ダブっていいじゃん

翻訳(タンパク質合成)反応のアニメから、tRNAについていくつかご質問をいただいていました。

改めて再掲させていただきましょう。

いや、この貼り付けてあるアニメは、細かい部分は置いといて、案外イメージできて面白かったんだけれども…

2番目に飛んでくるtRNAの件で、『mRNAのCCGというコドンを認識するので、「CGG」というアンチコドンループをもっており…」って、CGG??ってなったんだがね…まさか右から読むとは?!
って…あれ?右から読むって、最初から書いてあったっけ??見落としたのか、、そう言われても、正直ただ違和感しかないのぅ。


なんとなく思ったんだけど、紺助さん的には「こんな都合いいことある?!って思うのが普通」っぽい感じで書かれとるけれども、自分はそこら辺はあんまり気にならないっていうか、へぇ〜って思える部分かなって気がするんよ。

それより、

『なにこのtRNAって、、全部同じ形なん?
いっぱい種類がある中で(64種類)、そのCCGがそこを狙って飛んできて(飛んでくる時点でもうアミノ酸を持ってるん?)、アミノ酸を置いていく感じ?
tRNAも64種類なん?それともめっちゃいっぱいあってアンチコドンループの部分だけが64種類?』

って感じで、自分的には、気になる点、引っかかる点が違うっていうか、考え方が科学的じゃないんかもしれんね、きっと。

前回はtRNAのについてウダウダ述べていましたが、今回は種類について垣間見てみるといたしましょう。

ズバリ、「(コドンは4塩基3つで64種類だから)tRNAも64種類なん?」という点についてですが、実は、tRNAのアンチコドンは64種類もありません

それよりうんと少ないんですね。

なぜ少ないのか…??

1つの理由は、まぁ停止コドンには対応するアミノ酸が存在しないわけで、それに対応するアンチコドンのtRNAは要らないから、ってのがありますが、まぁそれは何というか当たり前でつまらんポイントといえましょう。

それよりも面白く、また数が少ないことの大きな理由として、「1つのアンチコドンで、複数のコドンを読めるやつがいるから。つまり認識対象がダブってるから」というのが挙げられます。


論より証拠、百聞は一見にしかずということで、具体例を見てみましょう。

何かいいリストはないかな…と思っていたら、国産の、素晴らしいtRNAデータベースがありましたね!

それが、長浜バイオ大学の阿部さん(現在は新潟大に移られているようで、データベースのサーバーは新潟大にあるようですが)がメインで開発をされた、tRNADB-CE

http://trna.ie.niigata-u.ac.jp/cgi-bin/trnadb/index.cgi

(この名前はtRNA gene database curated manually by expertsの略のようで、「エキスパート達の力で、手動で収集されたtRNA遺伝子データベース」という意味ですが、手動とかマジで?!と思えちゃいますけど、まぁコンピューターによる予測とかではない、研究者が手を動かして実際に得られた実験データを集めたもの、という意味合いでしょうか。)

有能な日本人によるプロダクトなだけあって、痒い所に手が届く、様々なデータ検索・分析が可能ですが、ここではアンチコドンのリストを表示する上手い機能を見るのを目的といたしましょう。

トップページの最初の方に、データリストとして、様々な生物種が掲載されています。

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http://trna.ie.niigata-u.ac.jp/cgi-bin/trnadb/index.cgiより

ヒトはこの区分だとEukaryote(真核生物)に分類されますが、真核生物はPlant(植物)とFungi(菌類)しかないようですね…。

まぁ手動収集ということですし、残念ながらヒトの全ゲノムデータはここにはないようですが、それなら代わりに、同じ真核生物で、最もよく研究されているモデル生物といえる酵母Saccharomyces cerevisiae)のデータを見てみるとしましょうか。

ちなみに、大腸菌酵母はどちらも単細胞の微生物ですが、大腸菌原核生物(Prokaryote)である一方、酵母は我々高等生物であるヒトと同じ真核生物であることからも分かる通り、進化的には、むしろ大腸菌酵母の違いは、酵母とヒトの違いよりも大きいといえるぐらいに、同じ単細胞のくせして中身はまるで違う生物種といえるぐらいなんですね。


御託はともかく、さぁ、Fungiをクリックし、いざ、酵母のtRNAデータへ…!

