熱ければ熱いほど震える…

DNAやRNAの構造について、何だかんだかなり細かく、入門編としては正直まるで不要な、少なくとも高校生物を逸脱している話にここ何度か踏み込んでいる形ですけど、まま、そんな話もある…って感じで流し読みしていただければ十分な内容かなとは思うものの、あえて触れてるだけあって、一応知っとくと話が広がる、遺伝子の本体として日常生活でもたまに耳にするこいつらをよりよく知る上では割と重要な話かもしれません。

でもまぁ知らなくても全然、生きていく上で何のデメリットもないですけどね(笑)。

とりあえずせっかくなので、構造話、もうちょい補足していきましょう。


まず、ここ何回かの記事で、サイズも結構大きく、割と複雑で入り組んだ形(分子内で二重鎖が形成され、ステム・バルジ・ループなど)を取るRNAの例として、rRNAの二次構造の図を貼っていました。

コンピューターによるシミュレーション予想図の他に、「これが実際の、本物の構造です」と正確な構造図を紹介していましたが、実は、これも、必ずしも完璧に正確とは限らないのです。

もちろんあの図はX線結晶構造解析なんかをもとに、重要な領域や細かい部分なんかは特殊な酵素RNAの二本鎖領域のみを切断する酵素など)を用いた分析などで実験的にも確かめられている、かなり正確なものではあるのですが、ポイントは、DNAやRNAは、どんなときでも必ず一定の決まりきった構造を取るわけではなく、もっとダイナミックな、流動性のある動的な分子であるという点にあるのです…!


紙の上に描くと、単なる止まっている文字列にすぎないDNAやRNAですが、当たり前ですけど、現実的にはこれらは分子で、分子というのは熱運動をしています。

…って、よく考えたらこの辺の話は、その手の「物質のミクロなイメージ」をもたれていない場合、「いや『当たり前ですけど』っていわれましても…」ってなっちゃう気がしますねぇ…。

結局微妙に化学というか物理というかの知識が前提となる、入門編とはいいがたい話になっちゃうんですけど、せっかくなので軽く触れておくと、物質というのはどんなものでも分子が集まってできていて、そいつらは常時、極小ミクロなレベルの熱運動をしているのです。

仮に固体で、その場に決まった形で存在しているものであっても、です。

「いや、目の前にあるこの机は固体だけど、運動してないじゃん。どゆこと?」と思われるかもしれませんが、めっちゃ拡大して、例えば分子レベルで机の表面を見てみたら、こいつらはめっちゃ振動しているのです。

「いやいや、机の表面なんて、全然振動してねーじゃん!触っても何も感じねーけど?」と思われるのももっともなんですけど、あまりにも小さすぎて目に見えないだけで、本当はめっちゃ揺れてるし、実は、我々はその「机のバイブレーション」を、自らの肌で感じているともいえるのです。

そう、分子と比べたらドデカサイズの我々の体にとっては、目に見えないのみならず、触っても「動いている」とまでは感じられないけれど、机の表面を触ったら、何を隠そう、として振動を感じられるといえるんですね。


これは知識がなくても直感的な印象でご理解いただけるのではないかと思いますが、温度が高いほど、分子は激しく、めちゃくちゃな速さで運動(振動)しています。

真夏ならともかく、多くの場合は机表面は体温よりは低いと思いますが、机を触ったら、ちょっとひんやりと感じることでしょう。

これは、指の表面の分子の振動(より高温=より激しく振動)が机の表面の分子(より低温=ゆっくり振動している)に伝わって、指を構成する分子はその分微妙に振動がゆっくりになって冷却される、一方、机の分子はその分大きく振動するようになり、結果、熱を帯びる…ということが起こった結果といえるんですね。


だから、熱の正体というのは実は分子の振動のことであり、裏返していうと、熱をもつ全ての物質は、分子レベルで常に振動しているということに他ならないわけです(いやあんまり裏返ってもないか)。

それは逆にいえば、振動が小さくなると温度が低くなるとも言い換えられて、「じゃあ振動が0になったらそれ以上温度は下がらなくなるの?」という疑問につながるわけですけど、それはそうで、実際、温度に上限は存在しませんが、下限は存在するのです。

その、分子の運動が完全にゼロになった温度が絶対零度と呼ばれる温度で、なじみのある摂氏温度(0℃で水が凍る、100℃で沸騰、体温は37℃弱)で表すと、-273.15℃がその「温度の下限」にあたります。
(僕自身は(生命科学分野では)ほとんど使いませんが、科学の世界には、この絶対零度を分かりやすく0とした温度基準、「絶対温度」が存在します。単位はK(ケルビン)。)

ちなみに、(Wikipediaからのコピペですけど)熱力学第三法則によれば、ある温度(0 Kよりも大きい温度)をもった物質を、有限回の操作で絶対零度に移行させることはできないことが知られているので、現実的に原子の運動を完全に停止させて-273.15℃に下げることは不可能とされていますが、限りなく絶対零度に近づけると、原子の振動も限りなく小さくなっていくということですね。

