続きへと話を進める前に、またもう1点補足から入らせていただくといたしましょう。
前回のかな~り細かい点にまで踏み込んだ話はやはり結構複雑だったこともあり、「ソーマチン、大腸菌にプラスミド…あっさり終わると思ってたら、めちゃんこややこしいやんけ笑!ちょっと整理するけん、合ってるかどうか確認してくれや」的なコメントをご質問いただいたアンさんからもらっていたので(いや、毎度、全然そんな口調じゃないですけどね(笑)。コメントもプライバシーの一種ということで、適宜勝手に改変させてもろてます)、これは専門外の方が初めて、いきなりまくし立てるように説明されたときに感じがちな疑問点ということに他なりませんから、大変ありがたく触れさせていただこうかと思います。
(そもそも、前回は「いやぁ~、かなりマニアックさのある話で、こいつぁ正直つまんねっすね!」と(自重・自嘲を込めて)書いていたのですが、アンさんからは「個人的には面白いっすよ!まだまだ謎に思う点は多いけれど、考える余地があっていっすねぇ~」というコメントもいただいていました。大変ありがたい限りです。)
…というわけで、一部勝手に改変した、「この考え方で合ってるかどうか判断よろ」のコメを、引っ張らせていただきましょう(くどいですが、改変引用です)。
大腸菌も、結局はヒトが使いやすいように改良していて、目的に合ったものを使うって感じでいいってことよね?
まぁそれはいいとして、まず、「クローニング用」っていうのは、冷凍保存する方のやつで…これは、プラスミドが入ってるやつはプラスミドを保存してるってことでしょ?プラスミドが入ってないやつは空の大腸菌を保存してるってこと?
プラスミドも、特定のDNA(例えばソーマチン)を組み込んだプラスミドをポコポコ作ろうと思ったら、、、え?わからん…クローニング用の大腸菌に入れる??クローニング用って、増殖させる時もそれ?
え、ちょっと待って、一旦整理するわ笑
まず、プラスミドもいろんな種類がある。…そもそもそれはグリセロールでストックされてるのか?
その中からその時の目的に特化したものを選んで(これもちょっと曖昧)DNAを組み込む。
そして、それを爆誕させるために、またクローニング用の大腸菌に放り込むと…。したら、欲しいDNAの入ったプラスミド(の入った大腸菌)がポコポコ出来上がって……そ、、それで??
一旦出してまた入れて…最後には増えたやつをまた出して完成!みたいなので正解なん? グリセロールストックはどの段階でもできるってこと??(大腸菌だけだったり、空のプラスミドが入ってたり、DNAを組み込んだプラスミドが入ってたり…?)
若干整理しきれていないというか混乱されている点は抜きにすると、概ねバッチリ理解されているように思われます…!
まず、大腸菌も、プラスミドも、人間(研究者)が使いやすいように改良してあって、目的に合ったものを使うというのは完璧にその通りです。
そして、大腸菌にもプラスミドにも極めてざっくり大まかに分けると「DNAクローニング用」と「タンパク質合成用」の2種類があって、それぞれ使い分けてるのもまさにそうで、分かりやすく具体名を挙げておくと、DNAクローニング用の大腸菌はDH5α(K株由来のグループ)、タンパク質合成用の大腸菌はBL21(B株由来のグループ)、そしてDNAクローニング用のプラスミドはpUC19、タンパク質合成用のプラスミドはpET-15bなどが代表例として挙げられますね。
もちろん、その他にも無限に色々な改良版が各社から発売されているので、これはあくまで代表例の1つというのは当然なんですけど、さらにいえば、その用途に「特化している」だけで、別にpET-15bをDNAクローニング用途で使えないかと聞かれたら、これは普通に使えます。
ただ、pUC19よりも使える制限酵素部位が少ない・コピー数も少ないため、DNAの収量も小さい…などといった点から、DNAクローニング用途で使うメリットが全くないので、普通はあえて使わない、ってことですね。
(よっぽど、周りに頼れる研究室がなく、研究資金もプラスミドを1つ購入するのがやっと、みたいな感じなら、仕方ないのでpET-15bをどんな用途でも使いまわす、みたいなことはあるかもしれませんが、普通はないです。)
(あと今更ですが、クローニングという用語が、日常会話には存在しないので分かりにくいねん!という気も書いててするんですけど、これはこの記事(クローン化しよう!)で触れていた通り、単にほぼ「DNAを増やす」という意味で使われているだけの言葉ですね。
「なら『DNA増殖』でいいやんけ!」とも思えますが、一応、クローニングには単一の全く同じものを増やす(なので、クローン)という意味もあるし、まぁ現場ではめちゃくちゃよく使われる用語なので、ついつい使っている感じです。
