Youtube動画の力をお借りして、フェノクロ・エタ沈という生命科学系実験の基本中の基本にして最もよくやられるレベルの実験手法を一通り紹介していました。
一部補足したい部分もあったっちゃあったので、(画像は省略して)キャプションについていた説明文だけを残す形で、全体の流れを再掲するといたしましょう。
(前後を少し省いた所とかで流れ的に必要な部分は、数字の後に適宜必要な点を追加しました)
1. サンプル=細胞懸濁液を用意する
Add 700 μl lysis buffer into cell pellet and resuspend cells
=700マイクロリットル(0.7 mL)の溶解液を細胞のカタマリに加え、細胞を懸濁する
2. フェノクロ溶液を加える
Add 700 μl Phenol/Chloroform/Isoamylalcohol (25:24:1)
=700マイクロリットル(0.7 mL)のフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(25:24:1の比でミックス)を加える
3. よく混ぜる
Mix well
=よく混ぜる
4. 遠心分離する
Centrifuge at 13000 rpm for 10 minutes
=1万3000 (回転/分) で、10分間遠心する
5. 上層に来たDNAを新しいチューブに移す
Pipet aqueous phase into a new tube
=水層を新しいチューブにピペットで移す
6. フェノクロ処理を繰り返す(ステップ2-5)
Repeat [Add phenol/chloroform/isoamylalcohol into aqueous phase → Centrifuge → Collect aqueous phase] steps for 2 times
=「フェノール/クロロホルム/イソアミルアルコールを水層に加える」ステップを2回繰り返す
7. DNA水溶液にクロロホルムを加える(当然、混ぜて遠心までがワンセット)
Add 700 μl chloroform
=700マイクロリットル(0.7 mL)のクロロホルムを加える
8. 上層にあるDNAを新しいチューブに移す
Pipet aqueous phase into a new tube
=水層を新しいチューブにピペットで移す
(以下、いわゆる「エタノール沈殿」の工程)
9. 塩を加える
Add one tenth volume of 3 M NaOAc
=1/10の量の、3 mol/L 酢酸ナトリウムを加える
10. エタノールを加える
Add two volume of 100% EtOH
=2倍量の100%エタノールを加える
11. よく混ぜる
The DNA start to precipitate immediately, after mixing
=混ぜたら、DNAは直ちに沈殿し始める
12. 冷やす
Precipitate DNA up to 1 day at -70℃
=DNAを-70℃で、1日かけて沈殿させる
13. 遠心してDNAを沈殿させる
Centrifuge at 13000 rpm for 30 minutes at 4℃
=1万3000 (回転/分) で、4℃に冷やしながら30分間遠心する
14. 上清(DNA沈殿以外の液体全部)を捨てた後、70%エタノールでリンス
Wash by 70% EtOH
=70%エタノールでウォッシュする
15. 再度遠心する
Centrifuge at 13000 rpm for 10 minutes
=1万3000 (回転/分) で、10分間遠心する
16. 乾燥させて、純品DNAゲットだぜ!
Air dry
=風乾させる
…という流れでしたけど、お気づきの方もいらっしゃるかもしれない(というか誰でもそう思う(笑))話として、結局、
「ピペットを使って何か液体を加えて、混ぜて、遠心する(次に使うのが「上清」か「沈殿」かという違いはあれど)」
…ってことしかしていないんですが、ぶっちゃけ実際、分子生物学実験なんて9割方「ピペットで混ぜて遠心機で回す」ことをやってるだけの、クッソしょうもない作業でしかありません(笑)。
とはいえまぁ、フェノクロ・エタ沈は幸い「目で見える」ものの、各種酵素反応とかは目で見えないことも多く、きちんと「自分が今何をやっているのか」を理解&把握して、何が起きているかイメージしながらやらないと普通に失敗することが多いとも言えるので、まぁそんなに「幼稚園児でもやればできる」って程でもないわけですけれども、とはいえまぁしっかり書かれた実験手順(一般的に業界では、実験手順のことを「プロトコール」と呼んでいます)があれば「プロトコルに従うだけでできる」ともいえるので、数学の問題を解くのは言うに及ばず、生命系の実験は、物理・化学実験とかよりも易しい…というか結果は得やすいといえるかもしれませんね。
ステップ4の「フェノクロ処理時の遠心」が、絶対10分も要らない……とか、そういう細かい点の補足もしていこうと思っていますが、今回は時間がないこともあり、1つ、「このプロトコルでは触れられていなかったけど、よくやられるオプションステップ」だけ見ておこうかなと思います。
それが後半の、エタ沈の最初であるステップ9、「塩を加える」部分で、まぁこの実験ぐらい大量のDNAを扱う際はスキップするのが普通なのですが、前回もチラッと書いていた通り、分子生物学実験ではごく微量のDNAを扱うことも多く、下手したら遠心してDNAを沈殿として底に沈めた後でもほとんど見えないこともあるのです。
そんな時のためにこの世の中には便利なアイテムが存在しまして、それがズバリ、「エタ沈の相棒」といえる、商品名「エタチンメイト」で知られる(まんますぎる名前ですけど(笑))、いわゆる共沈剤!
