何かもう最近はこんなネタばっかりですが、前回の記事でパーソナルスペースうんぬんのコメントに触れていた時に、ふと「その辺しっかり調べた論文とかないのかな」と気になりまして、ちょっと調べてみたのです。
…ぶっちゃけあんまり面白いネタはなかったんですけど、調べながら、「そういえばこないだ浮気遺伝子どうこうとかも書いてたな。ネタもないし、もうちょい深入りしてみるべ」と思い立ち、今回脱線ネタの第一弾として、まずはそちらの不貞遺伝子的な話に逸れてみると洒落込みましょう。
結構面白そうなネタでありながら、正直あんまり大したことないしょうもない話かもしれませんけど、僕も初見でしたし、恐らく「へぇ~」ぐらいはあるのではないかと期待したい所ですね。
…と、いつも無駄な前置きが長すぎるのでとっとと本題に入ると、こないだは「浮気遺伝子」としてDRD4(ドーパミン受容体)なる遺伝子を紹介していましたが、似たようなことが報告されている遺伝子は他にもあるようでして、「不倫遺伝子」などとも呼ばれるのがこちら、AVPR1A(バソプレシン受容体1A)という遺伝子!
(まぁ英語的にはどちらもinfidelity gene(フィデリティとう単語は、生命科学ですと酵素の正確性とかでよく出てくるので、それに否定を意味する接頭辞in-がついた形は個人的に「不正確」とかそんな印象でしたが、この単語は基本的には「不誠実」とかそんな意味で、いわゆる浮気・不倫の意味合いが第一に来る言葉のようですね)と呼ばれるのであまり差異はないものの、意味合い的にはDRD4が浮気遺伝子、そして今回のAVPR1Aが不倫遺伝子というのが、日本語的にはまあまあ実態に近いかもしれません。
…いや、正確には、不倫遺伝子というより「結婚したくない遺伝子」の方が近そうですけどね(笑)。詳しくは後述……)
まずバソプレシン自体は、高校生物でもホルモンの章で習う物質だと思いますが、こいつは水の再吸収(=尿が少なくなる)や血圧上昇の役割がある小さなタンパク質ですけど(参考:Wikipedia)、今回登場するのは、その「受容体」ですね。
つまり、そのバソプレシンをキャッチして、実際に「腎臓で水を再吸収しよう!」「血管をギュッと縮めて血圧アップ!」などの命令を細胞に伝えるのが、今回のネタの主役である遺伝子ですけれども、まぁあんまりそれと不倫とは関係なさそうなので、その辺の細かい本来の機能みたいな話はどうでもいいでしょう。
(単に、なぜかは分からないけど、この遺伝子のちょっとした違いが、人間のパートナー選択といった社会行動に影響を及ぼす、という面白い話ってことですね。)
まずこの遺伝子で特に有名な結果を報告している2008年の論文がこちら…
www.ncbi.nlm.nih.gov
ズバリ、『AVPR1A遺伝子の違いが、人間の「夫婦の絆」に関する行動に影響している』みたいな感じのお話です。
流石にこの辺は割と自分の専門に近いので(研究内容が近いということではなく、生命科学という広い意味で、ですけど)、油断すると正確性や厳密性を重視したクッソおもんない話になってしまいがちなんですが、そんな深い部分までこだわる方もいらっしゃらないでしょうし、なるべく細かい点は気にせず、パッと見で何のこっちゃ理解できる分かりやすい話をしていきたいですね。
まず、このAVPR1A遺伝子(アルファベット・横文字の名前だともうそれだけでイヤになるので、以後「嫌婚遺伝子」とでも表記しましょう)には、個人個人で微妙~に違う中身になってる部分があることが知られていまして(改めて、遺伝子ってのは結局A, C, G, Tの4文字が沢山並んだものに過ぎませんが、その文字の並びが少しだけ違うということ)、こないだの浮気遺伝子同様、こちらもちょうど「繰り返し配列」と呼ばれる部分に微妙な違いが存在しています。
まぁ詳しく書いても「なんソレ」って話かもですけど、ちょっと広げてみたいので触れてみると、この嫌婚遺伝子の中には、RS1(繰り返し配列1)という名の「GATA」という4塩基が14回繰り返された配列(=56塩基ですね)とか、RS3という名の、「(CT)4-TT-(CT)8-(GT)24」という、やや複雑な合計74塩基からなる繰り返し配列などが知られているのですが、今回はその繰り返しの回数や、わずか数塩基の微妙な違い・バリエーションが結婚生活に影を落としているという、面白い形になっているようです。
なお、この研究ではツインリサーチ(双子研究)と呼ばれる形の実験・調査が行われているのですが(詳しくは省略しますが、双子を使うことで、何かの結果が遺伝的な要因か環境要因かを上手に見極めやすい、ナイスな実験)、同性の双子を比較することで、この嫌婚遺伝子の繰り返し配列にある「微妙な違い」の内、上述の「RS3」が他とは異なる「男性」で、明らかに「夫婦の絆」に差が見られた……という面白い結果が得られました。
