脱線続き、我らがMAGO NASHI!

前回は鹿児島県の小宝島で発見された超好熱菌・kodakaraensisや、そいつ由来のKODというPCR酵素を取り上げたりなんかしていましたが、このKODAKARAうんぬんで、ふと、別の日本語名が登場する生命科学ワードを思い出したりなんかもしていました。

まぁ一番有名なのが、ソニック・ヘッジホッグ遺伝子というもので、これは恐らくどなたもご存知、SEGAを代表するキャラクターの青いアイツ由来の名前ですが…

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https://ja.wikipedia.org/wiki/ソニック・ザ・ヘッジホッグより

…まぁこれは正直ソニックとは関係なく、発生に重要な遺伝子の一つで、その機能が失われると胚(発生途中の状態)にハリネズミのような突起が生じることが知られているものがあり、その所見から「ヘッジホッグ遺伝子」と名付けられ、最初に見つかった2つにはデザート・ヘッジホッグ (Desert Hedgehog, DHH)とインディアン・ヘッジホッグ (Indian Hedgehog, IHH)という実在するハリネズミの種類名が付けられたものの、3番目に見つかったこれが、発見者がゲームのファンだったようで、ソニック・ヘッジホッグと名付けた、というだけですね。

調べてみたら、こちらがその論文で、1993年にRiddleさんが名付けたようですが、こちらなんと誉れ高き最も硬派な超一流誌・Cellに掲載されたものだったんですね。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

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https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/0092867493906262より

(ちなみに、「~にちなんで名付けられた」という意味の英語、知っていたら使えるけど知らなかったら絶対使えない類の表現で、「~にちなんで」は論文中にある通り、「after」ですね。せっかくなので覚えておくとよいのではないかと思われます。)


あともう一つ、こちらは日本人が名付けた遺伝子で、動体視力に関連するといわれているピカチュリンというのなんかもありますが…

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
大阪バイオサイエンス研究所の佐藤さんらによる論文ですが、この辺、正直、商標権とか大丈夫なんか…?許可取っとるんかな…?と不安になるものの、まぁピカチュウじゃなくてピカチュリンだからセーフ、って感じなのでしょうか…??

というのも、ガン遺伝子のスイッチとして働く遺伝子群をポケモン遺伝子(POK赤血球系・骨髄球性幼若化因子(POK Erythroid, Myeloid ONtogenic factor)という語の頭字語;Wikipediaより)と名付けた研究者がいたんですけど、まさにWikipediaの記事にある通り、「ガンの原因物質というのはポケモンのイメージを損なう」として法的措置も辞さない、と任天堂…ではなく、今はもう株式会社ポケモンですが、ポケモンUSAが警告を送った結果、この遺伝子はZbtb7というありきたりな名前に改称されたというニュースもありましたからね、やはり、話題性を出すために、商標や固有名詞を出すのはいかがなものか、といえるような気もするのが正直な所かもしれません。


というわけで、ややデンジャーな固有名詞ではなく、一般名詞が使われている遺伝子をちょっと見てみるとしましょう。

そもそもKODAKARAという名前からの連想(似ているというか、真逆)でパッと思い浮かんだのはソニックでもピカチュリンでもなくこちら、タイトルにも挙げた、mago nashi(孫無し)!

こちら元々遺伝学の研究が最もよくされている生物の一つといえるキイロショウジョウバエで発見された遺伝子で、名前の通り、この遺伝子に変異が入ると子供は産めるのに、産まれた子供は必ず不妊になる=孫ができなくなるという、おいおいマジかよという遺伝子なんですが、一応それはあくまでショウジョウバエに限った話ですね。

このマゴナシ遺伝子は、ヒトにも類似の遺伝子があるので有名…というかそのせいで僕もなじみがあるんですけど、ヒトのマゴナシ類似遺伝子は、mRNAの編集作業(今までの記事で触れたことはありませんでしたが(大腸菌では行われないステップでもあるので)、高等生物では超重要なステップ)に関わることが知られており、ヒトやその他哺乳類では別に取り立てて不妊のみに直結するというわけではなく、もっと広く悪影響がある(例えばマウスでマゴナシ類似遺伝子を両方(遺伝子は、父由来・母由来で、二本あるという話でした)ノックアウトしたら、発生の胚段階で致死となり、一方のみをノックアウトしても、小頭症かつ色素脱失を発症するなど、重篤な症状が見られるようです(参考:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4111959/))ことが知られています。


まぁ遺伝子の詳しい話はともかく、mago nashiという何か面白い遺伝子名を付けたの、流石にこれも絶対日本人だろと思いきや、調べた限り初出は恐らくこちら1991年の論文で…

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
なんと、著者に日本人が全くいない、Boswellさんらコロラド大の研究メンバーのみの発案!

