前回の記事では、薬剤耐性菌(特に細菌について取り上げたものだったので、細菌に対する薬である抗生物質に耐性を持った細菌=耐抗生物質細菌についてでしたが)に関する全般的な話を見ていたわけですけど、せっかくなら一つぐらい具体的な耐抗生物質細菌感染症(長ったらしくてややこしいですが(笑)、「耐・抗生物質・細菌・感染症」って区切る感じですね、逆によく分かんないかもしれませんけど(笑))についても見てみようかなと思いました。
一番代表的な大腸菌感染症や、やたら何度も登場してきていたC. diffというボツリヌス菌・破傷風菌の仲間(属名の「C」は、ボツリヌス菌も破傷風菌もClostridium(最近Clostridioidesに変わったようですが)で、同じグループなわけですね)が引き起こす感染腸炎なんかもどんなものか気になりましたが、こいつらには薬剤耐性菌以外の話も含まれているためかやたら記事が長く、ちょっと面倒くさそうだったため保留とさせていただき…
…耐性菌に特化した病気の代表例といえる、名前だけは感染医学の話を聞けば必ず耳にすることになる、MRSAというものを見ていこうかなと思います。
名前の「R」が「抵抗性・耐性」を意味する「レジスタント」であることからも分かる通り、これは薬剤耐性を獲得した細菌(具体的には、先頭のM=メチシリンという抗生物質が効かなくなった耐性菌です)が引き起こす疾患ということで、罹ってしまうと結構深刻なものですね。
まぁ、Wikipediaを見れば大体のことは概説されてるわけですけど…
…せっかくなので、世界最先端の医療機関による啓蒙まとめ記事も、例によって参考にさせていただくといたしましょう。
MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus)
MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)は、多くの抗生物質が効かないタイプの細菌です。MRSAはほとんどの場合、皮膚感染症を引き起こしますが、治療が難しい重篤な病気を引き起こすこともあり得ます。
概要
MRSAとは何?
MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)は、抗生物質に対する防御機構(耐性)を発達させた細菌の一種です。MRSAに有効な抗生物質は非常に少ないため、MRSA感染症の治療は困難となります。ほとんどの場合、MRSAは皮膚感染を引き起こしますが、肺、心臓、および血流に深刻な感染症状を引き起こすこともあり得ます。
MRSAは、かつては主に医療環境―つまり病院や長期介護施設にいる人々の間―で広がるものでした(医療施設感染型MRSA、略してHA-MRSAと呼ばれます)。しかし 1980年代以降、市中感染型MRSA(CA-MRSA)の症例が増加しています。CA-MRSAは、医療施設に入院していない健康な人々に感染するものです。
MRSA感染症の種類
- 皮膚および軟部組織感染(SSTI)
- 肺炎
- 骨および関節感染(骨髄炎)
- 菌血症(血液中に細菌が入り込む症状)
- 心内膜炎(心臓の炎症)
スタフ(黄色ブドウ球菌)感染症とMRSAの違いは何?
黄色ブドウ球菌感染症は、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)という細菌群によって引き起こされる感染症の総称です。MRSAは、抗生物質に耐性を持つ特定のタイプの黄色ブドウ球菌感染症になります。総じて、黄色ブドウ球菌感染症はMRSAよりも遥かに一般的で、治療も容易に可能です。
症状と原因
MRSAの症状は何?
MRSAの症状は、感染した場所によって異なります。多くのタイプのMRSA感染症に共通する症状には、以下が含まれます:
- 発熱
- 感染部位の痛み
- 発疹や、皮膚が赤く変色する、痛む、腫れる、あるいは膿や液体が溜まる領域の出現。MRSA皮膚感染症は時折、クモに刺された症状と間違われることがあります
- 咳
- 息切れ
- 胸痛
- 疲労
- 筋肉や関節の痛み
何がMRSAを引き起こすの?
黄色ブドウ球菌の株は、様々な理由で抗生物質耐性を獲得します。時々、環境中で自然に発生することもあります。また他には、細菌が抗生物質をブロックまたは破壊する防御機構を発達させることによって起こる場合もあります。病院などの医療現場では、頻繁に使用される抗生物質によって耐性菌になってしまうことがあり得ます。
メチシリンはペニシリンに類似した抗生物質の一種です。しかし、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)という名前にもかかわらず、MRSA株は通常、以下を含む多くの種類の抗生物質への耐性を備えています:
HA-MRSAは通常、CA-MRSAよりも多くの種類の抗生物質に耐性を持っています。
MRSAはどう広がるの?
中には、MRSAを皮膚や鼻の中に自然に保有しており、それでも発病しない方もいらっしゃいます(細菌の定着)。MRSAを定着保菌している方は、感染の症状がなくても、鼻や皮膚の拭い液で陽性反応が出ます。この場合でも、他の人にMRSAを感染させる可能性があります。
MRSAは、以下を通して感染し得ます:
- 感染者や定着保菌者と直接接触すること
- 汚染された物や表面に触れること。MRSAは表面上で数週間生存することが可能です
- ベッドシーツ、衣類、医療もしくはスポーツ器具、タオル、髭剃り、または食器といった、汚染された物を共有すること
- 体内の汚染された医療機器や医療器具(中心静脈ラインや呼吸チューブなど)
MRSAは伝染する?
