引き続き「凝固点降下」からの脱線ネタにちょろっと触れていこうと思います。
水に何かが溶けたら凍る温度が下がるという「凝固点降下」と呼ばれる現象ですが、現実での応用例としてこないだは融雪剤を挙げており、前回は純粋な凝固点降下ではないものの、融点のより低い(=凍りにくい)液体であるアルコールを吹きかけることで凍った車の窓を融かすことのできる、解氷スプレーなんかに触れていました。
ちなみに融点と凝固点は同じもので、特に液体が固体に固まり始める瞬間に着目すればその温度を凝固点、逆に固体が液体に融解する瞬間に着目すれば融点と呼ぶという形ですね。
…と、基本的には同じ「固⇔液」の境界温度を指すということで同じものではあるんですけど、実は厳密に言うと両者は異なります。
それがズバリ「過冷却」と呼ばれる現象に起因するもので……
↑のウィッキー先生の記事にもある通り、例えば水の場合、非常に安静した状態で、温度をゆっくりと低下させたような場合、実は何か塩の類を溶かして凝固点降下を起こすことはなくとも、温度が0℃より下がっても液体のままでいられることが知られています。
理由はウィ記事にも書かれていますが、水が凍りになる、すなわち結晶化する際には、「水分子の結晶の始まり」となる、いわば微小な核のようなものがまず形成されないといけないのですが、落ち着いた環境で、ゆっくりと冷却されると、そのコアが中々形成されないからなんですね。
(ということで、過冷却と凝固点降下は、似て非なる現象です。過冷却は、水に何も溶け込んでいなくても発生します。)
また、「静置されていると」と書いていた通り、多少なりとも振動していればコアは非常に生まれやすいため、マイナス20℃程度まで下がる家庭用冷凍庫の中なんかでは、凝固点より大分低い温度まで一気に晒される&冷蔵庫のモーターや生活の振動が伝わるというダブルパンチであまり観察されないと思いますが、塩や砂糖を大量に加えるなどして凝固点を下げてやれば、家庭でも再現可能ではないかと思われます……
例えば、研究では酵素の反応実験を行う際に「バッファー」と呼ばれる、反応に適した各種塩類を溶かしたものを用いるため、濃縮したバッファーをしばしば冷凍保存しておくんですけど、かなり濃い塩の溶けたバッファーの場合、-20℃はちょうど凝固点降下で下がった凝固点に近いこともあり、冷凍庫に入れておいても全く凍っていないこともままあるのですが、「使う前に混ぜよう」と思ってチューブを指でピンと弾いたりしますと、透明な液体だったものが一瞬で「ピシーッ」と凍結し、全体が真っ白な固体状態になってしまう…というのは日常茶飯事といえるぐらいによく経験することになっています。
初めて遭遇した際は、「あ、過冷却状態だったのが、振動で結晶コアが形成されて、一瞬で一気に凍結が進んだ!面白いね!!」と思ったものでしたが、その感動も最初のみで、実際酵素反応で使うためにバッファーを冷凍庫から取り出して、反応用に一部をピペットで吸い取りたいのに、凍ってしまうとまた液体状態に戻るのを待たなければいけず、普通にウザイだけなんですよね(笑)。
なので、冷凍庫を開けて、上手いこと凍ってないバッファーのチューブを見かけたら、「よし、即使えるぞ!結晶化させないように、そろりそろりと取り出して、指でまず多少温めて、凝固点以下に落としてやろう…」と、慎重に扱うわけですが、とはいえフタを開ける際には結構強い振動が伝わるものですし、本当にちょっとした振動で結晶コアは形成されるものではあるものの、そもそも使う前にはしっかり混ぜたいですから、もう大丈夫だろと思って混ぜたら「ピシャッ」と凍りやがった場合なんかは、腹立つのりすぎて舌打ち案件って感じだといえましょう(笑)。
(液体のままなら本当に液体のまますぐ吸えるんですけど、ひとたび凍ると、完全に融解するまで待つのが本当に手間なのです。)
まぁ別にバッファーなんて単なる低分子の塩しか入ってませんし、構造が変わったら壊れてしまうタンパク質の酵素なんかはないため、凍っても普通に湯煎して戻せば一瞬でまた液体になるんですけど、そんなひと手間すら面倒くさいこともままある、って感じですね(笑)。
実際の過冷却状態の水が一瞬で凍る実験、きっとどなたかが公開してくれているだろう、と思ったら、やはりありましたね!
