補足・くっつくのと離れるの

前回ラクトースオペロンの、pETシステムへの応用例なんぞを垣間見ていましたが、まぁこれは大分細かくてそれなりにややこしいわけですけど、一見複雑そうで実は用語さえ整理できたら思いの外単純…というか筋は通っている話になっていることには違いないものの、やはり初見できっちり理解し尽くすのは大変かと思われます。

目的遺伝子(今回の例ならソーマチン遺伝子)のスイッチがOFFされるメカニズムについて触れ、今回はONの話…の予定でしたが、またちょうどいくつかご質問をいただいていたので、例によってとても良い着眼点のご質問なこともあり、今回は補足としてこちらに触れさせていただくとしましょう。

(毎度とてもこまやかなコメント含め、アンさんには感謝の言葉もございません。)

 

Q1. 自分なりに「大腸菌ラクトースオペロン」をまとめてみたき、合うちゅーかどうか、そして1点質問も併記してみたのでよろしゅう頼んだぜよ。

  1. 細胞の中にラクトースがない→リプレッサーがOFFスイッチを押している。ラクトース分解酵素は作られない(不要)
  2. ラクトースが溜まる→エネルギーにしたい(分解したい)→ラクトース分解酵素を作りたい→増えたラクトース(小分子)がリプレッサーと結合して、リプレッサーはオペレーターから離れスイッチがONになる(OFFスイッチがOFFになる)
  3. ラクトース分解酵素が作られ、ラクトースの数が減っていく→結合してるラクトースも分解しようとして、ラクトースは外れる→リプレッサーはまたOFFスイッチを押せる構造になる

質問:記事本文中にあった「ラクトースが外れて構造が元に戻ったリプレッサーが増える」という部分の認識は、コレ↑(この3番の解釈)でおうちゅーが??


A1. ラクトースオペロンまとめは、ほぼ完璧にバッチリ合っています。

ただ、実は触れませんでしたが、ここに更にアクチベーターとかいう、実際はもうワンステップ別のスイッチや関連分子があったりもするのですが、pETシステムでは使われていないし、オペレーター同様、それも全ての遺伝子に必須のものでは全然ないので、こんなもんは話をややこしくするだけですし無視して構わないでしょう。


ご質問のポイントは、概ねその通りで間違いないんですが、先ほど「ほぼ完璧に」と書いた「ほぼ」は、ちょうどここで書かれていた点が少し気になるかも、って感じですね(下記の点以外は完璧です)。

お書きになっていた「(リプレッサーに)結合しているラクトースの分解」という点について……これは、まぁ絶対になくはないと思いますけど、あまりないのではないかな、と思います。

なぜなら、ラクトース分解酵素がどうやってラクトースを分解しているかというと、これは当然エスパーみたいな感じでビームとかで遠隔攻撃をするわけではなく、あくまでも直接触れ合うことで、ラクトースを「グルコースガラクトース」に分解しているんですね。
(どうでもいいおさらいですが、そもそもラクトースはGlu+Galのつながった二糖でした。参考:手をつないだら、甘くなくなってしまう…とか)

なので、リプレッサーに結合しているラクトースは、まぁ絶対にラクトース分解酵素の餌食にならないとは言い切れませんが、ある意味リプレッサーによって保護されている形になっていますから、分解はされにくいといえましょう。

(補足情報:ラクトース分解酵素、これはラクターゼなどとも呼ばれますが、その内の最重要部分ともいえるβ-ガラクトシダーゼ(ラクトースオペロンの図でいう、lacZlacYlacAの3つの遺伝子の内、lacZ)は、こんな構造で…

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https://en.wikipedia.org/wiki/Beta-galactosidaseより

1023個のアミノ酸がつながった、結構大型なタンパク質で、しかもこいつもまた同じもの4つが集まって機能する四量体タンパク質なんですけど、ラクトースの分解には、特に461番目のグルタミン酸、537番目のグルタミン酸、そして794番目のグリシンの3つのアミノ酸ラクトース接触して「グルコースガラクトース」の結合を切断する(実際に攻撃するのは、537番目のグルタミン酸とのこと。詳しい仕組みは、また電子のやり取りがうんぬんになってイミフなので省略しますが、まぁ上手いことやって結合がスパッと切られるわけです)形のようです。
…細かすぎてマジでどうでもいい話ですが、このように、ラクトースを分解するためには、実際にラクトース接触して、包み込むようにして場所を分解酵素の特定の場所に固定する必要があるということですね。)


…ということで、ご質問のポイントに戻ると、「リプレッサーに結合しているラクトースも分解して…」というのは、やっぱりフリーのラクトースの方が分解されやすいので、やや現実に即していない記述になっている気がしてしまうかもしれません。

分解されるのはあくまでも結合されていないフリーのラクトース中心で、その結果、ラクトースの数が減っていくことが一番大きな影響があるように思います。


…と、そうすると、「じゃあリプレッサーに結合してるラクトースは無敵なん?ほったらリプレッサーは構造が変わったままなんちゃうんけ?!」と思われるかもしれないんですけど、これはそうとは限りません。