はい、MRSAは伝染します。皮膚と皮膚の接触や、表面に付着したものから広がります。時に、同じ家族や同じ世帯に住む人同士からうつることもあります。
MRSAの危険因子は何?
以下のような方々は、MRSA感染のリスクが高い可能性があるかもしれません:
- 医療用以外の薬剤を注射している。
- 接触型スポーツに参加している。
- 医療施設で働いている。
- 軍の兵舎や矯正施設といった、集団生活環境にいる。
- 糖尿病、腎臓病、HIV、またはガンなど、免疫力を低下させる特定の病気に罹っている。
- 免疫抑制剤を服用している。
- 体内に医療機器を挿入している。
- 長期入院している、または長期療養施設で暮らしている。
MRSAの合併症は何?
医療従事者がMRSA感染症を抗生物質で取り除けない場合、以下を含む重篤な合併症を引き起こす可能性があります:
- 敗血症および敗血症性ショック(血圧低下、組織損傷、および臓器不全に至る、感染に対する極端な反応)
- 呼吸不全
- 感染した手足の欠損(切断)
診断と検査
MRSAはどう診断されるの?
医療従事者は、患者さんの体の組織や体液のサンプル(検体)を実験室に送って検査することで、MRSAを診断します。サンプルから細菌を生育(培養)することもあるかもしれません。検査が可能なサンプルの例には、以下が含まれます:
- 血液
- 傷口の組織
- 尿(おしっこ)
- 喀痰(かくたん)(肺から吐き出される粘液)
医療従事者が、皮膚や鼻の拭い液でMRSAの定着を検査することも稀にあります。
対処と治療
MRSAはどう治療されるの?
医療従事者は、開放創(開いた傷口)をケアし、MRSAの菌株に有効な抗生物質を見つけることによって、MRSA感染症を治療します。創傷の治療には、排液や感染組織の外科的除去が含まれます。また、義肢などの感染した医療器具が取り除かれることもあるかもしれません。重症のMRSA感染症に対しては、抗生物質の静脈内投与(血管を通して)が行われます。
MRSA感染症に対する抗生物質
医療機関がMRSAの治療に使用する可能性のある抗生物質には、以下が含まれます:
- バンコマイシン
- リファンピン
- トリメトプリム/スルファメトキサゾール(TMP/SMX)
- セフタロリン
- リネゾリド
- ダプトマイシン
- クリンダマイシン
- ドキシサイクリン
- デラフロキサシン
MRSAは、非常に多くの抗生物質に対する防御機構によって治療が困難なため、時に「スーパーバグ」と呼ばれることがあります。医療機関が用いる可能性のある戦略のひとつとして、一度に複数の種類の抗生物質で治療が行われることもあります。
予防
MRSAは予防できる?
医療従事者は、MRSAのような医療関連感染を予防するために、安全性と滅菌に関する規則に従っています。これには以下が含まれます:
- 手の洗浄
- 表面の消毒
- 医療器具の滅菌
- 医療施設を訪れる患者や訪問者のスクリーニング(早期検査)
- 他の人に広がらないことを目的とした、MRSA感染者の隔離
CA-MRSAを予防するためにできる対策には、以下が含まれます:
- 傷口を清潔に保ち、包帯で保護する。
- タオルやカミソリなどの身の回り品を共有しない。
- 医療用以外の薬物や薬剤の注射に使用した針を再利用しない(自分自身のものであっても)
- ロッカールームのベンチには、裸で座る前にタオルを置く。
- シーツ、タオル、トレーニングウェアは、推奨される水温で定期的に洗濯する。全て乾燥機で乾かしましょう。漂白剤を使ったり、汚染の可能性のあるものを別に洗ったりする必要はありません。
- ワークアウトやMRSAに感染するリスクの高い活動に参加した後は、すぐにシャワーを浴びる。
- 照明のスイッチ、リモコン、運動用具など、多くの人が頻繁に触れる部分の拭き取りには、細菌を殺す消毒剤を使用する。ブドウ球菌を死滅させると表示された消毒剤を選ぶために、ラベルを確認してください。
- お湯と石鹸で20秒以上、頻繁に手を洗う。手洗いができない場合は、アルコールベースのハンド・サニタイザー(手指消毒剤)を使用しましょう。
カテーテルのような侵襲性のある医療器具をいつまで使用する必要があるか、またその器具が必要な間はどのように感染を予防すればよいかについて、かかりつけの医療従事者に尋ねるようにしてください。
見通し/予後
MRSAに感染した場合、何が予期される?