まぁ「エタチンメイト」はニッポンジーン社の商標だと思いますし、「エタ沈」なんて日本語込みの言葉ですから日本でしか売られてないと思いますけど、僕は大学院時代、最初の頃は使ったことがなかったんですが、途中から加入された新しい助手の先生に薦められて使ってみた結果、非常に気に入ったという思い出のある優れものなのです。
上記商品紹介ページの「特長」欄にもありますけど、このエタチンメイトはDNAと絡み合うことでより大きな沈殿を形成することが可能であり、もちろん見た目が分かりやすくなるのみならず……
…あくまでエタ沈は「塩析」という反応が起こって「水に溶け切れなくなったDNAが沈殿として現れる」ものであり、必ずしも溶液内に存在する全てのDNAが沈殿してくれるわけではないのですが、この相棒を使うことで、より積極的にDNAが相棒に絡んで複合体を形成し、圧倒的にDNAの回収率を上げることが可能なんですね。
貴重なサンプルでDNA量が著しく少ない場合、エタチンメイトのあるなしでは目に見えて次に行う下流の実験結果が変わったりするものです。
(実際は、目に見えなくてもちゃんとDNAは沈殿されているものであり、人によっては「エタ沈メイトなんて使うのは邪道だ、そんなものに頼るな」という硬派な先輩もいましたが…)
そして、これは前回「このステップは不要です」と書いていた通り、別にエタチンメイトを加えなくてもそもそも要らないのですが、「塩とエタノールを混ぜた後、沈殿を形成するために低温で結構な時間待つ」というステップが完全に不要であり、当時学生だった僕は律義に毎回冷やしていたので、「うおぉ~冷却&待ちステップが要らなくなるのか、これは便利!」と思っただけではなく……
もちろん特長欄に挙げられている「酵素反応を阻害しない」というのも重要ではあるのですが、ここには挙げられていなかったものの確か他のマニュアルだか宣伝ポスターだかには書かれていたのが記憶にある点として、
「エタチンメイトと一緒に沈殿させた方が、沈殿を水に溶解する際、より簡単に溶かすことが可能」
という話もありまして、最終ステップで乾燥させたDNAは、乾燥させすぎると溶かすのがかなり大変になるという特徴がありまして…
(なので、多くの実験書では、「完全に乾燥させないこと。ある程度乾かして、エタノールさえ飛ばしたら、沈殿がまだ湿っている内に速やかに溶解すべし」という補足が書かれていることがほとんどです)
…その「溶解させやすい」という点も、大量のサンプルを抱えている場合ついつい乾燥させすぎてしまうこともある下手な学生としては、「回収量を増やせるだけじゃなく、水にも溶かしやすくなるの?!神かよ、いい点しかないじゃん」と感動し、以後エタチンメイトメイトになったぐらいですが(別にそこまではなってませんが(笑))、実際、エタチンメイトを使うことによる実験上のデメリットはほぼ存在しないと思われます。
明白なデメリットは、「コストがかかる」ことのみで、上記ニッポンジーンの公式ページには値段がなかったので、販売業務も行っている和光純薬・富士フイルムのページを参考にしてみますと…
…ズバリ0.02 mL(=ほんの数滴程度)で3200円、その10倍0.2 mLだとお買い得1万6000円とのことですが、容量から考えると化粧品もビックリな高さですね(まぁ試薬ってのはそんなもんですが)。
とはいえ僕は卒業してこちらに来るまで知らなかったのですが、エタチンメイトってのは自作可能でして、実はこいつは分子としては「LPA (linear polyacrylamide)」(直鎖状ポリアクリルアミド)と呼ばれるもので、何気にアクリルアミドって生命科学実験で使いまくるものなので(ずっと前見ていた、電気泳動で使うゲルですね↓)…
…初めて知った時は「お前だったのかよ、メイト!」と感動を覚えたものですけど、大抵の試薬がそうであるように、自作すれば普通に、10 mL、20 mL、下手したら50 mLとかを安価に容易に作れまして、一度作れば一生もつぐらい大量にできるレベルであり、下手したら数百万円分ぐらいのものを数百円ぐらいのコストで作製可能なのでした、エタチンメイト、ぼったくりすぎワロタ(笑)。
なお、実際のレシピ(LPA作製プロトコール)なんかは、こちらが参考になります(↓)。
まぁでもアクリルアミドも毒劇物指定されましたし(重合したポリアクリルアミドなら、毒性はなくなるのですが)、アクリルアミド粉末を持ってない研究室なんかだと、メイトを買った方が早いのかもしれません。
(1回に使うのは、2-3 μL(=0.002ミリリットル)程度で、多少高くても市販品でさえ長持ちしますしね。)
あと他には、色素付きでより見やすくなったメイトさんなんかも存在しており……
…時間が無くなったのでまた次回触れようと思いますが、僕は使ったことはありませんけれども、色があると実験も楽しくなるかもしれませんね(時間切れにより、雑すぎる感想(笑))。
では次回また他の部分の補足についても見ていこうと思っています。