菌の分裂と、oriについての補足

毎度無駄な前置きも長すぎるので、いただいていたご質問の続きに早速参りましょう。

まずは、前回最後にちょろっと触れていた、いただいていたコメントにあった「1つの細胞が分裂して大きくなっていったものが1つの塊(コロニー)ってことか」というのに対し、「大腸菌1細胞自体のサイズが大きくなることはない点にご注意…」と書いていたポイントについて、改めて追加でいただいていたコメントからです。

Q1. 「分裂して大きくなる」は……例えば元々の大きさが4だったとすると、分裂したら2と2になるじゃろ?その2と2は、元の大きさまで大きくなって4と4になり、そしてまた分裂すると、「2と2」と「2と2」になる、そしてまた元の大きさまで大きくなって4と4と4と4になって、そしてまた分裂する…っていう意味やってんけど、、これはちゃうのんけ??
 もしそうじゃなく分裂を繰り返すごとにひとつの細胞の大きさが小さくなっていくってことなら、一生分裂を繰り返して極小になって困っちゃう気もするけん、やっぱり半分から元の大きさにまで(倍に)は大きくなってるような気がするっちゃけど…

A1.  あぁ、なるほど、「大きく成長していく」という意味ではなく、「元のサイズにまでは戻る」という意味での「大きくなる」でしたか!

それはまさにそうで、大腸菌というのは、分裂後、一定の大きさになったらまた分裂を……と思いきや、割と最近の論文で、「一定の大きさになったら」ではなく、「分裂後、一定の長さだけ伸長したら」というのが大腸菌分裂の条件だったことが分かったみたいですね。

イェール大学の加藤さんによる2015年の論文ですが、数年前まで、一流雑誌に掲載された日本人著者の論文を、その著者自身が日本語で内容を要約してくれるという中々良いコンセプトのウェブサイトがあり(残念ながら既に更新終了)、そこに日本語での解説が掲載されていたのでご紹介させていただきましょう。

first.lifesciencedb.jp
先ほど書いた通り大腸菌の分裂の仕組みについて、「菌が一定の大きさにまで育ったら、そこで分裂が始まる」というのが最も自然でずっとそうだと思われていたわけですが、実際はそうではなく、「分裂後、最初のサイズからある一定の長さだけ伸びたら、そこで分裂が始まる」という仕組みであった(つまり、環境要因などの何らかの違いによる個体差で、同じ大腸菌でも平均よりごくわずか小さいものやほんのちょっと大きいものなんかが存在するけど、そいつらは同じ長さにまで成長したときに分裂するのではなく、それぞれスタート時点から同じ長さだけ成長した時点で、すなわち最初のサイズに応じて、少し違う大きさで分裂する)という、これは非っ常~に分かりやすく面白い研究報告ですね…!

図も引用させていただくと、従来考えられていた、ある長さに達した時点でみんな一斉に分裂する「閾値モデル」(左の図)ではなく、同じ長さだけ伸びた時点で分裂する「定量伸長モデル」(右の図)が大腸菌の分裂の仕組みだった、って話で、これは僕も知りませんでしたねぇ~。

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http://first.lifesciencedb.jp/archives/9643より

ファインマンさんも何かの著作(確かファインマン物理学という、これまた名著の誉れ高い教科書のあとがき)でいってましたが、「私にとって、今でも、教えることが最良の勉強法である」ってのはまさにその通りで、いただいているコメントで僕自身も色々学ばせてもらってる感じですね。

面白い視点のコメント、毎度本当にありがとうございます。


では続いては、もう結構前にしていた話題になっていますが、この辺りの記事(それより前数記事からでしたが)で語っていた、プラスミドのoriと、それらの大腸菌とヒト細胞での存在意義や利用目的について…

(ご質問に関連するポイントのおさらい:プラスミドにあるoriというのは、細胞がプラスミドを安定的に維持するのに必要なエレメント(ここを起点として、プラスミド分子のコピーが作られる)で、これがないとプラスミドが増殖しない(=細胞の分裂とともに、1細胞あたりのプラスミドが減っていってしまう)。
 oriは単なるDNAの4文字が並んだ文字列情報だが、その情報を認識して使えるのは、特定の生物種それぞれのみが固有で、という形になっている。つまり、例えばpUC oriと呼ばれるエレメントは大腸菌のみが使えるもので、これがあると、大腸菌の中でプラスミドが増える(より正確に書けば、大腸菌が分裂するときに、プラスミドも一緒にコピーして増やしてくれる)という感じ(また、oriそれぞれにコピーナンバーというものがあり、1細胞で数分子程度の低コピー数のoriもあれば、1細胞の中に数百分子ものプラスミドが存在することになるハイコピー数のoriもある)。

