確実にセレクションするために、抗生物質を加える」というステップ自体、ヒト細胞にプラスミドを与えた場合はしないことが多いです。

とにかく大量にぶっかけて、大多数の細胞に入ってくれることを願う(多少入らないやつがいてもまぁ気にしない、入ったやつがどういう変化をしてくれるかを見るだけなので)という乱暴なやり方ってことですね。
この記事で触れていた、トランスフェクション試薬と呼ばれるもので、効率よく細胞にプラスミドをぶち込む感じです。

 でも、マップにある通りNeomycinというヒト細胞でも使える抗生物質抵抗遺伝子があることにはあるので、一応、プラスミドを導入した細胞のみのセレクションも可能といえば可能。)

しかしいずれにせよ大切なのは遺伝子の部分であり、プラスミドが細胞に入ったら、細胞の中で増えるかどうかは正直もうどうでもいいんですね(目的は、「プラスミドを増やしたい」ではなく、「自分の興味ある遺伝子を、ヒト細胞に導入してどうなるか見たい」なので)。

このプラスミドにある遺伝子スイッチ(先ほど向きを見ていた、CMVプロモーター)はヒト細胞で働くものですから、このスイッチ(CMVは強制的に遺伝子発現をONにし続ける、めちゃくちゃ強いスイッチ)が入ることで、プラスミドが導入された細胞の中で望みの遺伝子がガンガン発現されることを期待している、という形の実験になっているわけです。


そんなわけで、このプラスミドは大腸菌でも増やせるし、さらに、ヒト細胞でも使うことができるように設計されているといえる感じなのでした。

こういう生物の種を越えて導入できるプラスミドをシャトルベクターとか呼んだりしますが、最終的にヒトに導入したいプラスミドなのにあえてシャトルベクターを使う理由はもちろん、DNAを増やすコストも手間も、大腸菌を使った方が遥かに良いからですね。

つまり、プラスミド自身を増やすのには大腸菌を使って(T抗原をもつヒト細胞、例えばHKE293Tに入れて、ヒト細胞を培養してプラスミドを増やすこともできなくはないけど、コストも手間も時間も、さらには収量も、あらゆる意味で大腸菌が桁違いに優れている(例えば大腸菌が分裂するのは20分ですが、ヒト細胞が分裂するのは30時間とか)ので、普通はそんなことはしない)、まずは大腸菌の力を借りて(ミニプレとかで)大量に純品プラスミドをゲットしたら、満を持してヒト細胞に入れる、…という流れってことで、これは要は既に見ていたK株B株の使い分けに似ていますね(=まずDNAクローニング用のK株でプラスミドDNAを増やして、十分な量のDNAをゲットしたら、最終目的のB株にぶち込む…という流れ)。


また、いうまでもなく、大腸菌のもつ細胞内マシーン(タンパク質などの生体分子)とヒト細胞のもつマシーンは違うので、SV40 oriは大腸菌の中では何もしないDNA配列だし、CMVプロモーターが大腸菌内でスイッチONになることもないし、逆にpUC oriはヒト細胞内では何の意味もなさない無意味なDNA配列になっている、ってことですね。


なお、シャトルベクターとしては、大腸菌⇔ヒトより、大腸菌酵母の方がより有名というか、より語義に沿ったものになっています。

ヒト⇒大腸菌という流れでプラスミドを移動させることはほとんどないけど(改めて、ヒト細胞でプラスミドを増やすことがほぼないから。ヒト細胞は、プラスミドを「使う」だけの場といえる)大腸菌酵母は双方向で使うことも多いから、ですね。

例えば有名な大腸菌酵母シャトルベクターに、pRSシリーズというのがあるんですが…(僕も使ったことあるしむしろ今でもたまに使いますが、このプラスミド名は、開発者Robert S. Sikorskiさんのイニシャルですね。1989年に作製されたもので、下の論文が初出ですが…

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
非常に便利なので世界中の酵母研究室に広がった形でしょう)

…こちら、その中の1つ、pRS426という名前のやつのプラスミドマップを見てみますと…

f:id:hit-us_con-cats:20210927061930p:plain

https://www.snapgene.com/resources/plasmid-files/?set=yeast_plasmids&plasmid=pRS426より

当然、pUC oriと、酵母で使われる(これだけ、なぜかマイクロではなくミクロンと呼ばれます)oriの2種類が存在しています。

そしてさらに当然、大腸菌を形質転換したあとにプラスミドがぶち込まれた菌だけをセレクションするための抗生物質マーカー遺伝子(AmpR)があるのと同様、酵母でも形質転換後にプラスミドがぶち込まれた菌だけをセレクションする必要があるわけですけど、酵母の場合、URA3遺伝子という、ウラシル合成酵素の一種を用います。

ウラシルは、RNAヌクレオチド4文字の1つのUですが、酵母を育てる培地からウラシルだけを除くことで、その培地上では「このプラスミドのURA3遺伝子をもった酵母のみが、自力でウラシルを合成できるようになって、生き残れる」という、面白い仕組みになっているんですね。
(つまり、プラスミドを酵母にぶち込んだら、ウラシル欠損培地に酵母をまけば、プラスミドをゲットした酵母のみが育つので、導入酵母のみのセレクションができる、ということ。
 実際は、URAマーカーだけじゃなく、LEUマーカー(アミノ酸のロイシン)やTRPマーカー(アミノ酸トリプトファン)など、様々な栄養マーカーがあり、コピー数の多いoriと少ないoriの違いなどで、pRSシリーズは沢山の種類が存在する形です。)


酵母も、大腸菌同様、偉大な微生物です。

大腸菌はほぼ「プラスミドDNAを増やす」「タンパク質を合成してもらう」という、ただの道具のような生物ですが、酵母は、ヒトと同じ「真核生物」に分類される生き物であることからも、酵母自体をモデル生物として生命現象を解析することも非常によくやられているぐらいです。

真核生物でほぼ唯一(ウイルスの力なしで、自力で)プラスミドを保持・複製できるという点もあまりにも優秀で、いうまでもなく日常社会においても、パンもお酒も作れる万能生物ですから、マジで人類にとってのお役立ち単細胞生物断トツMVPといえるのが、この酵母でしょう。

…が、まぁ酵母について語ってもまたキリがなくなりますし、Yeast-E.coli酵母大腸菌のこと)シャトルベクターというのもよく使われています、程度で今回は切り上げるとしましょう。


…うーん、何かあんまり大したことない話で長くなっちゃったうえ、結局今回出てきたf1 oriについても何も書いてないやん!って感じになったのですが、何かもう長すぎるので、続きは次回にまわさせていただこうと思います。

ちょうど、「大腸菌を飼う試薬はそんなに高くはないですけどね」と書いた後、せっかくなら大腸菌の培地とかについても見ておこうかなと思えて、そういうちょっとしたネタもあるので、それ含めまた次回へ続く、という形ですね。

にほんブログ村 恋愛ブログ 婚活・結婚活動(本人)へ
にほんブログ村