…と思いきや、一見「あれっ?!酵母もいない?」と思ったら、より大きい分類である「門」の区分のAscomycotaをクリックした先にありました、Saccharomyces cerevisiaeをクリックしたら、出てきましたよ、まさに今見たかった、素晴らしい表が!

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酵母tRNAデーターベースの表(tRNADB-CEより)

じゃ~ん!

早速見てみましょう、コドン表はなぜかいつもT (U) から始まりますから(まぁ歴史的に初めて判明したコドンがUUUだから、ってのもあるかもしれません)、左上はフェニルアラニンですけど、PheのコドンはTTTとTTCであり、対応するアンチコドンをもつtRNAは、AAAとGAAの2つがあり得るわけですね。

しかし!

tRNAの数を見ると、tRNA(AAA)は、まさかのゼロ

このアンチコドンをもつtRNAは、酵母には存在しないってことなんですね!

これはどういうことかといいますと、ズバリ、「ゆらぎ塩基対」なのです。

こちらの記事(一本二本、構造の補足)で触れていたことがありましたが、GとUは、実はペアを組むことができるんですね。

ということで、結論としては何てこたぁない、アンチコドンGAAは、コドンUUC(これは普通に、ゆらぎなどない完全一致のペアですね。両方5'→3'表記なので、一方は逆向きに並べることに注意!)のみならず、コドンUUUも、U/A-U/A-U/Gという組み合わせでちゃんとペアを形成できるので、そちらも認識可能になっているのだ、という話に過ぎなかった感じでした。

つまり、酵母では、tRNA(GAA)はコドンUUCのみならず、UUUも認識してフェニルアラニンを運んできてくれている、ってことなわけです。


ちなみに、コドン表を見て分かる通り、コドンの3文字目はどれでもアミノ酸が同じパターンが多いんですけど(右下のGly(グリシン)とか)、更によく見ると、3文字目がUとCで同じアミノ酸の例が本当に多いことにも気付かれると思いますが(まさにこのPheの例然り)、これは「Gが、UとC両方とペア形成可能だから」ってのがその最たる理由だったんですね。

(そして、下半分の3文字目がAとGの場合もアミノ酸は共通のことが多いですけど、これも、今度はtRNAのアンチコドン側のUがコドンのA/Gどちらともペアになれるから、って形なわけです。)


上手いことできてますね。

ところが、よく見ていくと、それが適用できない例も目につきます。

例えばPheのすぐ隣、Ser(セリン)のTCT・TCCコドンを見てみると、対応するtRNAアンチコドンはAGAとGGAになりますが、こちらはまさかの、tRNA(GGA)がゼロで、tRNA(AGA)のみが存在!

どういうことだ、G/CとG/Uのゆらぎペアで認識じゃなかったのか!と思えるわけですけど、これは何と、A(アデニン)が、ちょちょいっと修飾されて、I(イノシン)というちょっと違う塩基に変身していることにその秘密が隠されていたのでした。

こちらがイノシンで…

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https://ja.wikipedia.org/wiki/イノシンより

おなじみのA塩基(リボースがくっついて、アデノシン)に、まあまあそっくりとはいえますね。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/アデノシンより

(まぁ、これが似てるなら、正直どの塩基も似てるといえない?って気もちょっとしますが…)

 

以前ゆらぎ塩基について触れたときはスルーしていましたが、そこで見ていたWikipediaゆらぎ塩基の記事にも載っていた通り、Iは、なんとUとCとさらにAとまでペアの形成が可能なのです!

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https://ja.wikipedia.org/wiki/ゆらぎ塩基対より

…正直、「なんかもう、そんなの何でもありじゃん(笑)。卑怯くせぇな…」って気もしますが、そのおかげで、tRNA(AGA)は、tRNA(IGA)に変換されることで(これも、その変換をする専用のタンパク質(酵素)が存在します)、UCUのみならず、UCCコドンも(そして恐らくUCAも。でも、UCAコドンには、tRNA(UGA)が存在しているようなので、必ずしもtRNA(IGA)の力は借りなくてもいいのかもしれませんが)認識可能となっている、って話なんですね。


