アラ!?せっかくなので脇役にも触れておこう

前回の記事でも引き続きいただいたコメントに触れていましたが、改めてオペロンの話なんかにもなったところで、「大腸菌のよく知られている5つのオペロン、lacとtrpは既に見ていたけど、せっかくなんでもう1つぐらい見ておきまひょか」とか書いていました。

まぁ、こないだは「ちょっと複雑になってるだけでほぼ似たような仕組みだし、見る価値もないでしょう」とかほざいてたのに何やねん、って話ですけど、何気にtrpオペロンにはなかったWikipedia日本語記事もありましたし、やっぱりもうちょい遺伝子発現制御の例を見ていくと、よりこの辺の話の理解も深まるかな、と感じた故の心変わりです。

結局、具体例は強いんですよね。

微妙にあやふやだった所も、追加の具体例を見ることで「あぁやっぱりそういうことなのか!」という気付きもありますし、より複雑な仕組みを見ることで相対的にこれまで見ていた基本的な部分が異様に簡単に思えてくる…なんてことも、何かを学ぶ場面では往々にしてありますから。

…ということで、ラクトース (lac) オペロン、トリプトファン (trp) オペロンに続き、これもよく知られた大腸菌の中で働いている糖代謝関連遺伝子調節メカニズム、アラビノース (ara) オペロンについて、Wikipedia大先生の図を丸借りして、簡単に見ていくといたしましょう。


まずそもそものアラビノースについては、これも、糖について触れた記事(いろいろな糖のまとめ:一番甘いのはどいつ?)で申し訳程度に触れており、「自然界の糖では珍しくD体ではなくL体がメインだが、それ以外どうということもなく、生化学分野ではマイナーなクソザコ糖でしょう」…的なことを書いていましたけど、そういえばオペロンでまぁ触れなくもなかったですね!
(といっても、オペロンで触れるのもラックやトリプがメインな気がするし、やはりアラはマイナー感が否めませんが…)

ちなみに名前については、こいつが初めて単離されたアラビアガム由来の名称だそうで、一方その「アラビア」は当然、アラブの地名というかここに住む人々がそう呼ばれていたとか語源については諸説あるようですが、まぁどうでも良すぎるポイントでしょう。

しかしそれ以上にアラビアガムって何だよ、って話ですけど、これはゴムノキから得られる分泌物で、以前「楽しい有機物講座」の一環で見ていたゴムの記事でもちょろっと触れていた通り、傷を入れるとゴムが出てくるという有能植物由来のもののことで、そういえばガムとゴムって全く同じ言葉(=gum。下手したらグミも)だったんですね。

せっかくなので、話には全く関係ないですが、にぎやかし画像としてアラビアゴムノキを記念に貼っておきましょう(笑)。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/アラビアガムより


しょうもない余談はともかく、アラオペロンの全体図も、早速引っ張らせていただきます。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/L-アラビノースオペロンより

なんとこちら、ついにプロモーターが2つも関わるオペロンに!

しかも転写の方向も逆なので、これは実際の遺伝子がどんな感じで存在するのかについて知れる良い教材といえますね。

ちなみに、この図には二箇所微妙な所があり、1つは画像内の説明文にも但し書きされている、一番右端の遺伝子名がaraCとなってるけどこれはaraDの完全な誤りで(なんでこんな大切な所をミスのまま放置…??)、もう1つは、両端に「3'」「5'」とあるけれど、「いやこれは二本鎖DNAなんだから、別にどっちが5'で3'かなんて決め付けられるものじゃないじゃん」というか、一方の鎖は左側が3'だったとしても相棒の鎖は5'になってるんだから、そんなの明記する意味ないじゃん、としかいえない、初学者を混乱させるだけの謎表記になっとるやんけ、これは正直良くないなぁと思える…って所の2点ですね。