(ということで、イメージとして、寒くなったり会いたくなったりしたら震える気がしますが、実際は分子は熱ければ熱いほど震えるし、より震えてるやつと出会うことができたらそいつの振動が伝わってきて、触れた後で自分もより震えるという、何か色々逆じゃん(笑)ってのが現実の世界なんですね。)


なお、固体物質なら分子はその場で振動しているだけですが、液体や気体なら、分子は更に激しい運動をしています。

激しく動きすぎて、分子同士は固体のときのようなガッチリ結合している状態を離れ、もっと自由に動き回れるようになった状態(なので、液体は自由に形が変われるし、気体に至っては自由すぎてむしろ集めておきたくても飛んでいってしまうレベル)になっている感じですね。


…って、まぁそれはDNA・RNAの構造に直接関係する話ではないんですが、次の話へ進めるために、まず分子というのは常に熱運動をしているというイメージを共有しておくとしましょう、という話でした。

で、DNAやRNAも当然熱運動をしている物質ですから、特に前回見ていた、比較的結合の力が弱い水素結合なんてものは、そのときの環境次第で形成されたりされなかったりが容易に変わるわけです。

だから、ある条件では「この塩基とこの塩基がくっついて(=水素結合を介して)二重鎖を形成している」ということがあったとしても、別の条件ではくっついていない、なんてこともざらにあるんですね。

ってことで、こないだのrRNAの「実際の図です」といっていた二次構造マップは、特定の条件(生理条件)では実際正しい形だとはいえるものの、「どんなときでも絶対この構造」というわけでは決してありません、ということを補足で抑えておきたかった次第です。


水素結合は本当に微妙な結合なので、温度のみならず、その他の条件…例えばDNA・RNAを溶かしている溶液の塩濃度とか、pH(酸性アルカリ性)とか、核酸分子自体の濃度なんかにも大きく影響を受けます。
(今更ですがもちろん、DNAやRNAは生体分子=液体に満たされた細胞の中に存在するもので、あらゆる反応は基本的に液体中で行われます。)

厳密な話をしても理解しづらいというか面白くないのでイメージで語りますと、温度が高いのと低いの、どちらがカチッと・シャキッとした構造を取りそうか考えればイメージが浮かびやすいと思うんですけど、基本的には、温度が高くなればなるほどDNAやRNAは二重鎖を形成しづらくなり、ただダラ~っと、ビヨ~ンと伸びた、一本鎖の状態でしかいられなくなります。

つまり、温度が低いほど、相棒の鎖がすぐそばにいるDNAなら二本鎖の形成ができるし、一本鎖のRNAなら分子内(自分の鎖の中)でステムの形成が安定的にできる、という感じですね。

同じように、塩濃度も、こちらは細胞溶液の濃度(生理食塩水濃度が近いですね)近辺が最適として、あまりにも塩でドロッドロになるぐらいだと悪影響がありますが、基本的には、塩濃度=イオン強度が低いほど静電気的な作用である水素結合の影響が弱くなり、二重鎖を形成できず一本鎖の状態でしかいられなくなりがち(つまり、温度を上げたのと同じ状態)になります。

pHなんかも、そもそもpHは水素イオン濃度H+が関連する数字ですからこれも当然DNA・RNAの構造形成に影響を与え、アルカリ性になればなるほど構造が崩れてしまう(=温度を上げたり、塩濃度を下げたりと同じ影響)ことが知られていますが、こないだ見ていた大腸菌を使ったプラスミドDNAのミニプレップのP2処理(アルカリ処理)は、実は菌を溶かすだけではなく、DNAの構造にも影響を与えていた(小さいプラスミドはあまり影響を受けないが、それよりずっと大きい大腸菌の染色体DNA(ゲノム)はアルカリで構造が崩れて不溶性となり、以降のステップで取り除かれやすくなる)のです、という話にもつながる点でした。


まぁその辺の詳しい・細かい話はともかく、特に温度とDNA・RNAの構造の関係は重要で、この性質をめちゃくちゃ上手く利用したのがPCRなんですけど、PCRはまたいずれきちんと見ておきたいネタの1つですね。

そのPCRにも関連することで重要な点として、上述の通り温度を上げていくとDNA・RNAは二重鎖構造を取れなくなっていくんですけど、このことをDNAやRNA変性(denaturing…「自然ではなくす」的な感じで、否定を意味する接頭辞のde+natureですね)と呼んでいるとともに、この、高温下でステムや二本鎖といった構造を取れなくなってしまった状態から改めて温度を下げてやると、また普通に元の構造を取れるようになるのが、DNA・RNAという核酸分子の超絶イカしてるポイントといえます。

例えばタンパク質、生卵をイメージしていただければあまりにも明らかですが、温度を上げてタンパク質を変性させるとゆで卵になりますけど、これを冷ましてももう元の生卵には戻らないんですよね。