なお、「タンパク質合成」という語も、普通は「タンパク質発現」の方がよく使われますが、まぁこれは「合成」の方が入門編では通りやすいかな…と思ってそんな書き方にしています。
まぁ、雰囲気が伝わればいいので、DNAも「増殖」と書いてもいい気がするんですけどね。)
ただし、大腸菌の方に目を向けますと、DNAクローニング特化の株は「タンパク質を合成するためのマシーン」(そのマシーン自体もタンパク質ですが)を全く保有していない(=DH5α株には、pET-15bに存在する、入れた遺伝子のスイッチをONにするために必要なタンパク質の遺伝子が欠けている、ということ)ので、これをタンパク質合成用途に使うことはできない(「向いていない」ではなく、「不可能」)といえますね。
一方タンパク質合成特化のBL21株の方は、一応DNAクローニング用途で使うことはできなくはないですけど、これも、DNA分解酵素がノックアウトされていないので、恐らく菌を増やしてプラスミドDNAを回収するステップでかなりDNAが分解されてしまいますから、「pET-15bはDNAクローニング用途にはあまり向かない」というレベル以上に、クローニング用途には全く向かないので、これも非推奨レベルですね。
大腸菌株とプラスミドの種類というか用途についてはそんな感じで、続いてグリセロールストックうんぬんの話に進みましょう。
まず、コメントの『「クローニング用」っていうのは、冷凍保存する方のやつで…これは、プラスミドが入ってるやつはプラスミドを保存してるってことでしょ?プラスミドが入ってないやつは空の大腸菌を保存してるってこと?』というのは、概ね合っています。
冷凍保存用のグリセロールストックについてのポイントは、まさにその通りで、プラスミドをもたない大腸菌のストックももちろん作れるし、好きな遺伝子を入れたプラスミドはもちろん、何も遺伝子を導入してない、空のプラスミドをもたせた大腸菌でももちろんOKです。
(そして、前者(何ももたない大腸菌ストック)の目的は「菌体そのものの保存」である一方、後者(プラスミドを入れた大腸菌ストック)の目的はいわば「プラスミドの保存」になっているという点も、バッチリ理解されているように思います。)
ちなみに導入するプラスミドは、「空のもの」どころか、大腸菌が体内で増やすのに必要なOri(複製起点)と、「プラスミドが入った大腸菌を(抗生物質で)選択する」ために使う抗生物質耐性遺伝子(以前の記事で触れていましたが、アンピシリンが最もよく使われます。アンピシリン入り培地で大腸菌を飼うと、アンピシリン耐性遺伝子の乗ったプラスミドをもってる大腸菌しか成長できないというあれですね)の2つが最小構成といいますか、それさえあれば大腸菌に導入することはできる、という感じですね。
(Oriがないと大腸菌が分裂するときにコピーして増やすことができないし、抗生物質マーカーがないと、プラスミドをもってる大腸菌だけを選択して増やすことができない!)
もっとも、その2つの要素しかないプラスミドを入れる意味など全くないので、他の要素(制限酵素部位の集まった部分とか、タンパク質合成開始スイッチ部分とか)も入ってるのが普通ですが…。
ただ1点、「冷凍保存する」ということがクローニングの目的ではないというかそれは絶対必須なことではなくって、あくまで遠い将来また使うときのために取っておくためのオプションといいますか、ぶっちゃけプラスミドDNAは環状の二本鎖分子なので大変安定であり、「特にこの実験を終えたらもう使わないかな」というものは、いちいちグリセロールストックを作らないことも多いです。
一連のDNAクローニング実験で、(次回詳しく触れる予定の)大腸菌からの回収作業を終えたら、プラスミドDNAは水に溶けた状態のものが得られるのですが、その水に溶けただけの裸のプラスミドを冷凍保存させるので十分という場面も多いんですね。
(数年単位なら余裕で安定的に保存できます。…ならぶっちゃけグリセロールストックなんていらなくね?とも思えますが、まぁ理論上最も安定して保存できるのは先述の通り大腸菌にもたせるやり方なので、お作法的に、本当に貴重なプラスミドは大腸菌にもたせて保存し、冷凍菌体を起こせばいつでも完全に無傷なプラスミドを回収できるようにしておく、という形になってるといえましょう。)
この辺は後半の「プラスミドはグリセロールでストックされてるのか?」という部分にも関連することで、上述の通り、プラスミドは、基本的に水に溶かしただけのDNAで存在するし、使用します。
(DNAはただの物質なので、生き物である大腸菌とは違い、別にグリセロールなどの保護剤なしで凍らせても問題ないので。)
プラスミドを超長期保存するには、大腸菌に入れてグリセロールストックを作るのが一番安全(安定)というだけで、普段使いは基本的に水に溶けたものを用いる感じですね。