(逆にいうと、RS1とかは、もちろんそこも配列自体は個人個人で結構差があるんだけど、その違いと夫婦の絆とに明白な関連性は見られなかったし、女性の場合は、たとえRS3が違っても、特に夫婦の絆の差は見られなかった、ということですね。)
また、一口に「RS3の違い」といっても色々なパターンがありまして、この研究ではどのパターンで「結婚するのやーやーなのっ!」マンが誕生するかまで調べてくれています。
それがズバリ、こちら表2にまとめられている通り…
まぁこんな表を見ても何のこっちゃよぉ分からんわけですが、一番左側「320」「330」…といった数字が並んでいるのが、その「微妙な違いのパターン」で、単に違う配列ごとに特定の名前が付いているだけですね(違う名前は、全部微妙~に違う配列ということ)。
そして、Freqがそのパターンの遺伝子をもつ人の頻度(Percentが当然「%」ですね)で、その横からは「夫婦の絆テスト」の結果を統計処理した数値が並んでいますが、ここで分かりやすくて注目すべきは、一番右にあるP値でしょうか。
P値というのは、「その違いが、偶然の結果生じた確率」を意味するものでして、例えば一番上の「遺伝子パターン名320」のPは0.24となっていますが、これはざっくりいえば…
「このパターンをもつ人は、それ以外の人と比べて、多少は夫婦の絆の考え方に違いがあった。しかし、その差はたまたま偶然かもしれない。偶然その違いが見られた確率は、24%」
…ということを伝えてくれていまして、まぁ、約1/4の確率で、もしかしたら偶然偏っただけかも…という感じですから、流石にこれは、やはり中々「絶対そうなんだ。このパターンの遺伝子をもつと、夫婦の絆が崩れる!」と断言・信用することはできないといえましょう。
それを前提に下まで見ていくと、傑出してP値(=偶然の確率)が小さいやつがいるじゃあないですか。
そう、遺伝子パターン334という名のこれ、この遺伝子をもっている人は…
「もたない人と比べて、夫婦の絆に大きな違いがあった。この違いがたまたま偶然何かの偏りで発生した確率は、P<0.0001、すなわち0.01%未満」
…ということで、流石に、これだけ明らかに違うと、科学的・統計学的に「原因は…こいつや!」と断言しても構わないといえるわけですね。
(…って、結局多少データ解釈の細かい説明もしちゃいましたが、まぁその辺はどうでもいいでしょう。
偉い人が調査し、分析をした結果、RS3という繰り返し配列部にこの遺伝子パターン334を持つ人は、どうやらそうじゃない人と比べて、明らかに「結婚するのやーやーなのっ!」マンが確実に多く存在するようです、ということが判明した……というそれだけですね。)
具体的な結果が、表3でまとめられていました。
結果を見る前にまず、以前、もうずーっと前、何度か遺伝学のお話で書いていましたが、人間は父由来・母由来で、「同じ遺伝子を2つもっている」という話でした。
なので、この嫌婚遺伝子も当然誰でも必ず2つもっているわけですけど、いうまでもなく、「遺伝子パターン334」をもっている個数は、この地球上の全員が、0~2の3パターンに分類されるわけですね。
0は父母どちらからもパターン334を受け継がなかった、1つもっているのは父母どちらか一方から受け継いだ、2つもっている場合は父母両方から受け継いだ、って形です。
で、結果を見ると、まず最初の「夫婦の絆スコア」(まぁこれがどうやって算出されたのか詳しくは見てませんけど、アンケートや実際の浮気行為の経験などで確かめられたのでしょう)は、遺伝子パターン334が多くなればなる程下がっており、このパターンを多くもつ人ほど、夫婦の絆がユルユルになることが示されているようです。
続いてその下の「過去1年間で、離婚の危機はあった?」という質問に対しては、遺伝子パターン334を0または1つしかもたない男性は、離婚危機に瀕した割合が15-16%だったのに対し、両方の遺伝子がパターン334である男性は、なんと、34%が結婚生活が破綻しかけたという体たらく!
「…いや、そもそもこのグループは結婚してる人が少ないし(Yes/No合わせて、たったの41人。一方334が0グループは、550人もいた)、その程度の違い、そんなの別に偶然じゃないの?」と思われるかもしれませんが、そこは、ちゃんとP値が0.008なので、
「偶然、たままたこの結果になる確率は、0.8%」
と、流石に偶然ではこういう偏りは発生しないことが科学的に示されている感じなわけですね。
(基本的に、多くの研究では、Pが0.05とか0.01を下回れば『統計学的に有意に正しいといえる違い』とみなすことが多いです。)
そして一番下の「結婚:(結婚せずに)同棲」の割合も、遺伝子パターン334を2つ保有するグループが、他より2倍程度も(他が同棲割合16-17%に対し、このグループだけ32%)同棲割合が高いということで、まさに、データで、この人たちは「結婚したくない気持ちが強い」ということが明白に示されているということですね…!