こちら、大和市の公式チャンネルが、自由研究ネタとしてペットボトルを用いた過冷却水と瞬間凍結の様子を公開してくれていました(↓)。
1:40ぐらいから、ペットボトルを振ったらいきなり凍る様子ですね!
こちらの実験のポイントとしては、「タオルでぐるぐる巻きにしてゆっくり冷やす」ってのがまず重要で、さらに面白いことに、実験前に「カルキ抜き」をされてるんですね。
これ、正直カルキ=塩素が入ってる方が、凝固点が下がりそうなもんだけど…と思えたのですが、水道水に残存するカルキなんて極微量で凝固点降下の効果はほぼないも同然ですし、それ以上に、「何かが溶けている水」ってのは、そういった不純物が「刺激」となり、何気に「結晶化コア」が形成されやすい状況といえるので、むしろここではコア形成を避けるべく、あえて真水に近づけてやってるってことなんですね、恐らく!
真水に近づければ、家庭用の冷凍庫=マイナス20℃近くまで冷やしても、(タオルを巻いてゆっくり冷やすのも重要ですが)過冷却状態である液体の水ができるってことで、むしろ後半で「ジュースでも難易度は高いけど可能です」とあった通り、この実験では凝固点降下よりも「コア形成に使える不純物の少なさ」の方が重要なようで、これは個人的に意外なお話でした。
(とはいえ、コアとなる分子が大量に存在しているジュースでも可能なのは、こちらはひとえに凝固点降下により、「凍り始める温度が下がっているため」ってのが大きな要因になっている話だとも思います。
凝固点降下と過冷却の併せ技になってるわけですが、真水の方がやりやすいということで、この実験は「コアとなる物質の少なさ」の影響の方が大きいといえそうですけど、しかし実験で使うバッファーはかなりの高塩濃度の溶液で、こちらはタオルとか巻かずとも頻繁に「過冷却で、不安定な液体状態」を非常によく目にしますから、やはりどちらがいいのか(=塩濃度がゼロがいいのか濃いのがいいのか)は、バランス次第でどちらとも結論が出し辛い話なのかもしれませんね。)
ちなみにジュースを凍らすと…
「基本的に凍るのは水分子のみである。
したがって、凍ったジュースを飲む場合、液体として残っているのは水分子が氷になって減った、いわば『濃くなったジュース』であるため、最初はめちゃくちゃ濃いジュースを飲むことができる。
逆に、氷が徐々に解けていくと、濃い部分を飲み干してしまっていることもあり、最終的には凍っていた水だけが戻ってきた、うっすいジュースを飲まなければいけなくなる」
…ってのは、部活とかでジュースを凍らせて飲んだことがある方ならどなたもご存知の話ではないかと思います。
これも結局、凝固点降下が一枚噛んでる話だったんですね!
水にジュースが溶けていたら凝固点降下によって「凍りにくい」状況になるわけですが、溶けているジュースの成分分子よりも水の方が遥かに結晶になりやすいですから、まず例の水分子結晶コアが形成されて、そこから氷が成長していくわけですけど、その水分子の結晶化によって局所的にミクロな濃度差が生まれた際、濃度の薄い部分から優先して氷になっていくため…
(改めて、それが凝固点降下の根本の仕組みですね。溶質の分子があると、水分子の結晶化は阻害されるためです。
…といっても、「さっきの動画の実験でカルキを飛ばしてた通り、真水の方が結晶化しにくいんじゃなかったの?」って話かもしれませんが、それはあくまで「最初のコアの形成」についてであり、コアが出来て凍結が進む際は、溶質があればあるほど結晶化の邪魔になるんだと思います。
…正直僕もその辺の物性には詳しくないですけど、状況を総合するとそうなってるのではないかと思われる、って話ですね」
…いずれにせよ、凝固点の低い「水の多い部分」からどんどん凍っていくことになるため、凍った方には水ばかりのうっすいカス氷が生まれるとともに、残った液体は濃縮されていくことになる…って仕組みなのでした。
そんなところで、本来書こうと思っていたネタでは全くなかったのですが、補足として触れた融点・凝固点の違いからまた1記事分、「過冷却」ネタが派生して触れてみたところで時間切れとなってしまいました。
今回はアイキャッチ画像のいい案が全くなかったですけど、先ほど貼っていた「過冷却」のWikipediaを見たら、そちらにも「ストローで水を混ぜたらいきなり凍る」動画が公開されていましたね!
動画は対応形式ではないため上手いこと貼れませんが、アイキャッチとして、シャーベットになった瞬間のスクショを、残暑に合う涼しげな画像としてお借りさせていただきましょう(解像度も低めで、大して涼しげでも何でもないですけど(笑))。