DNA・遺伝子・染色体・ゲノムの話から次のステップへと進む前に、いただいていた質問を消化しておくとしましょう。
こないだも触れていたこちらの記事(筋ジスとか、血液型とか)を受けて、毎度とてもご丁寧でありがたいコメントをいただけるアンさんから、
「50599塩基のDNAを細胞に取り込ませてやると、ALDH2のタンパク質がポコポコ作り出される…」ってところ……DNAを細胞に取り込ませる??え?どーやって?材料となるアミノ酸はどこから?
みたいな質問が届いていました。
これ、実際自分で書いてて、「いやこんなこといわれても、何のこっちゃ分からんかもだなぁ」と実は感じていたところだったので、ご質問いただけてありがたいポイントです。
(あぁちなみにどうでもいい点ですが、ALDH2の遺伝子の長さ、12番染色体の111766933から111817532番目なんですけど、引き算した後に1足すのを忘れていたので『50599塩基』と書いてしまってましたが、正しくは50600塩基でしたね(例えば「1から3番目の塩基」だったら、この遺伝子の長さは当然3塩基ですが、計算する上では3-1=2に1を足さなければいけなかったわけですね。長さの数え方の基本といえましょう)。
うっかりで、記事公開時は50599塩基と表記してしまっていました。どうでもいいにも程がありますが、お詫びして訂正させていただきます(既にしれっと訂正済みではありましたが)。)
話をご質問の方に戻すと、まず、「DNAを細胞に取り込ませる」という描写で、僕自身が思い浮かべていたのは、シャーレで培養している細胞でした。
「細胞を培養」というと、何となくこういう、SFでありそうな、べジータが入ってそうな培養槽みたいなの↓に、(流石に人間ではなくとも)脳や細胞の塊みたいなのがプカプカ漂っていて、毎晩マッドサイエンティストがニヤニヤしながら語りかけたりいじったりしてそうなイメージかもしれないのですが…
現実には残念ながらここまで凄いものは存在しないですね。
具体的には、普通にしょぼいプラスチックのシャーレを使い、赤く色が付いてることの多い液体培地(栄養満点・生理条件に近い、赤いポカリみたいなものでしょう)の中に細胞を播いて、シャーレの底=平面上で増やすのが、世界中で最もよく行われている細胞培養となります。
文字で書かれてもあんまりイメージしづらいので、写真があれば一発ですが、あんまり分かりやすい写真ではなかったものの、毎度おなじみ、頼りのWikipedia先生から抜粋させていただきましょう。
こういう丸型シャーレや、場合によっては6穴プレート(1つのプレートに、6つの部屋があって6種類の実験が可能)とか24穴プレートとか、数をさばきたいときには96穴プレートとかを使うこともありますが、そんな感じのプラスチック容器に培地を満たし、これを37℃に保たれる培養器の中に置くことで、じっくり細胞を飼うのです。
しかし、このタイプの培養のやり方だと、どんな細胞でも育てられるのではなく、基本的に、シャーレの底にピッタリと張り付いてくれるタイプの細胞が飼われることが多いです。
具体的には、世界で最も使われている、最も歴史の古い培養細胞の一例として、HeLa(ヒーラ)と呼ばれる、60年前(1951年)に亡くなった黒人女性の子宮頸がんから分離された、不死化している細胞(つまり、がん細胞)なんかが挙げられますね。
ja.wikipedia.org
Wikipediaにもちょうど写真がありましたが、こういう↑、ちょっと丸みを帯びた三角形みたいな細胞が、シャーレの底にペタリと張り付き、増え続けるのです。
世界で一番著名な細胞バンク、ATCC(American Type Culture Collection)にも、より分かりやすい写真があったので、抜粋させていただきましょう。
ちょうど、左の「薄い密度」の写真から、一晩ぐらい経ったら、右の写真みたいに増えてる感じです。
もちろんこれは顕微鏡で見た写真で、実際肉眼だと、ここまではっきりは見えません(が、増えたらもちろんシャーレ表面に細胞が存在することは確認できます。透明なプラスチックが、汚れの付いたプラスチックみたいになる感じですね)。
HeLaのサイズは0.004 cm程なので、(肉眼では)1細胞を区別してみることはできないけど、集合体としては存在を視認できる、って感じです。