しかし、核酸分子は、熱で変性させても、もちろん高温にいる間は元々取ってたステム構造や二本鎖状態ではいられなくなりますが、温度を下げると、当たり前のように元の構造に復帰することが可能なのです。

これが、DNA・RNAに特有の、大いなる特徴といえますね。

ただまぁこれも、「なぜ?」と考えると結構微妙で、言葉では「タンパク質は20種類のアミノ酸がつながって複雑な構造を形成し、一度変性して崩れてしまうと同じ形に戻れないため」とかそれっぽいことはいえますけど、じゃあDNAやRNAだって、4種類のヌクレオチドがつながって結構複雑な構造を形成してるんだから、一度崩れたら戻れない気がすっけどな…とも正直思えますし、結局「そうだからそう」としかいえない、経験的にそうなってるって意味合いの強い、理屈抜きの「そういう現象」として受け取るべき話、って感が強いかもしれませんね。


日本語ではあまりいい感じの図がなかったので英語ですが、インドのアンナ大学のオンライン教材に大変分かりやすい絵があったので、引用させていただきましょう。

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https://www.brainkart.com/article/Denaturation-of-DNA_27539/より

こちらは二本鎖DNAの図ですけど、RNAのステムの形成なんかもほとんど同じものと考えてOKです。

一番左に二本鎖のDNAが描かれており、これを加熱するごとに、DNAは不安定化していくため二本鎖ではいられなくなって少しずつほどけていき、さらに加熱することで最終的には完全に一本鎖同士に分かれます。

この過程がdenaturation(変性)で、これを冷やすことで、普通に元と同じペアが形成され、しれっとrenaturation(再生)されるという感じですね。


まぁ似たような話というか図ですけど、もういっちょ、フランスのメリュー財団が公開してくれていたオンライン教材から、関連する図を引っ張ってみましょう。

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https://elearning.fondation-merieux.org/molecular-biology/chapter-1/page-15.phpより

これまたDNAについて描かれていますが(歴史的に、DNAが一本鎖⇔二本鎖と変換されると、波長260 nmの光の吸収度が変わることが知られていたので、吸光度は簡単に計測できることもあり、この手の構造解析はDNAを使ってやられていたという感じですね)、改めて、一本鎖と二本鎖構造の温度変化について、より詳しく示してくれた図です。

グラフの横軸は温度、縦軸はその260 nmの吸光度ですが、これはまぁ一本鎖DNAの割合と考えてよいでしょう。

温度が低い内は、ほぼ全てが二本鎖(Double stranded)DNAですが、温度の上昇とともに徐々にほどけていき、高温ではほぼ全てが一本鎖(single stranded)DNAになるわけですね。

そして、ちょうど半分のDNAが二本鎖から一本鎖になった所の温度を、融解温度…melting temperatureで、Tmと書かれることが多いですが、そう呼ばれています。

このTmは、DNAの種類によって異なります。

この実験で使ったDNAは、(どんなDNAだったのかは知りませんが)Tm=69℃だったみたいですけど、当然、塩基の長さや、GCの割合なんかでTmは変わってくるわけです。
(長いほど二本鎖のまま粘れるからTmは高いし、GとCは前回書いた通り水素結合が3本あって強い結合を生む塩基なので、これが多いほどTmは高くなります。
 いうまでもありませんが、Tmが高いほど、「より高い温度まで安定した二本鎖のまま粘れるDNA」ということですから、より安定なDNAだといえる感じですね。)

つまり、Tmは、そのDNAがどの程度安定して二本鎖でいられるかの目安になっているともいえるわけですね。

もちろん、DNA自身のみならず、環境によってもTmは変わりまして、例えば先ほどもチラッと触れていた通り、塩濃度が高いとTmは上がるし、アルカリ条件だとTmは下がり、DNAの濃度が高いと、二本鎖を形成しやすくなりますから一般的にTmは上がる、といった感じですね(が、この辺は、深く考えると相当ややこしいですし、あまり深追いする必要もないでしょう)。


…ってぶっちゃけTmなんて入門編ではマジでどうでもいいにも程がある話だったんですけど、いずれする予定のPCRの話では知っているとちょっと理解が進みやすいかもしれないし(実際、PCRをするときに一番よく出てくる数値データかな、と思います)、それより何より「DNAの種類(配列・長さ)によって、変性のされやすさ(二本鎖のほどけやすさ)は当然違います」ということを示すために、ちょっくら垣間見てみた感じでした。

 

…うーん、相変わらず、かなり込み入ってる長いだけの話で、イマイチ面白みに欠ける気もしますが…。

いずれにせよ、今回のまとめは「DNAの二本鎖形成や、RNAの複雑な二次構造は、温度次第で変わる……高温だと、構造をキープできずただの一本鎖に変性してしまう」(もちろん、温度以外の条件でも変わるという点も大切)という感じですね。

とりあえず、以上の話なんかを踏まえて(あんまり踏まえるほどの話でもないかもですけど)、元々いただいていたご質問のまとめを次回していくとしましょう。

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