修飾も大事

E.T.、KODAKARA、MAGO NASHIと、いくつか話は脱線していましたが、また本題であるtRNAの話に戻るとしましょう。

ちょうどまた、これまでの記事に対していくつかいただいていたコメント&質問が溜まっていたので、そちらを改変引用させていただくとともに、それに答える感じで見識を足していこうかと思います。

ご質問者のアンさんには、改めて重ねてお礼申し上げます。

tRNAは、中身は違うのに形が全部同じっていうのは凄いねぇ。

塩基数も同じってことなんかい?

大事な3塩基(アンチコドン)以外は、大事じゃない感じなんかな?

アミノ酸は、別の酵素がtRNAに持たせてくれる』ってことだったけど、最初は持ってなくてこのアンチコドンに対応したアミノ酸をどっかで誰かがくっつけるって感じ??いや、これはちょっと…ややこしいけど面白いかも笑


それから、この表(注:酵母の、アンチコドンも載った表のことですね)を眺めていて思ったんだけど…tRNAの数は決まってるってことなんかい?

ざっと見て数えると、41種類200個くらいのtRNAが1つの細胞内にあるってこと?

200個って、思ったよりずっと少なかったんだけど(いや、酵母自体全く知識がないので、全くなんの根拠もない、ただのイメージでしかないけど)、、これってもしかして再利用されるっていうか、同じtRNAがずっと働いて何回も運ぶみたいな感じなんでかな?

あぁ、、やっぱりそーゆうことなんだろうねぇ、きっと。1回運んだら死ぬなんてことは無さそうだもんな。めっちゃ長い配列のタンパク質だと回らなくなってきちゃうだろうしねぇ。(全て妄想)


例によって大変素晴らしい着眼点すぎる、非常に良いご質問に思いましたが、順に見ていきましょう。

まず、tRNAの塩基数ですが、基本的にはほぼ同じことが多い……76塩基が基本で、アンチコドンはちょうど半分程度の位置にあたる、34, 35, 36番目の塩基に位置する(なので、例のクローバー型の絵を描いたとき、上に両末端が来るように描いたら、アンチコドンはちょうど一番下のループに来ることになる)ことが基本ですが、大腸菌からヒトまで様々な生物が必ずもっているのがtRNAであり、もちろんいうまでもなく、生物によっては異なる塩基数のものも知られています。


ちょうど、検索したら、渡邊公綱さんという日本のRNA研究の超大家のレビュー記事が目についたのですが、既に以前の記事で何度か論文を引っ張っていた鈴木勉さんは渡辺研出身の直属のお弟子さんということで、この渡邊さんはtRNA研究の、日本のみならず世界でも第一人者でいらっしゃった偉大な研究者ですね。

僕が大学院に入ったのとちょうど同じぐらいに定年退官されたので、学会なんかで遠目で見たことがあるぐらいで直接話を聞いたことはほとんどありませんでしたが、2016年にご逝去されたという知らせに、RNA界隈のみならず、日本の生命科学研究界全体が深い悲しみに包まれたものです。

こちらのレビュー論文は2010年のもので、最後まで研究に打ち込まれた本当に偉大な方ですね(しかも単一著者の論文であることからも明らかなように、学生とか部下とかに書かせたとかそういうのではない、本当にいくつになられても根っから研究が好きな、研究者の鑑のような存在といえましょう)。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

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https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3417567/より

このように、大腸菌のtRNA-Ser(CGU)は約90塩基ほど、一方真ん中にある、ウシの同じtRNA-Ser(CGU)なんかは60塩基程度と、同じコドンを読むtRNAでも、生物によっては長いのもあれば短いのもある、って感じですね。

しかし改めて、Dループ(向かって左手のアーム)がなかったり、可変ループ(右下に伸びる出っ張り)が長かったりはするものの、最後がCCAで終わってこのAにアミノ酸がつながること、およびアンチコドンループの3塩基がmRNAのコドンとペアを形成することという、tRNA最大の特徴は保たれているという感じになっているのには違いないといえましょう。


一方続いて「大事な3塩基、アンチコドン以外は、ゆーほど大事でもないんかい?」というご質問については、もちろん一番大事なのがmRNAを直接認識するアンチコドンなのは間違いなく、当然、中には例えば「G-Cとなっているステム部をC-Gのように左右を入れ替えても全く問題ない」みたいなことはあるかもしれませんけど、他の塩基も、これ1つが変わるだけ…どころか、塩基自体は変わらない正しいものであっても、RNA合成後、正しく修飾を受けないと、それだけで機能がダメになる…という非常に重要なものも知られています。

前々回の記事で、tRNAの修飾塩基の図を鈴木勉さんの論文から引用しましたが、改めて、tRNAは修飾されまくっているというとてもいい図が、検索したらロチェスター大のPhizicky研究室のページにあったので、せっかくなので今回は参考図としてこちらを貼らせていただくとしましょう。