しかし、ちゃんと「mago nashiというのは、日本語で、without grandchildrenを意味する」と書かれていました。

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https://www.semanticscholar.org/paper/Mutations-in-a-newly-identified-Drosophila-gene%2C-in-Boswell-Prout/e42700f359d2e0eb50ed309e2e516fc0c9bfa010より

まぁ、我々が例えばフランス語の響きがいい言葉を採用するようなもんだったんですかね?


ちなみに、キイロショウジョウバエの英語名というか学名はDrosophila melanogasterで、これは中々カッコいい名前といわれていますね。

ドロソフィラ・メラノガスター

…まぁ、小学生男子が好きそうな響きでしょうか(笑)。


そしてなぜかは分かりませんが、ショウジョウバエの遺伝子名はマゴナシに限らず結構日本語名が付いているものが多く、印象的なのだと、その遺伝子に変異があると早死にすることが知られている「pokkuri」というものなんかもありますね。

こちらは流石に日本語ネイティブじゃないと出てこない表現でしょう、調べてみたら、マゴナシの翌年に、当時三菱化成所属(現・金沢大学 理工研究域生命理工学系のようです)の程さん他によってつけられた名前だったようですね。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
他にもショウジョウバエには面白い遺伝子名があったような…と思い調べてみたら、東京都立大の布山さんが、完璧な面白リストを公開されていましたね!

www.biol.se.tmu.ac.jp

…最新の更新は2020年で、今でもアクティブなページのようですけど、フォーマット他は古き良きHTMLって感じで、タイトルの文字コードunicode対応しておらず上記リンクカードでは文字化けしてしまっているようですが、「ためになるショウジョウバエの話」というタイトルで、pokkuriやmago nashiは当然として、他にもgekoエタノールに対する誘引性が低い(下戸))とか、taiman(特定の細胞(border cell)の移動が遅い(怠慢から))とか、面白い遺伝子名が目白押しですね~。

遺伝子名は付けた者勝ちというか、英語でつけなきゃいけないルールなんてありませんから、こういう日本語オリジンのやつがたまにあるのも嬉し……くはまぁ別にないですけど、分かりやすくて面白いし、いいもんですね。


…といった所で、脱線ネタ続きの、日本語のついた面白生物学用語(ほとんど遺伝子名のみでしたが)でした。


あとそれから、kodakaraensisのような超好熱菌の話に関して触れようと思ってたことですが、この辺の話になる度に、僕はいつも寄生獣を思い出しますねぇ~。

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寄生獣岩明均)最終巻より

この、「なにしろ地球で最初の生命体は煮えた硫化水素の中で生まれたんだそうだ」は、まさに古細菌のことをいっているんだろうと思います。

岩明さんらしいセリフで人気も高いですが、まぁ寄生獣は、もちろん非常~に面白かったですけど、割と大人になって目が肥えてから読んだこともあり、とりわけ事前に見ていた「歴史に残る最高傑作」「史上最高の伏線」という超絶評価などであまりにも期待しすぎたせいか、まぁ「漫画史上最高の伏線」は言いすぎだわ…と、ちょっとだけ肩透かしを感じてしまったのも正直否めませんけど、でもやっぱりとてもいい作品ですね。
(そして絵が物凄く上手い方では決してない&ちょっと古い、あとやっぱり少々小難しいし、グロ描写もある(って、絵がそこまででもないので、ぶっちゃけこれも言われる程グロくもないですが)ってことで、万人向けではないというのも、多分そうかな、とは思いますが。)


では次回はまたtRNAの話に戻りましょう。

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