むしろ遺伝子を組み込んだり(切ったり貼ったり)、別の大腸菌(やヒト細胞とか、その他の生物)に導入するためには、その水に溶けた状態のプラスミドを使うので、グリセロールストックに入ったプラスミドはそのままでは使えません(大腸菌を培養して、次回触れるネタである、菌体から純品プラスミドを回収する作業を行う必要がある)。
だから、逆にグリセロールストックは本当に将来(超長期保存)のために作るだけのもの(すぐに使えない面倒なもの)であって、クローニングの意図というか大目的は、あくまでも大量のプラスミドDNA(水に溶けてる純品DNA)をゲットすることにあります。
プラスミドそのものを増やすため、またはプラスミドに入れた遺伝子のコドン通りのタンパク質を作るために大腸菌の力を借りているだけで、残念ながらこいつらはただの実験ツールなだけで、ある意味主役ではない(実験の主役は、あくまでもプラスミドに組み込んだ遺伝子。本当なら、あんな臭い大腸菌など増やしたくないけど、プラスミドを増やすために仕方なく増やしている、ということ)、って話ですね。
なので、「クローニング用の大腸菌とクローニング用のプラスミドを使って、購入した遺伝子を保存するステップをやる人もいるかも」とは書いたものの、これは正直いたずらに混乱させてしまっただけで、特に触れなくても良かったというか、現実的にはまぁそこまではしないこともままあります。
…でも、入れた遺伝子が1塩基の間違いもなく正しいかをチェックするために、いずれにせよ高品質で大量のプラスミドは欲しいので、一度(最終目的のタンパク質合成用の大腸菌ではない)クローニング用の大腸菌への形質転換するというステップは、普通は必ずやりますね。
(pET-15bのコピー数は少ないですが、シークエンスを読んでその後別の菌に形質転換し直す用途ぐらいなら十分量回収できる、という感じです。)
ということで、改めて普通の手順を書き下すと…
- 自分の興味ある遺伝子と、プラスミドベクター(pET-15b)を同じ制限酵素で切って、貼り付ける(=ライゲーション反応)
- ライゲーション産物を、大腸菌(クローニング用のK株;コンピテントセル)に導入(=形質転換)
- 抗生物質入りの寒天培地に生えてきた菌(=確実にプラスミドを保持している)を爪楊枝で拾い、液体培地で培養
- プラスミドを回収し、シークエンシング業者に送って、配列をチェック
- 配列確認後、まだまだ手元には大量のプラスミド(K株が作ってくれたやつ)が残っているので、これを使って、別の大腸菌(タンパク質合成用のB株;コンピテントセル)を形質転換
- タンパク質合成本番!
…って形ですね。
まぁ冷凍庫のスペースも無限ではないので(グリセロールストックは、-80℃のディープフリーザーと呼ばれる冷凍庫で保管します)、正直いちいちグリセロールストックは作らないことも多いですが、念のため(将来のため)作るなら、3と4の間で、増やした菌体の一部を使ってグリセロールストックを作ります。
なお、5番の形質転換で作った大腸菌のグリセロールストックを作ることは、普通しません(もちろん、できなくはないけど、普通はしないということ)。
なぜかというと、先ほども書いていた通り、B株にはDNA分解酵素がノックアウトされずに存在しているため、一旦液体培地で増やした菌を凍結して、また起こして改めて培養を…とやっていると、DNAの分解(や組み換えで変なやつができていないか)が不安だからですね。
なので、基本的に、タンパク質を合成させる大腸菌は、常に親株を(配列の確認を終えた純品プラスミドDNAで)形質転換させる所から始めます。
一方、本当に丁寧に安全を期すのであれば(例えば、超貴重な遺伝子断片を受け取って、確実に一番いい形でそのDNA断片を保存したいなど)、1番のステップで、タンパク質合成特化のpETベクターではなく、コピー数の多いDNAクローニング用のプラスミド(pUC19など。pETベクターを使うより大量のDNAが得られる)にまず遺伝子を挿入し、それをK株に形質転換→この株のグリセロールストックを作る…というステップを踏む人も、中にはいるかもしれません。
こうすることで、貴重な遺伝子断片は半永久的に最も安定した形で保管できることが確定しますから、その上で、改めてこの株を増やして大量のプラスミドをゲットし、上記1番に再び戻る(この場合、インサートDNAがpUC19(貴重な遺伝子入り)を制限酵素で切ったもので、ベクターDNAがpET-15bということ。pUC19からpET-15bに、遺伝子をカット&ペーストするって形ですね)、って流れになります。
pUC19(貴重な遺伝子入り)を導入したK株グリセロールストックを作った場合、その後3番で作るpET-15bを導入したK株のグリセロールストックは、(もちろん作ろうと思えば作れますけど)あんまり意味がないので、作らない人がほとんどでしょう。