こちらほとんど同じことですが(しかも別にIがUとCと結合できることをいいたい論文ではないですが)、酵母の一種S. Pombecerevisiaeが出芽酵母で、Pombeが分裂酵母と呼ばれる種類の、ちょっと違う人種(酵母種)の生物)のtRNA(AGA)→tRNA(IGA)の変換についてまとめてあった図を刑さしてくれている論文が目についたので、その図を引用させていただきましょう。

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https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28282871/より

(A→Iの反応は、ADATという酵素複合体が担っている、ってこと以外、特にこの図に新しい話はなかったですね。)


いずれにせよまとめると、結局、酵母では41種類のtRNAが、ダブり認識(コドン3塩基目は、ゆらぎペアでも許されるぐらいにガバガバなので)を駆使して、64種類のコドン(正確には停止コドンを除く61種類ですが)を読み取っている、ってことになるわけです。

なお、「じゃあその理屈なら、イソロイシンを運んでくるtRNA(TAT)は、イソロイシンコドンATAのみならず、ゆらぎペアとやらで、メチオニンコドンであるATGも認識しちゃうんじゃないの?」と一瞬思えるわけですが、まぁそこは、「この場合ゆらぎペアでは恐らく結合が弱すぎて、誤認識は起こらないようになってるんです」みたいな、「いやいやマジで都合よすぎんだろ(笑)」としか思えないけれど現実的にそうなってるからこれはそうとしかいえないんす、って話な感じですね。


また、大腸菌のデータも当然ありましたが、ずっと見ている一連のソーマチン合成実験で使う株である、BL21(DE3)のtRNAデータもせっかくなので見ておくとしましょうか。

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大腸菌tRNAデータベースの表(tRNADB-CEより)

大腸菌は当然酵母よりゲノムDNAも小さい、遺伝子数の少ない単純な生物なので、酵母より更に少ないtRNA遺伝子数で頑張ってやりくりしている感じですが(とはいえ、各遺伝子の数が少ないだけで、種類数(=遺伝子数が0じゃないtRNA)を数えたら、酵母と全く同じ41種類ある感じでしたね)、ちょうど、以前話に出していたレアコドンなんかは、まさにこのtRNA遺伝子が大きく関わってくる話になる形です。

例えばイソロイシンを指定するATAはレアコドンですが、大腸菌にはtRNA(TAT)がなく、しかもイノシン化してゆらぎペアで3番目のAを認識できる可能性のある、tRNA(AAT)も存在しないので、このコドンは大腸菌ではほとんど使われていない、嫌なコドンなわけです。
(ちなみに今更ですが、表の中のusageという数字が、全コドン中でそのコドンが使われている割合(パーセントではなく、パーミル、千分率で表示されていますが)で、ATAコドンは皆無ではないけど、かなり少ないですね。
 実際にこのコドンが大腸菌で使われているときは、恐らく、tRNA(GAT)を使わざるを得ない形ですけど(大腸菌に、イソロイシンコドンのtRNAはこれしかないので)、これは上手くペアを組めないためコドンのうち2塩基分しか認識してないというめちゃくちゃな形ですけど、その最初の2塩基で、弱い結合ながらもなんとかやりくりしているのでしょう。)

なので、このコドンを多く含む遺伝子を大腸菌に導入する場合(pET-15bなどを使って、好きな遺伝子を導入する実験)、目的のタンパク質の合成が場合によっては失敗するぐらいに大変なことになるので、以前書いていた通りなるべくレアコドンの利用は避けるか、あるいは大腸菌にレアコドン用tRNAを強引に持たせた株なんてのも開発されているので、それを利用するのも手の一つ、という感じですね。
(有名所ではRosettaロゼッタ)という名前で売られている株なんかが、レアコドンtRNA遺伝子を各種保有した、いわゆる遺伝子組換え大腸菌として知られています。)


…という所で、tRNAの種類について、これまた「そんな都合よくいく?…っていうかマジで、誰がこんなよぉ出来た仕組みを作ったんだ?」と思わずにはおれない、にわかには信じがたいtRNAダブり認識の話なんかを垣間見てみました。

tRNAについては、まぁまだ少しご質問も残っていますし、もうちょびっつだけ触れてみようかなと考えている所です。

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