引き続きライオニゼーションこと「X染色体の不活化」について気になる点をもうちょい深掘りしていこうと思います。
まず、「父親からもらったX染色体か、母親からもらったX染色体か、女性の細胞ではどちらか一方がランダムに不活性化されている」というそのライオニゼーションについて聞いた際、誰しもが必ず疑問に思う点として、
「いつ、どうやって?」
というのがあるといえましょう。
(ちなみに今さらの点ですが、男性の場合、父親からはY染色体、母親からはX染色体を受け継ぐので、ライオニゼーションは一切起こらない形ですね。
なので、「どちらのX染色体が使われている細胞か?」という点において、実は全身で2種類の異なる細胞がモザイク状に散りばめられている女性とは違って、男性の細胞は全てが同じX染色体を使っている形(=母親由来)になっており、また、X染色体にはY染色体よりも圧倒的に乗っている遺伝子の数が多いですから、
「男の子は母親に似やすい」
…というのは、そういう意味合いも含んで言われがちな話なのかもしれませんね。)
話を戻すとその疑問点について、これはズバリ、生命科学の得意技、「ある程度は分かっているけれど、厳密なことはまだよく分かっていない」という、良く言えば研究の発展途上、悪く言えばまだ人類はそんなことさえも分かっていないのか…という感じかもしれませんが、ハッキリした答は出ていないというのが現状のようです。
(というか、純粋に理論を対象にする数学や物理学と比べると、生物学は本当に、あくまで「現象の記述」「複雑な系にそれっぽい理屈を当てはめているだけ」ともいえるので……
(まぁ物理も、「現象の記述」という観点からいえばそのほとんどが厳密性に欠ける「近似」に過ぎないともいえるわけですけど、普遍性はやっぱり個体差の大きすぎる生物よりは遥かに大きいものといえましょう)
…これに限らず、どんな生命現象も後からひっくり返る可能性はあるわけですけど、とはいえ「DNAの3文字が、アミノ酸1つを指定し、それがつながって生物の本体であるタンパク質となる」みたいな、現在確認されている生命体に関していえば絶対に覆ることがないといえる確固とした理論も、あるっちゃあるようにも思えます。)
話が行ったり来たりしてしまっていますが、いずれにせよ、「DNAがまずRNAに変換され、それがタンパク質を作り出す」レベルの絶対的なルールみたいなものは、ライオニゼーションに関してはまだできていない(分かっていない)、というのが実際の所だというのが結論です。
とはいえ「どちらのX染色体が選ばれるかは、発生の初期に、ランダムに決定する」という所までは分かっているわけですけれども、具体的に「いつ」という点まではまだ完全解明には至っていない形になっています。
まぁ考えてみれば分かると思うんですけど、受精が完了して一つの生命としての発生が始まった受精卵を、「3回分割して8細胞になった、ではバラしてX染色体の様子を見てみよう」とするのは、ヒト細胞を使った場合は倫理的にあまり良くないという点もあり、中々そのためだけの研究は進め辛いというネックもあるのが発生学の難しさといえましょう。
(一応、生命科学研究には「14日ルール」というものがあり、こちら京大のニュース記事(↓)にもあります通り…
…従来「受精後14日を超えた胚を形成してはいけない」というルールがあり、それまでは一応ヒトの受精卵であっても研究材料に使えることは使えますし、さらにいえばこのルールも数年前に国際学会が廃止したことで様々な議論も起こっているのが現状とは言えるのですが、やはり通常のヒト細胞やその他の生物種を用いた研究よりも、施設の認可とかも必要となり煩雑で、進め辛いことには違いない形になっているように思えます。)
「じゃあせめて人間以外の他の生物を使って研究してみればいいのでは?」と思えるかもしれませんが、実際ヒト以外ではより研究が進んでいる生物種もいるんですけれども、実は生物によって不活化の仕組みは全然違うという悩ましい点もあるんですね。
具体的には、こないだ分かりやすいイラストも借りていた、秀潤社・細胞工学誌の分かりやすいX染色体不活化の解説記事(↓)にもあった通り……
…遺伝学のモデル生物といえるショウジョウバエなんかでは、メスのX染色体の不活性化は起こらず、代わりに「オスにおいてX染色体の活性を2倍にする機構が存在し,これによって発現量が調整されている」ということで、もう根本からまるでヒトとは違う形になっています。