まぁその辺には目を瞑るとして、複雑だけどよくまとまっている図には違いないので、順番に見ていくとしましょうか。


まず重要な方として、右端に、araB・araA・araD(画像ではミスでaraCになってるけど)の3種類のタンパク質のコドン領域があり、こいつらからは3つの酵素が産まれるわけですけど、まぁまとめて「アラビノース分解酵素」ができる部分だと考えればOKでしょう。

で、この分解酵素3兄弟遺伝子発現のONスイッチとなっているのが、「ParaBAD」と書かれた、araBADプロモーター領域ですね。

そしてこのアラオペロンにはもう1つプロモーターがあって、左側に、左向きに転写が行われるプロモーターですが、このONスイッチで制御されているのはaraCというタンパク質であり、こいつは、アラビノースの分解には直接関与しないけど、このaraオペロン全体のマスタースイッチ的な役割をもつ、レギュレータータンパク質になっています。

その意味でリプレッサー(OFFスイッチを押す、抑制分子)に近いんですけど、実はこいつには更なる追加機能が備わっているので、リプレッサーより格上の、まぁレギュレーターとでも呼べばいいのか、横文字は分かりにくいので管理人と呼んでもいいかもしれませんが、有能な管理人タンパク質なわけです。


他には、コントロール部位(Control sites)として、オペレーター領域であるaraO1とaraO2があり、そして、「うっわまた新顔が出てきたよ…」って感じですが、イニシエーター領域という、まぁオペレーターとは逆で、RNA合成ONの応援領域として機能するaraI1とaraI2なんかがあります。

いやぁ~、複雑ですね!

ちなみにさらにもう1つ、CAPというのが真ん中あたりにありますが、これはまぁイニシエーターと協同して働く、RNA合成ONの補助スイッチとでもみなしておけばよいでしょう。


こいつらが、どうやってアラビノース分解酵素の合成を調節しているか、順に見ていきましょうか。

まず、アラビノースが細胞内に存在しないとき…

このとき、当然アラビノース分解酵素(araBAD)は不要ですから、無駄なタンパク質を作ってエネルギーを消耗したくないので、araBADの合成はOFFにされているはずですね。

このとき、araオペロンはこうなっているようです。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/L-アラビノースオペロンより

青いパックマンの半欠けみたいな分子が管理人ことaraCで、araCは2分子がくっついて機能する、いわゆる二量体タンパク質ですが、まず一方がOFFスイッチであるオペレーター・araO2領域に結合します。

そして、もう一方のaraC分子がaraI1領域に接触し(これは、イニシエーター領域本来の役割とは全く違いますが、強引に使われてる感じですね)、結果、画像の通り大腸菌の染色体DNAのこの部分は、グワンと折り曲がる形になります。

すると、このDNA全体の構造変化により、RNAポリメラーゼがaraBADプロモーター領域に結合できなくなり、araBAD遺伝子の合成は無事OFFに保たれる、という感じになってるんですね。


一方、大腸菌がエサを取り込むなりして、細胞内にアラビノースが増えてきたらどうなるか…?

糖分であるアラビノースが周りにいっぱいあるということで、せっかくならこいつを分解して栄養を得たいですから、こうなるとアラビノース分解酵素=araBADの出番になるわけですね。

アラビノースが細胞内に増えてくると、先ほどまではaraBAD合成の妨害をしていた、パックマンみたいな管理人分子araCに小分子であるアラビノースが結合し…

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https://ja.wikipedia.org/wiki/L-アラビノースオペロンより

araCの構造が変わって(例によってWikipedia画像では大して(というか全く)姿は変わってませんが、実際はちょっと形が変わります)、転写応援スイッチ領域であるaraI1とI2にくっつけるようになるのです!

さっきまで転写OFFスイッチとして働いていたのに、手の平を返すかのように全く逆の作用をし始めるaraC……流石は管理人、そこにシビれる!あこがれるゥ!


