お酢の意外な性質

水に溶けたDNAを目に見える形に抽出する手法・エタノール沈殿について、ポイントは塩と酒(アルコール)を加えるという点にあるわけですが、そこで使う物質は結構色々なものがあります…なんてことをここ何回かの記事で見ており……


とはいえ前回の記事では、「使われることのない物質」として、一応アルコールの出発化合物といえる(炭素1つから成るアルコールなので)メタノールなんかを挙げて、

「毒性はもちろん、比誘電率が高いので、電気の偏りをなくすのが目的のアルコール沈殿では、効果の弱い雑魚であり使われることがないのでしょう」

なんてことに触れていました。

 

誘電率について、前回ももうちょい触れようと思っていたけれど時間もなく触れていなかった点に関してせっかくなので見ておきますと、まぁそもそも前回引用していた表は英語だったので分かりづらかったこともあり、「エンジニアズブック」というサイトに非常に網羅的な種々の溶媒の比誘電率が掲載されていたため、PDFだったのでリンクカードではなく素のURLになりますがまずそちらのリンクだけ貼っておきましょう…

 

エンジニアズブック・一般溶媒のデータ

https://www.eng-book.com/pdfs/f53693fe0f7f45e2dd70ab254fc57382.pdfより)

 

…そもそも比誘電率って何だよ、って話ですが、これは「真空中の電気の通りやすさを1としたとき、その物質がどのぐらい電気を通すか」というもので、水は80(ただし、温度によって大きく変化するもので、これは室温付近のデータのようですが)という値でしたが、これはつまり、

「水の中ってのは何もない空間より80倍も電気を通しやすい」

…ということなので、水というのも意外と電気が流れる物質ですから、プールの上でバーベキューパーティーみたいな頭のイカれたことをやってる人が感電してしまう事故というのは、稀によく聞く感じだといえましょう。

 

で、上記PDF記事によると、エタノールが24.55、メタノールが32.66と、エタノールの方がより電気を通しにくい=電気的な偏りがなくて、塩の陽イオンで電気の偏りが奪われたDNAを沈殿させやすい、って話だったわけですけど、これは実は有機化学の知識があれば当然推測可能な話で、基本的に電気の偏りを作っているのは酸素原子であり、炭素原子というのは電気的な偏りがない、いわゆる油ですから…

(水と油が混じり合わないのは、水は電気の偏りがある物質だけど、炭素がたくさんつながってできている油は電気の偏りがないからに他なりません…というのは以前何度か触れたことがありました)

…炭素原子の数が増える程に基本的に電気の通しやすさは減っていくのはある意味当たり前と言える話だったんですね(エタノールは炭素原子2つ、メタノールは炭素原子1つのアルコールです)。

 

ちなみに前回の表にはなかったですが↑のPDFにはバッチリありました、炭素数3のイソプロの比誘電率は19.92ということで、より電気的な偏りがない物質であり、エタノールよりも少ない量で沈殿を形成させることが可能…なんて話だったわけです。

 

それに関して、「じゃあもっと誘電率が低い液体を使えばいいじゃん」って気もするかもしれないんですけど、それはもちろん必ずしもそうは言えない話で、あまりにも誘電率が低い有機溶媒だと、まさに先ほど書いた「水と油」で、水と混ざり合わないこともありますから、しっかり混ざってくれなきゃDNAにタッチすることすらできず、影響を与えることなんて不可能になっちゃうんですね。

したがって、あまりにも誘電率が低くても、それはそれで不適って形になるわけです。

 

ちなみにメタ・エタ・イソプロの代表的アルコール3兄弟は、「水に任意の割合で溶ける」という素晴らしい性質を持っている…というのも、以前どこかの記事で触れたことがありました。

「溶解度は無限大」と書くと不思議な感じがしますけど、まぁ水のプールにエタノール1滴を加えても均一に混じり合うし、逆にエタノールのプールに水を1滴加えても均一に混じり合うというそれだけでしかない感じですけどね。

 

ただ、誘電率の表を見ていて驚いたのが、酢酸……CH3COOHというこの分子は、炭素2つに対して酸素も2つあるという、イメージ的にはかなり極性(=電気的な偏り)の大きそうな分子なんですけど、誘電率を見て驚きました……

こちらの誘電率は、なんと6.17という、イソプロよりも遥かにずっと電気を通さない物質だったんですね!

