Xの運命はどうやって決まるのか…?

前回の記事では、X染色体を2本持つ女性のみで起こる現象、ライオニゼーション(X染色体の不活化)について、「いつ起こるの?」という問に対し、

「実はハッキリとはまだ分かっていないけど、発生のかなり初期、たった1つの受精卵が数回分裂して、細胞が32個になったぐらいには概ね完了していると思われる」

…みたいなことを書いていました。

 

もちろん完全に解明されたわけではないものの、前回リンクを貼っていた研究レビュー記事によると、やはり研究がしづらいヒト細胞よりもマウスの細胞でよく研究がされているようで、記述もマウスが中心ではあったのですが、全体的に「これまで知られているよりも、かなり早い段階、4細胞や8細胞段階で既に不活化は起こっている」という感じの知見が主流だった印象です。

 

個人的には改めて、もし4細胞の頃に完全に運命が決まってしまっていたら、「ランダム」といっても所詮1/2の確率ですから、かなりの偏りが発生しそうに思えるので、前回もチラッと書いていた通り、

「全部の細胞で、異常遺伝子が乗ったX染色体側が選ばれてしまう」

…ってことが普通にめちゃくちゃ起こりそうな気がしますから、もしそうならば例えば色覚異常の女性とかめちゃくちゃいてもおかしくなさそうなのに、実際の現実世界ではそうではないことからも、直感的にはやはり16細胞ぐらいまでは決まらないものもあって、全体として結構なバリエーションが生まれているんじゃないかな…なんて気がしますね。

 

ちょうどこないだ触れていた色覚異常の解説記事(↓)に具体的な数字が掲載されていましたが……

 

www.nig.ac.jp

 

色覚異常保因者(=正常型オプシンをもつX染色体と異常型オプシンをもつX染色体を1つずつ持つ女性。この女性本人は、先述の通り、正常型を持つおかげで色覚異常ではないことがほとんど)は、日本人女性全体の10%程度だそうですが……

当然、この女性が男児を産んだらその子は半分の確率で色覚異常になるわけですけど(男の子のX染色体は母親由来なので。正常なX染色体と異常なX染色体のどちらが受精した卵細胞に乗っているかは、完全にランダムになります)

…この女性自身の「X染色体の不活性化」に着目した場合、もし4細胞期までで完全に細胞の運命が決まるなら、1/2の4乗=1/16の確率で「全部異常型のX染色体が選ばれる」形になりますから、まぁ10%の1/16=0.5~1%程度の女性が「全ての細胞が、異常型オプシンの乗っているX染色体を持つ」状態になってしまい、この細胞は色覚異常の男性と完全に同じ状況ですから、この女性は普通に色覚異常を発症するわけですけれども……

現実の数値としては、色覚異常を発症している女性は0.2%程度だそうで、しかもその過半数は「父親から異常型のX、母親からも異常型のX」を受け継いだ、いわゆる遺伝子がホモ(=同じ形質)の、不活性化うんぬんは一切関係ない状態らしく、それを踏まえると、その半分未満の0.05%とかそこら、実に数千人に1人レベルの割合でしか「保因者(遺伝子がヘテロ)なのに、色覚異常の女性」はいないことになるんですね。

 

…って、何気に書いてて意外と想定通りというかそこそこ理論通りの数字になっており、あんまり驚きはなかったんですけど(笑)、そもそも「4細胞期までで全部が決まる」という形でも全女性の0.6%程度しか「全部異常型」の人はおらず、現実世界の、「実際の色覚異常女性の割合」は0.05%ぐらい=その高々1/10かそこらの割合だという話でしたから、理論的にも、もう1回余計に分裂した頃には完全に運命が決まってるという計算になりますので…

(8細胞期時点で完全に運命が決まってる場合、「全部異常型」が選ばれる確率は1/2の8乗=1/256になるため、「10%の保因者」の1/256だと、もう0.04%になりますもんね)

…やっぱり案外早い段階で細胞の運命は決まってるのかもしれません(笑)。

 

(改めて、一度「どちらのX染色体を使うか」を決めた細胞は、死ぬまで一生そのまま……当然、分裂してもそのままなので、4細胞の時点でどちらを使うかが決まっていた場合、もしもその4細胞が全部同じX染色体を選んだら、最終的に60兆個にまで分裂して増える全身の細胞全てが同じX染色体を使っていることになるわけです)

 

…と、前回の補足でまためちゃくちゃ長くなってしまいました。

 

とはいえ、今回の本題であるもう一つの疑問、「ライオニゼーションはどうやって起こるのか?」は、これまた「まだ完全な機構までは分かっていないようです」としか言えない短い内容になるので、記事水増しにちょうど良かったかもしれません(笑)。

 

検索したら、増井修さんという理研所属の日本人研究者の方がこの辺の発生遺伝学を専門的に研究されているようで、Cytiva社(こないだも出てきましたが、元々はかのエジソンが設立したGEの一部門・GEヘルスケアという名前の会社だったのですが、近年の業績不振により統合されて、名前が変わったようです。未だに「GE」の方が圧倒的に馴染みがあるんですけどねぇ~)のイメージング装置を使って行われた研究だったようで、装置の宣伝も兼ねて、研究成果の分かりやすい報告がされている記事が見つかりました(↓)。

 

www.cytivalifesciences.co.jp

 

