ヒトを飼うのにかかるエサ代は?

前回はDNAを増やして集める最良の方法であるミニプレップとそれに関連する話を見ており、「次回は『鬼甘物質ソーマチンを合成しよう実験』の次のステップに戻りましょう」などと書いていましたが、またちょうどいつも大変ありがたいコメントをいただけるアンさんからいくつか疑問点をもらっていたので、今回まずはそちらに触れさせてもらうといたしましょう。

こんなのほとんど質問をもらうためにやってるようなものですからね、アンさんには毎度大変ありがたい限りです。

ご質問は2つで、「ヒト細胞って?」というのと、こないだ触れていた「プラスミドの導入とウイルスに感染させてうんぬんの話で気になった点」といった内容です。

例によって、順番に改変引用させていただきましょう。

Q1. 「ヒト細胞にプラスミドを与える場合」について……これは、「十分数の増えた細胞に大量にドバッとかけてぶち込むパターンが多い」ってことで、大腸菌の場合とは目的が違うから、細胞に入ったプラスミドを増やす必要はないという旨、それは(まぁ多分)合点承知した。では、この「十分数の増えた細胞」とは??どうやって増えた細胞なん?分裂とかはしてるんではなくって…??

A1. 「十分数の増えた細胞」は、普通に、培地の中で飼ってるだけという感じで、これといって特記することもない感じですが、何もプラスミドをもたない大腸菌を培地で増やすのと同様、普通にシャーレで飼うというだけになります。

ただ、よく使われるHeLaやHEK293は接着細胞と呼ばれるものなので、液体培地の中で飼いながらも、液体の中を漂っている大腸菌とは違い、こいつらはシャーレの底面にピッタリと張り付いている形です(そんなことある?って気もしますが、普通に、プラスチック表面にペタリとへばりつく感じ)。

(もちろん、「浮遊細胞」という、底にくっつくわけではない、フヨフヨ漂う感じで培養する性質の細胞もありますが、伝統的に、扱いやすさその他の理由で、ヒト培養細胞は接着型が多いですね。)

この辺ほとんど触れていなかったので、改めて少し見ておくとしましょう。

まず、全体像というか、シャーレと培地はこんな感じですね。

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https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/useful-numbers-for-cell-culture/より

(ちなみに、これは手の大きさとの比較的に60 mmディッシュと呼ばれる大きさのやつだと思いますが、もちろん実験によってシャーレのサイズはまちまちで、100 mmディッシュという直径10 cm(実際は9 cmぐらい)のもよく使いますし、もっと小規模で複数の実験をしたいときは、手のひらサイズに6つとか12とか24とか下手したら96個とか穴(ウェルと呼ぶ)のあいた、6ウェルプレート~96ウェルプレートなど)を使うこともあります。
 複数ウェルのあるプレートは、こういうのですね(↓)

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https://ecatalog.corning.com/life-sciences/b2b/JP/ja/マイクロプレート/アッセイマイクロプレート/96ウェルマイクロプレート/Costar®-細胞培養用マルチプルウェルプレート/p/3524より

…こちら細胞培養製品で最も伝統もあり信頼度の高いといえる、Corning社のものですが、24ウェルプレートが100枚入りで、6万4900円……高ぇ~!!)


…と、シャーレ・ディッシュの違いはともかく、そう、培養細胞最大の特徴は、培地が赤いこと!

もちろん赤くない培地も中にはありますが、大抵は赤い培地を用います。

この赤はフェノールレッドという色素で、中学理科でおなじみ、BTB溶液やフェノールフタレインと同じく、pH(酸性・アルカリ性の度合い)によって色が変わる性質の物質です。

ヒト細胞を飼う場合は、pHの維持が重要になるので(細胞がシャーレの底面&入れた培地で余裕をもって飼える数より遥かに育ちすぎると、培地が酸性に傾き、培地が黄色くなります。こうなると良くないので、こうなる前に新しいシャーレにまきなおす(例えば1枚のシャーレに引っ付いて育ってるものを、ひっぺがして、3枚とか4枚のシャーレにまきなおすとか。これを継代処理といいます)とかせねばいけない感じですね)、pHのチェック用にあえて培地に加えられている形になっています。

…改めて考えると、正直、「液体の中で細胞を飼うって、苦しくないの?呼吸はどーする?!」…とも思えますが、呼吸というのはそもそも効率よくエネルギーを得るためのものであって、別に人間は息をしないと死ぬというわけではなく、エネルギーさえ十分量供給されれば問題ないんですね。

なので、培地に十分な栄養がある状態では、こいつらは人間の細胞ですが、水中に浸かっていようと普通にスクスクと育っていけるという感じです。

(もちろん、それは細胞単位だからそういえるだけで、人間個体のように全身にある大量の細胞が秩序だって生命活動を行うためには、どうしても酸素を使った高効率なエネルギー供給が1秒たりとも欠かさず必要ですから、1人の個体としては、栄養のある液体に浸かって寝てれば生きられるなんてことはなく、永久に呼吸をして酸素を供給し続けなければいけないのはいうまでもありませんけどね。)


一方具体的な細胞の様子については、HeLaの顕微鏡図は以前の記事(細胞を飼うとは?)で写真も貼ったことがありましたが、今回はHEK293の方の写真を見ておくとしましょうか。

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https://en.wikipedia.org/wiki/HEK_293_cellsより