 

これは正直あまりにも意外で、酢酸は酸性の物質ですから、「酢酸イオンと水素イオンに分かれる」という性質もあるわけで、「イオンに分かれる以上、電気はよく通すんじゃないの…?」などと物理化学的なセンスが全然ない僕なんぞは思ってしまうわけですけれども、まぁ酢酸は弱酸であることが有名なので(=酢酸分子の、ごく一部しか水素イオンを放出してイオン化しない)、そういう理由で電気を通しにくいのかもしれません。

 

詳しい分子レベルのメカニズムについては分からないものの、とりあえず純粋な酢酸は非常に電気を通しにくい物質だということで、どうしてもプールに浮かんでバーベキューをしたり(まぁよく考えたらBBQは流石にやらなくね?って話だったので(笑)、プールにスピーカーを浮かべて音楽を流すとか、そういう電気製品の利用ですね)をしたいのであれば、水ではなく酢酸を使えば、感電の危険性は大分低くなるかもしれないですね…!

(って、言うまでもなく、プールに酢を張ったら、凄まじくツンとくるニオイがヤバすぎるのは言うまでもなく、目などの粘膜のみならず、皮膚でさえめちゃくちゃダメージを受けるので、荒唐無稽にも程がありますが(笑))

 

ちなみに食用酢の酢酸濃度は約5%弱で、一口に「お酢」と言っても、あれはむしろ95%が水の、純粋な酢酸とは全然別物になっています。


と言っても酢酸というのは純粋な分子でも常温で液体であり、エタノール同様、「水と任意の割合で混ざる=溶解度無限大」という性質があるので、見た目では100%酢酸も5%酢酸も全く区別がつかないわけですが、「常温で液体」とはいえ、純粋な酢酸の融点はなんと16℃であり、ウィ記事にこんな記述がある通り…

純粋な酢酸は、融点が約摂氏16度であることから、温度がそれを下回ると固体になり、特にその外見が氷に似ていることから「氷酢酸」(glacial acetic acid) とも呼ばれる。水が凍るか凍らないか程度の気候であっても、室温で固体になることが珍しくない物質のひとつでもある。

…純粋な酢酸は、(固体になっていなくても)しばしば「氷酢酸」と呼ばれるというのも、教養というか豆知識のひとつかもしれませんね。

https://ja.wikipedia.org/wiki/酢酸より

もちろん研究室には氷酢酸が沢山ありますが、そういえば氷酢酸が凍っている様子は見たことがない気がします……。

まぁ真冬でもちゃんと暖房が効いて、室内が16℃未満に下がることはないということなのでしょう、ヌクヌクいい環境でやらせてもらっとります…という感じですね(…って、職場に暖房がなくて凍えながら作業する所なんて、現場関係以外ではまずないでしょうし、そんなの自慢にも何にもなりませんが(笑))。

 

…と、「じゃあ、エタノールどころかイソプロよりも優秀なら、酢酸でDNAを沈殿させるのが一番いいんじゃないの?エタ沈ならぬ、酢沈だ!」って思えるような気がするんですけど、これに関しては、DNAを酢酸で沈殿させるなんて見たことも聞いたこともありません……なぜなんでしょうね? 