前述の通りHeLaは不死化した細胞なので、提供者の黒人女性(ヘンリエッタ・ラックスさん、イニシャル2文字ずつを取ってHeLa)はとうの昔に亡くなっているけれど、世界中のいたるところ(研究室)で、HeLaは永久に生き続けることでしょう。
「いやいやちょっと待て、不死化って何だよ、現実的にできるわけないだろ?」…と思われた方がいるかもしれませんが、実は、1細胞レベルなら、現実的にも余裕で可能だし、下手したら誰でもなっちゃう可能性があるのです。
不死化細胞、それすなわち、がん細胞のことなんですね(まぁもう上でちょっと書いてましたけど)。
詳しくはハショりますが(多分またいつか、触れる機会があれば…)、細胞が分裂・増殖するために必要な「タガ」が外れて、無尽蔵に増えまくるのががん細胞の特徴なんですけど、当然、人間の体の中にできてしまうと、あまりにも無節操に狂ったように増え続けてしまって、やがて完全にコントロールがきかなくなり、がん細胞に蝕まれた結果、個体としては死亡してしまいますが…
(「必要なタンパク質を、必要なところで必要な量作る」みたいな、全身のあらゆる細胞を緻密なコントロールがなされているのが生命です。それができなくなったら、摂った栄養が全部がん細胞が増えるのに使われてしまって、生命維持に必要なものを作れなくなっちゃうんですね。
その結果、食べ物を消化したり、筋肉を動かしたり、免疫系を維持したり、ものを考えたりすることもできなくなるなど、全体的に衰弱してしまいますから、自分本体は死んでしまい、結果、栄養補給もされなくなってしまった結果がん細胞自身も死んでしまうという、「マジで何なんお前?」というクズのような存在が、がんなのです。)
…HeLaなどの培養細胞に話を戻すと、これもがん細胞の一種ですから当然無尽蔵に増えはしますが、シャーレが埋め尽くされる前に、また次のシャーレにちょうどいい濃さになるように播き直してやれば、永久に増やせるわけですね(何せ不死なので)。
まぁあくまで、「条件さえ整えば不死」であって、栄養が完全に枯渇とか、生きられない悪条件(100℃とか、酸素濃度が0とか)下とかだと普通に死にます、というのが注意点かもしれませんね。
とにかく、そんな感じで増やすことにかけてはいくらでも可能なので、HeLaは世界中の研究室で、今日も元気に日々ちょうどいい環境が保たれるように、培養され増やされつづけているという感じです。
で、ご質問の「DNAを細胞に取り込ませる?どゆこと?」という話ですが、要は、こういったシャーレ表面にくっついて生きているHeLa細胞とかに、ALDH2の全長遺伝子DNAを入れてやれば、ALDH2タンパク質がポコポコ作られる、ってことですね。
…って大して説明になってませんが、当然、HeLaは細胞であり、細胞は膜に囲まれていますから、DNAをふりかけても、そうやすやすと細胞内に取り込まれることはありません。
細胞に外からDNAを取り込ませてやることをトランスフェクションというのですが、トランスフェクションには大きく分けて3つぐらいのやり方があります。
…って、こんなのあまりにも細かすぎる話なんで具体的に書く必要なんてないかな、って気もするんですけど、まぁ気になる方もいらっしゃるかもしれないので、軽~くサラッと、さわりだけ触れてみるとしましょうか。
1つは、お手軽なので一番よく使われている方法、DNAを特別な試薬と混ぜて、細胞膜を通過させてあげるやり方です。
DNA自体は膜を通れないんですけど、特別な薬品と混ぜて、5分とか待ってから細胞にふりかけてやればアラ不思議、たったそれだけで、スルスルっと細胞膜を通れるような形になるんですね!
各社、効率のよい試薬を、日々しのぎを削って開発し続けています。
有名な商品としては、例えばLipofectamine 3000というのがありますが…
www.thermofisher.com
0.1 mL、つまり、1滴かそこらで、お値段なんと約7000円…。
まぁ、大学は試薬企業と契約かなんかしているので、大学から買えばもっと安いのですが、化粧品もビックリの値段ですね。
しかし、試薬類の相場ってのはこんなもんです。ごく微量で、1万円超えとかも余裕であります。
2つ目は、細胞に電気ショック!