遺伝子入りのpET-15bが足りなくなったり、遠い将来必要な場面が訪れたりしても、またpUC19に入ったものを切って貼ってして作ればいいだけで、いつでも再生産可能だからですね。
(っていうか最後書き終わって改めて読んでて思いましたが、そもそも手順1番のプラスミドはどこから来てるの?って点もよく考えたら謎かもしれないんですけど、これも、pET-15b空ベクターをもつ大腸菌から増やしたものか、あるいは純品プラスミドを試薬会社から購入したものかのどちらか……多くの場合、研究室が代々保有しているもので、最初に誰がどうやって入手したかとかはもうよぉ分からん、ってパターンがままあります(笑)。
歴史のある研究室の場合、水に溶けた状態のプラスミドがチューブに入っているものを発掘できることもありますが、流石に何十年前のか分からないものだと不安なので、僕ならまずそのプラスミドを大腸菌に導入し直して、改めて自分で大腸菌が増やしてくれたプラスミドを回収するでしょう。
なぜなら、何千塩基あるプラスミドDNAは、たまに塩基間の結合が壊れて切れ目(専門用語でニックとかいいますが)が入っていることがありますが、そういった小さいDNAの傷は、大腸菌様が生物の力で修復してくれるからですね。
もちろん、ズタズタに切れていたら最早修復不可能ですが、二本鎖DNAがずっと冷凍保管されていたならば、そんなにぶっ壊れることもないはずです。
でも改めて、一番安心なのは、グリセロールストックで、菌の中に保存されてるプラスミドですね。これなら分解や損傷を受けている心配はまずありません。
…もっとも、フリーザーが故障して、温度が上がってグリセロールストックが全滅してしまった!という悲劇も、ないわけではないのですが…。)
なお、最後に、グリセロールストックとか、チューブとか言葉でいっても、現物のイメージが湧かねンだわ、って感じかもしれないので、写真を貼ってイメージ作成の補助となることを期待するとしましょう。
グリセロールストックは、ちょうどチューブ・箱・そしてサイズ感の分かる手まで写りこんだバッチリな写真が、Novoproという、タンパク質研究ツールを扱う会社のページにあったので、拝借します。
こういう、-80℃でも問題なく保管可能なチューブと箱に入れることが多く、超冷たいので、フリーザーから出したらすぐ霜が付いちゃう感じですね(触り続けると凍傷レベルで冷たいので、もっと布の手袋とかを使うべき場面かもしれません)。
チューブには下手な字でGFPと書いてあるのが見えますが、蛍光タンパク質であるGFPを入れたプラスミド入りの大腸菌なんかが保存されているということでしょう。
大腸菌の培地は茶色いので、グリセロールストックも、茶色っぽく(ベージュの方が近いかもしれませんが)、もちろん大量の菌がいて濁ってる感じの中身ですね。
一方、よくチューブ、チューブ書いていますが、制限酵素とかライゲーションとかの反応を行うチューブは、まぁ以前画像も貼ったんですけどそれは比較対象がなくイメージが付きにくかったので、手が写りこんでいるものを貼っておきましょう。
こちら、VWRという、Thermo Fisherのライバル的な大手試薬・実験器具販売企業からの画像ですが(割と最近Avantorという企業に買収(か吸収合併か知りませんが)されましたが、個人的には、Thermoより安いことも多く、うちの大学のセールス担当のおっちゃんも気のいい感じでお得な情報をいつもくれる感じで、個人的にとても好きな企業ですね!)、まぁ本当にこんな感じの親指サイズのチューブを、各種反応や、もちろん大腸菌から回収したプラスミドの保存などにも汎用している感じです。
これまで何万本使ったか知りませんが、最近コロナ禍の影響でこの手のチューブ(日本だとエッペンチューブと呼ぶ人が多いです。アメリカではmicrotubeとか呼ばれますが…って、その辺は前に書いたことがあったはずと思い検索したら、何気に以前の記事でも、普通に手が写っててサイズ感の分かる写真、もう貼ってましたね(笑))とかが世界的に品薄で困ってたんですけど、危うく研究室にある在庫が完全になくなってしまう前に幸い供給ラインが復帰してくれて、何とか助かりました。でも、まだまだいくつかのプラスチック商品で、品薄状態が続いている感じで不安定ですね…。)
いやぁ~、結局、ややこしい話の補足説明もまたややこしい感じになってしまった感も否めませんが、ある程度理解を整理する手助けになっていましたらうれしい限りです。
…って、そもそもこんな誰も聞いてないことを勝手に語ってるだけの話にお付き合いいただけて、読んでくださってる方には感謝の言葉しかありません。
では次回、大腸菌からのDNA回収作業を簡単に見ていきましょう。