 シャトルベクターと呼ばれるプラスミドは、複数の生物で使えるよう、その「生物固有のori」が複数乗っているものである(まぁよく「乗っている」と書いてますが、結局プラスミドはDNAの文字列そのものがつながってるだけのものなので、「つながっている」「存在している」とか書いた方が分かりやすいかもしれませんね)。
 しかし、ヒト細胞で使うプラスミドにはしばしばSV40 oriというものが入っているが、これは、ヒト細胞では必要としないことが多い。
 そもそもヒト細胞にはプラスミドを維持する機能が備わっていないので、SV40 oriを使ってプラスミドを安定維持するためには、まずウイルスに感染させてその細胞を「プラスミドが維持できる細胞化」してやる必要があるわけだが、それ以前に、やりたい実験デザイン的に、別にそれは必要ではない=oriは不要であることも多い、といえる。
 また、プラスミドをぶち込んだ後、大腸菌のようにプラスミドが導入された細胞をセレクションする(抗生物質を入れて、サバイバルレースをするなど)的な実験も、しないことが多い。

(また、ご質問は何日かに分けていただいていたもので、続く記事でちょろっと追加で触れていた所なんかもあったりして、やや時系列がバラバラというか、その後既にご質問をいただいていたアンさんご自身の力で解決されていた部分もありますが、初学者が疑問に思いがちな点ということで、順番に取り上げさせていただきましょう)

Q2. うーん…SV40 oriはあるけど要らない理由が、、??一定数に増えない、増えなくていいってことは、コピーナンバーの意味がないってこと??いや、何度読んでも、正直、さっぱりわかんないっすねぇ。

今まで大腸菌でやってたものを、ヒト細胞でやる時のお話、ってことっしょ?Oriの制御がないとプラスミドは徐々に減っていく…?細胞分裂したらなぜ減るんだべや?一緒に分裂して増えるんじゃなかったっけ??それは大腸菌の時だけ?

A2. ヒト細胞におけるSV40 oriは「コピーナンバーの意味がない」というのはまぁその通りで、多くの場合、SV40 oriはヒト細胞にプラスミドを導入する実験ではそもそも必要ない、ってことですね。

(もちろん、ラージT抗原(SV40ウイルスに感染させたら作られるもので、これがあると、ヒト細胞でプラスミドの複製が可能になる)がある細胞にSV40 oriの乗ったプラスミドを導入すれば、細胞内で安定してプラスミドが維持されるようになるので全く無意味ではないですけど、改めて、絶対に必要なわけではない・別になくてもいい、って話だということです。)

結局、目的というか、やってること(やりたいこと)が違うわけです。

大腸菌は分裂と一緒にプラスミドを増やしていってくれないと困りますが…
(その理由も、「そういう設計の実験なので」としかいえない話ですが、プラスミドDNAを増やすのもそうだし、タンパク質も、結局『菌を(ほんのわずかから数十数百億匹にまで)分裂させて、大量に増やすのが目的だから』ってことですね)
…一方ヒトの場合、既に十分な数の細胞が育った所にプラスミドをぶっかけて、「そのプラスミドを取り込んだ細胞が、どうなるか?」を見たいだけのことが多いのです。

つまり、ヒト細胞を用いた実験の多くは、「プラスミドや何か副産物を大量に増やしたい」みたいな目的は一切ないわけですね。

あくまで、事前に大腸菌の力を借りていっぱい増やした結果、手元にたんまりと存在する「興味ある遺伝子入りのプラスミド」を使って、その遺伝子をヒト細胞に導入したときの効果を分析したい、みたいな話になっているわけです。
(要は、大腸菌を使った実験が「材料準備編」、そしてヒト細胞を使った実験が「その材料を使って本当にやりたかった研究編」という感じですね。)

oriの制御がないと、細胞分裂したらなぜ減るか?…という点……結局これは言い換えると「oriがあれば、一緒に分裂して増える」ということであり、それはズバリ、「その性質は、oriの力があって可能になってる話だから」というのがその根源的な理由といえる感じですね。

