tRNAについてのご質問、後半のポイントを見ていきましょう。
それから、この表(注:酵母の、アンチコドンも載った表のことですね)を眺めていて思ったんだけど…tRNAの数は決まってるってことなんかい?
ざっと見て数えると、41種類200個くらいのtRNAが1つの細胞内にあるってこと?
200個って、思ったよりずっと少なかったんだけど(いや、酵母自体全く知識がないので、全くなんの根拠もない、ただのイメージでしかないけど)、、これってもしかして再利用されるっていうか、同じtRNAがずっと働いて何回も運ぶみたいな感じなんでかな?
あぁ、、やっぱりそーゆうことなんだろうねぇ、きっと。1回運んだら死ぬなんてことは無さそうだもんな。めっちゃ長い配列のタンパク質だと回らなくなってきちゃうだろうしねぇ。(全て妄想)
まず、大分時間も空いたので、アンチコドンの表を再掲しておきましょう。
といっても同じものを貼るのもあれですし、アンチコドンだけが掲載されている簡易版を貼っておきますか。
この表の数字についてですね。
これは一応tRNAの数を表しているんですけど、以前の記事でこの辺の話に触れていたときに、「あぁ、これは説明が欠けてるなぁ」と感じていた所でした。
ズバリ、これは酵母染色体に存在する遺伝子の数で、プラスミドのコピーナンバーのような、細胞内の分子数を表しているわけではありません。
ちょっと詳しく見てみましょう。
例えば表の一番左下、Val(バリン)を運ぶtRNA(CAC)は、「2」となっており、これは、酵母はこの遺伝子を、ゲノム(その生物のもつ全遺伝子1セット)に2つ持っている、ってことに他ならないわけですね。
せっかくなので、どういうことか、実際に確かめてみるとしましょう。
酵母の遺伝子については、SGD(Saccharomyces Genome Database; 主な運営はスタンフォード大学;https://www.yeastgenome.org/)と呼ばれる、出芽酵母の全て・あらゆる情報がまとめられた素晴らしいサイトがあるので、こちらに頼るのがベストです。
酵母のtRNA遺伝子は、しばしばt+アミノ酸1文字表記+(アンチコドン)で略記されるので、アンチコドンCACを持つバリンtRNAは、「tV(CAC)」で検索すれば良さそうですね。
SGDの検索ボックスで、tV(CAC)と検索してみた結果がこちら…
まさに、表の数字通り、2件ヒットしてきました!
tV(CAC)Dと、tV(CAC)Hの2つですが、これらは通称であり、正式な遺伝子名はそれぞれYNCD0022CとYNCH0016Cになるものの、これらはシステマチックで無機質な名前であり、遺伝子の場所を表示しているだけで何なのか分かりづらいので、データベースで管理される通し番号的な名前として以上の価値はあまりない感じですね。
(一応、先頭のYはあらゆる酵母遺伝子の頭に付く文字(yeastのY)、次のNCが、タンパク質を指定している遺伝子ではないものにつく文字(non-codingのNC)、そして次のアルファベットが染色体番号(酵母は染色体が16本あり、Aが1、Bが2…で、Pが16。tV(CAC)Dの最後のアルファベットもこれと同じです)、その次の4桁の数字がその染色体の何番目のNC遺伝子か、そして最後のCが遺伝子の向き(二重らせん発見者のワトソン&クリックさんにちなんで、一般的に表示される向きのマップで、左から右向きがW、右から左向きがCとなります)、という感じになります。)
それぞれをクリックして、詳細情報を見てみましょう。
まずtV(CAC)Dの方ですが、先ほど書いた通り、「D」なのでこれは酵母の4番染色体に存在する遺伝子ということでしたが、実際、Chromosome IVとなっていますね。
具体的には、4番染色体の1075544番から1075472番塩基に位置する遺伝子で、正式な遺伝子名がCで終わることから明らかなように、これは左向きの遺伝子になっていることが分かるかと思います。
(カーソルを合わせるとポップアップで遺伝子名が表示されるので表示してありますが、真ん中の紫の三角が件のtRNA遺伝子ですね。)
同じようにtV(CAC)Hは8番染色体の475778番から475778番に位置するものですが…
こちらは遺伝子ページの「Sequence」タブをクリックしたページであり、画像の部分からさらに下にスクロールしていくと、詳しいDNA配列なんかも取得可能ですね。
ちなみに今更ですが、アンチコドン表から存在していた「S288C」という謎の文字列ですけど、これは、実験室で最もよく使われている酵母の株名で、多くの研究でこいつ由来の株が使われているため、リファレンスとしてこの株がよく使われる、という感じですね。
ちょうど、先ほどの図では、他の株の遺伝子情報なども(Alternative Reference Strainsとして、SK1という名前の株の情報が例として)表示されていました。
まぁそんな感じで、この「数」は遺伝子として染色体上に存在している数であり、必ずしも細胞内の数を示しているわけではない形になります。
(このtRNA-Val(CAC)遺伝子は、4番と8番染色体の二箇所に存在しているということ。全く同じ配列の遺伝子が、別の染色体にあるってことですね。)
もちろん、遺伝子が多く存在するほど、ポリメラーゼによる転写の頻度が多くなるわけで、多いほど細胞内にtRNAが沢山存在していることになるわけですが、実際に何分子存在するかは……まぁ、特定のtRNAが何分子あるかは、測定が極めて難しいので、それぞれ○個!とは中々断言できないですけど、こちらのレビュー記事(↓)によると、酵母は1細胞内に300万分子程度のtRNAが存在していると推計されているようですね。
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
めっちゃくちゃ多いですね!(むしろ多すぎ?)
それもそのはず、tRNAやリボソームを構成するrRNAは、細胞内で最も沢山存在するRNAとなっています。
翻訳(タンパク質合成)が生命にとってどれだけ重要な反応かというのがよく分かるってなもんですね。
遺伝子の数は200ちょいなので、いかにtRNA遺伝子が転写されまくっているか、ということの裏返しともいえましょう。
もちろん、ご質問で書かれていた通り、tRNAはコドンにアミノ酸を運んでもすぐ死ぬわけではなく、またアミノアシルtRNA合成酵素によってアミノ酸はチャージされるので、再利用も可能です(というか再利用されまくり)。
ただ、以前も書いた通りDNAに比べてRNAは分解されやすい分子であり、こちらの古典的な論文(↓)によると、tRNAのhalf-life(分解されて、半分になる時間)は、休止状態(=細胞分裂していない状態)の細胞では36時間、成長中(=盛んに細胞分裂している)の細胞では60時間と、まぁすぐ死なないとはいえ、数日で分解される運命にあるのがtRNAってことですね。
(ただしもちろん、分解され続けるのと時を同じくして、新しいtRNA分子も転写されまくっているので、細胞内には超大量のtRNAが常時存在している、ってことですね。)
www.sciencedirect.com
…といった所で、tRNAの数についての話でした。
そんな感じで、ある程度翻訳についても詳しく見れたところで、次回はまたソーマチン合成実験の話に戻ってみようかと思います。