…という感じで、嫌婚遺伝子という名前もまさにピタリ(不倫遺伝子より、やっぱりそっちの方が合ってそうでしょうか)で、このAVPR1A遺伝子のRS3という繰り返し配列領域に、334番という名前の配列をもつと(特に、自分のもつ遺伝子2つともがそうだと)、特定のパートナーと結婚で縛られることを嫌う、自由奔放マンのできあがりということが強く示唆されているという形ですね。
(ただしあくまで、「傾向としてそう」であるだけで、例外なく絶対に結婚しないかというともちろんそんなこたぁないのは、言うまでもありません。
改めてただし、この遺伝子をもつ人は、恐らく他の人より心の中では「結婚したくない」という気持ちを強くもつのかな、ということは推測できる感じですね。)
なお、さっきからずっとよぉ分からん番号呼びをし続けていましたが、「その遺伝子パターン334とやら、具体的にはどういうものなんだよ?!」と気になる所ではないかと思いますけれども、ゲノム時代の今、そんなのはもうすぐに分かってしまうのです。
まず、そもそもRS3がどこに存在するかというと……早速、ゲノムブラウザーで調べてみましょう。
今回は、簡易ビューアーですが、アクセスが簡単なNCBIのヤツを使ってみると…
www.ncbi.nlm.nih.gov
上記NCBIのGene(遺伝子)データベースページより、下の方にあるゲノムビューアーのスクショですが…
これが、AVPR1A遺伝子の場所です。
ヒトには23種類46本の染色体があるわけですけど、AVPR1Aは、一番上に「Chromosome 12」とあるように、12番染色体に存在する遺伝子なんですね。
で、例のRS3の繰り返し、具体的に1文字ずつ書き下してみると、
CTCTCTCTTTCTCTCTCTCTCTCTCTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGT
…という形になりますが、この文字列でこの12番染色体を検索してみると…
ちゃんとヒットしてきましたね!
先ほど1枚目のスクショと比べ、かなりズームインした表示なので、1文字ずつの配列が確認できます。
まぁこのデータベースに登録されていたのは、最後のGTの繰り返しがちょっと少ないパターンだったんですけど、(ちょっと違いはあれど)ちゃんとRS3が存在する人の遺伝情報だった、ということですね(改めて、この領域にはかなりの個人差があるわけです)。
(…と、もうちょい色々ゲノムブラウザー・ビューアーで分かることに触れようと思ってましたが、その辺はやっぱりつまんないにも程があるのでやめときましょう。)
で、問題の「334」パターンの配列ですが、こちらもしっかりとデータベースに登録されていましたよ!
www.ncbi.nlm.nih.gov
↑のページにある通り、この「遺伝子パターン334番」の実際の配列は、
CACTTTTTAGAATCCAGTACACTCTCACTTTCTCTCTCTTTCTCTCTCTCTCTCTCTCTCTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTGTAG
…で、これをオリジナルのRS3配列と比べてみると…
なんと、違いはたったの2塩基!!
(*印がない部分ですね。)
ごく一部、たった2箇所のGTがCTに変わってしまっただけで、いきなり「結婚とか、したくねーし…」という性格になるとは、人間も面白いもんですねぇ~。
ちなみに、記事タイトルでは「原因を探ろう」などとしましたが、一応原因はこの遺伝子の中のたった2つの文字が違うことなわけですけど、「それがなぜ嫌婚につながるか」は、現状全くもって不明ですね。
統計的には明らかに違いが生まれるようですが、その理由はまだ謎のままの、人間の不思議&人体の神秘という感じでしょうか。
なお、僕自身の遺伝子は、これはもうどう考えても、334パターンの保有数はゼロであると思われます。
…ま、口でなら何とでも言えるわなって話かもですけど(笑)、やっぱり自分の性格的に、一人の人を愛するタイプ&結婚も、機会に恵まれずに未だ独身こじらせてますけど、普通にしたいと思う考えの持ち主なので、ほぼ間違いなく僕は334非保有者ですね。
もちろんこれも、自分のDNAを採取して、PCRかけてシークエンスを読めば一発でばっちり分かるんですけど、まぁ流石に分かりきった結果を実証するほど暇ではないので(笑)、実際に実験はしませんが、とにかく結構面白い話でした。
すると、身近に結婚したがらない男性がいらっしゃったような場合、「へぇ~、じゃあその334パターンもちの男を強制的に矯正するにはどうすればいいの?…遺伝子治療とか…??」と思われるかもしれませんが、現代の生命科学技術の力をもってすれば、それは可能なのでしょうか…?
…と、また中途半端な所で、まだ他に関連していくつか触れたかった話もあったんですけど、またまたちょっと時間不足&記事の水増しも兼ねて、続きは次回に持ち越しとさせていただきましょう。
多分全く大して面白い話も残っていないけれど、一応続く…!