大変分かりやすい解説記事…ではあるのですが、まぁ流石に、一部用語やイメージが、分子生物学に不慣れな方には意味不明すぎる気がするので、恐らくこの記事だけを読んで仕組みを理解することは至難の業ではないかと思えるものの、まぁせっかくですしこの研究で確かめられた現象のモデル図イラストをお借りすることで、ちょっと説明を足してみるといたしましょう。

https://www.cytivalifesciences.co.jp/tech_support/customer/cellular_science_deltavision_voc_dr-masui_2.htmlより

登場人物の主役としては、「Xist」(X-inactive specific transcript(不活性X染色体特異的転写産物)という、不活性化されたX染色体上のみで強く見られる転写産物(=遺伝子DNAの情報をもとに作られたRNAのこと)であり、まぁRNA分子ということですね。

(既にこの時点で、各用語の意味をしっかり理解していないとイミフにも程があると思いますが…)

 

そういうよく分からん名前で抽象的な話をされても全くイメージが浮かばないのももっともで、「具体的にはどういうものなのさ?」という話になると思うので具体的にどんなものかも示しておきますと、まぁヒトの遺伝子DNAの配列は既に完全解明されているため(機能や中身はまだ不明な部分があっても、配列自体は読まれている、って感じですね)、遺伝子データベースでXistと検索したらヒットしてきました、こちらのリンク(↓)にあるように……

 

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

…まぁ19296文字がつながって出来たRNA(↑のデータはDNA配列なので「A, C, G, T」で書かれていますが、RNAは「T」が「U」になるだけで、配列自体は完全に同じです。だからDNAの情報をもとにRNAを合成することを「転写」と呼ぶんですね)で、それ以上でもそれ以下でもないんですが、結局具体的に見ても「だから何だよ」ってレベルに思えるものの(笑)、改めて、2万弱の塩基が1つずつつながってズラーっと並んで1つの分子を形成しているのがXistと呼ばれるRNAだと、そういう形になっています。

 

この際Xistが何かはとりあえず気にする必要はないと思いますし、「そういう分子がX染色体から作られる」と思っておくので十分だと思えますけど、「遺伝子DNAというのは二本鎖である」というのも何度か以前書いていたことであり、もう一つの登場人物、「Xist」を逆から読んだ「Tsix」というRNA分子は、実はこの「Xist」の逆側の鎖から作られたRNA分子ということで……

 

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

元々二本鎖のDNAは「A⇔T」「C⇔G」がそれぞれペアとなってくっついている分子ですから、この2つのRNARNAは、DNAのどちらか一方の鎖と同じ文字列情報になる、一本鎖でした)はお互いにくっつくことができる性質をもっているわけですね。

 

(まぁ、ゲノムビューアでチェックしたら、両者は染色体上の完全に同じ部位から生まれたものではなく…

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/7503より

…一部が重なり合っているだけではあるものの(非常に小さい文字で見づらいですが、↑の画像下部、上にある左向きのバーがTSIXで、下にある右向きのバーがXISTです。両者のお尻側が一部重なっている感じになっていますね)、まぁ一部ではあれどしっかり重なりがあって逆向きの鎖なので、両者はくっついて二本鎖を形成することができるわけですね。)

 

…ってまぁ、あんまりこいつらが「くっつけるかどうか」は大して話に関係ないのでどうでもいいんですけど(笑)、とりあえずもう一つの登場人物として、上記XISTとTSIXはX染色体上の一部の領域に存在するもので(当たり前ですが、↑のゲノムビューアは、X染色体の情報だった形です)、これらの遺伝子が存在する部分をXic(X-inactivation center;X染色体不活性化センター)と呼ぶそうです。

 

まぁこれも正直、名前や中身はこの際どうでもいいように思います。

 

いずれにせよ詳しいことはともかく、この研究で分かったことというのは…

Xist分子(図では緑)とTsix分子(図では赤)がそれぞれX染色体から合成され、両者はXicに結合しているわけですけど(図(1))、発生の途中、不活性化が始まる頃になると両染色体が細胞の中でより早く移動するようになり(図(2))、両者は衝突した際、Xic同士がピタリとくっついて(図(3))、何らかの作用によって一方のTsixが引っぺがされて(図(4))、それがシグナルとなり、Tsixが失われた方はXistが蓄積し始め(図(5))、結果、Xistが蓄積した側の染色体が不活性化することになる(図(6))…

…という流れで、まぁ、「なるほど、よく分からんことが分かった」という話かもしれないものの(笑)、「不活化したX染色体特有に見られる分子であるXistが、なぜ一方でだけ見られるか」の説明にもなっている、大変素晴らしい研究結果だといえましょう。

 

とはいえ、「何らかの作用で…」などまだ不明な点は多いですし、実際にXistが蓄積することでどうX染色体が不活性化されるかについてもまだまだ未解明なことが多く、あくまで「仕組みの一端が分かった」という話でしかないものの、現代の生命科学研究はこういった小さな知見の積み重ねだという感じですね。

 

…ってな所で、全く何の解説にもなっていない単なる図の記述をなぞるだけの話になってしまったものの、またしても完全に時間が無くなってしまったので、まぁもうちょいまとめ的なものから、また次回もう少しだけこの辺の話を擦らせていただこうかなと思います。

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