まぁ、塩として「酢酸ナトリウム」は使うので、ある意味酢酸もエタ沈に参加してるっちゃ参加してるわけですけど、純粋な酢酸と、塩である酢酸ナトリウムとは似て非なるものですし、液体の酢酸を使ってDNAを精製するのはちょっと考えられないですねぇ。


これまた僕にはそうしないロジカルな理由が分かりませんが、まぁニオイがきつい、蒸発させにくいといった理由の他に、やっぱり誘電率が低かったとしても、分子の極性自体は大きいように思えるので…

(少なくともほとんど全くイオンに分かれないエタノールに比べて、弱酸とはいえ少なからず酢酸イオンと水素イオンに分かれる酢酸は、より「電気的な偏りのある物質」と言えるんじゃないかと思えます)

…あくまで誘電率は指標のひとつであり、実際現実的にDNAを沈殿させるのには向かない物質なのかもしれませんね。

 

エタノールの代わりに酢酸を使ってDNA沈殿を実際にやってみればよかったですが、ちょっと今そんなことしてる時間がなかったので(こんなブログ書いててホンマかいな、って話ですが(笑))、実験的に確かめることには至らなかったですが……

…ただ、「酢酸で沈める」といえば、DNAの沈殿ではなく、タンパク質の沈殿……これは正直DNAの沈殿=エタ沈に比べてあまりやられない実験ではあるんですけど(DNAに比べて、タンパク質はあまりに多種多様の物質があり、必ずしも上手く形を保ったまま沈殿できるとは限らないので)、タンパク質を沈殿させる手法として、TCA沈殿というものがよく知られていますね!

 

我らがエジソンさんの設立したGE…の社名が変わって現Cytivaですが、検索したらトップに出てきました、タンパク質の濃縮実験として、TCA沈殿も挙げられていましたので、そのままプロトコールも含めてご紹介させていただきましょう(↓)。

www.cytivalifesciences.co.jp

 

非常に強力なタンパク質沈殿剤であるTCA(トリクロロ酢酸)を用いた手法です。多くのタンパク質に有効です。

ただし、ある種のタンパク質は再溶解が困難になるため、沈殿を完全には再溶解できないことがあります。

形成された沈殿にはTCAが残存しているため、アセトンやエタノールで十分に洗浄します。低pH溶液で長時間インキュベートするとタンパク質の分解や変性を招きます。変性のリスクがあるため、活性タンパク質の精製には向いておらず、主に電気泳動サンプルの調製に用いられています。

マークTCA沈殿の一般プロトコール
  1. タンパク質抽出液に最終濃度が10~20%になるようTCAを加える。または、組織を直接10 ~20%TCA内にホモジネートする。
  2. 氷中で30分インキュベートする
  3. 5分間、12,000 × g で遠心する
  4. ペレットを氷冷アセトンまたはエタノールで洗いTCAを完全に除去する

 

…とこの通り、TCAというのは純粋な酢酸ではなく「トリクロロ酢酸」という、クロロ=塩素原子が3つ(=トリ)くっついたものなんですけど、まぁ酢酸の兄弟分子とはいえ、酢酸も一応「生体分子の沈殿」には使われている、という話でした。

 

ちなみに僕も昔やったことがありますが、意外と単純な工程ではあるんですけど(これも結局、混ぜて、遠心するだけ)やっぱりエタ沈よりも条件検討とかが大変で、厄介な実験だった印象があります。

 

ちなみにTCAは、上述の誘電率表では空欄でしたが、まぁそれもそのはず、これ自体は白色結晶の固体ですから、誘電率は計測が難しいんだといえましょう。

ja.wikipedia.org

 

…と、今回本当はまた少し別の話に触れていくつもりでしたが、酢酸の話が意外と広がってくれました。


と言っても、「酢酸は電気を通さないけど、エタ沈(DNAの沈殿)には使われない(理由は分からない)、でもタンパク質の沈殿には、似た分子が使われます…」という何とも浅い話だけでしたが、ちょっと酢について触れてみた形でした。

次回もまたエタ沈ネタを続けていく予定です。

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