これはちょっと、また概念的な話になるので説明が必要というかややこしくなる上、割とかなり発展事項なのでスルーしてもいい内容に思えますが、そもそも生体分子の結合・反応というのは、何度も書いてますけどやつらは目とか手とかがあるわけじゃないので、特定の分子だけを選んで近付くなんてことはできず、適当に細胞液の中を飛び回っているものが偶然出会ってくっついているだけにすぎないんですね。

で、こいつらは、ただ乱雑に熱運動をしているだけなので、一瞬くっついても、実はしばらくしたらまた離れるわけです。
(もちろん分子や反応によりますけどね。例えば、RNAを合成中のRNAポリメラーゼは、RNAを伸ばし続けている間はずっとDNAの鋳型にくっついたままです。
 でもそれは、離れるよりつながったまま次の塩基へ進む方がエネルギー的に自然だからそうなっているだけで、そういう形にはなっていない、例えばリプレッサーとラクトースのような、点と点の結合の場合はやはり、そんなに長い間くっつき続けることはないと思います。)

くっついても、しばらくしたら離れるけど、ラクトースが大量に周りに存在するときはまたすぐに別のラクトースがくっつき、長い目で見たらラクトースは結合したままの状態になっている(=リプレッサーが、「ラクトースが離れた構造」に戻るより先に、また新しいラクトースがくっついて、「ラクトースありの構造」をキープ)といえるんですね。

しかし、フリーのラクトースの数が減っていくと、段々と、くっついて離れた後にまたくっついてくるラクトースがいなくなって、しかも離れたラクトースラクトース分解酵素の餌食になってどんどんいなくなりますから、最終的に「そして誰もいなくなった…」となって、リプレッサーは「ラクトースなし型」のまま落ち着く感じとなり、オペレーター部をまた塞ぐようになる、ってことなわけです。

(常時くっついたり離れたりしているけど、見かけ上、くっついているものの方が多い場合は、「常にくっついた状態のものが存在するとみなせる」みたいな話になってくるわけですね。
 もちろん、そうみなせるかどうかはくっつく速さと離れる速さのバランス次第で、そしてそのバランスは当然、くっつく物質同士によって決まっています。
 関連して、「この濃度だと全体のちょうど半分のものが複合体を形成している」というのがモノのくっつきやすさの指標として使われており、これをKDと呼んでいて……と、色々また細かいことを書こうかと思いましたが、これは「用語がややこしい」というレベルを超越して、数式が必要になってくるクソムズつまらん話にしかならないので、深入りは避けるといたしましょう。)

正直いきなりいわれてもイメージも湧きづらいかもしれませんが、基本的に酵素反応というのはこういう速度論的というか確率論的な考えをするのが基本なので、専門的に学ぶ場合、こういう思考をするのが肝心といえる感じですね。

…まぁ、まるで見てきたかのように語ってますが、実際僕もこの目でラクトースの動きとかを見てきたわけではないんですけど、「実際にそう考えた方が、酵素反応の現象をより正確に記述できるので、その考え方が正しいと思われる」という、生命科学にしては珍しく、理論重視の話といえるかもしれませんね、この辺の酵素反応論の話は。

…といっても、マジで入門的にはどうでもいいでしょう。

最終的には、ラクトースが分解されることでリプレッサーに結合するラクトースがいなくなることには変わりがないので、別にどう考えてもいいかな、という風にも思えます。

(別にそこにだけつっかからなくても、他にも正確性を犠牲に分かりやすさを優先して、厳密にはちょっとズレてる感じになっていた(でも重要な全体像を理解する上では大きく問題はない)ような話はこれまでもいくつかありましたしね。)

 

なお、ラクトースオペロンの流れのまとめはそれでバッチリなんですけど、特に凄い要点ポイントとしては、

ラクトースが増えるとラクトース分解酵素のスイッチがONになるが、それは同時に、スイッチがOFFになる引き金を引いたことにもなっており、いわば時限スイッチになっている。
 自分がいなくなって、酵素が不要になったらスイッチが自動でOFFになるよう仕向けているという、無駄を好まない生体分子の鑑(かがみ)!」

…というのが、肝といえる感じですね。

ラクトースをエサとして取り込むことで、細胞内で無駄なく永久に回り続ける、生体回路みたいなものになってるってことなわけですね。

(なお、ラクトース自体は大腸菌に必須のエサではないので、なぜラクトース代謝にだけこんな上手いシステムがあるのかの生理学的意義は正直不明であるとともに、先ほど上でもちょろっと書きましたが、実際のラクトースオペロンはもうちょっとだけ複雑なメカニズムにはなっているんですけど、まぁこの4つ(ラクトース・リプレッサー・オペレーター・RNAポリメラーゼ)でぐるぐる「増えて減って」を自動で繰り返す回路は完成していますし、その辺はどうでもいいでしょう。)


そして、続いて、「ここまでは理解できた気がするけんど、その後前回の記事で触れられていた内容はさっぱり訳が分からんぜよ」というコメントとともに、いくつか具体的なご質問をいただいていました。

これもとてもナイスなご質問で、今回さくっと両方終わらせちゃおうと思っていましたが、案外結合・解離の話だけで長くなってしまったので、続きQ2は次回とさせていただきましょう。

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