ちなみにアラビノースが多いのみならず、実は「グルコースが存在しないとき」というのもこのaraBAD遺伝子がONに切り替わる条件なんですが(グルコースの方が栄養効率がいいので、グルコースが多いときはアラビノースなんぞ分解しなくてもよいのでしょう)、CAP領域にくっつくcAMPという小分子は、グルコース濃度が小さいときに産生される物質なので、この補助スイッチも、上手いこと細胞内の環境に応じて調節役を果たしてくれている感じですね。

この、「アラビノース付きaraC」と「cAMP」の2つのaraBAD応援スイッチがONに押されることで、RNAポリメラーゼとaraBADプロモーターの結合力は俄然上昇し、一気にaraBAD遺伝子のRNAがジャンジャン合成され始める、って仕組みなわけです。

よくできてるゥ!

そして当然、アラビノース分解酵素が作られると、アラビノースが分解され、araCにくっつくアラビノースも減っていきますから、また最初のOFF状態へと徐々に移っていく、という形ですね。


なお、管理人araCタンパク質は、araBADのみならず自分自身すらも管理しており、過剰にaraCが作られると、araC二量体はOFFスイッチであるオペレーター領域・araO1にも結合し始め…

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https://ja.wikipedia.org/wiki/L-アラビノースオペロンより

この結合により、RNAポリメラーゼがaraCプロモーターに接近するのが邪魔されて両者が結合できなくなりますから、あまりにもaraCが増えすぎると、自ら自分の遺伝子スイッチをOFFにするという形になっているってことですね。

この意味でaraCは自分自身のリプレッサーでもあるということですが、いずれにせよ、各遺伝子は「無駄に作り過ぎないように」「必要ないときはそもそも無駄に作らないように」「逆に必要になったときは一気に作れるように」と、実に上手い仕組みで制御されているといえましょう。

(ちなみに、永遠に子々孫々へと変わらずに維持される遺伝物質DNAと違い、生体反応の産物であるRNAやタンパク質は、こないだも書きましたが、時間とともに少しずつ分解されていきます(もちろん、同時に、新しくいくらでも作られていきます)。
 なので、先ほどの自己調節の話で「それだと、araCの『自分をOFFにする機能』をOFFにする機能がなくない?」…と思われるかもしれませんが、これは、タンパク質の自然分解で上手くバランスが取られている感じですし、そうじゃなくてもaraCは他の役割もあって別の領域にも引っ張りだこの大忙しの分子なので、「ずっと自分をOFFにしたまま動かない。永久にONにならない」なんてことはないためご安心を、って感じですね(ややこしいですが、単に、無意味に永久に作られ続けることにはならない仕組みがちゃんと備わっている、ということ)。)


…ってなところで、まぁ脇役ではあれど、大腸菌にしてはかなり高度な仕組みで上手くできているメカニズムなので、それなりに面白い&学びがいのあるシステムがこのaraオペロンだった、といえる感じでしょうか。

正直、むしろあまりにも上手く出来すぎていて、「いやいやこんなん作り話だろ?ただの4塩基がつながっただけのDNAとか20アミノ酸がつながっただけのタンパク質ごときに、そんな複雑な仕事ができるわけねーじゃん。知恵ある人間でもこんな複雑な装置作れねーべ?」と思えるかもしれないんですが(思わないかもしれませんけど)、マジで本当にこんな感じで秩序立って制御されているのは実験的にも確認されていることなので、これは受け入れるしかない、悔しいが生体分子の有能さにひれ伏すしかない、って話なんですね。

もう何度も書いている、知れば知るほど「そんな上手い話ある…?都合よくできすぎじゃない?」と思えるけど、実際都合よくできてるからこそ我々生物は生きている、というのも事実なので、「ウソクセ、アホクサ」ではなく「出木杉くんに思えるが……まぁここは奇跡的にそうなってるんだと納得しといてやるか…」と認めることが、生命科学学習の一番のコツといえるのかも…などと思える気がする感じですかね、個人的には。

補足や脱線雑談も一通りし終えた所で、次回はソーマチン実験の話の続きに戻ってみようかと思います。

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