他にも、今回↓で引用するレビュー論文記事にある通り、マウスでは(組織によって異なるという複雑さもあるものの)「父親から受け継いだX染色体が優先的に不活性化される」というメカニズムも存在しているなど、本当に種によって異なるため、何らかの関連性などの知見を得られることにはつながる可能性もあるものの、他の生物種の胚を使って研究しても、直接的にヒトにおけるX染色体不活化メカニズムの解明にはつながらない感じなんですね。
そんなわけで、まだ絶対的な法則が判明したわけではないので簡単に検索してもあまり情報は出てこなかったのですが、一応それを生業としている専門家ということもあり、現在の研究段階で分かっていることを調べてみました。
分かりやすくまとめてくれていたレビュー論文として、以下の2004年発表の記事が目に付き……
…個人的には21世紀なら「新しい研究」に思えるものの、よぉ考えたらこれももう20年も前になるわけで時間が経つのが早すぎて嫌になりますけれども(笑)、まぁ軽く調べてもここから特に抜本的な結論が得られたということはないようなので、こちらの情報をお借りしましょう。
まず、パッと読み流してみた際、こんな記述が目に付き……
By the 32-cell stage, 90% of all female cells analysed had an inactive Xp.
(32細胞の段階までに、分析されたメスの全細胞の内90%が不活性Xpを保有していた。)
…僕はてっきり、「32細胞期までに90%が不活化しているということで、それなりに早い段階で不活化はされているものの、ここまで(32細胞=5回細胞分裂が行われた後)来てもまだ10%は運命が決まっていないということで、それならバラバラなモザイク分布になるのも納得ですね」などと早とちりで紹介しようと思っていたのですが、論文をよく読んでみるとXpというのは「父親由来X染色体」のことで、これはズバリ、「父親のX染色体が優先的に不活性化される」というマウスの細胞での実験結果だったのでした。
個人的にはそもそも、あまりにも早い段階で運命が決まってしまうと、確率的に「全て母由来」「全て父由来」になる可能性も出てくるので…
(当たり前ですが、例えば4細胞の状態で既にどちらが不活化されるかが決まってるなら、1/2の4乗で1/16、それが「父のみ」「母のみ」の2パターンあるので、結果8人に1人は「片方の親のX染色体だけを持つ女性」になってしまいますもんね)
…あまりにも発生の初期だと「女性の保因者(=正常・異常両方の遺伝子もち)も、男性と同じく色覚異常とか筋ジスとかを発症する確率がもっと大きくなりそうな気がするなぁ」と感じるため、
「32細胞期でもまだ全てが決定しているわけではない」
という記述が大変納得いったわけですけれども、どうやらこれはマウスの話(父由来の染色体の優先不活化)で人間は別とのこと……。
で、ヒトについては、まぁ上述の通りまだ決定的な結論は得られていないんですが、「HGRPT」という、X染色体の不活化に関わる酵素の合成量を指標にした実験からは、どうやら4-8細胞期には既に不活性化が行われている(もっとも、これは「HGRPT遺伝子の発現が始まっている」だけで、必ずしも不活性化が完了しているとは限らないわけですが)…なんて情報が目に付きました。
とはいえ改めて、「関連酵素の合成が既に始まっている」だけで、その酵素の濃度がかなり高まるのは桑実胚期以降のようで、桑実胚というのは、まぁその名の通り、受精卵が分裂を続けて、桑の実のようになった状態であり…
↑のウィ記事にもある通り、これは概ね16-32細胞ぐらいの頃にあたるので、まぁやっぱり大体そのぐらいに不活性化の運命が決まるのかな、って思える感じですね。
(改めて、それはある一つの酵素の量でしかないので、これが完全に不活化の状態を表しているわけではありませんが…。)
ということで、ここまでまとめた所で、またしても時間切れとなってしまいました。
もうちょい触れようと思っていた内容もあったのですが、まぁ似たような「あまり分かりません」って話でしかないものの、せっかくなのでまた次回見てみようかなと思っています。