つまり、細胞が分裂するときにプラスミドも一緒になって増えてくれるのはoriの力によるもので、改めて逆にいえばoriの制御がない場合、細胞はプラスミドをコピーしてくれない(することができない)ということですから、その「oriの制御がない場合」という前提条件においては、大腸菌だろうとヒト細胞だろうと、細胞分裂したら1細胞あたりのプラスミド数はどんどん減っていく一方である、ってことなわけです。
(あぁ、あとポイントは、「1細胞あたりのプラスミド数」ということですかね。最初1匹の細胞に例えば16分子のプラスミドが入ったとしたら、oriの制御がないと、分裂ごとに8と8→4と4・4と4→…と、1細胞のプラスミドが減っていく(合計は16分子のままだけど)という話ですね。
 ただ、現実的にはプラスミドが細胞内で分解されることもあるので、複製できない以上、合計数も減っていく一方ではありますが。)


Q3. あー、なるほど、、シャトルってそういう意味か……つまり、大腸菌で増やしてからヒト細胞に入れることができる=どちらにも対応できるようになってるプラスミドで、大腸菌で作用するOriとヒトで作用するOriが存在する…っちう話でOKってことかえ?

あと、(この記事の)『人間は細胞内にプラスミドを保持する能力がないので、これを行うには細胞をウィルスに感染させなければいけない…』って書かれてあるこの意味やねんけど……保持する能力がないっていうのは、持てないという意味ではなく、ぶち込むために特別なやり方があるよ!って意味で、それはウイルスに感染させる他に、薬を混ぜる方法と、電気ショックを与える方法がある、ってとこにつながるんかな??

それから、光る大腸菌の仕組みのサバイバルゲームがヒトではできないのは……単純に、培地に抗生物質を加えないからなんけ?それとも、プラスミドをぶち込んだ細胞を選別して増やす必要がないから?

う~ん、やっぱり、あともう一歩の所な感じはあるのに、どうにもスッキリ理解できた実感がもてんのがなんともモヤモヤというか、惜しい感じだがね…。


A3. まぁそもそも、oriに関しては明らかに説明不足なので、なかなか理解に至れないのもやむなしといえるかもしれません。

実験デザインや実験の大目的とかにはほぼ一切触れていませんでしたし、そんな説明足らずな状況で、こまごました話のポイントを理解してもらおういうても、そらいけませんよ、通りません、ってなもんですね。

(先ほど2番の回答でようやく多少触れていたものの)結局、色々「??」と思われている点の多くは、やってる実験の目的を明らかにしてないから、そうする(そうなる)理由が不明に感じる、という話に尽きるといえましょう。

その辺の前提条件を踏まえたら大分スッキリと視界がクリアになるのではないかと思いますが、まずQ3の最初の点は、まさにその通りですね。

大腸菌のoriとヒト細胞用のoriの両方をもってるpcDNA3みたいなプラスミドは、大腸菌で使うこともヒトで使うこともできるってことです。

…ただ、ここがややこしいというか混乱の元になってる気もしますが、改めて、ヒト細胞ではSV40 oriはなくてもいいことがほとんどだ、って話もある感じですね。

その理由は、(上でも書いていた通り)ヒト細胞を使った実験は、プラスミドを増やす必要性はなく、もうシャーレの底に十分ビッシリ増えた状態の細胞(=もうほとんど分裂することもない)にプラスミドをぶっかけて、プラスミドをぶち込んだ細胞がどうなるかを見たい…というデザインの実験をすることがほとんどだからです。

言葉だけではあれですし、具体的に、汎用されるヒト細胞へのプラスミド導入試薬・Lipofectamine 2000(名前だけはこの記事で触れていましたが)のプロトコール(実験手順・利用方法)がまとめられた一枚絵をご紹介しましょう(英語版しか見つかりませんでしたが…)。

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https://www.thermofisher.com/order/catalog/product/11668019#/より

最初のステップ1にあるように、培養シャーレの底に、既に70-90%の部分が細胞でビッシリ張り付いている状態のものを用意し、こいつにDNAと試薬を混ぜて5分待ったものをぶちかけて、翌日以降、顕微鏡などで細胞の様子を見たり分析したりする…って形の実験です。