これが、透明なプラスチックシャーレの底にへばりついて生きているHEK293細胞(この画像は、こないだちょっと話に出していたSV40ウイルスのラージT抗原を感染させた、HEK293FTと呼ばれる改変版ですが、見た目はオリジナルHEK293と全く同じ)を、顕微鏡で見た図ですね。

肉眼ではここまではっきり形は見えず、「白っぽいもやもやが張り付いてるかな」ぐらいですが、とりあえず、細胞は、シャーレの底面にこうして引っ付いて増えているわけです。

多くの培養細胞が、大体20-30時間ぐらいで2倍に増える(分裂する)感じですね。

だから、例えばシャーレ全体の25%ぐらいに細胞が存在するようにまいた場合、1回分裂(50%)→2回分裂(100%)でシャーレ全体にびっしり張り付く形で増えるので、概ね2-3日に1回継代処理で新しいシャーレにまきなおす感じです。


せっかくなので、大腸菌のLB培地について見ていたように、ヒト細胞の培地もいくらで売られているのか見ておきましょう。

ヒト細胞の培地は、まぁ当然細胞の種類によって特別な培地を使う必要がある場合もありますが、HeLaとかHEK293Tとか、飼育が容易でよく使われている古典的な細胞は、基本的にほとんどDMEMと呼ばれるスタンダードな培地での飼育が可能です。

こちらDMEMは、Dulbecco's Modified Eagle's Mediumの略で、日本語でいうとダルベッコ流イーグル培地って感じの、元々イーグルさんが開発した培地をダルベッコさんが微妙に改変して完成させたものですね。

この手の培地はMEMと呼ばれることも多く、その場合Minimal Essential Mediumで「最少必須培地」のこと(=生育に必須な最小限の栄養が入った培地のこと。なお、最小培地と書くことも最少培地と書くこともありますが、文科省は最少、医学系分野では最小と書くことが多いようですけど、意味的には「少ない成分」なので、学校でそう習ったこともあり、個人的には最少培地の方がいいと思えるものの、まぁ(今書いてて思いましたが)「最小限」という意味でなら小さいでもいいかもしませんね)を指し、そしてさらに場合によってはEMEMと書くこともありますが、その場合はEagle's Minimal Essential Mediumで、やはり最初に確立したイーグルさんに敬意を表して、彼の名を最初に冠している、という感じでしょうか。

でもまぁ現在売られているのは、DMEMという名のものが多いかな、という印象です。


さぁ、そのDMEM、お値段の程は、果たしておいくら万円?

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https://us.vwr.com/store/product/18162460/vwr-life-science-dulbecco-s-modified-eagle-s-medium-dmemより

…おっと、なぜかVWRには取り扱いがありませんでした。

まぁ、せっかくだし、国内の業者のを見てみるとしましょうか。

こちら試薬関連国内最大手の和光純薬(…って、和光は、FUJIFILMと提携したんですかね…?!「富士フイルム和光純薬」となっててビックリしました)の価格ですが…

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https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/product/detail/W01W0104-2976.htmlより

500 mL入りで、1300円

安ぅい!!

…って、まぁ500ミリペットのジュースとかと比べると桁違いですが、試薬類の相場を考えると、これは衝撃の安さですね。

実際僕は大学の契約価格で、大体500 mLで800円とかそこらで買えてますけど、研究試薬なんて3桁ドルの商品がほとんどなのに、あまりにも珍しい1桁ドルの商品とか、「タダかな?」と思える安さで、これはやはり、DMEMは圧倒的に需要の大きい商品であることの裏返しなのかもしれませんね。

なお、DMEMの成分はこんな感じですが…

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https://en.wikipedia.org/wiki/Eagle’s_minimal_essential_mediumより

WikipediaではMEMaとなっていますが、DMEMがこれと同じですね。)

…こちらは成分が多いということもありますが、ただ増えればいい大腸菌とは違って、ある程度精密な分析を行いたい実験なので、やはりなるべく条件は同じにしたいこともありますから、プロの作った完全に同じものを用いることが多いと思います。

もちろん自作している研究室も中にはあるかと思いますが(いや、まぁ、普通はないかな?)、DMEMはこの通り価格も激安ですし、市販品を買うことがほとんどですね。


ただし、DMEM以外の、特殊な細胞固有の特別な培地だと、お値段は一気に跳ね上がる印象です。

例えばES細胞やiPS細胞という、何にでもなれる万能細胞があるのはどなたでもご存知かと思いますが、こういう細胞はHeLaやHEKに比べてかなり繊細で、適当に飼うと性質が変わって万能性が失われたりしますから、使う培地選びも重要なのです。

検索したらタカラのカタログというかチラシがヒットしたので見てみると…

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https://catalog.takara-bio.co.jp/CONTENTS/catalog_request/pdf/guidebook_of_medium_for_mesc.pdfより

一番しっかりした条件で厳密に飼える最新版の培地で、200 mLが、7万円!!

高えぇぇーー!!

ま、この手の再生医療に役立つ高級な細胞は、維持だけでもえらいお金がかかるということですが、それだけの価値があるものなので、仕方ないね、その分人類の役に立ってくれるから……という話といえましょう。

(ちなみに10 cmディッシュには培地を10 mLぐらい使いますから、シャーレ1枚飼育するだけで、3500円!高いですねぇ~。)

 

…というところで、ほとんど培地の値段を見ただけでしたが、いい分量になったので、続きのご質問はまた次回にまわさせていただくとしましょう。

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