皮膚感染症に罹患している場合、かかりつけの医療従事者が外科的に傷口を治療し、ドレナージ(排液)を行います。抗生物質の外用や内服が行われることもあるかもしれません。重度または侵襲性のMRSA感染症の場合は、病院での治療が必要になります。
CA-MRSA、特に皮膚感染症は、HA-MRSAよりも治療が容易となり得ます。しかし、MRSA皮膚感染症の内、70%ほどは、治療が成功した後に再発します。これは、同居している人や周囲にいる人がMRSAを定着保菌している、あるいはMRSAが物や表面に長期間付着しているために、再感染する可能性があるためです。
MRSAに感染した場合、隔離される必要はあるの?
病院で治療を受けている場合、MRSAが広がるのを防ぐために、一人部屋や特別な制限のある部屋を割り当てられることがあるかもしれません。担当医が、全ての面会者に、医療用手袋、ガウン、マスクの着用といった予防措置を取るようお願いすることもあり得ます。
MRSAの感染力はいつまで持続するの?
MRSAは、検査で体内から細菌が検出される限り、感染力があります。担当医が、まだ感染力があるかどうかを判断するためのMRSA検査として、鼻や皮膚に綿棒を挿して拭い液を採取することでしょう。
MRSAは完治する?
はい、MRSAの半数以上は抗生物質で根治しますし、医療従事者はほとんどのMRSA皮膚感染症の治療を成功させています。しかし、重篤な感染症―肺炎、心内膜炎、菌血症など―の場合は、医療従事者が有効な治療法を見つける前に急速に悪化することがあるかもしれません。
MRSAの死亡率は?
MRSAの死亡率は、感染した場所によって異なります。MRSA菌血症―より重篤な形態のひとつ―では、死亡率は 20%~50%となっています。
その他のよくある質問
いつ医療機関を受診すべき?
医療機器を体内に埋め込んでいる場合や免疫力が低下している場合は、医療従事者に、どんな感染の兆候に注意すべきかをお尋ねください。何か気になる症状があれば、その都度医療機関を受診しましょう。大きな傷や治らない傷がある場合は、必ず医療機関を受診するようにしてください。
入院中であっても、担当の医療チームとのコミュニケーションは重要です。痛み、心拍数の上昇、脱力感、または発熱といった感染症の症状がある場合は、担当チームにお知らせください。
ERに行くべき時は?
以下を含む重症の徴候がある場合は、救急救命室(ER)を受診してください:
- 華氏103度または摂氏40度以上の発熱
- 傷口が痛んだり、悪臭を放ったり、緑色、黄色、もしくは茶色の液体が充満している場合
- 胸の痛み
- 呼吸困難
- 急激な血圧低下(脱力感、めまい、および失神を含む症状)
医師にどんな質問をすべき?
医療従事者に以下のような質問をすると、役に立つことがあるかもしれません:
- どのような治療法がありますか?
- いつ仕事や学校に復帰できますか?
- MRSAを他の人にうつさないようにするにはどうすればよいですか?
- 将来、このような感染症にならないようにするにはどうしたらよいですか?
クリーブランド・クリニックからのメモ
MRSAのことは、恐ろしげな見出しで耳にすることがあるかもしれません。しかし、医療従事者は病院やその他の施設での蔓延防止に努めており、HA-MRSAの症例はアメリカでもヨーロッパでも減少しています。それでも、全てのタイプのMRSAは、致死的な感染症を引き起こす可能性があります。
重篤な感染症の症状がある場合や傷が治らない場合、特に医療器具を体内に埋め込んでいる場合や免疫力が低下している場合は、直ちに医師の診察を受けてください。現在罹っている病気や保有している医療機器について、あるいは最近病院に長く入院していた場合などは、かかりつけの医療従事者に伝えるようにしましょう。こういった情報は、症状の真相をより早く突き止め、感染症をできるだけ早く治療するのに役立ち得るものです。
短文の箇条書きが目立ったのでそこまでの分量でもなさそうかな、と思ったのですが、やはりHEALTH LIBRARY記事はそこそこ長いですね…。
とはいえ非常によくまとめられている良記事でした。
タイトルでは勝手に「意外と身近な…」としたものの、特にそういった記述はクリーブランド・クリニック記事にはなく、用心するに越したことはないからそんな恐怖を煽る形にしたわけですが、国立感染研の報告(↓)によると、2022年に日本国内で報告されたMRSA症例は1万4694件であり…
…近年減少傾向とはいえ、感染対策が極めて強化されたコロナ禍前後でもほとんど変わっていなかったことから、今後も年1万件以上は確実に報告されていくことが予想されますし、重篤化した場合の致死率は結構高いため、どうか気を付けるようにしたい限りです。
(もっとも、感染研の記事にグラフで示されている通り、感染者の圧倒的大多数は70歳以上の高齢者ではあるわけですけど、しかし、どの年代でも決してゼロではありません。)
前回のおさらいですが、こういった薬剤耐性菌は時代を経るごとにどんどん厄介な奴が世界のどこかで産まれていく可能性があるため、耐性菌を作ってしまわないことも改めて心がけたいですね。