プラスミドをぶち込む時点で、もうシャーレ底面の90%ぐらいの領域が細胞で埋め尽くされているわけですから(経験上、細胞が多いほど上手くいく印象がありますが、まぁ実験材料(細胞の種類や、プラスミドの種類)によりますね)、最早分裂する余裕もあんまりないってことですね。
(だから、別にoriが機能しなくて、分裂するときにコピーしてくれなかろうと、特に何の問題もない、ということ。)


…と、そんな所で、ヒト細胞を使う実験でoriは別になくてもいい(もちろん、別にあってもいいです)理由の一端が何となく垣間見えたのではないかと思います。

結局、ヒト細胞用のプラスミドで重要な要素はoriではなく、ヒト細胞で使うことのできる遺伝子スイッチ(具体的には、CMVプロモーター……これもほとんど説明してませんが、ソーマチン実験の次のステップで、また触れる予定ですね)があること、というのも、抑えておくとよい重要ポイントかもしれませんね。


一方、ご質問に戻ると……『保持する能力がないっていうのは、持てないという意味ではなく、ぶち込むために特別なやり方があるよ!って意味で、それはウイルスに感染させる他に、薬を混ぜる方法と、電気ショックを与える方法がある、ってとこにつながるんかな??』…は……残念ながら、つながりません…!

「保持する能力がない」というのも言い方が悪かったかもしれませんが、ぶち込むことはできるけど、あくまでも「安定的に、例えば細胞分裂をしても子孫にまで受け継がれることができなくなる」ってことで、「細胞の中にプラスミドを入れる(=細胞にもたせる)ことは可能」という感じです。

そして何より、SV40ウイルス感染と、プラスミドの導入とには、ほとんど全く話(実験目的)の共通点がないことにご注意です。

「薬を混ぜる方法」「電気ショックを与える方法」、これらはどちらもプラスミドを細胞に入れるやり方ですが、「ウイルスに感染させる」のは、あくまでも「細胞がSV40 oriを使えるようにしている」だけで、実際のプラスミドを細胞に導入している実験とは一切関係ない手法になってるってことですね。
(「ウイルスを感染させたら、ヒト細胞もSV40 ori入りのプラスミドを安定的に維持・複製できるようになる」だけであり、ウイルスを感染させることとプラスミドを導入すること(=維持や複製ではなく、まずプラスミドを細胞にぶち込むステップ)とは全く別物ということ。)

ややこしいですが、これらは明らかに違うので、↑の話でポイントを上手く判別できるようになっていたら幸いに存じます。


最後、「サバイバルゲームがヒトではできない」というのも、これも、できないわけではなく、できるけど、「普通はしない」というだけな感じです。

その理由(なぜしないか)は、もう何度も同じこと書いていますが、実験の目的やデザインがそれを必要としないから、に尽きますね。
大腸菌の場合、当たりプラスミド入りのコロニーのみを拾って、その菌体だけを集中的に増やす必要があったけど、ヒト細胞では別にそういう実験をしたいわけではないので。)

やろうと思えば当然、プラスミドのもつヒト細胞用の選択マーカー、例えばpcDNAベクターの場合は抗生物質Neomycin入りの培地で、プラスミドを導入した細胞以外には死んでいただくという例の方法もできますが、そもそもLipofectamineを使ったプラスミド導入はまあまあ高い効率なので選別をするまでもないことが多く、しかも試薬の毒性で普通に細胞が結構なダメージを受けて死ぬことも多い(なので、抗生物質を入れて、細胞にさらにダメージを与えたくない)うえ、再度改めて、実験デザインが「プラスミドを導入された細胞がどうなるか」を見られるようにしてあることも多いので(例えばプラスミドに蛍光タンパク質を仕込んでおいて、導入されたら光るみたいな)、あえてサバイバルゲームなんてしなくてもOKになってる、って感じなわけです。

 

…うーん、はっきり言って結局冗長な説明で(そのくせ説明不足な部分もまだ目立つ)、あんまりモヤモヤを晴らすほどクリアな解説になってなかった気もしますが、1つでも「あ、な~る」と思えていただけた所があれば嬉しい限りですね。

とりあえずまたソーマチン実験のステップを進めて、改めて疑問点をいただいたらバシバシ振り返っていくことにいたしましょう。

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