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https://www.urmc.rochester.edu/labs/phizicky.aspxより

こちらは酵母のtRNAですが、こないだの図よりさらにゴチャッと、「tRNA、修飾されすぎワロタ」と思える図になっているわけですが、やはり重要なのはアンチコドンに近い部位で、特に、コドンの3塩基めと結合するtRNAのアンチコドン1つめ=34番塩基が最も沢山の種類の修飾が見つかっている場所(やや小さい図ですが、イノシンのIを筆頭に、複数の修飾塩基がボックスで囲われています)…であるのを筆頭に、アンチコドンから1つずれた37番塩基も、34番塩基に次ぐ、5種類もの修飾が酵母では見つかっているようです。

(なお、こないだの鈴木勉さんの図を見ていただくと分かる通り、ヒトtRNAでも、34番と37番が断トツ多く修飾が知られています。)


ちょっと検索してみたら、これまた日本人研究者による、37番塩基修飾に関する研究の日本語解説記事が見つかったので、紹介させていただきましょう。

seikagaku.jbsoc.or.jp
熊本大の魏さんと富澤さんによる「tRNAのチオメチル化修飾による翻訳制御と代謝疾患」という記事ですけど、魏さんらはここで紹介されている研究において、塩基修飾の内特にチオメチル化に着目されているようですが…

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https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2016.880328/data/index.htmlより

チオというのはチオールで硫黄Sを含む官能基(チオールというのは基本的にはアルコールのOがSに変わった-SHのことですが、水素Hが別の官能基と置き換わることもある;ちょうど、アルコールがエステル結合を作るように、チオールからもエステル結合が作られ、それをチオエステルと呼ぶなど)で、この場合はそこにさらにメチル基がつながった-S-CH3のことですけど、チオメチル化といいつつ、画像にある通り、さらに付属でms2t6A(2-methylthio-N6-threonylcarbamoyladenosine)やms2i6A(2-methylthio-N6-isopentenyladenosine)と呼ばれる、結構大掛かりな修飾があるようですが、まぁそんな細かい化学構造はともかく、このチオメチル化修飾されたA塩基は、ヒトではLys(リシン)、Trp(トリプトファン)、Phe(フェニルアラニン)、Tyr(チロシン)、Ser(セリン)のみに見られるものとのことですね。

そして、実はこの37番目(上述の通り、アンチコドンは34-36番なので、これはアンチコドンからは1つずれた部分の塩基です)の修飾塩基はコドン/アンチコドンの結合に積極的に関与しており、「コドンとアンチコドンは3塩基同士の結合によるものである」という従来の常識を覆す大きな発見なのです、的な面白い話もまとめられていますが、さらに身近で面白い点として、この修飾反応を行う酵素(Cdkal1というものですが、今は名前はどうでもいいでしょう)に異常があると、当然、この37番塩基に修飾が上手く入らなくなるわけですけど、たったそれだけで、インスリンの分泌が悪くなって糖尿病が発症しやすくなる、あるいはミトコンドリア病という難病の発症に至る…という、たった1塩基、アンチコドンですらない塩基が正常に修飾されないだけで、重篤な疾患につながる…という興味深い知見も魏さんらの研究で明らかになった、というそんなお話でした。


ということで、もちろん全ての塩基が重要ではないですが、多くの塩基はきちんと修飾されないだけで病気になってしまうレベルで重要であり、適当にクローバー型を形成しているだけに見えるtRNAも、やはりかなり精密な分子に違いないのです、って感じですかね。

まぁ、一口に修飾といっても、そもそもDNAとRNAの違いだってわずか酸素原子1つなわけですしね、チオメチル化(さらに複雑な変化も伴う)とかいう普段は見ない硫黄原子まで出てくる大掛かりなもんだったら、そりゃ重要な機能もあるわな、ってなもんかもしれません。

いずれにせよ、tRNAというのは割と短い分子であるからこそ、1塩基1塩基がかなり重要な意味をもつ、何とも奥が深い分子だ(まさに上記の研究の通り、今でも全容は分かっていませんから、日々、新しいことが研究により判明し続けています)…ってことですね。

(恐らく、34や37番塩基に限らず、修飾されているものはそれぞれ大切な役割があるからこそあえて修飾されているのでしょうから、修飾塩基はどの塩基でも、塩基の種類を変えてしまうと、かなり深刻な機能不全が見られるのではないかと思います。
 そういう研究が、世界中様々な研究者の手で進められているし、調べれば既に多くの知見が報告されている感じですね。)


ご質問はまだ途中ですが、次回はちょっとまた全く関係ない時事ネタに1回だけ脱線する予定なので、続きはまたその次にまわさせていただきましょう。

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