まさかの、細胞に電気パルスを加えて、強引に膜に一時的に穴を開けてDNAを流し込むという、パッと聞きメチャクチャな方法ですが、割と歴史もあってDNA導入効率も高い、結構使われる方法です。
もちろん、細胞用の、専用電気ショックマシーンが存在します。
3つ目は、ウイルスに自分の望みのDNAをもたせて、細胞をウイルスに感染させるというやり方ですね。
これはまぁ、ウイルスって何?みたいな話にもなるんですが、今一番話題のものですし、何となくのイメージはどなたでももたれていることでしょう。
ウイルスというのは、簡単にいえば、細胞よりずっと小さい、DNAを生きた細胞に流し込むだけに特化した物体(顕微鏡写真では脚っぽいものとかもあるし、生き物っぽいんですけどね。基本的には、ウイルスは生物ではないとされることがほとんどです)ですが、毒性をなくしたウイルスに、自分の興味あるDNAをもたせて、感染させる…みたいなやり方でも、極めて効率よくDNAの導入が可能であり、これも実験室ではよく行われています。
まぁどうでもいい区分ですが、1つ目が化学的(化学物質で、DNAが膜を通りやすいように変化させる)、2つ目が物理的(強引に穴あけ!)、3つ目が生物学的(細胞をウイルスに感染させる!)やり方という感じで、色々なやり方が、特にここ数十年で、たうさんの偉い人たちの手によって開発されているというわけですね。
ちなみにご質問の「アミノ酸はどこから?」というのは、当然、培地に含まれる栄養分からですね。
栄養がなければ、当然、がん細胞だって生きることはできないのが自然界の掟です。
ただ、こないだの記事では、「ALDH2の遺伝子全長を導入すれば、ALDH2タンパク質がポコポコと作られるでしょう」と書きましたが、同時に、「細胞によっては、遺伝子のスイッチONが入らず、あまり効果的に作られないかもしれませんね」とも書いていました。
これに関して、NCBIのデータベース「Gene」で調べてみると、ALDH2の生産力は…
HeLaの由来であるuterus(子宮:右端)では、ゼロではないけれど、すこぶる低いですね(もちろん、liver(肝臓:一番高いデータ)で圧倒的に生産されていることが分かるかと思います)。
まぁHeLaは子宮頸がん由来ですが、長年培養されまくって、最早本来の性質を失っているものも目立つ…などといわれており、多分、導入したら、HeLaさんのことですから何だかんだポコポコ作ってくれるような気はしますすが、それは実際やってみないと分かりません。
(また、Wikipediaにもある通り、HeLa細胞は提供者ヘンリエッタさんの許可を得ておらず(大昔だからこその、ゆるゆる適当さの事例ですね)、遺族とトラブったり、倫理的にもどうなんだ、といわれることもあるので、HeLaを使うのは避ける研究室も案外多いです。)
現実的には、そういう「入れる細胞で目的のタンパク質が作られるか分からない」という問題がないように、実際に導入する遺伝子のスイッチ部分は、常に全力ONになるもの(制御無視でタンパク質を作りまくる、ウイルス由来のスイッチとか)をつなげることがほとんどです。
(スイッチだけはウイルス由来で、タンパク質のレシピは目的のものという、人口DNA)
実際僕もそんな実験をよくやってますが、細胞を飼ってると、ふと愛着のようなものが湧いたり……は全くしないですね(笑)。
増えすぎたらいけないので、大体数日に1回播き直しをする必要があるなど、ひたすら面倒くさいだけですが、それだけ生命科学系の研究をするには欠かせない実験材料だ、という感じといえましょう。
…といったところで、細胞培養のさわりだけお伝えしましたが、雰囲気だけでも伝わっていれば幸いです。
(記事アップ後、改めて自分で読み直してみましたが、大分専門チックな感じが過ぎる話で、ちょっと微妙だったかもしれませんね…。)
特に他の話とつながるわけでもないので、これはこれとして、また少しずつ話を進めていくとしましょう。
次回は、こないだの補足でまた触れ忘れていた点がいくつかあったので、補足の補足から始めてみようかと思っています。